第10話 村を襲う陰謀
王都からの使者が去ったあと、村にはしばし平穏が戻った。
セリナは鍬を振るい、エリシアは子どもたちに読み書きを教え、カイルは畑とパン窯を行き来しながら支援魔法を惜しみなく使った。
小さな村は、まるで新しい命を吹き込まれたかのように活気づいていた。
「最近、体が軽いんだよ!」
「畑もよく実るし、病気も治りやすくなった」
村人たちは笑顔で口々にそう言い、誰もが“カイルの魔法のおかげ”と理解していた。
もう彼を「追放された役立たず」と見る者は一人もいない。
だがその裏で――不穏な影がじわりと近づいていた。
◇
ある夜。
村の外れの森で、黒装束の男たちがひそひそと声を交わしていた。
「確かに確認したか?」
「ああ。あの村には聖女と騎士、それに竜までもが現れたと」
「……竜まで従える補助術師。放っておけば王都の力を凌ぐぞ」
焚き火の明かりに浮かんだその顔は、王都の貴族の紋章を刻んだ仮面で覆われていた。
彼らはただの盗賊ではない。王都の上層部が放った密偵だった。
「命令は明白だ。――村を潰せ。補助術師を連れ去り、利用できなければ消せ」
低い声が夜風に溶け、森の闇に消えた。
◇
翌朝。
村の広場で、セリナとエリシアが言い争っていた。
「だから、もっと警備を強化すべきだと言っている!」
「けれど、村人を怯えさせては本末転倒です」
セリナは真剣な顔で腕を組み、エリシアは困ったように眉を下げていた。
そんな二人のやり取りを聞きながら、カイルは苦笑した。
「まるで夫婦喧嘩だな」
「なっ!?」「そ、そんな!」
二人が同時に声を上げ、カイルは慌てて手を振った。
「冗談だよ。でも確かに、村を守る仕組みは必要かもしれない」
そう言った瞬間、遠くから馬の蹄の音が響いた。
数頭の騎馬が近づき、村人たちが慌てて家に隠れる。
「……誰だ?」
セリナが剣に手をかける。
現れたのは、王都の紋章を刻んだ鎧を着た兵士たちだった。
その中心に、一人の細身の男がいた。きらびやかな衣を纏い、傲慢な笑みを浮かべている。
「初めまして。私は王都貴族のセドリック卿。突然の訪問を許していただきたい」
その声に、村人たちがざわつく。貴族など、辺境に来ること自体が異例だ。
「何の用だ」
カイルが一歩前に出ると、セドリックはにやりと笑った。
「単刀直入に申し上げましょう。この村を、王都の直轄領とさせていただきたいのです」
広場の空気が一瞬で凍りついた。
◇
「直轄領……?」
長老が恐る恐る口にする。
「はい。近年、この辺境で魔物の活動が活発化しております。王都が直接管理し、軍を駐屯させれば安全は保証される」
セドリックは涼しい顔で語る。
だがその裏には明白な意図があった。
――村に集まった“伝説級の仲間”を囲い込み、王都の支配下に置こうという思惑だ。
「もちろん、補助術師カイル殿。あなたも王都に戻っていただく。正式に“王国支援官”の地位を与えましょう」
「……それは命令か?」
カイルの声が低くなる。
「ええ。拒否は許されませんよ?」
セドリックが薄く笑い、背後の兵士たちが剣に手をかける。
◇
その瞬間、セリナが前に出て剣を抜いた。
「待て。ここは私が護る村だ。勝手な支配を認めるわけにはいかん!」
エリシアもまた祈りの光を広げ、村人たちを守るように立ちはだかる。
「この村は神の導きのもとにある場所。欲にまみれた支配など許されません」
セドリックの顔が引きつる。
「……ふん。ならば力で従わせるまでだ」
兵士たちが一斉に剣を抜き、村の広場に緊張が走る。
村人たちは悲鳴を上げて逃げ惑い、子どもたちが泣き出す。
カイルは深く息を吸った。
(王都に切り捨てられた俺を、今さら取り込もうなんて……冗談じゃない)
「〈加護〉! 〈鉄壁〉! 〈鼓舞〉!」
瞬間、光が村を包み、兵士たちの剣は弾かれた。
村人たちに勇気が宿り、恐怖で膝をついていた者たちが立ち上がる。
「な、なんだこれは……!」
「身体が……震えない!」
村人の目に光が宿り、彼らは兵士たちに立ち向かうように石を掴み、棒を振り上げた。
「この村は渡さねぇぞ!」
「俺たちにはカイルがいる!」
セドリックの顔が怒りに染まる。
「小癪な……!」
だがその声をかき消すように、空から轟音が響いた。
――バサァァァァッ!
夜空を裂き、黒竜バルディアが降り立ったのだ。
『我が許可なく、この地を侵すか。人の貴族よ、命が惜しければ退け』
その威圧に、兵士たちは蒼白になり、剣を取り落とした。
セドリックもまた顔を引きつらせ、慌てて馬に飛び乗る。
「く……覚えていろ! このままでは済まさんぞ!」
そう叫びながら、兵士たちを連れて退却していった。
◇
静寂が戻った広場に、村人たちの歓声が響く。
「追い返したぞ!」
「カイルと皆のおかげだ!」
セリナとエリシアがカイルの両隣に立ち、竜が背後からその存在感を示す。
村はもはや、誰の目にも“ただの辺境”ではなかった。
だがカイルは胸の奥に冷たいものを感じていた。
(……これで終わりじゃない。王都は必ず、また牙を剥いてくる)
辺境の小さな村は、確実に“戦いの舞台”へと変わりつつあった。