第1話 追放の宣告
王都アストレアの冒険者ギルドは、昼下がりだというのにざわめいていた。
冒険者たちが掲示板に群がり、依頼の取り合いをしている。その喧騒の中心に、ひとりの青年が立たされていた。
「カイル。お前はもう俺たちのパーティには必要ない」
リーダー格の剣士ロイが、冷ややかに言い放った。
彼の背後には、魔法使いのリーナや弓手のヴァンスといった仲間たちが並んでいる。三人の視線には、憐れみと侮蔑が入り混じっていた。
「……どういう意味だ、ロイ」
カイルは唇を噛みしめ、しかし声は震えていた。
彼は〈万能補助術〉を操る補助術師。攻撃魔法も治癒魔法もない。ただ、仲間の力を一時的に引き上げる支援魔法を得意とする。パーティの影となり、誰よりも後方から仲間を支えてきた。
「お前の魔法は、地味で目立たない。俺が剣を振るうときも、リーナが大魔法を放つときも……お前が何をしているかなんて誰も気にしてないんだよ」
ロイは冷笑した。
「だが俺は知ってる……お前がいなくても、俺たちは戦える。いや、お前がいない方が、依頼の報酬を分ける額も増えるってわけだ」
「そんな……!」
カイルの抗議は、ヴァンスの鼻で笑う声にかき消された。
「自分の価値を勘違いするなよ、支援屋。お前の魔法は“便利”かもしれないが、俺たちにとっては必須じゃない。
――つまり、お前は代わりがきくんだ」
「代わり……?」
胸の奥が冷たくなる。
カイルはこの数年間、彼らと共に命を預け合い、幾度も危地を乗り越えてきた。その時間は、確かな絆だと思っていたのに。
リーナが、最後にとどめを刺すように吐き捨てた。
「はっきり言うわ。あなたの魔法って、見栄えが悪いの。観客が見てても盛り上がらないし、ギルドからの評価も上がらない。だからパーティから外すの。理解して」
――盛り上がらない。
その言葉に、カイルの心は粉々に砕かれた。自分が積み重ねてきた努力は、ただの“退屈”として切り捨てられたのだ。
「……分かった」
声を絞り出すのがやっとだった。
仲間だと思っていた人たちは、もう自分を見ていない。ならば――ここに留まる理由もない。
カイルは背を向け、ギルドの扉を押し開いた。午後の日差しが眩しく、涙を隠すには十分だった。
◇
数日後。
王都を離れ、馬車に揺られてたどり着いたのは、辺境の小さな村だった。
石造りの家がぽつぽつと並び、周囲は畑と森。空気は澄んでいて、鳥の声が響く。
「……静かだな」
カイルは村のはずれにある空き家を借り、粗末な荷物を下ろした。王都での華やかな喧騒とは違う。ここには人々の素朴な暮らしがあるだけだ。
最初は胸に広がるのは虚しさだった。だが、鍬を借り、土を耕し、支援魔法を試しに使ってみると――思わぬ発見があった。
「〈活性〉!」
淡い光が土に染み込み、植えた種がほんの少しだけ芽吹いたのだ。
支援魔法は人間だけに作用すると思っていた。だが、この土地では草木にも効果があるらしい。
「これなら……」
驚きと同時に、胸の奥に小さな希望が灯った。
王都で不要と言われた魔法が、ここでは村の暮らしを豊かにする。
やがてカイルは、畑を耕し、パンを焼き、村人たちの手伝いをしながらのんびりと日々を送るようになった。
◇
「――ここに、補助術師カイルが住んでいると聞いたが」
数週間後。
鍬を振るっていたカイルの前に、銀鎧をまとった女騎士が姿を現した。
その眼差しは鋭く、しかしどこか救いを求める色を帯びていた。
村の穏やかな日々に、波乱の予兆が訪れる。
――カイルの“スローライフ”は、まだ始まったばかりだ。