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奴らを通すな! 01

その日はくしくも晴天だった。

 蒼穹に果てはなく、国境地帯には何一つ事件が起こるような天候ではなかった。すくなくとも古参の連中はそう信じていた。

 裏切られたのは早朝だった。十月六日〇五三〇。黎明頃。砲兵による観測射撃が可能になる頃合いだった。

 〈大祖国線〉と名付けられた国造道路の北端、国境地帯。

 陣地当直将校に上番していた俵木頼戈中尉を起こしたのは、鈍角に飛来する迫撃砲弾の着発音と敵襲を告げる当直下士官の淡々とした報告だった。

「奇襲です。規模等不明。前方警戒線からの報告についてはありません」

 浸透されたか。

 俵木の脳髄は回転を始めている。狭小な監視壕に詰め込まれた簡素な木製寝台から飛び起きると、双眼鏡を顔に押し当てた。

 横に長く採られた監視窓からの風景を覗くと、炸裂する迫撃砲弾の音は遠ざかっていくように感じられる。彼の目に飛び込んできたのはいつも通りの光景だった。数キロ先、丘陵の陰から現出したのは見覚えのある漆黒の縦隊。直方体の上面に突起物。低性能の双眼鏡でも理解できる。戦車だった。すくなくとも大隊規模。五十両はいそうだった。

 悲惨な現実に追い討ちをかけたのは、円状の視界の端に数秒映った人影だった。ピントが適合していなかったため、明確には認識できなかったが、間違いない。エルフ猟兵だ。あの特徴的な黒毛帽を見違えることはあり得なかった。

 ゴブリンとエルフが手を組んだのか?

 合点がいった。

 エルフ猟兵が警戒線を無力化したのだ。戦車隊が顔を出したあの丘陵には偵察部隊が警戒線を構築していた。それは有効に機能し、大祖国線北端を警備する第三〇四装甲歩兵大隊に国境紛争の開始を警告していた。すくなくともつい先程までは。

 猟兵が食い破った警戒線突破口を戦車により拡大、一挙に打通しようってことか。

 俵木は気を付けの姿勢をとっていた当直下士官を見やった。

「寺下軍曹、大隊に報告通信。

 こちら三中隊長代行、敵戦車発見、大隊規模。砲撃の被害については現在確認中、オワリ」

「寺下軍曹、復唱します。

こちら三中隊長代行、敵戦車発見、大隊規模。砲撃の被害については現在確認中、オワリ。でよろしいですか」

 うん、と俵木が頷くと当直下士官の寺下は監視壕を迅速に飛び出した。通信壕へと駆けていったのだ。

「当番兵!」

 寺下を見送った俵木は叫んだ。監視壕近くに構築されていた待機壕から兵士が飛び出す。

「野島一等兵!」

 当番兵は俵木の前に進み出で、敬礼した。掌をまっすぐにし、こめかみの辺りに捧げる、国際社会において標準的な敬礼だった。

 野島一等兵と名乗った少年のような彼は、小銃を背負い、黒みがかったカーキの詰襟軍服を見に纒い、目深に軍帽を被っている。彼の肩章には一等兵、すなわち入営二年目を意味する赤い一本線の刺繍が縫い付けられていた。

「各小隊長を集合させろ。集合場所は現在地。時刻は可能な限り速やか。行け」

「はっ」

 当番兵は敬礼をし、出発した。やや満足げに見送った俵木は監視窓から再び戦場を見渡した。

 三十分の準備砲撃の後、間髪を容れず、戦車による突撃、突破口の形成。デサント歩兵による陣地の奪取。狙うは大祖国線の一挙打通。

 俵木は夏季軍服の胸の辺りをまさぐった。官給品の煙草と燐寸を取り出す。流れるような手付きで口の端にくわえ、着火し、紫煙を吐き出す。

 さて、どこまで耐えられるかな?


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