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転生令嬢は策に溺れず、花が咲く

 転生×恋愛×ヤンデレ×溺愛×ハッピーエンド

 ◎◎◎までバッドエンドと共通

 いくら探しても見つからない

 だからどうか助けて

 憩いの棲家が欲しいだけなんだ

 


 

 目がパチリと空いた瞬間、全てを理解した。


 私は転生したんだ。理由は分からないけれど、ここは私がやり込んだ乙女ゲームの世界。中世の時代の雰囲気を取り込み、貴族、平民が一緒に学校に通う学園モノ乙女ゲームの世界。


 だが、主人公もしくは悪役令嬢に転生したわけではないらしい。モブ中のモブ、平民のパン屋の娘、名はサラ。来年学園に通う予定の16歳の女の子だった。


 目はまだ天井向けたままで、今自分が置かれた状況を、スパコン並みの速度で咀嚼(そしゃく)した。

 見える視界の中には、薄汚れた木板で作られた勾配天井と、角に小さな蜘蛛の巣、後は四角い天窓が見える。ここは屋根裏部屋っぽい。

 

 天窓からはまだ光が覗いていなかった。まだ朝になっていないらしい。二度寝が出来ると踏んだ私は、布団を被り、二度寝モードに突入した。

 その時、一階から猛烈な勢いで、階段を駆け上がってくる地響きが聞こえてきた。

 

「サラ!何してるの!早く起きなさい!」

 

 なけなしの掛け布団が(ちゅう)に舞い、強制的に叩き起こされた。「なんてご無体な!」と叫ぼうとしたら、母さんが鬼の形相で私を睨んでいた。

 

「もう仕込み始まってるのよ!早く起きて手伝いなさい!」

 

 この言葉で全てを理解した。パン屋の朝は早かったのだった。かくして、サラは二度寝する事なく、夜明けからパン作りの手伝いに駆り出されるのであった。




 私の可愛い運命の子よ

 悲哀に満ちて彷徨(ほうこう)することなかれ

 沸き上がる雲も煙も疾風も

 全てはあなたの試練のため


 宿り木が欲しいと言うならば

 私が芽吹いてみせましょう

 虫が鳴いたら葡萄パンをお食べなさい

 心も体も満ち満ちれば

 どこまでも行けるのだから


 --フューイ・ヘミング『憩いの棲家』より



 

 夜明けからパン作りを開始し、作り終えてからは配達を開始し、終わったのは2時を過ぎてた頃だった。朝も昼も店にあったパンをかじりついて、空腹を満たした。沸々と平民に転生した自分を呪いにかかる。


(どうせなら悪役令嬢の姉妹にでも成りたかった!なんで平民から平民に転生するの?!せめて貴族以上でしょう?!)


 転生前の知識といえば、仕事のストレス解消のはけ口として遊んでた乙女ゲームの攻略知識と、少々の学問知識くらいだ。といっても、チートする程の知識はない。なんせ転生前は勉強嫌いの馬鹿だった。ちなみに彼氏もいた事ない。二次元万歳!


 配達も終わり、木箱を載せた荷車を引きながら、店兼自宅に帰宅した。めちゃくちゃ疲れた。

 荷車から空の木箱を店の中に運び、明日の配達準備の為に木箱を洗浄する。濡れタオルで拭くぐらいだけどね。

 そんな作業をしていたら、ふと乙女ゲームの世界に転生したんだから、学園生活なんて待たずに、今攻略キャラに会って、恋愛成就すればいいんじゃない?と思い浮かんだ。


 善は急げ。転生前にやりこんだ推しの所に会いに行こう。店にあったパンを何本が強奪し、バスケットに詰めて、仕事を放り出して逃走した。店から「コラー!」と言う母さんの叫び声が聞こえた。


 ☆☆☆


(推しはこの中にいるはず)


 木の門扉から、孤児院を覗き込んだ。黒くて高い石垣が、ぐるっと孤児院を囲っている。中からキャッキャッという子どもの笑い声が聞こえてきた。


 私の推しは、平民から王族へと駆け上がる男版シンデレラストーリーの持ち主のヤンデレキャラだ。

 小劇場で舞台女優をしていた母が、お忍びでやってきた王と一夜の契りを交わし、その時できた子が私の推しのルークである。


 役者は、舞台後に劇場のバーでお客と酒を飲むのも仕事の一つである。だが、酒の飲み過ぎにより喉をやられ、声が枯れて、舞台女優を降板せざるを得なくなった。

 次第に金は尽き、ルークを育てられなくなり、孤児院に預け去るのだ。


 乙女ゲームでは、主人公がルークと王のそっくりの顔立ちに疑問を持ち、調べ上げて、父と子の対面を果たすというストーリーとなっている。

 王は一夜の契りの相手を思い出し、孤児院で生活しているルークに同情して、王宮に呼び寄せる。そして、次第に溺愛するようになり、遂には王位継承者の指名まで行うのだ。


 ルークはトゥルーエンドだと王に任命され、グッドエンドだと公爵に降下するエンドとなる。どちらにしても主人公とハッピーエンドだ。

 愛に飢えていたルークが、父と主人公に深く愛され、次第に心開いていくストーリーは、私の一押しだ。何回クリアしたか分からない。

 とりあえず、目下(もっか)の目標はルークとの接触である。主人公より早く好感度を上げて、推しをゲット!私ガンバレ!ゴーゴー!


 孤児院の門から中を覗き込み、庭で高身長の男性二人が話し合っている姿を見つけた。推しだ!

 そこからルークまで、パンが入ってるカゴを引っ提げて、まっしぐらに走った。途中で「危ない!」と言う叫び声が聞こえたら、意識が遠のいた。


 目をパチリと開けたら、薄汚い木板の天井が見えた。本日二回目の光景だ。でも今回は違うところがある。ズキズキと側頭部が痛む…。


「目覚ましたか?」


 薄汚い木板を見ていたのを止めて、声の方を向いた。向いた先には推しのルークが私の方を見ていた。

 その瞬間、頭の中でトランペットのファンファーレが鳴り響いた。なんという幸運。なんという奇跡。推しの周りには、天使まで舞い降りて来たように見えた。神恩感謝!


「だ…だいじょ…うぶです…」


 神々しい推しを見たら、思わず声が裏返ってしまった。推しは神なのか。背景には後光が差しているように見える。

 推しのルークは金髪碧眼の持ち主で、髪は肩まであり、無造作に後ろで一本に縛り上げている。縛れきれない横髪が頬に残り、ルークの色気を増して魅せる。


 そんなファンファーレの音と、天使の姿と神々しいルークの顔をガン見&夢見心地で見ていたら、突然夢の浮橋が途絶えた。鼻から冷たい真っ赤な雫が流れ出したのだ。そして、私の意識はまたもや遠のいた。


 二度あることは三度ある。次起きた時も、木板の天井が見えた。だが次は、見たことがある勾配天井だった。カビ臭い、なけなしの掛け布団を頭まで被り、思考を放棄した。


 ☆☆☆


「何で孤児院から荷車で運ばれてくるかな」

「……ごめんなさい…」


 只今時刻は明け方。パンの仕込みのため強制的に叩き起こされ、パン作りの手伝い中である。

 パンの生地を()ねながら、母さんから説教を食らっていた。なんでも私が二回気絶した後、孤児院の人がビックリして荷車に私を乗せて、自宅まで送り届けてくれたらしい。送り届けた人の名前は怖くて聞けない。


 我が家のパンは、地元では美味しいと名が通ってるパン屋らしく、看板娘の私を知っていた人が孤児院の中にいたみたい。あぁ、恥ずかしや。


 これではパンを貢ぎながら、推しとの好感度アップ大作戦が暗礁に乗り上げそうである。

 他にいい方法はないかと、ない頭を捻ったが、なーんにも思いつかなかったので、当初の予定通り毎日パン届ける作戦に決めた。

 毎日パンを届けに行ったら、知り合いから友人くらいなら簡単にいけるでしょ!最終目標は恋人だけどね!


 ()ねていた手を止めて、恐る恐る母に尋ねた。

「母さん…今日いっぱい手伝うから、パン持って孤児院にお礼を言いに行っていい?」

 母さんは肩をすくめ、盛大に吐息をもらした。

「……しょうがないわね。行って来なさい」

 

 時刻は夕方四時。今日は精一杯仕事をしました。パンをカゴに入れて、孤児院の門の前で立ち尽くす。推しに何ていうかな…と思案していたら、孤児院の中から男の子が駆けてきて、話しかけられた。


「鼻血姉ちゃんじゃん!ボールが当たった所、平気?」

 駆けてきたため、肩で息をしながら話してきた。9歳くらいの子だろうか?


「平気平気。でもこれから私を呼ぶ時は、鼻血のくだりは消去してちょうだい」

「まさかキャッチボールの間に入って来るとは思わなかったよ…叫んだけど、間に合わなかったね」

「……そう。私の側頭部が痛かった理由が、今はっきりと分かったわ。それで昨日のお礼と謝罪に来たんだけど…私の推しは…」

「…礼も謝罪もいらないよ。ボールぶつけたのはこちらの方なんだから」


 ビビビッと脳天を突き抜ける衝撃が私を襲った。声の方を向くと、ルークが上半身裸で、斧を担いだ状態で歩いてきた。薪割りでもしてたのだろうか。


(推しがはだか…)


(……鼻血出てない)

 手で鼻を抑えて確認した。


 ルークは男の子に「マザーが呼んでるぞ」とだけ言った。男の子は顔を青ざめ、一目散に孤児院の方に走り出して行った。

 ルークは頭をポリポリと()いて、私の方に目を向けた。


「昨日のパン食べちゃったけど平気か?もう返せと言われても返せないけれど」

「……あ!パンね!パンなら大丈夫です。あれ差し入れで持って来た物なんで」

「マザーからパンの差し入れの話なんて聞いてないけど」

「え…?差し入れに理由が入ります…?」

 

 ルークが(いぶか)しみ、私の顔をマジマジと凝視した。私もマジマジとルークを凝視してしまった。

 推しにパンの差し入れする理由は必要なのか。


 私の身長は推定150センチ程度で、身長180センチ近くあるルークを凝視するのは大変だった。首が痛い。眼福だが、これでは首が持たないと踏んだ私は、今世の知識をフル活用した。


「憩いの棲家って聞いたことあります?フューイさんが、渡り鳥と自身の子どもに向けて作った詩なんですけど…」

「弱ってた渡り鳥を助けたやつか?体調が優れない自身の子と重ねたやつだったかな」

「そう、それです!私、あの詩に感化して、お腹を空かせている子どもを、見過ごせなくなったんです!体を満たせば、何処までも行けるような気がしますね!」

「……それは他の孤児院でも配ってるという事なのか?」

「………差し入れしているのは、ここだけで…す…」

 

(そうか。この街には孤児院がいくつもあるのか。ルーク一直線だった為、脳裏から抹消していたわ)


 二人してまたもや重い、けれど見つめ合いながらの沈黙が訪れた。

 

「別にいいじゃん。くれるなら有難く受け取っておけば」

 

 ルークと私は凝視しあっていたのを止めて、声の主の方を見た。声の主は身長190センチはありそうな、偉丈夫(いじょうぶ)の熊みたいな顔の男性だった。


 ルークは熊みたいな人に向かって、呆れ顔で話した。 

「アーサー、でもなぁ。理由が分からないのにホイホイと受け取るのも、どうかと思うぞ」

「パンの差し入れに大層な理由が必要か?いつも言ってるが、猜疑心(さいぎしん)が強いのを改めろよ。もっと楽に生きようぜ。そんなことだと幸運すら掴めないぞ」

「俺はお前の楽観的思考が信じられない」

 

 熊男こと、アーサーは私の前まで歩いて来て、「これ貰っていいの?」とパンの入ったカゴを指差した。二度小さく頷いて、カゴを差し出したら、屈託ない笑顔で「ありがとう」と言って受け取った。

 

「カゴは返すから、少し待っててよ」

 

 アーサーはそう言って、孤児院の中に向かって行った。なんて気さくな人なんだろう。ルークとは対照的な人柄に好感を持った。

 だが私の目的は、これから毎日ルークに会いに来るために、パンを届けるように仕向けたいのだ。


「あの、そんなに大層な理由はなくて、ほぼ思いつきの行動なんですけど、…これからもパンの差し入れに来ようと思うのですが、迷惑になりますか?」

 断られたら困る為、恐る恐る聞いた。ここでキッパリ断られたら完全に暗礁に乗り上げる。


 そんな私を見て、ルークは肩を竦めてこう言った。

 

「……ありがとう。正直助かるよ。年々孤児院に支給される物資も金も減らされてきてたから、アーサーと今後の事について、話し合っていた最中なんだ。年少組には、しっかりと食べさせてやりたいしね」


 ルークが私を見て微笑んで、けれど目は悲哀に満ちながら話してくれた。孤児院が周りから疎まれていること、国の福祉予算が減り、孤児院が逼迫(ひっぱく)していること、子どもは増える一方であること。

 

 私は「毎日パンを持ってくる!」とルークに言い、アーサーからカゴを受け取って、二人に別れを告げた。

 もちろん私の最終目標は、ルークとのグッドエンドである。でも、攻略過程途中の余得で、誰かに幸が訪れるなら、それはそれでいい事のはずだ。

 自宅に帰る道すがら、手伝いがんばろと心に誓った。

 

 ☆☆☆


「おこづかいを全てパンにして欲しい?」


 母さんは店の陳列棚にパンを並べていた。娘の言っている事が理解できないのか、表情は不可解な面持ちだ。

 我が家のパンは、教会の儀式に食するパンも納品しているため、毎日膨大の数のパンを焼く。それでいて、味も美味しいと評判なので、夕方にパンが余ることがほぼない。孤児院に持って行くためには、最初のうちから、パンを確保しておかなければならない。


(通常の仕事の手伝いに、さらに仕事の手伝いを上乗せして、パンを貰う本数を増やすんだ)


 幸い、この体は丈夫のようで、毎日クタクタになるまで仕事をしても、一晩寝れば大抵復活している。

 最近は仕事+仕事の後に孤児院に行き、ルークかアーサーにパンを渡して(ほぼルークに渡すが、たまに働きに出ていない時がある)帰って、夕飯を食べたら爆睡コースである。

 毎日のルークに会っているせいか、物欲もなく、今はおこづかいすらパンに変えてしまおうと、お願いしている最中だ。


「サラがいいならいいけど…そんなに孤児院に入れ込むもんじゃないよ。あそこは特殊さ。付き合うなとは言わないが、深入りは止めなさい」

「別にみんな普通だよ。何も怖い所でもないし」

「上辺だけなんて、誰でも簡単に繕うことが出来るもんさ。…母さんはサラが心配なんだよ」

 母さんは陳列を止めて、悲しそうに私を見つめた。


 ルークもアーサーも、あのキャッチボールしていた男の子・テオも、今ではすっかり仲良しになった。なんなら、孤児院の中にいた女の子も知り合いになった。私は今のところ、順風満帆なはずだ。なのに、何故母さんは、そんな目で私を見るのだろう。


「さて、今日はコーカス公爵のお宅にパンの納品があるよ。サラ、行ける?」

「あの大きいお屋敷の所でしょ?行けるよ」

「粗相のないようにね。納品したらすぐに帰って来るんだよ」

「ハーイ」


 荷車に納品のパンを詰めてある木箱を載せて、公爵の屋敷に出発した。

 店を出て、城前の大通りまで出る。大通りは貴族が乗る馬車や、商人、家族連れ、お上りさんや学生など、たくさんの人が蟻の大群のように、密集して歩いていた。

 最近雨が降ってなかったので、大通りは砂埃が凄かった。喉がやられないように、長い布で鼻から下を覆い、後ろで縛った。


 人の波を掻き分けて、荷車を引いていると、道の脇に身なりのいい女の子が膝を抱えて座っていた。


(あんな所で身なりのいい子がいるなんて、誘拐してくれと言っているようなものね)

 荷車を引きながら女の子に近づいた。


「そんな所にいると誘拐されちゃうよ」


 女の子はビクッと肩を震わせ、(うつむ)いていた顔を私に向けた。

 女の子は8歳くらいの子で、息を呑むほどの美少女だった。クリッとした翠色の目、サラサラとした腰まで伸びる長い銀髪。平民とは思えない、真っ白い手。上流階級の子どもなのは間違いない。

 そして、ここで不思議なデジャブが出てきた。私、この子見たことある。どこだろう。上流階級の子なんて知り合えるはずがないのに。


「どこの子ども?道には詳しいから、お屋敷教えてくれば使用人呼んで来るよ?」

「…………コーカス」

「コーカス…公爵?」

 コクリと女の子は頷いた。


 コーカス公爵。絶世の美少女。


 ここで、前世のゲーム攻略情報が脳裏をよぎった。


(この子!攻略キャラクターの公爵子息の妹だわ!名前はフローラだったはず。ブラコンで、兄のハリーの攻略途中で邪魔してくるキャラだったわ)


 身元不明が不明ではなくなったのはいいが、これはどうしたらいいんのだろう?小さい子どもをほっとくのは人道に反する。どうせ納品に行くから、ついでに連れて行けばいっか。


「今からコーカス公爵のお屋敷に、パンを納品しに行くの。一緒に行く?」


 フローラの青白い顔が一瞬にして花開いた。頬は紅を刺したように赤く染まり、目に力がこもった。


「……行く」


 よくよくフローラを観察すると、膝小僧は擦り切れ、血が滲み出していて、服も靴も泥だらけだった。

 私の顔を覆っていた布を取り、血が流れていた膝を布で巻いてあげた。そのままフローラを横抱きにして、荷車に乗せた。


「本当なら馬車に乗せるのが正解なんだろうけど、私も仕事があるから、ここに乗っててくれる?」

 フローラは小さく頷いた。


 この頷きを合図にして、また荷車を引いて目的地を目指した。時たま後ろを振り向き、フローラが振り落とされていないか確認する。

 フローラは物珍しさからか、荷車にしっかりと捕まり、大通りを歩いている人達や物売り、大道芸人をキョロキョロと見渡していた。


 通常より時間はかかったが、どうにか目的地まで到着した。公爵邸は、庶民では考えられないほどの大きな洋館で、石垣の塀は難攻不落の要塞を守るかのように立派な作りをしていた。

 

「どう?ここまで来たら一人で行けそう?私は入り口が違うから一緒に行けないの」

 

 フローラに聞いたら容量を得ないのか、キョトンとしていた。常に使用人に身の回りの事をやってもらうためか、入り方が分からないみたいだ。

 

(これはまずったかなぁ。私は客人でもないから、正門から入れないんだよね。裏口からしか入れないし、このまま一人にも出来ないし…)

 

(うーん。これは致し方なし!いきなり首が飛ぶような事もないでしょう!)


 大きくて立派な木の正門前で、ドアノッカーを叩いた。ギギギという音と共に、重厚感(あふ)れる両扉が開かれる。緊張感からゴクリと唾を一飲みした。


「ごめんください。先ほど大通りで、女の子を発見して…」

 と、扉を開けた門番に言い始めたあたりで、脳天を撃ち抜かれるような痛さが走り、意識が遠のいていった。


 パチリと目を開けたら、真っ白い天井が見えた。横を見ると、重厚感あるワインレッドのカーテンと格子状の大きな窓が何枚も見えた。

 今まで見てきた中で最高品質の天井だが、後頭部が痛い。今回の痛みは前回の比ではない。触ると大きなタンコブが出来ていた。あまつさえ手に血がついた。…痛すぎる。


「起きられましたか?」


 まだベッドに寝ている状態で声の方を向いた。メイド服を着ている若い女性が、私に近づいて来た。


「確認したいのですが、昨日発注したパン屋のご息女で合っていますか?」

 メイドは能面のような顔で、事務的に質問してきた。

「…はい。あの、女の子を道すがら見つけて、聞いたらコーカス公の家に行きたいと言ったので、連れてきたんです。そしたら、いきなり鈍痛が走り…」

「あの方はコーカス公の一人娘のフローラ様です。少々おてんばの所がありまして、屋敷から抜け出しておりました。此度(こたび)は貴方様に助けていただいた話を、フローラ様より聞き及んでおります。主に代わり、深くお礼申し上げます」


(やはり攻略キャラの妹か。では殴られた理由は人さらいと勘違いされたと言う事かな。どのみち、早くこの屋敷から出なければ。首が飛ぶ前に)


 貴族から見れば、平民など紙くず同然の価値である。粗相などしたら一発で首が飛ぶ。平民がやすやすと貴族と知り合うものではない。

 頭から血が滲み出ようが、パンを納品したら、脱兎のごとく去るに限る。


「……申し訳ありません。お嬢様と存じ上げませんでしたので、ご無礼がありましたら平にご容赦下さい。それであの…パンの納品をしたくて」

「木箱を開けましたら、発注通りのパンが入っておりましたので、すでにこちらで受け取ってあります」

「そうでしたか!ではこれで納品済みという事で、帰りますので…」

 上半身を起こして、ここから去ろうとしたら、メイドの能面の顔がいきなり慌てた表情に変わった。

「それはこま…」

 

 その時、バァン!という大きな音が鳴り響き、メイドと私でお互いビックリして木扉に目を向けた。開いた扉の先には、フローラと美男子が立っていた。美男子はすぐにわかった。フローラの兄ハリーだ。


「お姉ちゃん!起きた?大丈夫?すっごく怒っといたから!」


 フローラは私目掛けて突進して、ベッドにダイブしてきた。ダイブした衝撃で、ベッドがバウンドする。バウンドの影響で、忘れようとしていた痛さが頭に走る。


「あぁぁぁ、い、いたっ…」

「あーー!!ごめんなさい、ごめんなさい!」


 フローラは慌てて私に近づこうとした。その時、一緒に居たハリーが、ヒョイとフローラを抱き上げ、おてんばのフローラに諭した。


「フローラ、そっとしておかないとダメだろ」

「…そうでした。ごめんなさい。ハリー兄様」

 兄の言葉でフローラは子犬のようにシュンと大人しくなった。さすがブラコン。兄の言葉に順々だ。

 

 ハリーはルークと同じくらいの身長で、銀髪ショート、翠の目の持ち主だった。フローラを降ろし、こちらを向いて話し始めた。

 

「屋敷の衛兵が棍棒で殴りかかったらしいが平気か?フローラを探している最中だった為、焦って確認もしなくて申し訳なかった」

 事務的口調だが、声色の中に優しさがあった。ハリーの性格の良さを滲み出している。

 だが、すでにここから逃亡したい私は、いかに貴族の不興を買わずに、立ち去る方法があるかと模索している最中だった。


「……えぇ!いやあの、いいのです。お気になさらないでください!可愛い女の子が、たまたま目に入ったといいますか……申し訳ありません!納品も終わったので、これで帰ります!」


(考えたがいい案出ず。やはり強行突破あるのみ!)


 三人が私を見つめる中、ベッドから起き上がり、痛さも忘れ、木扉一直線に走り去ろうとした。ベッドのすぐ下に、自分の靴が見えたので、取りに行こうとしたら、魅惑的なフローラルの香りがこの身を包んだ。


「待って。妹を助けてくれた恩人を、やすやすと帰すほど私達は不義理ではないよ」

 ここから去ろうとしたのに、なぜかハリーの片腕で私の体が支えられ、行き手をさえぎられた。


「そうだよ!怪我もしてるんだから、治るまでここに居たらいいよ!」

 フローラさえ私に抱きつき、自宅に帰る事が困難になった。


 こうして、私の頭の傷が完治するまで、公爵邸の客人の扱いで滞在する事になった。

 毎日毎日出てくる大量の豪華な食事。毎日フローラ様に引っ付かれ、日が暮れるまで一緒に遊び、就寝まで共にするという生活。

 ハリー様はたまに顔を出して「妹の相手を毎日させて悪いね」と言いながら、お礼にと、花や化粧品やハンドクリームなどをプレゼントしてくれた。


 私が公爵邸を出れたのは、パンを納品した日から一週間経過した後だった。ハリー様に馬車で送ると言われたので丁重にお断りした。平民街に貴族の馬車が現れたら注目の的である。近所のネットワーク恐るべし。

 というわけで、帰りも荷車を引いて帰った。別れの時はフローラ様が号泣して、帰るのが大変だったという事だけは強調したい。


 まだ日が高い昼真っ只中。懐かしい我が家に到着した。パンの匂いが私を優しく包み、出迎えてくれた。母さんはいつも通り、陳列棚にパンを並べていた。私を見た瞬間、手を止めて熱い抱擁を交わした。


「サラ、おかえり。大変だったね。公爵様の使いがお見えになった時は、肝が冷えたよ」

「……ただいま、母さん。生きて帰って来れたわ」

「…そうだね…よく生きて…」

 二人揃って半べそになった。


 この安堵感は、平民同士しか分からないと思う。いつ首が飛んでもおかしくない恐怖の毎日。

 ちなみに、話に母さんばかり出てくるが、我が家にはちゃんと父さんと弟もいる。父さんは常にパン釜の前にいるし、弟は仕事をサボり、遊びに行ってしまうから出てこないだけである。


「今日はもう手伝わなくていいよ」と、母さんに言われたので、部屋で昼寝するかと思ったら、今の今まで重大な事を忘れていたのを思い出した。


(孤児院に、パン届けに行ってないじゃん…)


「母さん、まじゴメン」


 陳列棚からパンを強奪しカゴに入れて、店から飛び出して行った。「コラー!」という母さんの声が、遠くに聞こえた。


 一週間ぶりの孤児院の門の前で、パンを入れたカゴを持って立ち尽くした。以前はすいすい入っていったはずなのに、今日に限って足取りが重い。

 なんで忘れていたんだろう?いつ首が飛んでもおかしくない状況に、参っていたのだろうか。


 どちらにしても毎日パンを届けると、ルークに宣言していたのだ。私は約束を反故にした。謝罪すべきところであろう。

 意を決して中に入ったら、孤児院の入り口付近の壁に、ルークが腕組みをしながら寄りかかり、私を見ていた。

 一発で推しを発見した喜びから、先ほどの鬱屈した気持ちを一瞬で吹き飛ばし、ルーク一直線に駆け出した。そして「ルーク!会いたかったわ!」と言おうと「ルー」まで言い始めたばかりの時に、ルークの表情がガラリと変わった。

 青い瞳はより青く、氷のような瞳なり、射るような鋭い視線を向けた。ルークの真ん前までやってきて、ゆっくりと静止した。

 

「…臭い」

 ルークは顔をしかめて、呟くように言った。

「え?」


 能面のような顔と鋭い目付きは、私を恐怖に陥れた。

 ルークは一言言っただけで、興味を失ったのか何処かに行ってしまった。


『臭い』ルークの言葉が頭の中でリピートする。

 公爵邸から帰ってきたばかりなのに、私から異臭立ちこめているという事なのか。公爵邸では毎日お風呂に入り、香油さえ塗ってもらっていた。

 考えても原因がわからない。更に不安は増していき、顔が青褪めていくのがわかった。

 

「よぉ!サラ、久しぶり。顔を見なかったのは一週間くらいか?何かあったのか?」

 

 斧を担ぎながら、意気揚々と晴やかな顔をしてやってきたのはアーサーだった。

 ルークとの表情の違いにホッとして、恐怖が少し薄れた。

 

「アーサー、私、ルーク怒らせちゃったみたい。どうしよう…」

 唇を噛み締めながら、苦しさに顔がしかめる。怒らせた理由が分からなければ、謝罪の仕様もない。

 アーサーはそんな私を見て、驚きの表情に変わった。

 

「ルークが?まさか。サラを一番に心配してたのアイツだぜ。心配してパン屋に聞きに行くか悩んでたんだ。でもほら、ここは孤児院だから。周りの連中に疎まれている事も知ってるから、聞きに行きたくても行けなかったんだよ」

 意外な話に驚き、上目遣いでアーサーの話に食いついた。

「…ルークは私を心配していてくれてたの?」

「そうだよ。いつもは悠然としている癖に、本当は心配性のさみしがり屋なんだ。照れ隠しの為に皮肉も言うし、めんどくさい奴なんだよ。何を言われたのかは分からないけど、ルークがサラに怒ってることはないよ」

 

 ルークは毎日現れない私を、心配してくれていたんだ。アーサーの言葉が、先ほどの恐怖を更に薄めてくれた。けれど、やはり直接聞かないと胸のつかえが下りない。

 持っていたカゴをアーサーに押し付け、お礼を言って、ルークを探しに走り出した。

 

 ルークは孤児院の裏にある、切り株の上に座っていた。私はゆっくりと歩いて行き、ルークの横で体育座りをして座った。

 最初は心配かけてゴメンからだろうか。それとも、一週間公爵邸にお世話になった経緯を先に話し出すべきか。

 どうやって話を組み立てて、話し出すべきか思案していたら、ルークの方が先に口を開いた。


「……さっきは悪かった。俺は、思っている事を素直に言えないらしい」


 声色は優しかった。


「本当は心配してたんだ。事故にでも巻き込まれたのかと思って、パン屋にも聞きに行こうとしたんだが、迷惑になると思って止めた。でも日に日に不安は募るばかりで、心が揺れた。さっきのはその…いつもと違う匂いが漂っていたから、なんとなく腹立った」


 アーサーの言っていた通り、ルークは私のことを大層心配してくれていたらしい。今の彼からは、悲憤(ひふん)の感情は読み取れない。


 私は推しに会いに行くために、毎日欠かさずパンを届けに行っていた。最初は神妙な面持ちだったルークも次第に表情は和らぎ、冗談まで言い合える仲になった。

 毎日来ていた者が、突然理由もなく来なくなったら、私も同じく心配するかもしれない。

 そう思ったら本当の気持ちをはいていた。


「心配かけてごめんなさい。パン配達の途中で、コーカス公爵のご息女を見つけて、お屋敷に送り届けに行ったの。その後、ちょっとしたゴタゴタがあって、一週間お世話になったんだ」


 ルークは話を聞いて、私の方を振り向いた。意外の話だったのか、顔は少し驚いていた。


「公爵…?それは…大変だったな…」

「うん。大変だった。毎日戦々恐々と過ごしていた。出ていく事もできなくて、でも、連絡入れれば良かったよね…今更ながら悔やみはじめたところ」

「今から悔やむのかよ」

 少し間が空いた後、プッと吹き出し、ハハハとルークが笑い出した。ルークが笑うと、私も釣られて笑い出してしまった。

 一緒に笑い出したのを境に、私達の距離が一気に縮まったような気がした。


 毎日会わないと気になる存在。それはもはや、恋と呼ばずしてなんと呼ぶ。


 私はゲームで遊んでいた時も、転生して、生身のルークを前にしても彼に恋する運命らしい。

 とどまるところを知らない心は、美しい旋律まで流れはじめた。抑えておくことができない。


 このまま彼に好きだと言っちゃおうか。ゲームだと恋のバロメーターが表示されて分かりやすかったのに、リアルになると途端に両思いが難しくなる。

 もどかしいジレンマに(さいな)まれた。その時、ルークが言った。


「なぁ、もうすぐ行われる誕生祭に、一緒に行かないか?」

「……誕生祭?」


 誕生祭。反復して今世の記憶を辿(たど)った。

 それは、この世界を創造した女神の誕生祭の事だった。乙女ゲームでは、世界は一人の女神により創られた事になっている。教会に飾られている人物も女神だ。

 女神が世界を作られた日を誕生祭と呼び、国中、盛大にお祝いを行うことになっていた。


「行かないか?最近大工見習いで仕事してるから、多少は奢ってやれるし。さっき酷い事を言ったから、謝罪も込めて礼をしよう」

 と、ニンマリとしてルークは言った。


 推しの笑顔の破壊力。笑ったルークを見たら、断ることなんてできるはずがない。


「行く!行きます!行かせてください!」

 片手をまっすぐ伸ばし、挙手の姿勢になった。

「そうこなくちゃな!」

 はにかんだ笑顔は彼の魅力を更に押し上げた。


 その後は二人仲良く、誕生祭のスケジュールを決めた。服、何を着ていこう。誕生祭がとても楽しみだ!


 ✩✩✩


 待ちに待った誕生祭当日。早朝から街の中は賑やかだった。家と家の間には、国旗のような飾りが紐を通して飾り付けられ、路上に彩られている花達は、風になびかれ舞を舞い、音楽家の人達は路上で、素晴らしい音色を奏でていた。


 家にあった一張羅のワンピースを着て、母さんに髪を編み込みハーフアップにしてもらい、薄く唇に紅をさして、待ち合わせ場所に急いだ。


 ルークは待ち合わせの場所の、広場の噴水付近に立って待っていた。

 服はいつも孤児院で着てた服と違っていた。余所行きの服を着たルークは、抗えない甘美な誘惑を出していた。

 広場の噴水の周りにいたお姉様の熱い視線が、ルークに集まっている。

 

 大勢の人が右往左往しているさなか、神々しいルークを見つけて喜んだ束の間、今更ながら桁違いの美男子に恐れてしまった。

 よくよく考えたら乙女ゲームのキャラクターである。美男子当たり前じゃん。市井の私に釣り合うのか?こちらモブ中のモブだぞ。

 

 美女と野獣ならぬ、美男と野獣。

 熱い姉様達の視線をかいくぐり、ルークに近寄れる気がしない。こんなことなら、もっと目立たない場所で待ち合わせにすればよかった!後悔先に立たず。


 そーんな悩みに思いあぐねていたら、ルークに発見された。ルークのしかめっ面が、めちゃくちゃ明るい表情に変わり、姉様達の熱い視線をガン無視して、私の所に駆けて来た。

 優越感など露ほども思わない。ルークが言葉を発する前に、彼の手を強く握り締め、この場から逃走した。

 

「店、見ないの?」


 不審がられたルークに呼び止められ、歩みを止めた。広場からかなり離れ、出店もなくなった所に来ていた。歩いている人もまばらだった。

 まさか目映い推しの横に立つのが恥ずかしくて、逃走したとは言いづらい。

 

「見る!見るけど、人がいなさそうな所から、ゆっくりと行こう…」


 まだ何もしてないのに、疲れた。体力の方ではない。心が疲れたのだ。

 注目の的になった張本人はひょうひょうとしていて、全く気にしする素振りはない。もしかして、これが日常茶飯事なの…?

 訝しい目つきでルークを見てしまったら、含み笑いを浮かべられた。

 

「サラは挙動不審すぎる。何故なのか気になる所だけど、時間がもったいないから早く行こう。今日は奢るって約束しただろ?」

 

 パァと顔を明るくしてしまった。ルークの含み笑いは一層にひどくなった。二人で手を繋ぎ直して、街中に繰り出した。

 

 出店は色々な物が売られていた。肉の串焼きもあったし、カットフルーツの盛り合わせ、サンドイッチ、フルーツジュースなど、お店の人が声高らかに叫び、品物を売っていた。

 見たことがないフルーツを発見して、買って二人で食べてみた。南国の食べ物らしかったが、前世の記憶を足しても品名に記憶がなかった。味はバナナとマンゴーを足したような味だった。

「甘くて美味しいね」と話すと、「美味しいけど、どちらかと言うとしょっぱい物の方が…」と言われてしまったので、肉の串焼きを買いに行った。

 肉の串焼きには満足したらしく、満面の笑みを浮かべていた。ルークは塩味がお好きらしい。推しの好みを把握する。

 

 違う通りに入ると、開けた場所で、みんなが歌いながら踊っていた。子どもから老人まで、年齢と性別も関係なくみんなだ。

 手を繋ぎ、踊りのマナーなんてものもなく、ぐるぐると回っているだけの人もいた。


「ルーク踊ろう!」


 繋いでいた手をより一層強く握り締め、踊りの輪の中にグイグイ二人で入っていった。


 我らの女神は陽気がお好き

 飲んで歌って踊るんだ

 昼も夜も楽しんで

 赤と白の輝く宝石ワインを

 みんなで飲んで今を楽しめ


 私もみんなと同じように歌った。マナーもルールも何もない無法地帯。あるのは今を楽しむ気持ち一つのみ。

 オークの樽が道の隅に置いてあり、みんなが飲み物を飲んでいた。子どもも飲んでいたから、ぶどうジュースかもしれない。

 ルークは私につられて踊っているだけで、歌ってはいなかった。だけど、視線は常に私にあった。


 踊り疲れた頃、私達も樽の近くに行ったら、ぶどうジュースが貰えた。喉の渇きを潤す。ジュースを飲みながら休憩していると、一人の中年男性が近づいて来た。


「お嬢さん。先ほどはいい歌いっぷりだったね。もう少しだけお付き合いくれないかい?歌っていたやつが、今、所要で抜けてしまったんだ」


 リュートを持っていたから、ここら辺で音楽を奏でている人なのかもしれない。歌うだけなら私でもできる。歌唱力はないけど、今日は勢いだけで大丈夫の日だ。演奏だけでも素敵だけど、どうせなら歌もあったほうが盛り上がる。


「ルーク、私、行って来ていい?」

 快く頷いてくれると思ってた。ルークの方を向くと、不本意とばかりに顔をしかめていた。

「……いいけど…」

 渋々了承したというニュアンスだ。


 ダメなのかしら?でもいいって言ったよね?真意が知りたくて、顔をもっとよく見ようとしたら、リュートを持った男性に引っ張られた。

 次の音楽が始まる。後ろ髪を引かれたが、高揚感に包まれた陽気な私は、少しだけ歌ったらルークの元に帰ろうと思い、男性に従った。


 我らの女神は陽気がお好き

 飲んで歌って踊るんだ


 リズムに乗って、大きな声を張り上げながら歌った。そしたら、みんなが私の方を向いて、「うまいね!」「いい声だね」「よ!スター!」なんて言ってくれるので、ますます調子に乗った。

 女性のボーカリストが帰って来てくれた所で、タッチ交代してルークを探した。ルークは家の壁に寄りかかり、腕組みをしながら待っていた。

 歌を歌った時の高揚感と、推し発見の喜びから頬がピンクに染まった。

 

「お待たせ!さぁ、次の場所に行こう!」

 手を繋いで、次の場所に移動しようと引っ張ったら、弱々しい声で「あぁ」と頷き、見たら悲しそうな表情をしていた。


(歌いに行ったのはいけなかったのかな。一人で待たせたのが悪かったのかしら。そういえば、アーサーがルークの事をさみしがり屋と言ってたっけ)


 悲しい顔から笑顔に戻すために、肉の串焼きでも買いに行こうとしたら、途中でルークに止められた。見ると、ベンチの方を指差しているので、疲れたのかなと思いベンチに向かい、腰かけた。

 

「何か飲み物買ってこようか?私だって奢れるよ。これでも弟の分まで仕事こなしてるんだから!」

 笑顔で言ったが、ルークの表情は変わらずだった。


(なんでだろう。何故祭りの日に、悲しい顔が出来る?一人がそこまで苦痛なの?やはり主人公でないと、想いは通じ合えないのか)

 

「…不満があるなら、言わないと分からないよ…」


 とても悔しい。モブで転生したのが、とてもとても悔しい。祭りの賑やかなさざめきも、私の心は満たしてはくれない。


「不満なんてない。ただ、昔、一度だけ劇で見た母を思い出しただけなんだ」

 物悲しい微笑みを浮かべたルークは、優しく言葉を紡ぎだした。

 

「俺の母は舞台女優だった。小さい頃、よく家でも歌ってくれていた。物語を読む時ですら、抑揚をつけて読んでくれていた。舞台は夜に行われていたから、留守番が常だったが、寂しくて駄々をこねて、一度だけ舞台の袖で歌って踊っていた母を見ていたことがある。…サラそっくりだった」


 母を思い出したのか、ルークの憂いを帯びた目から離すことが出来なくなった。

 

「もう母は居ないけれど、サラを見てたら懐かしくて、子どもの頃を思い出していたんだ。だから、不満とか、そういう事じゃない」 

「……今も寂しい?」 

「今は、正直分からないな。でも寂しいと簡単に言える年齢ではなくなったから、考えないようにはしている」

「そう…」

 心がしんみりしてきた。母の代わりなんて、誰にもなれない。


「なぁ、サラ。出来ればこれからずっと、俺の憩いの棲家で居て欲しいと言われたら困るか?」


 奇妙な言い回しに、怪訝な顔になってしまった。


(俺の憩いの棲家…?それは一体…?…ん?これからずっと?棲家…?!それはその、プロポーズというやつでは!?)


 声が上擦(うわず)りながら、おそるおそる確認に入った。いや、そんな、まさかね。

「……それは、プロポーズみたいな…?」

「そう受け取ってくれて構わない」

 即答だった。


「えええぇぇええぇえ!○×△㊥∵‡∞@≒」


 急転直下の事態。完全にパニックに陥った。最後の方は言葉として成立すらしなかった。

 嬉しさより驚きのほうが上をいく由々しき事態。リンゴーンとなる教会の鐘の音すら聞こえてこなかった。


 ルークも私の反応にはビックリしたみたいで、目を大きく見開いて私を見ていた。

 まさかの告白が、お互いをビックリし合う始末である。少々の時間を要したら、少しずつ冷静に判断出来るようになってきた。


 唐突に言い過ぎただろうかと、不安に見舞われたルークは遠慮気味に言い始めた。

「サラ、返事は急がなくても…」

 だが、冷静さを取り戻した私には、返事は一つしかなかった。

「受けます!私、そのプロポーズ受けます!」


 やっと実感が湧いてきた。思わずベンチから立ち上がり、ルークの両手を包んで握り締めた。決心は固いぞと熱い視線を彼に送る。


 私の熱い眼差しを受けたルークは、先ほどまで鬱屈としていた不安を取り除き、頬を紅潮して、

「え?本当に?」 

 と、聞き返した。

 

 私は彼の疑問にウンウンと何度も頷いた。そしたら、今まで見てきた中で、とびっきりの笑顔を向けて、私を抱き上げた。

 

「大事にする。サラ、俺ずっとサラを大事にするよ」

 抱きかかえられたまま、グルグルと回った。遠心力に負けないように、ルークに一層きつく首に巻きついた。巻きついたのを感じたルークは、回るのをやめて、私の胸に顔をうずめた。二人揃って幸福感に包まれたのであった。



 ◎◎◎



 そして、私はこの後、大きな過ちを犯すことになる。未来を知っているが故の過ちだった。

  


「え?今日もルークいないの?」

 

 意気揚々とパンを入れたカゴも持って、孤児院に出かけていた。残念ながらルークは働きに出ていて不在だった。持ってきたカゴは、アーサーが受け取った。

 

「最近よく居なくなるんだ。それでいて遅くに帰ってくる。来年には学園も始まるはずなんだけどなぁ。何してるんだか」 

 アーサーは、しょうがないやつだよなぁと少し呆れていた。

 

 ルークは、来年には主人公や他のキャラクターと一緒の学園に通う予定になっているはずだ。

 当初は平民ということで、違うクラスからのスタートだが、次第に成績上位になり、特別に貴族がいるクラスに編入する。そこで主人公と出会うのだ。

 

(私の存在が、未来を改変しちゃったのか…)

 

 私と恋仲になったから、本来ならあった公爵の未来も、もしかしたら王になる未来も、消してしまったかもしれない。

 

 私はエンディングのスチルを知っている。誰もが敬い、お金にも困らない幸せの未来。

 

(取り返しがつかないことを、してしまったかもしれない)

 

 今更ながら、激しい後悔が私を襲った。挽回できるなら、挽回したい。ルークの幸せの未来を潰したくない。そんな考えに至っていた頃、アーサーから話しかけられた。

 

「なぁ、あいつの変わりようはサラのせいか?」

 アーサーは真剣に聞いてきた。何かを言いたさそうだ。だから私もすんなりと話せれた。

「…多分。プロボーズされたから、受け取った」

「ええぇえええええ!」

 アーサーは予想外すぎる私の返答に、度肝を抜かれたらしい。「マジか…そうか……」そう言いながら、呆然とした。そして落ち着いた頃、ポツポツと話しだした。


「あいつな、懐くとその人に執着する癖があるんだ。母に置いてかれたのが心の傷になって、それが今でも続いてる。だから、あまりよそ見はしないでくれ。あいつも為にも、サラの為にも」

「私の為?」

「そう」

 なんで?と聞こうとしたら、当初出会った男の子のテオが、ボールを持って入ってきた。


「お姉ちゃん、ルーク兄ちゃんはやめた方がいいよ」

 聞こえちゃったと言って、話に入りこんできた。

「アーサー兄ちゃんも、サラ姉ちゃんにはお世話になってるんだから、ハッキリ言っといた方がいいよ。ルーク兄ちゃんは、好きな相手を閉じ込めることが出来る人だ」


 アーサーはあちゃーと顔に手を当てた。テオは真剣に私に忠告し始めた。


「結構前のことだけど、兄ちゃんが女の子と付き合っていた時、些細なすれ違いで喧嘩したことがあったんだ。その時、女の子は呆れて兄ちゃんの前から去ろうとしたら、捕まえて部屋に閉じ込めたんだよ。サラ姉ちゃんに、そんな風になってもらいたくない」

 その後、アーサーが続いて言った。

「その時は、俺が仲介に入って話をまとめたんだ。まぁ、でも小さい頃の事だから。今とは違うだろう?」

「そんな無責任な。アーサー兄ちゃん冷たいね。僕、ビックリして、今でも忘れたことないのに」


 印象違いからか、アーサーとテオが論争を繰り広げはじめた。その時、ゆっくりとこの場に現れたのはルークだった。


「テオ、サラに変な事を吹き込むなら、俺はお前の面倒一切みないぞ」

 ルークは服が汚れた状態だった。仕事から帰って来たばかりみたいだ。

「えぇ!それは困る!姉ちゃん、さっきのは撤回するから忘れて!」

 テオはルークに睨まれて、一目散に逃げ出した。「あいつ、逃げ足だけは早いな」と、ルークは肩を竦めて言った。そして私の方をニコッと笑顔で向いた。


「サラ、ただいま」

「……おかえり。何処に行っていたの?」

「ちょっとした野暮用」

「やぼよー?ふーん?」


(何処にいたのか場所を教えてくれないなんて、なーんか怪しい。まさかの浮気か?)


「何だ、その表情。浮気なんてしてないぞ」

 ルークが心外だと、眉間に皺を寄せて抗議した。


 アーサーはそんな私達二人を見て、吐息を漏らして話に割り込んできた。

「あのさ、この二人だけの空間にいるのが、俺はとても辛い。だから直球で聞くが、ルーク、来年の学園どうするんだ?行かないのか?」


 ドキっとした。学園に行く行かないで話は大きく変わる。お願い、学園に行くと言って。


「あー。行かないかな。あれ、強制じゃないだろう?」

 ルークは私の願いなど露知らず、簡単に学園行きを否定してきた。私の知っている未来と変わってくる。


「そうだが、行った方が就職に有利になるという話だぞ」

「そうは言っても、俺もう親方に弟子入りしちゃったし。早く一人前になりたいから、学園には行かないな」

「小遣い稼ぎじゃなくて、本格的に親方に弟子入りしたのかよ…聞いてないぞ」

「言ってなかったからな。今、言った」

「おいおい、マブダチには早く言うものだろう」

「…すまん、言いそびれた」

「はぁ?」

 アーサーとルークが長く話し合う前に、会話に割り込んだ。

「ルーク、一緒に学園に行こうよ」

「うーん、でも、さっきも言ったけど、親方と…」

「親方の所には、毎日行かなきゃダメ?私達、今16だよ?一年間しかない学園生活を一緒に送ろうよ」

「……じゃあ、今度親方に聞いてみるよ」

「お願い!」

 両手を合わせてお願いした。恋人からのお願いモードだ。ルークもまんざらではない様子で、了承してくれた。これで、学園行きは確定できるかな?


 最近は仕事を終えて、パンを持って孤児院に行き、ルークを待つ生活を送っている。

 前回の学園行きは親方と相談の上、行ってもいいよとなった。ただ、繁忙期は難しいとの事。でも概ね満足だ。


「ただいま、サラ」

 孤児院の庭の椅子に座りながら、ルークを待っていたら、紙袋を持って帰ってきた。

「おかえり、それ、なーに?」

「帰る時、サラに似合いそうな髪飾り見つけたから買ってきた」

 紙袋を手渡されたので、受け取って開けてみた。中から蝶が羽を広げたデザインのバレッタが出てきた。

「わぁ!可愛い!ありがとう!」

 髪にバレッタをつけて、どぅ?と見せつけた。余りに嬉しそうな顔をしたためか、苦笑したルークに「似合ってるよ」と言われた。

 嬉しさあまり、何回もバレッタに触った。私もお返しがしたい。推しは何が好きだろう?塩味が好きなのは知ってるけどなぁ。

 その後、今日のお互いの仕事の話や、日常の話をして帰路についた。


 次の日、パンの配達帰りに出店に寄って、ルークに似合いそうな物を探した。男性って何貰えば嬉しいの?…わからん!

 何かいい物ないかな〜なんて、探してたのに、ビビッと反応したのは、黒縁の伊達メガネだった。

 推しにメガネ…。想像しただけで鼻血出そうだ。これはこれで面白いので、今度着けてもらおう。即購入した。

 

 他にいい物が見つからなかったので、家に帰ろうと荷車を引いて歩きだした。大通りを歩き、豪華な馬車とすれ違った時、私の向かう先から馬が一頭走って来るのが見えた。

 叫び声も聞こえ、馬が暴走している事に気付いた。このままだとすれ違った馬車にぶつかりそうだ。

 咄嗟に馬から馬車を守ろうと、荷車を馬車の後ろに急いで引いた。その後、ドンッ!という衝撃が私を襲い、意識を失った。


 パチリと目を開けたら、天使が見えた。遂に死んだらしい。人はいつか死ぬが、せっかく両思いになったルークを置いて死ぬのか?いやだ!

 ガバッと上半身を起こしたら、天使を描いた天井と、真っ白い壁と目映い部屋が目に入った。何これ、庶民部屋じゃない。本当に死んだのか?頬を抓ったが痛かった。現実だ。


「あんた、バッカじゃないの?」


 声の方を向くと、煌びやかなドレスを着込んだ12歳くらいの女の子がいた。状況が飲み込めず、眉間に皺がよった。女の子は私の顔を見て、不快をあらわにした。


「話すことができないの?」

「……できます。けれど、あのここは…」

「ここは王宮。そして、私は第二王女のアイリスよ。庶民とは近づく事さえ出来ないのだから、今の幸運を噛み締めなさい」

「……はぁ」

「あんたが、私の乗っていた馬車を暴走馬から助けたから、特別に王宮に連れて来て手当てしたのよ。幸い大きな怪我もないみたいだし、今はもう暗くなったから、明日自宅まで特別に送ってあげるわ。感謝しなさい」

「……はぁ」

「イライラするわねぇ。涙流しながら感謝しなさいよ。ど庶民の癖に、さっきからはぁ、はぁばかり。首飛びたいの?」

「……!飛びたくありません。助けて頂いてありがとうございます」

「最初から、そう言いなさい」


 あれ?でも助けたのは私のはずでは…?マジマジと王女を見つめてしまった。フローラ様に次ぐ、絶世の美少女だった。金髪碧眼である。ルークと血が繋がっているからか…。みんな金髪碧眼なのかな。


(ん?繋がっている?という事は。ここから王まで会いに行って、ルークの事を話せば、ルークが王族入りする事が出来るかもしれない。まさかの幸運の奇跡がここに降りてきた!)


 眉間に皺を寄せていたのに、自分のいいアイディアを思いついて、パァと顔を明るくした。そしたら、アイリス様が私の変わりようにビックリして、一歩引いた。


「……こわ!あんた、いきなり表情を変えるのやめなさいよ!表情をコロコロ変えるなと学んだでしょう?」

「え?そのような事を学んだ事ありませんが…」

「…そうなの?メイドもみんな表情変えないわよ。みんな一貫して教育を受けているとばかり」

「それは王宮という特別な場所だからでは…?」


 アイリス様は訝しげな顔になった。自分のいる世界が特別だと知らないみたいだった。

 その後、深く考えても仕方がないと踏んだアイリス様は訝しげな顔を変えて、事務的に聞き始めた。


「ま、いいわ。それで、あんた名前は?」

「サラと言います。パン屋の娘です」

「では、パン屋の娘、サラ。今回の褒美に一つだけお願いを叶えてあげる。まぁ、私に出来る範囲の願いだけどね」

「殿下に叶えてもらえるのですか…」

「そうよ。有難いでしょ。お金でもいいわよ。私を助けたのだから。羨ましがられる位の額をあげましょう。後で、刺されるかもしれないけれど」

「…お金は嫌ですね…。まだ死にたくない」


(願いは一つだけ。ルークの事だけだ)


「殿下、お願いがあるのですが、殿下とある人に会って欲しい人がいるのです」

「会えばいいの?会うだけで何もしないわよ。というか、ある人って誰よ」

「今は言えないのです」

「めんどくさ!……わかったわ。しょうがないわねぇ。王宮の特別許可書を渡してあげるから、連れて来なさい。物騒な輩を連れてきたら首を刎ねるから。門番には話とくわ」

「ありがとうございます!!」


 殿下は話し終えたら、部屋からあっさりと出て行った。次の日、メイドが来て許可書と少し歪んだ伊達メガネを渡してくれた。あの時にメガネを少し壊したらしい。荷車もダメになったので、代金ももらった。

 帰りの馬車の話もされたが、歩いて帰れるからいいと丁重にお断り、自宅に帰ることになった。殿下は会いには来なかった。


 王宮から帰るとき、孤児院に寄ってから帰ろうと決めていた。昨日は予告なく行かなかったからだ。ルーク心配してるかな?


 門から孤児院を覗きこんだ。ルークが居ない。仕事中かな?中に入り、テオを見つけた。


「テオー!おはよー!」

「あー!姉ちゃん!何処行ってたの?昨日何でこなかったの?」

「いやー。色々あって、王宮に居たのよ」

「…………マジ?」

「マジの中のマジ」

「だから見つからなかったのか…。もう自宅に行った?」


 テオは上目遣いで意味深に尋ねた。


「行ってない。行くとここに来るのが遅くなるもの。でも夜半に王宮から自宅に連絡したと、メイドに言われたし…」

「夜半か…少し遅かったね。こちらはルーク兄ちゃんが暴走して大変だったよ。アーサー兄ちゃんにお礼言っといてね」

「え?事件、勃発した?」

「したよ。僕、後は知らないから」

 テオは話し終えたら、どこかに行ってしまった。


 心配症のルークが暴走した。そして、アーサーにお礼を言わなければならない事態。

 これはまずい事態というヤツか?想像したら血の気が引いてきた。ほとぼり冷めるまで隠れるか、いや、そんなことしたら火に油を注ぎそうだ。

 私は手に持っていた紙袋から、マル秘アイテムを取り出した。


 ☆☆☆


「サラ、何してるの?そんな所で」


 ビクリと体が震えた。ルークの声が後ろから聞こえる。声色は明らかに不機嫌だ。

 孤児院の裏の切り株の上に座って、ルークを待っていた。昨日の流れをうまく話せれるように、地面に木の棒で台詞まで書いて練習した。

 地面に視線を向けながら、説明にかかる。


「実は昨日、第二王女殿下を大通りで暴走馬から助け、王宮で治療をしてもらい、一泊しておりました。ので、昨日は来れなかったのです…」


(どうだ。私の説明っぷりは!完璧だ!)


「説明するなら、目を見て話すべきだろ」


 ルークの声が途切れた途端、私の体が抱きかかえられ「おあ!」という声が私から漏れた。ルークは私の顔を見て、さらに不機嫌になった。


「何、そのメガネ。誰かから貰ったの?」

「え?これは」

「……サラはいつでも都合よく人を助けるね。前の公爵の時もそうだった」

 ルークは私を抱きしめたまま、孤児院の裏にある物置小屋に向かった。物置小屋が見えたあたりで、テオの『閉じ込める事が出来る人だ』という以前の言葉が脳裏を過った。まさか…!

 

 ルークは小屋の中に入り、私を無造作に置いた。テオの言葉が脳裏を支配して、何も言えなくなってしまった。

「で?本当は何処にいたの?」

 ルークの目は冷たかった。私が嘘をついていると思ったらしい。

「……さっき言った通り、殿下を助けて王宮にいたの」

「ならば、自宅に連絡くらいいくだろう?昨日はパン屋まで見に行ったけど、両親も心配していた。俺達が王宮に行く事なんて出来ないだろう?なぜ、下手な嘘をつく」

 嘘だと決めつけられるのが悔しくて、特別許可書を見せようとしたら、許可書が見当たらなかった。もしかしたら切り株に落としたかもしれない。

「誓って嘘なんてついてない。なんでルークは私の言うことを信じてくれないの?信頼してくれないの?」

 悔しさあまり、荒声で叫んでしまった。


 ルークは私の言葉を聞いて、より一層不機嫌に、怒りをあらわにしてきた。


 私はそんな怒りに満ちた彼を見たら、ルークが大きなトラウマを抱えているのを思い出した。

 信頼したいのに、信頼する事ができない。信頼していた母に置いていかれた事がトラウマなのだ。


 私は一緒に怒る事が出来なくなった。ただ同情して、哀れみの眼を向けるだけだった。だけど、同情は彼の神経を逆撫でした。

 最後は無言で小屋から出て行き、ガチャリと鍵を掛けられた。部屋は真っ暗になって、私は大人しく、カビくさい部屋に座り込んだ。


 どのくらい時間が経ったか、分からなくなった頃、鍵が空いた。アーサーが鍵を開けて、ビックリした顔で立っていた。

「なんでサラが居るんだ?ルークを知らないか?」

「……知らない。私はずっとここに居たから」

「そうか。実はルークが居ないんだ。もうとっくに帰って来てもおかしくないんだが」

「私は何も知らない」

 

 小屋で長々閉じ込められて、さすがに不快をあらわにした。ルークは時間が経っても、鍵を開けようとしないらしい。外に出たら、すでに夜だった。星と月が輝いていた。

 アーサーに家に帰ると言って、走って自宅に帰った。家に着いたら、落ち着いてきて泣いてしまった。両親にどこか具合が悪いのかと聞かれ、寝れば治るといいベッドに潜り込んだ。


(ルークのバカ!さすがの私も腹の虫が治まらない!)

 

 一日寝たら、この怒りも忘れているといいなと思いながら、就寝した。


 ☆☆☆

 

 次の日、仕事の手伝いを終えて、パンを持って孤児院に行った。結局、怒りは収まらなかった。


(いくら考えても、私は悪くない。ここはルークに謝ってもらうべき)

 

 気合いを入れて、門から中に入るとテオが近寄って来た。テオは疲れた様子だった。

 

「ルーク兄ちゃん知らない?」

「…え?」

「昨日から居ないんだ。いなくなる事なんてなかったから、アーサー兄ちゃんも、みんな朝から探してる。お姉ちゃんの所には行ってないよね?」 

「う、うん。来てないよ」

「そうか…。ごめん、パンは中に置いといて」

 テオは走って門の外に出て行った。

 

 (ルークが居なくなった。…なんで?)

 

 昨日の事を怒っているのだろうか。でも、誰にも告げずにいなくなる訳がない。

 私はやっとルークが真剣に怒っていた理由がわかった。心配して、心配して、とても心配した結果の怒りだ。

 それなのに、私は自分の事を信頼してくれないと、彼を(なじ)った。こんなんじゃ、愛想つかれるのも時間の問題だなと悟ってしまった。

 愛想つかれる前にルークに会いたい。心配かけてごめんなさいと、真摯に言わなければならなかった。

 

 私も門から飛び出して、ルーク探した。街の中をみんなと共に探したのに、見つからなかった。

 夜も更け、孤児院に戻ったがルークは居なかった。自警団にも届け出したが、孤児院の子では希望は薄そうだった。

 次の日は母さんに事情を説明して、朝から探しに行った。やはり見つからなかった。


 一ヶ月たった頃、テオがポツリと言った。

「兄ちゃん、死んでるかもね」

 アーサーは怒りをあらわにして、そしてすぐに静かになった。誰しもがルークは死んだと、考える所まできていた。

 私は座りこんでしまった。最後の別れが、あんな風になるなんて。転生して、両思いまでなったのに、こんな結末があるだろうか。神様は無慈悲だ。


 みんなで悲しみに暮れている時、孤児院の女の子が、街で聞いた話を話しはじめた。


「ねぇ、もうすぐ街でお祝いがあるらしいよ。王様のお子が見つかったんだって」

「……見つかった?雲隠れでもしていたのか?」

「詳しい事は分からない。でも、歩いていたら聞こえてきた。お祝いどんなだろう?美味しいご飯出るかな」


 (王の子。私が知る限り、一人しか居ない。)


 予感めいた閃きが脳裏をよぎった。ルークは王宮にいる。


 あの特別許可書があれば、殿下に会いに王宮に行けるのに。閉じ込められた次の日、孤児院に行って探したけど、見つからなかった。風で飛んでいってしまったかもしれないと残念がったときの記憶が浮かぶ。

 こうなれば、王宮に入るには道は一つしかない。奇跡を頼りに、公爵邸に向かった。

 

 公爵邸の裏門から入り、最初に会ったメイドを呼んでもらって、フローラ様に会いたいと懇願した。メイドは私とフローラ様との仲の良さを知っているため、渋々聞きに行ってくれた。そして、フローラ様が現れ「王宮に行きたい」と懇願した。

 切羽詰った私を見て、兄様を呼んでくると言い、ハリー様まで連れて来てくれた。私は自分の知る限りの情報を開け渡した。

 

「確かに、一人見つかった話は聞いてるけど、サラの知り合いなのか?でも今は行かない方がいい。王宮がかなり荒れているから」

「そうだよー。ほとぼり冷めたあたりがいいよ。私達だって行ってないもん。アイリス殿下平気かな?火種ぶち込んだんでしょ?」

「フローラ。言葉遣いが悪いよ。でも、フローラの言う通りでもある。貴族の中でもルーク殿下の王族入りにより、殿下の背後に立ちたくて動いてる」

「でも、どうしても行きたいのです。お願いします。お願いします…お願いします…」

 頭を下げる事しか出来なかった。もはや、ルークの傍に行くには、二人を当てにするしか方法が思いつかない。


 二人から困惑の様子が(うかが)えた。しばしの時間が経った事頃、ハリー様は静かに話し始めた。

 

「わかった。では明日行こうか。ただし、サラはずっと使用人の役だ。だけど、私達が出来るのはここまでだ。微妙な立場だからね。許してほしい」

 もちろんだ。嬉しくて、何度も頷いた。


 ハリー様とフローラ様は、明日の算段の話し合いをしていた。私はこのまま公爵邸に泊まり、明日朝から王宮に行く事になった。自宅には早馬で連絡してもらった。

 まずは、アイリス殿下の所だ。

 

 朝からメイド姿になり、黒縁の伊達メガネをかけた。脱出用のルークの服を、自分の服の中に隠して入れた。馬車に乗り、三人で王宮に向かった。アイリス殿下の所までは、あっさりと通過出来た。

 

「びっくりした…あんたハリー様と知り合いなの…?ど庶民の癖に」

 あんぐりと口を開けながら、アイリス殿下は私を見て言った。ど庶民の私を覚えていてくれたらしい。だが、あんぐりとした顔も長続きしなかった。唐突に怒りモードに突入した。


「あんたに渡した許可書を持って、ルーク兄様が現れたのよ。なんで現れたのか知らないけれど、見たらお父様そっくりじゃない。ものすっごくもみ消したかったけど、コッソリお父様の所まで連れて行ったわ。本当に兄様だったみたい。おかげて、今、針のむしろよ」

 思い出して、苦々しい顔をしていた。よほど今が辛いらしい。フローラ様は、アイリス様の後に続いて言った。


「お姉ちゃんの知り合いであってる?そのルーク殿下?だっけ」

「そうよ。ルーク殿下であってるわ。今はスパルタ勉強とおべっかに苦労してるんじゃない?ってか、知り合いなの?なら、あの時に早く言いなさいよ!不意打ちで連れて来るな!!」

 迷惑とばかりに、さらに怒りはじめた。今日のアイリス殿下はご乱心でござる。よほど切羽詰っているらしい。

「ルークに会いたいのです。会う事は可能でしょうか?」

「無理でしょ。守りは固いわ。他のお兄様達から守らないと食われるもの。お父様命令ね」


 ルークに会いに行くのは絶望的らしい。もはや兵士を振り切って、切られる覚悟で行くべきか。

 でも会う前に死にたくない。考えて唸ってしまった。


「アイリス殿下。どうにかならないかな。サラはフローラの恩人でもあるんだ。一度だけでいい。チャンスをくれないか?」

 ハリー様はアイリス殿下に近寄り、跪いてプロポーズしている体勢になり、お願いした。

 アイリス殿下の顔がみるみる赤くなり、挙動不審になった。乙女ゲーのキャラ恐るべしである。


「っく!しょうがないわね。一度だけよ。お兄様の部屋の兵を退かしてあげるから、後はどうにかして。でも、行くのは私とあなただけ。何かあっても首を切るのは、あんただけだと言う事を知りなさい」

 パァと顔が明るくなった。ハリー様とフローラ様に何度もお礼をして、アイリス殿下に着いていった。


 王宮の使用人の服に着替え、ルークの服を私の服の中に隠して、伊達メガネをかけた。アイリス殿下の後ろを静かに歩き、付き従った。

 城の奥に行くと、兵士二人が扉の前で立っているのが見えた。殿下は私に振り向き、ここで待っていろと指示を出した。そして、兵士がいなくなったら部屋には入れと言った。


「いい?私が手伝えるのはここまでよ。サラ、後はよろしくやって」

「……ありがとうございます。ご恩は忘れません」


 殿下は振り返って、手を横に小さく振り、兵士の方に歩いて行った。兵士二人が殿下に気付いて近寄り、殿下が二人に何かを言ったら、二人はそのまま殿下に付き従った。扉の前に人がいなくなった隙に、部屋に潜り込んだ。


 ルークは煌びやかや服を着て、机に向かい、何かを書いていた。

 

(やはりここにいた!)

 

 嬉しくて、ダッシュで駆け寄った。ルークはいつもと違う音だと察したのか、顔をあげて私の方を向いた。向いた瞬間、目を大きく見開いて、椅子から立ち上がり、私の方に駆け寄った。

 たった一ヶ月しか経ってないのに、何年も会っていないような気がした。二人して思いっきり抱きついた。


「ルーク、前はごめんね。会いたかったよ」

「…俺もゴメン。サラは嘘なんてついてなかった。許可書を見つけて、確認しに行った俺が馬鹿だった。会いたかった…」


(扉にいた兵士が、いつ戻ってくるかわからない。脱出するなら早く行かなければ)


「ここから出るには、変装して出ないと行けない。だけど、その前に教えて。ルークはこのままここにいたら、誰もが敬う人になれる。それは素晴らしい人生だと保証する。だから決断してほしい。私と来るか、ここに残るか」

「……保証とか、何か知ってる口振りだね」

「…気味悪いけれど、知ってた」

 ルークは少し唇を噛んで、悔しそうな顔に変わった。

「俺が王の血をひいてるから、会いに来たの?」

「それは…正直わかんない。絶対違うとは言い切れない部分もある。でも…」


 ルークに会って、なんて言うかずっと悩んでた。これしか、私の愛をうまく伝える方法が思いつかなかった。


「でもね。今はね。王の子だからとか、どうでもいい。私はルークと一緒に居たい。最初の頃話した憩いの棲家を覚えてる?フューイさんは、ご飯も棲家も、一人で子どもや鳥に提供することができた。けれど、私は二人で作りたい。私がパンを作るから、ルークが棲家を作って。二人で憩いの棲家を作って、満ち満ちよう。何処までも一緒に行けるように。どうする?ルーク」


 私からの精一杯の愛の告白だ。頷いてほしい。ルークが隣に居ない人生など考えられないのだから。


 ルークは悔しそうな顔を緩やかに止めて、はにかみ、頬が赤く染まった。目が潤んで、蒼い瞳がキラキラと宝石のように輝いた。


「ここまで言われて、行かない選択肢があるわけない。もちろん、サラと行くさ。当たり前だ」


 二人でまた強く抱きしめて、短いキスを交わした。


 ルークが男性使用人の服に着替えている間、部屋の中から刃物を探した。着替え終えたあたりで、髪を切っていいかと聞いたら、ルークはあっさりと自分で切り落とした。そして、私のメガネを渡した。

「ルークにあげるプレゼントを探している時、見つけて買ったんだ。かけてもらいたくて」

ルークは黒い伊達メガネをかけて、苦々しく吐息をもらして言った。

「俺は本当に馬鹿だな」


 その後は、二人で王宮から脱出した。

 追ってが来る前にここから去らなければ。二人で孤児院に行って、服を着がえる事にした。その後、街を出るのだ。


 孤児院に行くと、アーサーもテオも居た。全て打ち明け、街を出ることまで話した。

「ルーク、王の子だったの…?青天の霹靂というか、なんというか…俺、殺される?」

 アーサーはビックリし過ぎて、放心状態だ。

「馬鹿言え。たった今、全て捨ててきたぞ。つまり同じ平民だ」

 ルークの言葉を聞いて、アーサーは放心状態から回復した。

「そうか。そうだよなぁ。ルークに貴族は似合わないな」

「俺もそう思う」

 二人が熱い友情を交わしていた時、二人の話を聞いていたテオは、孤児院の門の方を注目していた。

「ねぇ、街を出るなら早くした方がいいよ。道が騒がしくなってきた」


 確かに孤児院前から騒がしい音が聞こえてきた。二人で孤児院に入り、服を貰って着替え、孤児院の裏に回った。アーサーとルークが今後について話し合う。


 ルークは腕組みしながら「さて、どうやって街を出るか…夜半になるのを待つか?」と、アーサーに言っていた。

「そんな時間あるのかよ。あっさり捕まるに一票。俺、いいこと思いついたから、サラと共に、サラのパン屋に行けよ。両親に協力を仰ごう」


 アーサーは、孤児院の壁の石垣の前に立ち、両手を組んで、手を差し出した。ルークは私に「先に行く」と言って、アーサーの手に片足をかけて、あっさりと身長以上の高さの石垣を飛び越えた。

 あれ?私もやるの?身長150センチなんですけど…。


 アーサーは尻込みしている私を抱きかかえて、「行くぞ!」と言ったと思ったら、私の体が空に浮いた。まるでキャッチボールしているみたいに、石垣向こうのルークの所まで飛んだ。超怖い!


「いいか。俺も行くからパン屋で集合な!」

 アーサーの声が聞こえた。二人で私の実家まで走って向かった。


 パン屋はいつも通りの様子だった。さすがに私の事はバレていないから、ルークを探している兵士はいない。もう時間がない私は、泣きながら両親に訴えた。もしかしたら、二度と会えないかもしれない。いきなり去る親不孝を許してほしい。


 両親は困惑していた。事態がうまく呑み込めていないのだ。ルークも一緒になって説明して、私の両親に頭を下げた。母さんは途中で泣きだして、ルークに「お願いだから、サラを悲しみの穴埋めには利用しないでおくれ」と言った。ルークは「もちろんです」と真剣に言っていた。


 その時、アーサーが現れて、荷車と教会へ納品するパンと二人が入れる木箱が欲しいと訴えた。

 父さんは悔しそうにアーサーの言った通りにした。荷車の上に木箱を乗せて、木箱の中にルークと私が別々に入り、また木板を載せて、教会への納品パンを載せ蓋をした。アーサーの「行くぞ」という声で、カラカラと荷車が動きはじめた。

 

 途中で、荷車が止まった。外からアーサーと知らない男性の声が聞こえてくる。

「だからさ。パン釜が壊れてしまったんだよ。早く持って行かないと、教会の儀式に間に合わないだろう?」

「すまんな。中身だけ改めたら行っていいから。見させてくれ」

「……早くしてくれよ」


 私の入ってる木箱の蓋が開けられた。緊張のため、ドキドキと胸が高鳴った。見つかりたくない。ぎゅっと目を瞑った。


「ほら、パンだろう?全部の箱を開けて確認するのか?教会の儀式に必要だと知っているだろう?みんなが待ってるんだ。それとも信仰心が薄いのか。もしかして、おっさんは異教徒か?」


 アーサーの冷ややかな声が聞こえ、次に男性の怒声が聞こえた。


「俺は異教徒では断じてない!!愚弄にも程があるぞ。…わかった。早く行け」

「ありがとう。助かるよ」


 カラカラと荷車が動きはじめた。街から出たんだ。安堵から涙がポロポロこぼれた。

 そして、しばらくの間、木箱の中で丸くなって過ごした。


 ✩✩✩


 大好きなアーサーへ


 元気にしていますか?

 学園は無事に卒業できたでしょうか?この手紙がつく頃には、卒園からどのくらいの月日が経っているのでしょう。落ち着いたら連絡を寄越すという約束が、今やっと叶えられそうてす。

 私達は今、海が見える町にいます。街を出た時は成人していなかったから、家が借りられず苦労しました。運良く私はパン屋の住み込みで働き、ルークも大工の仕事場に住み込みできる事となり、成人までお世話になりました。

 今は二人で家を借りて住んでいます。ルークの理想が高すぎて、家を作れないのです。呆れています。

 海が見える町はとてもいい所です。住所をお教えするので、今度遊びに来てください。


 恩人に真心を込めて


 ルーク、サラ

 

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