台風指突
苦汁と指子の間は2メートルくらいの距離があいている。
指子は右腕を大きく前に出した。片指指殺の構えだ。
「あれ?部長と試合した時とは逆ですね」
「そうだな。俺の時は左腕が前だった。もしかして指子の利き手は右なのか?」
二、三回素振りをして指子は言った。
「私の100パーセントの片指指殺を喰らって死ななかった者はいない」
「おい指子。その発言は大丈夫なのか?」
指子はもう苦汁しか目に入ってないようだ。
「いくわよ、おっさん」
右腕を振りが強くなると、肘から先が見えなくなる。
苦汁のこめかみが動き、体に力が入る。片指指殺の威力を良く知っている者の反応だ。
「奥義、片指指殺」
ゴッ、ドゴッ
俺の時よりさらに強い、鈍器で叩いたような音がした。
苦汁の顔は苦痛に歪み、口から泡が垂れ、片ひざを床につける。苦汁のブレザーの胸辺りが焦げて煙が出ている。
俺は思わず「人間て凄いな。指でこんなことが出来るんだ」
ピンポン
判定音は一回だけ。指子の片指指殺は技ありだ。
指子を見てニヤリとする苦汁。
「なかなかいい突きだねぇ指子くん。じゃあ僕の番だねぇい」
苦汁は何事もなかったかのように立ち上がり両掌を前に出す。人差し指を残して手を握り、円を描くように指をくるくると回し出す。
まるで子供がトンボの眼を回すように。
「いいだろぉ。僕は指子ちゃんの乳首を指でなぞっているんだよぉ」
俺は思わず本音が口に出てしまう。
「気持ち悪いおやじだな」
横目で俺を睨んでくる苦汁。
「あ、すみません。つい」
苦汁の指の回転が速くなる。とても、とても速くなる。
「人差し指が消えた。どうなっているんだ?」
室内に風が出て来る。徐々に強くなると端に避けていた机の上の紙が飛び、飲み残しのペットボトルが倒れた。そのうち強風になって物が飛び交い、真っすぐ立っているのが困難になった。
「あれが番長の必殺技、台風指突なんだ」
風の音にかき消されながら散弾原の部員が言った。
「台風指突?」
すると指子が何故だかわからないがよがりだした。
「あっ、いやん」
「どうした指子?何をされているんだ?」
「僕のタイフーンが指子ちゃんの乳首に纏わりついてるのさ」
指子の体がブルブル震えて両胸がバインバイン揺れ出した。
「ああっ。もうやめて。いや」
「おい指子。男子高校生が見てるんだぞ。はしたない真似はよせ」
それでも指子は体をくねらせ、胸をバインバインさせていた。
「いいよぉ指子ちゃん。このタイフーンでだんだん指子ちゃんの乳首の位置が浮き彫りになってきたねぇ」
寸止次郎が指子の胸を指さし俺に向かって言った。
「部長。指子先輩の乳首の位置が視認できます」
深いえくぼ皺を作り満足げな顔をした苦汁は
「そうだねぇ。そして僕は台風の目を突くだけでいいんだねぇ」
苦汁は引っ込めた人差し指を腰で溜めた。
「喰らいなさい。台風指突」
思い切り前に突く。
ドゥムッ
浮き上がった指子の乳首は消え、両胸がへこむ。
「いやああああああん」
指子は後ろに勢いよく倒れ、仰向けでピクピクと痙攣していた。
ピンポン。
「技ありだ。奴はわざとあいこにしたんだ」
「試合中すいません。ちょっとトイレに行ってきます」
散弾原高校の生徒、数人が立ち上がり、股間を押さえて部室を出て行った。
それを見ていた苦汁はしみじみと言う。
「若いっていいもんだねぇ」
部員を見送った後、苦汁は痙攣している指子に視線を移した。
「いい声出してたよぉ指子ちゃん。でも僕との楽しい試合はこれからだよぉ」
やばい。やばいぞこのおやじ。指子が開発されてしまうじゃないか。
指子の震えが止まった時、とてつもない怒りのオーラを感じて、俺はゾッとした。指子は立ち上がり、苦汁を睨みつける。
「よくも私を辱めてくれたわね、おっさん。絶対に許さないわ」
苦汁は肩をすくめて掌を上にし、首を振ってやれやれみたいなポーズしている。
指子の表情がより険しくなり、指を鳴らし始めた。
「巻き込まれて死ぬかもしれないから、あんた達はそのおっさんから離れて見ていた方がいいわよ」
「何をするつもりなんだ指子?」
「私の奥義は一つだけじゃないのよ」
指子は偶然眼があった磁場流に叫んだ。
「指子様を舐めるんじゃないよ小僧」
「えっ?今の流れで何で俺?怖いこの人」
怯える磁場流。
「指子ちゃん。元気になってよかったよぉ。早く僕の乳首を喜ばせておくれ」
苦汁が我慢できなくなっておねだりし始めた。
「よし、いいだろう。お前は死ね」
指子は前に出した手で印を結ぶ。「突、乳、爆、裸」
すると指が光り出す。
俺は嫌な予感がしたので「皆逃げろ、ここから早く離れるんだ」
「奥義、爆乳裸族」
次の瞬間、苦汁が大爆発した。
煙で室内が何も見えなくなる。咳き込んでいる音が周りから聞こえて来る。
なんで爆発した?俺達は乳首当ての試合を見ていたはずだ。火薬でも仕込んでいたのか指子の奴。
苦汁が死んでない事を祈りながら煙の中探す。すると立ち姿のシルエットが見えてきた。
煙が晴れると、ジムでそこそこ鍛えてる感じの日焼けした真っ黒い裸体と、爆発を逃れたカルバンクラインのボクサーパンツが目に入った。
「よかった。おっさん死んでない」
ピンポン
少し遅れて判定機械が鳴った。
俺は首をかしげる。
「また技ありだ。指子がミスるとは思えないんだが」
俺は目を細めて苦汁の乳首を良く見る。
なっ。まさか、こいつは。
技ありしか出ない理由が分かった。俺は苦汁の左胸を指す。
「こいつ。左乳首が無いぞ」
室内がざわつき始める。
苦汁は少し戸惑った顔をしていたが、下を向いて悲しい微笑を浮かべた。
「ふふっ。見られてしまったか。では教えてやろう俺の本当の目的を」