苦汁滑男
次の休日、俺達は練習試合を申し込んできた散弾原高校に向かう電車に乗っていた。
窓から見る空は快晴だったが俺の心は曇り模様だった。この後の展開如何によっては雨になるかもしれない。
一時間程電車に揺られていると高い建物が無くなり、家も点在するようになった。
「部長、散弾原高校は随分田舎にあるんですね」
「そうだな。田園風景が広がって山の景色ばかりだ。俺はこういう自然も好きだからなんか癒される」
言いながら磁場流の少なくなった手札を引く。
「それババっすよ部長」
「うわー。ついに引いてしまったか」
電車のボックス席に座り、向かいの後輩二人と菓子を食べながらババ抜きして楽しんでいた。
隣の指子はというと、朝から不機嫌で、ずっと電車の窓から外を見ているだけだった。俺は怖いのでなるべく声をかけないようにしていた。
「トランプの柄も磁場で分かるのか?」
「これ紙っすよ部長。磁場は関係ないでしょ」
「ネットニュースで磁場流姓がラスベガスで出禁リストになったと書いてたぞ」
「さあ?俺は知らないっす。多分ルーレットの方じゃないんですかね」
磁場流の眼が泳いでいる。
「それより52歳の高校生はどんな人なんですかね部長?」寸止次郎が言った。
「朝からそれを考えて怖いんだ」
急に不安になって俺の悪癖である貧乏ゆすりが出てしまう。
「先生に接するみたいな感じでいけばいいんでしょうか?」
「それは相手の出方次第だろ。『バトルしようぜ』みたいなノリだったらタメ口でもいいんじゃないか?」
「そうっすよね。あの手のアニメは大人にタメ口ですもんね」
「ガチで大人が子供に切れたらどうなるんだろうと俺はハラハラする時があるけど」
「アニメにガチにならないで下さいよ部長」
トランプしながら話していると電車は終点の散弾原駅に到着する。ここから、さらにバスに乗り継いで、30分ほど揺られて散弾原高校前のバス停に到着する。
荷物を持って皆バスから降りると、目の前には年季が入った校舎が建っていた。
休日なので誰もいないようだ。
わざわざ遠くから練習試合に来たというのに、散弾原の生徒は誰も迎えに来てくれないのか?到着時間は分かってるんだから、部員を一人くらいここに寄越してくれてもいいのに。
「一体どこに行けばいいんだ」
権田原は散弾原高校に行けとしか言わなかった。
しょうがないので俺達は校門から学校の敷地内に入り少し歩いてみる事にする。すると看板と矢印が目に留まる。
『ようこそ的場高校乳首当て部の皆さん。試合会場はこちらです』と書かれている。
俺達は矢印の方に歩いて行く。
「なんか緊張してきますね。部長」
「そうだな」
試合会場と書かれた立て看板があるのが目に入る。その横に大きなプレハブ小屋が建っていた。「乳首当て部」と書かれた年季の入った木の看板が掛けられている。どうやら部室の中で練習試合するらしい。コンコンと戸をノックすると「どうぞ」と声が聞こえる。俺は引き戸の凹みに手を掛け滑らせる。
俺達が中に入ると散弾原高校の制服を着た部長らしき52歳が出て来た。
「ようこそ、散弾原高校乳首当て部へ。私が部長の苦汁滑男です」
俺もすかさず
「的場高校の部長の父首中です。練習試合の申し出ありがとうごさいます。今日は宜しくお願いします」
俺はその52歳をじっくりみる。顔は日焼けして真っ黒だ。焼き過ぎた為か深い皺があり、実年齢52歳より少し老けて見える。黒髪にベットリ整髪料を塗っていて、スッゴいキツイ香水の匂いがしている。眼が大きく眼力があり、歯は真っ白。中年の嫌なギラギラ感がある。
苦汁は前に来て、俺達男子に一人ずつに握手してくる。眼を見て「ようこそ。ようこそ。ようこそ」
そして指子の前に来た。指子だけ両手で握手している。
「ようこそ。君がそうなんだねぇ」指子の胸をガン見している。
やばい。指子が狙われているようだ。
苦汁は俺達男子に向かって話し出した。
「僕は相手の指を触っただけで実力がわかるんだよねぇ。君達はうちの男子部員と実力が拮抗しているようだ。切磋琢磨して強くなるといいよ」
指を触っただけで実力がわかる?ほんとなのか?何か胡散臭い男だ。
そして、下から舐めまわすように指子を見る苦汁。癖なのかはわからないが苦汁の唇の間から舌がチロチロ出入りしている。
「僕は指子ちゃんとマンツーマンで試合するからねぇい」
やはり危険人物だった。すがすがしいまでに予想が当たっていたな。
指子は俺の近くに来て耳打ちした。
「あいつは殺すけど、しょうがないわよねぇい」
うちの指子も気が強いから大丈夫かもしれない。
俺達男子は乳首にフィルムを装着し、練習試合をすることにした。
ここの高校には判定機械を用意しているようだ。
男子同士で相手の悪い部分を指摘しながら、わいわいと練習試合をしていた。
俺は指子が心配でしょうがなかった。俺が試合を決めたんだ。俺のせいで指子に何かあったらどうする。
俺は後輩の応援しながら指子の様子をずっと窺っていた。
「指子ちゃんが先行でいいよぉ。僕は指子ちゃんと必ずあいこにするからねぇい」
なに?勝つのではなく、あいことはどういうことだ?まさか。あいつ。ずっと指子の乳首を弄ぶつもりか?
俺は急いで苦汁の元に行く。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ苦汁さん。公式に男女混合の乳首当て競技はありません。指子には女子部員を用意してくださいよ」
「女子部員なんてここにはいないよぉ。僕は公式戦には出られないし、これは練習試合だからねぇい。硬いこと言っちゃだめだよぉ」
「い、いやしかし」
何で苦汁は公式戦に出られないんだろうか?
「大丈夫よ。こいつは殺すと言ったでしょ。次のターンなんかないわ」
「殺すとか言っちゃって怖いねぇ指子くん。気の強い所もあいつにそっくりだねぇい」
あいつとは一体?
苦汁は俺を見て真顔になり「さあ君はあっちだろう。行った、行った。後輩君の面倒を見てやれ」
急に普通の喋り方になりやがったな。
俺が戻ると、後輩二人がやって来る。
「どうですか?指子先輩の様子は?」
「指子が初手であいつを殺さないと、指子の胸はずっとあいつに弄ばれることになる」
「ええ?」
「俺はあいつが指子に変な事をしないか見張る必要があるな」
俺はちょっと休憩しようと散弾原高校の部員たちに言って、皆で指子と苦汁の試合を観戦する事にした。
体育座りすると隣にいた散弾原高校の生徒に聞いてみた。
「あんないい歳の大人が部長でやりにくくないか?」
「まあ、実はそうなんだけど。でも番長は死ぬまでここに居るというんだ」
「52歳で番長だって?磁場流、俺の腕を見ろ。鳥肌が」
「なんか夢を見てるみたいっすね」
苦汁は余裕の表情を浮かべて言った。
「さあ、来なさい指子くん。僕が君の指をしっかり受け止めてあげるからねぇ」
指子は苦汁を指さし睨みつける。
「お前はぶっ殺す。片指指殺でねぇ」
それを聞いた苦汁の表情が変わる
「なんだって?今、片指指殺と言ったのか?」
「そうよ。私の奥義は片指指殺よ」
「ぬぬぬぬぬぬ」
苦汁の黒い顔がみるみるどす黒くなる。
「その技でなあ。俺の、俺の乳首はなあああああ」
「何だ?奴はどうしたんだ?急に」
観衆の視線が集まる。俺達の方を見て、はっとした表情をすると苦汁は我にかえった。
「取り乱してすまなかったねぇい。じゃあ突いて来ていいよぉ指子くん」
「どうしたんだ?情緒不安定だぞ」
それでも俺は指子を見守るしかない。勝ってくれ指子。