52歳の高校生
放課後、部室に来るとまだ誰もいなかった。俺が一番のようだ。
二十分ほど待っても誰も来ない。
何か用事があって皆遅れているんだろうか?それとも帰宅している?もう少し待ってみようかな。
俺が一年の時は毎日がこんな感じだった。一人きりだった。
当時を噛みしめて一人素振りをする。
顧問が適当な権田原で良かった。俺一人しか活動してないのがバレてたらとっくにこの部は廃部になっていただろう。
少しすると指子が部室に入って来た。
「私は職員室に行って入部届を出してきたんだけど、顧問の権田原先生が驚いた顔してたわ。お前本気なのかって言ってた」
長机の上にカバンを置いて、椅子に座る。
「権田原は空手部と乳首当て部を兼任顧問してるんだ。空手部ばかり力を入れて俺達はただの変人の集まりだと思ってやがる」
「まあ、そんなものよね」
「空手部が拳で相手を突くのと俺達が指で乳首を突くのと何が違うんだ?本質は一緒だろ?」
「全然違うわ」
「え?」
「それは全然違うわ」
俺は指子に裏切られたような気分になった。
「なんだよ。お前もあっち側の人間なのかよ指子。がっかりだよ。乳狂治もお前にはがっかりしてるよきっと」
何でかわからないが思わず乳狂治の名を出したら指子はうつむいてため息をついた。
「そうよね。父さんは私に世界選手権で優勝して欲しくて乳首当ての英才教育したのに、私が試合に出なくてがっかりしてる」
「そんな話をしていたのではないが、お前はプロ並みの技持ってるんだから試合に出ろよ」
「日本の女子レベルは低すぎて話にならない。そして世界戦はレベルが高すぎる」
「日本女子はそんなに駄目なのか?」
「周りの女子は皆口をそろえてこんな競技は恥ずかしいっていう。世界は皆オープンに乳首当てして切磋琢磨しているというのに、私は今以上強くなれそうもない。日本は恥の文化の国。日本は乳首当て後進国なんだわ」
「まあ確かに乳首当てしている女子なんて聞いたことないな」
「中学の時、父は私に男装させて、男子の部に潜り込ませようとしてたの。でもある日私の胸を見て『あっ、これはもう無理だな』と言って私に全く興味が無くなってしまったのよ」
「そうだったのか。なんか俺が悪かったよ」
そこに後輩二人が慌てて入って来た。
「遅れてすいません」
「大変です部長。他校との練習試合が決まりました。さっき廊下で会った権田原が言ってました」
また権田原か。練習試合なんて今まで無かったのにどういう風の吹き回しだ?
「乳首当て部があるのはここだけなんだろ?他県の高校と練習試合するのか?」
「いえ、実はこの県には乳首当て部がある高校がもう一つあるんですが、その高校はちょっといわくつきで」
「なんだよいわくつきって?」
俺は嫌な予感がしてくる。
「試合を申し込んできた高校の乳首当て部の部長は、何かの事情で公式戦には出られないようなんです。部員も気を使って公式戦には出ないようです」
「公式戦に出られない事情?麻薬栽培とか犯罪的なことなのか?」
「そこの部長は高校2年を35回留年しているようです」
「35回?高2は17歳ぐらいだろ。それに35年?計算してくれ磁場流」
「えー。怖くて計算したくありませんよ部長」
「俺も怖いからお前に頼んでるんだ」
「52歳でしょ」
指子がはっきりと言った。
乳首当て部に指子が入部したと聞きつけて、52歳の部長が男女混合の団体戦をしようと言っているようだ。向こうの高校に女子部員はいないから女子は指子だけになる。
「なんて悍ましい話だ。直ぐに断ろう。気持ちが悪すぎる」
「でも私さっき入部届出してきたのよ。何でこんなに情報が早いのよ?」
指子は首をかしげた。
「権田原だろ。奴がその52歳の高校生と何かしら関係があるんじゃないか?」
俺はずっと鳥肌が立っていた。
「その話、少し知ってます」
寸止次郎が留年して中年になった高校生の話を前に聞いたことがあると言うので話して貰った。
52歳の高校生には地元の名士である高齢の父親がいる。父親は息子が通っている高校の教師の住所と名前を調べ上げ、お歳暮とお中元を高校教師たちに毎年必ず贈るそうだ。包装紙を開けると小さなメモ用紙がある事に気が付く。そこには一筆したためられている。『息子を死ぬまで高校生でいさせてやって下さい。宜しくお願いします』
俺達は顔を見合わせる。
「死ぬまで高校生?そんな事が可能なのか?」
なんにせよ、そんな奴と指子を対戦させるわけにはいかない。
俺は立ち上がり「よし。権田原に練習試合を断るように言ってくる」
部室を飛び出し空手部の道場に行くと、端の方に立っているジャージ姿の権田原を見つけた。
権田原権蔵47歳。独身。体育教師。平均身長より背は低く面長の厳つい顔をしている。空手の有段者なので体はがっしりとしていて短足。後輩の空手部員達は自分の子供の様に可愛く、乳首当て部は変態の集まりだと思っている。独り身のくせに最近ワンボックスカーを買ったらしい。
私見も入っているが俺の権田原のデータはそんな感じだ。
上履きを脱いで道場に上がり権田原の近くに行って俺は声を掛けた。
「先生。他校との練習試合なんですが、断って下さい」
「なんでだ?お前達は試合しなかったら強くなれないだろ?」
「男女混合は止めて下さい。それなら引き受けます」
「駄目だ。男女混合が練習試合をする条件だ」
「何故そんなに男女混合にこだわっているんですか?」
「知らん」
「じゃあ断って下さい」
「相手側の部長の親御さんが、お前の部に多額の寄付をしたいと言っているそうだ」
「え?」
俺は部室に戻る。
当然部員達は俺が練習試合を断ったと思っているが、俺は引き受けたことを伝える。驚いているので理由を説明する。
「練習試合したら、この部に凄い金額を寄付してくれるらしい。この前は指子が競技用の機械を持って来てくれたが、寄付金で競技用の判定機械を買って部室に置くことが出来る。機械があればもういちいち相手に判定を聞かなくでいいんだぞ」
「それはいいですけど、指子先輩が危険なのでは?」
「大丈夫だ。いざとなったら向こうの選手を片指指殺で殺せばいいんだからな。指子はそんなにやわではない」
俺は指子が座っている椅子の前に行き「というわけだ。頼んだぞ指子」
上目遣いで俺を睨みつけた指子は、立ち上がって思い切りビンタしてきた。
「え。なんで?駄目なのか指子?」俺は涙ぐむ。
カバンを持って指子は部室を出て行ってしまった。
「それは指子先輩が可哀そうですよ」
後輩達は言う。
「そうなの?」
俺は指子を追いかけ廊下を走る。そして指子の前に行って土下座する。
「すまない指子。お前の気持ちを考えないで。俺を許してくれ」
「いいわ」
「えっ」
「私が先鋒で勝ち抜いて相手高校の奴等をぶちのめしてやるわ。特に52歳の高校生は舐めやがって。もう乳首当てを出来ない体にしてやる」
「こわっ」
土下座姿勢だと指子の胸がデカすぎて顔が良く見えないので、俺は立ち上がって改めて顔を見た。指子は恐ろしい形相をしていた。
こいつのどこが内気でシャイなんだよ。