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乳狂指子

 二人の新入生が乳首当て部に入り、俺達は全国制覇に一歩を踏み出したはずだった。しかし俺は放課後部室に行かなくなっていた。

 新入生が入部した日、俺は二人に乳首当ての稽古をつけてやろうと思い対戦した。後輩達に乳首当て競技の厳しさを教えてやる為に、軽くもんでやるつもりだった。しかし30戦して、俺は後輩二人に1勝もできなかったのだ。

 俺は自分にはセンスがあり、プロに近い実力だと勝手に思い込んでいたのだが、只の素振り好きの高校生だったようだ。競技に対する豊富な知識と情熱だけはあるが、全然運動神経が無く実戦が駄目な芸人のような感じだった。

「すまない二人とも。俺は自分を過大評価していたようだ。少し時間をくれないか?」

 俺は恥ずかしさのあまり部室を出て、そのまま家に帰ってしまった。自分の部屋のベッドに倒れ込み、むせび泣いていた。

 あんなに先輩を怒っていたのに、俺がこんなにへたくそな初心者だったなんて。俺はなにを根拠に自信満々だったんだ。

 一年間やってきた素振りはなんだったんだ?

 急にやる気が無くなった俺は放課後部室に行かなくなった。考えてみたら二人入部しても部員はまだ三人だ。もう一人居ないと廃部になってしまう。いっそこのまま廃部になった方が気が楽だ。

 そんなことを考えている自分にも嫌になり、俺は無気力になっていった。


 授業中もため息ばかりついて、授業も聞かずにぼーっとする。

 学校に乳首当て部があるから一念発起し中3の時に猛勉強して的場高校に入学した。高校受験で一生分の勉強したぐらいの気持ちになっていた。高校に入るとと俺は全く勉強についていけず、すぐに落ちこぼれてしまっていた。

 1年の時の成績は学年でもかなり下の方で、留年しそうだったがなんとか2年になることが出来た。

 俺から乳首当てを取ったら何も残らない。ただの駄目な高校生なんだ。


 授業はわからないし、もう寝てようかな。一番後ろの席で良かった。

 机に突っ伏して寝ようとしたら窓から風が入り、高そうなシャンプーの良い匂いが俺の嗅球を通り抜けた。匂いの方を見ると隣の席には、黒いロングヘアーで赤い下縁の眼鏡をした巨乳女子、寿留女指子するめさしこが座っていた。

 そうだ、変な苗字で、皆からイカ子と呼ばれている優等生タイプの女子なんだ。

 二年になって同じクラスになったんだっけ。

 俺の視線に気づいたイカ子は俺の方を向き、腕を勢いよく前に出す。俺に向かって人差し指を真っすぐ突いてくる。

「うっ」

 俺は乳首に圧を受け、驚きのあまり椅子から落ちそうになった。

 座った姿勢で、いきなりの突きだったが俺にはすぐわかる。


 あれは乳首必中の突きだ。


 なんて美しいフォームなんだ。俺は思わず隣のイカ子に見とれてしまう。達人は百メートル先の鳥を落とすと言われている。

 俺はイカ子から見て横を向いて座っていた。それなのに俺の両乳首のど真ん中を抜いてきた。

 この女子はただ者では無い。俺はイカ子をじっと見る。イカ子も俺を見返してくる。何故だか分からないがイカ子は怒っているようだった。

 話しかけて来るのかと思ったら、イカ子は前を向いて何事もなかったかのように黒板を見始めた。

 一体何だったんだ今のは?

 直接触れられた訳ではないのに俺の乳首はまだ指突でビリビリとしていた。


 放課後になり、俺は今日も部室に寄らず帰ることにする。

 もう部室に1週間も行ってない。このまま行かなければ、そのうち廃部になるだろう。

 俺は下駄箱で外靴に履き替え帰ろうとする。すると目の前にイカ子が現れた。

「何故部室に行かないの?父首中君」

 俺のフルネームを知っているのか?

「お前には関係ないだろ」

 俺はイカ子の横を通り、玄関口から外に出ようとする。

「逃げるの?乳首当てから」

「なに?」

 振り向くとイカ子の眼に涙が浮かんでいる。

「何故泣いている?お前は一体何者なんだ?」

 イカ子は俺の前まで来て、俺の眼を真っすぐ見て言った。

「あなた。小学校5年生の時に女子に乳首当てをして怒られたわね」

「何故それを知っている?あの時の俺はどうかしていたんだ」

 嫌な過去を思い出し、狼狽えた。

「あの女子は私だったのよ」

「えーっ。お前があの時の。それはすみませんでした」

 俺は頭を下げた。

 全然覚えてないがイカ子は俺の小学校の同級生だったようだ。

 当時を思い出して凄く恥ずかしくなり思わず下を向くと、イカ子は俺に語りかけて来た。

「あの時の、あなた。あの目の輝き、あの情熱」

「は?」

「一体あなたはどうしてしまったの中君?あなたのお陰で私は救われたのに」

「救われた?俺の乳首当てで?」

 俺は何の事だかさっぱりわからない。

「私の本当の苗字は乳狂ちくるいなの。そして父親の名前は乳狂治ちくるいおさむ

「ええっ。乳首当て世界選手権で何度も優勝しているあの乳狂治?」

 イカ子の表情が曇る。 

「私は子供の頃、父が本当に恥ずかしかった。間抜けな苗字。乳首を当てて勝つという恥ずかしい競技。私を見て吹き出す同級生。乳首当てなんてこの世から無くなってしまえばいいと思っていた」

 イカ子は俺の方を指さす。俺の乳首に心地よい指圧が当たった。

「でも、あなたが私を変えたのよ、父首あたる君」

 俺が?一体どういうことだ?

「私は生まれた時から乳首当ての英才教育を父から受けていた。あなたが私に遊び半分で乳首当て勝負を挑んできた時、余裕で勝って悔しがらせてやろうと思ってた。だけどあの時、私はガチであなたに負けたのよ」

 なに?そんな事実が?

 でも、なんか思い出してきたぞ。クラスの女子はみんな俺の乳首当て勝負を断った。でも一人だけ俺の勝負を受けた女子がいた。

「私は負けてとても悔しかった。この競技で負けるなんて」

 そうだ。相手の女子は号泣したんだ。それで俺が何か酷い事をしたと大人に決めつけられてこっぴどく叱られた。あれは単にイカ子の悔し涙だったのか。



「でもあなたの嬉しそうな表情を見て私はこの競技に対する考え方が変わった。ただ恥ずかしいだけではない。人を魅了する競技なんだと思った。当時あなたは情熱溢れる天才だった」


 何でかわからないが、凄い褒めてくれるなこいつ。


「俺の事を買いかぶり過ぎじゃないかイカ子?当時は天才だったかもしれないが、今はただの下手くそな高校生だ」

「私は勘違いなんてしていないわ」

 指子は指をビシッと前に出した。

「あっ」

 俺の乳首に当たる。


 だから私はあなたが後輩に負けたくらいで乳首当てを止めてしまうのが本当に悔しかった。やる気のない先輩を怒ったり、毎日素振りしていたりしているのを私は見ていたわ」

「なんでそんな事をお前が知ってるんだよ?」

「さあね」

 こいつはどこで俺を見てたんだ?急に怖くなってきた。


「だがな。そうはいってもイカ子、俺一人がやる気になってもしょうがない。もう一人部員が入らなければこの部は廃部になってしまうんだ」

「知ってる。だから私が乳首当て部に入ってあげてもいいわ」

「ええ?ほんとに?」

「ただし条件があるの。あの頃のように私と乳首当て勝負をしてあなたが勝ったら部活に入ってあげる」

 俺は思わずイカ子のデカい胸を見る。

「お前と勝負?ちょっと待て。俺はその胸を触っていいのか?もう俺達小五じゃないんだぞ。色々と大丈夫なのか?」

「あなたが私に負ければ部はここで終わる。でもあなたにあの頃の煌めきが残っていれば、私にきっと勝てるでしょう。そして全国制覇も夢では無いはず」

 イカ子の表情は真剣だ。冗談で言っているわけではなさそうだ。

 そして全国制覇と聞いて急に俺はスイッチが入った。

「よしやろう。お前の乳首を当ててやるぜイカ子」

「明日。家から競技用の機械を持ってくるわ。それまでにあの時の感覚を蘇らせておいてね」

「わかった。明日だな」

 興奮冷めやらぬ俺は学校玄関から出て行くイカ子の後姿に大きな声で言った。

「真剣勝負だ。明日部室で待っているからなイカ子」

 指子は振り向き、俺を見て何故か悲しそうな顔をする。

「あなたは私の事を指子と呼んで。あなたはだけは特別だから」

「お、おう。お前がそう言うならそうするよ指子」

 俺はなんか急に照れくさくなった。

 指子の後姿を、俺は玄関口でボーっと見ている。指子があの乳狂治の娘だったなんて。

 そして再び自信が蘇ってくるのを感じる。指子は俺のことを天才だと言ってくれたからだ。


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