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父首中

 午後までの長く退屈な授業が終わり、やっと帰りのホームルームになる。担任教師がいくつか連絡事項を言い礼をすると生徒達は自分の席を後ろに移動させ、カバンを持って教室を出て行く。

 俺は今日の掃除当番だったので教室で同じ当番が集まるのを待っていた。少しすると示し合わせたように広くなった教室に掃除当番が集まってくる。

 それぞれ担当を決めて、掃除に取り掛かった。

 俺の担当は掃き掃除なので適当に箒で掃いたのをちりとりに入れゴミ箱に捨てる。それが終わったら机を移動させ元に戻す。他の作業が終わった当番も移動を手伝い掃除が終わる。

 床を見るとまだ汚れが残っている。まあ誰も気にしないだろうが。

 無駄な時間を取られた掃除当番は、先に帰った生徒との遅れを取り戻すように足早に教室を去って行く。だが俺には待っている相手なんかいない。部室に行くのに特に急ぐ必要は無かった。

 最後に教室を出て廊下を歩いていると、左手にある少し開いた窓から独特な掛け声が聞こえてくる。グラウンドで活動しているのは野球部とサッカー部、陸上部の連中だろう。

 野外競技はグラウンド、室内競技であれば体育館で練習すると決まっている。

 だが俺の部活は違う。部室の中だけで活動する特別な部なのだ。


 俺は県立的場高校2年、父首中(ちちくびあたる)。乳首当て部の部長をしている。

 乳首当て部と聞いて王様ゲームの様な、いかがわしいものを想像した奴は論外だ。

 世界での乳首当て競技人口は今やラクロスを抜いて100万人時代だと言われている。俺は指の長さが乳首当てに向いていると祖父に言われ、小学生の時に乳首当てのプロを目指して始動した。


 右も左も分からない俺は、小五の時クラスの連中に片っ端から乳首当てを挑んだ。当時は誰にも負ける事がなかった。そして俺が女子の乳首を当てた時にクラスで大問題になり、教育委員会は乳首当てを禁止してしまった。それ以降俺は表立って乳首当ての対戦が出来なくなり。素振りだけする悶々とした日々を送ることになる。

 中学に進学しても乳首当て部は無かった。その時はもう競技をするのは諦めようと思った。一ファンとして競技を応援だけしていようと思うようになった。

 だが、プロ選手の試合を画面で見ていると、指が動いてしまう。乳首当て競技がどうしてもしたい。高校受験が迫ってきた時、県に唯一乳首当て部が存在するという的場高校を見つけた。

 俺の学力では入れないと進路指導の先生に言われたが、どうしても乳首当てがしたい俺は猛勉強して的場高校を受験し、見事合格した。

 やっと対戦が出来る。俺はわくわくしながら桜の並木道を通り高校に初登校した。

 新入生オリエンテーションで体育館に1年生が集まった時、なぜか乳首当て部だけが部活説明会に出席していなかったのが俺は不思議だった。

 不安になったので放課後、運動部棟に行って乳首当て部の部室を探してみることにした。

 いくら探しても乳首当て部の部室が見つからない。

「ない。どういうことだ?」

 この高校に乳首当て部があるというのは俺の勘違いだったのだろうか。体から汗が噴き出してくる。

 額の汗を袖で拭い、その足で職員室に向かった。

 ノックして入ると、近くの席に座っている教師に乳首当て部の部室がどこにあるのか聞いてみた。

 首を傾げて他の教師に聞いている。なにやら教師三人で話している。

 一人の教師が手を叩いて「あー。権田原先生が顧問のとこだ」

 端に座っている教師を指さす。

「あの先生が顧問だから聞いてください」

 一人のジャージを着ている厳つい教師の元に行き、乳首当て部の部室の場所を聞いた。その教師は俺を不審者を見るような目てじろじろと見て、部室が文化部の棟にあることを教えてくれた。

 顧問のくせに何故俺をそんな目で見る?それに何で運動部なのに文化部棟にあるんだ?

 俺はもやもやした気分で文化部棟に向かう。

 到着すると入口すぐの所に茶道部と書いてある紙がドアにテープで貼ってある。

「違うな」

 次も次も。廊下をどんどん進んで行く。しかし無い。乳首当て部が無い。そろそろ廊下が終わりに近くなって来る。

 俺はまた焦ってくる。

 文芸部の隣のドアは何も書いていなかった。ノックしても反応が無い。恐る恐るドアを開けて中を見る。段ボールの山になって壁には剣と盾が立て掛けられている。文化祭か何かで使うものか?演劇部の小道具?

 俺はドアをそっと閉め、隣の部屋に行く。ここも中を見ると段ボールやらパイプ椅子とか積んである。倉庫のようだ。

 次が最後の部屋だった。俺は祈るような気持ちになっていた。

「あってくれ乳首当て部」

 ドアの横の壁にプレートが斜めになって貼ってある。『指さし確認』と書いてある。

「なんだこれ?」

 俺はノックすると「はい」と声がした。


 ドアを開けると部屋の中には先輩が5人居て、ここが乳首当て部で間違いないと言った。そこで俺はやっと安心する事ができた。

 でも入部届を出したら「なんだよ、女子じゃないのかよ」とがっかりされた。

 聞けば3年の先輩方は女子部員と乳首当てをしたいという不純な動機で入部し、パーティ部だと適当な事を言って女子を勧誘しまくっていたようだ。そしてことごとく断られていた。一人見学に来た奇特な女子もすぐ来なくなったということだった。

 説明会に来なかったのは、変な名前の部に入ってるのがばれたら恥ずかしいから。男子は要らないから直接女子に声を掛けて勧誘していたとの事。

 名前が恥ずかしいだと?それに女子しかいらない?乳首当て競技を性の捌け口に使うなどもっての他だ。

 念願だった乳首当て部に俺は入部出来たのだが、思っていた部活内容とは全然違っていた。先輩方は乳首当て競技のルールも知らず、部室に来ては菓子食ってSNSや面白かった動画、俺の良く知らないユーチューバーの話ばかりしていた。何日経っても練習しようとはしない。だらだら菓子食っておしゃべりしてるだけだ。俺は我慢して一人素振りしていたが、ある時ついに先輩方にブチ切れた。


「そんなのは家でやれ」


「は?」


 乳首当て勝負で俺が先輩方に勝ったら俺が部長になり、この部活をまともな部に立て直すつもりだから勝負しろと言った。最初は俺を見て笑っていた先輩だったが、俺がガチの勝負を望んでいるとに気づくと「こんな部はお前にやるよ」と言い残し、勝負をせずに部を辞めて行った。

 そして俺はあっけなく乳首当て部の部長になったのだが、部員が俺以外誰も居なくなってしまった。

 部活は部員が4人以上いなくては廃部になってしまうのだ。俺はクラスの同級生を乳首当て部に誘ってみたのだが、ことごとく断られた。

 恥を忍んで部を辞めていった3年の元部長に頭を下げ、名前だけ貸して欲しいと言った。最初は俺を無視していた元部長だったが、俺がしつこく上級生のクラスに通うと「お前は面倒臭いからもう会いに来るな」と言い、元の部員を集め、渋々名前だけ貸してくれた。

 とりあえず廃部は逃れる事が出来たが、部で活動しているのは俺一人だけだった。

 誰も居ない部室で放課後、一人で素振りだけする日々。

 いつかこの練習が実を結ぶ事を信じて。


 そして1年後。


 3年の先輩方は卒業していき、俺は2年になる。新入生に入部して貰わないと、俺の代で乳首当て部が廃部になる。新入生を部活に勧誘しなくてはならない。俺は体育館で部活紹介をする新入生オリエンテーションで頑張った。

 乳首当ての型や、乳首当て競技の面白さを説明したのだが、新入生一同、体育座りしながらポカーンと俺の顔を見ているだけだった。

「最早これまでか」

 俺は放課後部室で一人項垂れる。俺の力不足で新入生の興味を引くことが出来なかった。廃部を覚悟しなくてはならない。


 だが数日後、俺の情熱が通じたのか奇跡が起こる。

 コンコン

 ノックする音が。

「どうぞ」

「入部したいんですけど」

 寸止次郎すんどめじろう磁場流徹じばるとおる。二人の新入生が入部届を持って部室に来てくれたのだ。一人は磁場の流れで乳首を感じるという磁場流じばるの姓を持つ期待の新人だ。

 俺は目が潤む。

「ありがとう二人とも。俺は決して君たちの期待を裏切らない。必ず全国制覇だ」

 こうして俺達の乳首当てが始まったのだ。

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