1話 日常
アクセスありがとうございます。
日常の一部を切り取った物語なので
数話で完結します。
放課後の誰も居ない教室に野球部の練習着姿の男子生徒が慌てた様子で勢い良くドアを開ける姿を見せ、自分の窓際席へと駆け寄り何かを探す。
「・・・・あった〜!」
彼が手にしたのは黒色の四角いケースで、まだ買ったばかりの最新機種のスマホだった。
「やっべ・・美優から着信が二桁も・・」
高校1年生から交際中である彼女の美優の着信件数に驚愕しながら、急いでスマホ画面に表示されている彼女の名前をタップして電話をかける。
「・・・・あっもしもし、美優?」
電話が繋がり呼び掛けるも美優からの応答は無い。
「もしもーし!? 美優〜? 匠真ですよー?」
匠真は美優の名前を呼び自分の名前を告げるも応答がなかったため、スマホを耳から離し通話を終わらせた。
「・・美優のやつ、ガチでプンプンだよな絶対に・・」
落胆する匠真はとりあえず大事なスマホが見つかったため、サボって途中で抜けて来た野球部の練習に顧問にバレないよう戻ることに成功し、その日の部活は終わりを迎えた。
汗臭く狭い部室で制服に着替え終えた匠真は、親友でクラスメイトの岩崎慎吾に帰りに寄り道しようと誘われるも彼女を理由に断り先に部室を出た。
グラウンドのバックネット裏を歩きながらスマホに視線を落とし、美優から新たにメッセージが一件届いていたため開封する。
『部活終わったら、いつもの公園で待ってるから』
絵文字が一つもないメッセージに匠真は美優が少し不機嫌なんだと思いつつ、今から公園に行くとメッセージを送りポケットにしまい急足で向かった。
高校の通学路の途中にある慣れ親しんだ小さな公園にたどり着いた匠真は、公園の何処で待ち合わせるかを聞いてなくても自然と美優が居る場所へと足は向かった。
「美優! ゴメン、遅くなった」
公園のジャングルジム近くにあるブランコに姿勢良く乗り揺れている、ショートカットの黒髪の美優は匠真の声に反応し顔を向けプクッと頬を膨らませた。
「たくちゃん、遅いよ〜!?」
匠真を愛称で呼びながら揺らしていたブランコから降りた美優は、置いていたリュックを手に取り歩み寄る。
「悪かった・・」
拝むようにして謝る匠真の姿に美優はクスッと笑いながら、どうしようかなと焦らしながら数歩だけ離れた場所で匠真からに提案を待つ。
「・・・・帰りに、サンバックズコーヒーで・・ね?」
「・・・・」
「・・えと、サイドメニューをプラスで?」
「うん、許してあげる!」
美優は保っていた距離感を一気に縮めピタッとくっついた。
「よかったぁ〜。それじゃ、行こう?」
「うん、たくちゃん!」
美優の笑顔に匠真は安堵の溜め息をついて、自然と触れた美優の右手を握り歩く。
待ち合わせた公園から歩いて数分先にあるコーヒーチェーン店のサンバックズへと入店し、美優は笑顔で遠慮なく注文して匠真が支払いを済ませた。
レジ前で美優は体型維持を理由にサイドメニューを頼まなかったため、テイクアウトにした2人はカップを手に店から出ると、繋いだ手は離れ代わりにカップを握り並んで歩く。
「・・たくちゃん、部活の方はどう?」
「順調だよ。このまま今年の夏は甲子園に行けるぜ!」
「試合でじゃなくて観戦ででしょ? それに弱小野球部は創設以来一度も甲子園行ったことんしじゃん」
「な、なんてことを言うんだ美優!? 弱小なんかじゃねーし!! 部員が足りないだけで、マジ強えチームなんだぞ!?」
匠真と美優が通う公立高校は強豪のサッカー部やバスケ部そして美優が所属する陸上部に新入生は入部し、数年間も野球部は部員がが足りず他校と練習試合ができない有様だった。
「はいはい、強いのは野球ゲームだけだもんね? たくちゃんは・・・・」
「チクショウ・・言い返せねぇ自分が悔しい・・・・ってか、美優の方はどうなんだよ?」
美優は陸上短距離選手で、小学生の頃から高校2年の今まで常に上位入賞する期待の女子選手だ。
「わたし? たくちゃん、聞いちゃって良いのかな?」
「・・もう知ってるから別に良い」
幼馴染でもある美優の活躍を匠真は知っているから、これ以上聞くのをやめた。
「そっか・・ずっと私のこと応援してくれてるから知ってるよね」
「当然だろ? 1レースも見逃したことは・・・・あったな、ちくしょう」
「あははっ・・アレは仕方ないよ? インフルエンザになって寝込んでたのに会場に来て、私のレース前に倒れちゃうんだから」
「・・・・あの時は、悪かった」
匠真は中学2年の時にインフルエンザになり寝込んでいたものの、美優から家で応援しててのメッセージを読んだ自分が情けなくなり、震える身体に鞭打って会場へと行くも高熱に耐えきれず客席で倒れた。
倒れたタイミングが悪くスタート前のアップ中の美優は客席でいないはずの匠真の姿を見つけた直後に倒れ込む光景を目撃してしまい、レースどころではなく全力を出しきれず初めて3位の成績を残してしまった。
「いいの・・1秒でも速くたくちゃんのところに行きたくてフライングしちゃったから・・私のミスでスタート出遅れちゃったしね」
互いに謝り合う気まずい空気になってしまい、匠真は話題を変えようと週末の話しを振った。
「美優さ、今週末の練習は両方?」
「今週は土曜日だけ。日曜はお休みだよ。もしかして、デートのお誘いかな?」
「当たり前だろ? 週末のバイトが土曜だけなんだ。久しぶりにどうかなと思ってね」
「うん、良いよ! デートしよ!?」
「おう、決まりだ。行き先は考えとくけど、美優のリクあったら教えてな?」
「楽しみにしてるからね? たくちゃん」
匠真と美優は公園から出て通学路をイチャつきながら帰り、他のクラスメイトに見られても気にすることなく互いの家に帰って行く。
通う高校は同じでもクラスが違う匠真と美優は、朝練に向かう登校と部活終わりの下校を毎日のように一緒に時間を共有していた。
デートの約束の週末まで匠真の日常は流れ、金曜日の昼休みに久しぶりに美優の教室に匠真は向かった。
「・・あの、美優・・じゃなくて、成田さんはいますか?」
美優の教室から偶然のタイミングで、廊下に出てきた名前を知らない男子生徒に声を掛け彼の反応をドキドキしながら待つ。
「・・あぁ、成田さん? 成田さんなら昼休みになったら他のクラスに男子に呼ばれて、一緒に何処かへ行ったよ」
「そう・・なんだ。ありがとう」
匠真は美優が教室に居ないことを聞き週末の待ち合わせを直接言えなかったため、自分の教室に戻りながらメッセージを送る。
『日曜は9時に家まで迎えに行くから』
送信完了を確認した匠真はスマホをポケットにしまい教室に戻ると、自分の席で弁当を食べそのまま昼寝で昼休みを消化した。
午後の授業が始まり放課後になってもポケットに入れたままのスマホは着信を知らせるバイブが動く事はなく、帰りのSHRが終わり部室に行く前に席でスマホの画面を眺めるも美優からの返事はなかったのだった。
クラスメイトの誰かがニヤつき歩み寄る存在を席で1人落ち込み画面を見つめる匠真は知る由もなかった・・・・。