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転生賢者の麗らか貴族生活〜余生のつもりが過保護な家族に溺愛されて長生き待ったなしのようです〜  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)
サルビア家の夏の日々

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第83話 風のいたずら

 午前中の仕事を終えると、土曜の午後は休暇の始まりである。今日の昼食には何が出されるのだろう。そんな楽しみとともに執務室を出たシアンは、ドアのそばに置かれていた物に気が付いた。

「なんでしょう、これ」

 見覚えのない箱が置かれている。細工の施された木の箱で、これまでこの屋敷で見た覚えはない。

 手を伸ばしたシアンを制し、スマルトが箱に手をかざす。怪しい物に子どもを触れさせないのは鉄則だ。

「呪いがかけられているな。誰かのいたずらにしては悪質だ」

「屋敷の人ではありませんね。とりあえずここに置いたままにして、昼食に行きましょう」

「さすが肝が据わってるな」

 手を近付けただけでその箱に呪いがかかっていることはすぐわかる。この屋敷は使用人でも見慣れない物に簡単に触れたりはしない。下手に動かすより、ここに置いて行くのが最善だろう。

「みんなを待たせるより、呪いの箱を待たせておいたほうがいいですよ」

「まあ、そうだな」

 サルビア家の食事は、基本的に家族が揃ってから始まる。ここで呪いの箱に気を取られていては、他の三人を待たせてしまう。片付けをする使用人も待たせてしまう。シアンにとっては、待たせるものの優先度が違うのだ。



   *  *  *



 昼食を終えると、セレストとネイビーも伴って執務室の前に戻る。呪いの箱は大人しくしていたようだ。

「これは」セレストが手をかざす。「呪詛魔具の一種ね。箱を開くことで、この屋敷全体に呪いを行き渡らせることができるわ」

「どうしてこんなところに?」と、ネイビー。「誰かが置いたにしても、誰にも気付かれずにこんなところに置けるかしら」

「ここに置かれたというより」シアンは言う。「ここに現れた、と言ったほうが正しいかもしれませんね」

「転移させたということか」

「おそらく」

 呪詛魔具はその名の通り、呪いを振り撒く魔道具である。この箱を開くことで呪いが発動し、仕掛けた範囲に呪いを行き渡らせる物だ。

「このまま解体できるならそれで解決ですね。解析してみます」

「シアンが呪われたりしない?」

 心配そうなネイビーに、シアンは明るく微笑んで見せた。

「僕はあらゆる耐性を持っているので、この程度の呪いなら特に問題ありません。もし僕が呪われたとしても、みんなならすぐ解いていただけますよね」

「それはそうだけど」と、セレスト。「ほんの一瞬でもあなたが苦しむかもしれないわ」

(ほんの一瞬で解呪できるんじゃな)

『さすがサルビア侯爵夫人です』

 スカーレットとともに感心しつつ、シアンはまた微笑んだ。

「大丈夫です。呪いで二週間くらい動けなかった経験があるので、ほんの一瞬なら虫が止まるようなものですよ」

「すごい経験をしたのね……」

 ネイビーが苦笑いを浮かべる。いまとなっては良い経験だ。

 シアンは箱に手を近付け、呪いの解析を始める。魔道具に組み込まれた術式を解析するのは、直接にかけられた魔法を解除する際と同じ方法で済む。複雑な物になると時間がかかるが、この箱に仕込まれた魔法は単純なものだった。

「人間の手によって作られた魔道具ではないようですね」

「魔獣ってこと?」

「いえ……たぶん、精霊のたぐいだと思います」

 人間、魔獣、精霊では持っている魔法の種類がそれぞれ違う。魔力に触れれば解明するのは単純だ。

「僕ひとりで解呪するには時間がかかるかもしれません」

「それなら助っ人を呼んであるわ」

 セレストが穏やかに微笑む。まるでそれを合図にしたかのように、カツカツと高らかな足音が近付いて来た。

「はあ〜い、ごきげんよう〜!」

 廊下の角から踊るように姿を現したのはカージナルだった。サルビア家が外部の人間を頼るとしたら彼である。

「よく来てくれたわね」

「頼っていただけて光栄よ〜。さっそく見せてちょうだ〜い」

 カージナルはどこか楽しそうな表情をしている。魔法学にも精通しているカージナルにとって、不可解な呪詛魔具は良い研究対象なのかもしれない。

「ふーむ……これは風の精霊のいたずらね〜」

「風の精霊、ですか……」

「ええ。シアンちゃんのことが気に入ったのかもしれないわ。風の精霊はいたずら好きで、気に入った人間にいたずらを仕掛けて遊ぶのよ」

 精霊は通常、あまり人間に関わって来ない。これまでの世界で精霊を使役することを追い求めている者が何人かいたが、そもそも精霊は人間の前には滅多に姿を現さない。人間とは住む世界が違うのだ。

「誰かがこれを開いて呪われたら、風の精霊にとっては面白いことでしょうね〜」

「なるほど。僕が解析してお伝えするので、解呪していただけますか?」

「ええ、いいわよ〜」

 シアンは右手を箱にかざし、左手をカージナルの右手に預ける。カージナルは左手を箱にかざし、解呪の魔法を発動した。

 解呪は数分で成功した。パキン、と甲高い破砕音とともに、呪詛の箱は砕け散る。無惨に崩れた術式は、呪いを振り撒くことなく消え去った。

「単純な魔法でしたね」

「そうね〜。風の精霊も馬鹿じゃないから、この程度の呪いがサルビア家に効くわけがないってことはわかっているはずよ」

「いたずらに反応することを楽しんでいるんですね」

「ええ。いたずらは無視していいけど、無鉄砲なブルーちゃんがいるわけだし、放置するのは危険かもしれないわね〜」

 この場にブルーを連れて来なかったのは、好奇心に任せて開いてしまうかもしれないと考えたからだ。幼いブルーには、呪いの重さと危険性を充分に理解しているとは言えない。加えて、ブルーはまだ耐性が低い。この程度の呪いでも、充分に効果を発揮することだろう。

「こうやって対処していれば、そのうち飽きると思うわ。命を危険に晒すようないたずらはしないから、放っておいてもいいはずよ」

「うーん……でも一応、他にも仕掛けられてないか見ておきます」

「そうね。たまたま耐性の低い使用人が開けてしまったりしたら可哀想だわ。排除できる物はしておきましょうか」

「はい。母様と姉様は、ブルーと一緒にいてください」

「ええ。いい? 無茶はしないのよ?」

「はい、ご心配は要りません」

 セレストにとっては子どもであるため心配になるだろうが、シアンは自分にはどんな呪いも効かないと自負している。魂に付与された耐性、能力値が上がったことによる耐性に加え、スカーレットの加護による耐性もあるためだ。シアンに弾けなかったとしても、スカーレットの加護を貫通することはないだろう。


 スマルトとカージナルとともに屋敷を回っていると、シアンの肌に感知される物は見当たらなかった。シアンが確実に目にする場所に置き、確実に手を触れるように仕掛けたつもりだったのだろう。呪いに掛からなかったとしてもいたずらに気付いたことで喜んでいるのなら、子どものような精霊だ。

 シアンの私室に通りかかったとき、先ほどの呪詛魔具と似た箱がドアの前に置かれていた。これ見よがしとはこのことである。

「これは特に呪われていないようですね」

「そうね。ただの箱だわ」

「開けてみてもいいでしょうか」

「大丈夫よ〜。万がいち呪われたとしたら、アタシが速攻で解いてあげるわ」

 呪いの気配は微塵も感じられないが、人間と違う魔力を持つ精霊となると、人間には感知できない呪詛を仕掛けている可能性もある。風の精霊がただいたずらを仕掛けることだけを楽しんでいるのだとしても、どんな場合も想定しておくのが賢明だ。

 慎重に箱を開くと、中から丸に目と口の付いた緑色の顔がバネで飛び出して来た。バネが長すぎたせいでシアンのひたいにぶつかる。微かに、くすくすと笑う声が聞こえた。

「ただのびっくり箱でしたね」

「そうみたいね。シアンちゃんの顔にぶつかるところまで含めて成功みたいね〜」

「本当にただのいたずらっ子のようですね」

 ただのいたずらで済ませないつもりなら、どんな手を使ってでもシアンを呪ったことだろう。精霊であればそれも可能なはずだ。そうしないのであれば、本当にただいたずらを仕掛けて楽しんでいるだけのようだ。

「風の精霊は気まぐれだから、きっとそのうち飽きるわ」

「うーん……でも呪詛系のいたずらを仕掛けられたら困りますし、各所に呪い除けを設置しておきます」

「そうね。対処できることはしておきましょ」

 いちいち呪詛系のいたずらを仕掛けられたのでは、それを解呪する手間がかかる。使用人たちも危険に晒される可能性があると考えると、いたずらを仕掛けられないよう対処しておくほうが早いだろう。

(猫みたいじゃな)

『いたずらされて困る物は表に出しておかない、みたいなことですね』

 賢者としては、呪詛返しを仕掛けてみたいところだ。

 他にもいたずらはないかと探しつつ、屋敷の各所に呪い除けを配置する。どこかの世界に存在していた「盛り塩」のようなものだ。

「呪いのかかった物は他にはないようですね」

「これだけ歩き回って気配すら掴めないなら、ないと考えてもいいでしょうね」

 高い魔力値を誇る三人が揃っていれば、微かな呪いでもその気配に気付くことができるだろう。三人が気付かなくても、おそらくスカーレットが感知できるはずだ。そうであれば、もう屋敷内に呪詛は存在しないと考えても問題ないだろう。

「精霊はあまり人間には接近しない印象でした」

「他の精霊はそうでしょうね〜。風の精霊は人間が好きなの。人間がいたずらにかかって困っているところを見るのが好きでいたずらを仕掛けるのよ〜」

「子どものように純粋な精霊なんですね」

「可愛いわよね〜。特定の邸宅に来るのは珍しいけど、この屋敷は結界が張られていないから入りやすかったのかもしれないわ」

「結界……」

 家族からそのような話を聞いたこともないし、そもそもシアンがその存在を感知したことがない。カージナルの言う通り、結界は張られていないだろう。

「爵位のある貴族の邸宅は、結界が張られていることが多いの。爵位のある家は何かと狙われるし、防げるものは未然に防がないとね〜」

「なぜこの屋敷には張られていないのでしょう」

「必要ないもの!」

 カージナルはあっけらかんと笑う。その一言だけで、シアンは納得だった。

「サルビア家は魔法力が高すぎて手出しはするだけ無駄ね。大抵の呪いや攻撃が効かないんだから」

「万がいち、ということはないのですか?」

「可能性としてはゼロではないけど、この国ではベルディグリ家とサルビア家に手を出すのは愚か者と言われているわ」

 いまのサルビア家には赤の血統も従えている。スカーレットの血筋のことは知られていないが、オペラモーヴ家だけでも充分な脅威と言える。サルビア家は敵に回すだけ損だ。

 そこでシアンの頭に浮かぶのは、あの少年たちの顔だ。

「子どもにはわからないことだったかもしれないわね〜」

 カージナルは肩をすくめる。子どもが血筋ではなく個人の能力で判断してしまうのは、どこの世界でも充分にあり得ることだ。

「風の精霊もそれをわかっているはずだから、本気で相手取ろうだなんて考えていないはずよ。シアンちゃんにかかれば、精霊だろうがなんだろうが消せちゃうんだから〜」

 晴れやかな笑みで言うカージナルに、シアンは苦笑いを浮かべる。肯定はできないが、決して否定もできない。実際に試すことはできないのだから、その真偽のほどは謎のままである。

「それに気付いていないほど風の精霊も馬鹿じゃないわ。いたずら以上に発展する心配は要らないわよ。そうなれば、こちらに手加減する必要は無くなるんだから〜」

「そうですね。でも、精霊と接することができたのは面白い機会でした。手を出して来たら容赦はしませんが」

 明るく笑って言うシアンに、微かに空気が震えた気がした。

「精霊相手に脅しをかけるなんて恐ろしいわ」

「シアンは亡霊も脅していたからな」

「怖いものなしって恐ろしいわ〜。シアンちゃんが敵対関係でなくて本当によかったわ」

 カージナルはつくづくと言う。シアンにとってもカージナルが敵対関係であったら恐ろしいが、転生者の魂であるため負けることはないだろう。

「いまの脅しで逃げて行っただろうし、あとは家族とのんびりするといいわ」

「はい。わざわざ来ていただいてありがとうございました」

「いいよの〜。アタシは便利屋みたいなものなんだから〜」

 到着したときと同じように、見送りは不要よ、と歌うように言い踊るようにカージナルは去って行った。シアンはカージナルを「便利屋」だと思ったことはないが、頼られると嬉しく思うらしい。オペラモーヴ卿も言っていた通り、忙しく動き回っているのが性に合っているようだ。

「面白い経験をしましたね」

 リビングに向かいながらシアンは言った。スマルトは小さく頷く。

「これだけ近くで精霊と接する機会は滅多にないだろうな」

「僕は精霊からも漏れなく嫌われていたので、好かれて困ることもあるとわかったのは良い経験です」

「それを面白がれるなら、また接近して来ることもあるかもしれないな」

「それなら楽しみです」

『あれだけ脅したのに……』

 呆れたように呟くスカーレットを無視しつつ、ブルーが待ちかねているかもしれない、と足早にリビングに向かった。風のいたずらの土産話をすれば、喜ぶかもしれない。






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