第80話 できるかな?魔道具製作!
シアンにはひとつ、以前から考えていることがあった。
「アズール兄様、よろしければ魔道具製作を教えていただけませんか?」
和やかな朝食会。シアンがそう問いかけると、アズールは手にしていたナイフを取り落としそうになった。
「魔道具製作に興味があるのかい……?」
その表情には驚きとともに、隠し切れない喜びの色が湛えられている。サルビア家の人々にはそれぞれ得意分野があり、それにシアンが興味を持つと喜びを抑え切れないようだ。
スマルトが以前、アズールには魔道具製作の心得があると言っていた。自分の考えていることを活用するのに、魔道具が一役買ってくれるのではないかと思い立ったのだ。
「スキルがなくてもマナを感知できる魔道具を作りたいんです」
現時点で世にその魔道具があるなら、と魔道具のことを調べていたが、シアンの需要を満たす物が見当たらなかった。であれば、もう自分で作ってしまうしかない。
「昨日の学会で思ったのですが、計測のための機械を改変すれば、対マナ戦に活用することができるかもしれません」
学会では、マナに関する計測器による研究結果が多くあった。大気のマナを観測することは充分に可能なのだ。
「それがあれば、スキルを習得しなくてもマナ感知ができるはずです」
「クロム殿下のことでずっと考えていたの?」
優しく問いかけるセレストに、シアンは小さく頷いた。
「クロム殿下は魔法の力が覚醒したことで必要なくなりましたが、スキルの習得は容易なことではありません。魔道具があれば、その障害を簡単に越えることができるのではないでしょうか」
「そうだな」ゼニスが頷く。「能力の不足を補うために魔道具を利用するというのは良い考え方だ。そういった物を作り出せれば、汎用性の高い魔道具になるだろう」
魔道具は魔法を使えない者でも使用することができる。魔法使いが魔法により補っている能力の不足分を、魔法を使えない者は自力で埋めなければならない。魔道具があれば、誰でも能力の向上を望めるようになるはずだ。
「それじゃあ」と、アズール。「今日はすぐ仕事を終わらせて帰って来るよ」
「本当に終わるの?」
目を細めるネイビーに、アズールはにこやかに微笑む。
「終わらせるさ。なんとしてもね」
「次の日曜でも構わないのですが……」
「次の日曜はこの屋敷でお茶会があるんだ。僕たちはそっちに参加することになるから、時間があまり取れない。それに、思いついたことはすぐに実行しないとね」
シアンは社交界とは無縁であったため、お茶会のことは知らなかった。とは言え、参加する必要はないシアンは前日に伝えられていたとしても問題はない。ブルーとともに屋敷の奥に引きこもっていればいいだけだ。
「ではお待ちしてますが、ご無理はなさらないでくださいね」
「無理をして教えられなくなれば本末転倒だからね」
アズールは爽やかに微笑んでいる。ブロンドの厳しい監視下での仕事も、今日はその後の予定だけで気分良くこなせそうだ。
(仕事後の楽しみも、時には必要じゃな)
『今日は帰ったら何々があるー! って結構、テンション上がりますもんね〜』
(生きる糧じゃな)
* * *
アズールが帰宅したのは、日が暮れ始めた頃だった。夕食までまだ時間があり、父はまだ帰って来ない。意地で仕事を終わらせて来たのだろう。
「本当に仕事をぜんぶ終わらせて来たのですか?」
「もちろん。今日はブロンドに小言を言われなかったよ。さあ、僕の工房に行こう」
アズールは上機嫌で屋敷の奥に向かって行く。シアンとともにスマルトが来ることには不満げであったが、それよりシアンが魔道具製作に興味を持ったことを喜んでいるようだった。
屋敷の奥側にあるアズールの工房は、素材と道具が床に散乱していた。おおよそ几帳面なアズールらしくない室内だが、作業をするための部屋は散らかりがちであることを賢者は知っている。むしろ片付いていないほうが落ち着くとさえ思った。
「シアンが迷宮攻略のときに採って来た素材がたくさんあるんだ。きっと使える物もあると思うよ」
「取っておいてくださったんですね」
「もちろん。どれを何に使うかわからないんだから、下手に捨てられないよ」
「汚い部屋だな」
「お前はそう言うと思ったよ」
「物作りの作業場なんてこんなものですよ」
「シアンから見ても汚いのか……」
「汚いは汚いですけど、僕の部屋もこんな感じだったので落ち着きますね」
賢者の部屋はとにかく書物が多かった。読み切った本も読みかけの本も大量に山積みにされ、興味のあるレポートはその辺に散乱していた。もちろん自分でも論文を書いていたため、紙やペンもたくさんあった。そんな汚い部屋が落ち着くのだ。いまでは自室は片付いており、そんな綺麗な部屋も気に入っている。
「シアンは前世も几帳面だったということはないんだね」
「よくスカーレットに片付けられていましたよ」
『片付けるとどこに行ったかわからなくなる、ってよく言ってましたね』
(散らかった部屋は散らかった部屋で、きちんといつも同じ場所に必要な物があったんじゃよ)
その点においては、スカーレットとは終生、相容れないだろうと思っている。
「さて、始めようか」アズールが手を叩く。「どんな魔道具を作りたいんだい?」
「マナを感知した瞬間に反応する、魔石のような物を作りたいんです。魔石が発熱もしくは発光するようにすれば、戦闘中に使えるんじゃないかと思うんです」
「なるほどね。それならマールム晶石が使えるね。マナに対して最も反応するのがマナだ。マナを採取するならマールム晶石が最適だ」
マールム晶石は、純度の高いマナの鉱物だ。マナを魔道具製作や研究に使用する際は、マールム晶石から採取することが多い。通常の魔石では、マナの含有量が少なすぎる。マールム晶石は育成の早い鉱石で、最も使い勝手の良い素材と言える。
「まずはマールム晶石を砕いてマナを採取しよう」
アズールがシアンに、鋭いピックを手渡した。怪我をしないように、とアズールが言うので、スマルトの監視が置かれることになる。いつものように、手出しをするつもりはないようだ。
シアンが手元の狂わないように慎重にマールム晶石を砕いているあいだ、アズールは蒸留機を用意していた。マナの抽出に使うのだ。
「蒸留機でマナを抽出すると、実際の量より減少しているというのは本当ですか?」
昨日の学会を思い出しながら言ったシアンに、アズールは小さく頷く。
「学会のレポートを見たけど、随分と減少しているようだね。マナが目減りしていることはなんとなくわかっていたことだけど。でも、魔石を作るのには充分のはずだよ」
「減少したとしても、蒸留機が最も簡単ということですか?」
「そうだね。後々、量産することを考えると、蒸留機が最も効率的だろうね」
採取できるマナの量が、マールム晶石の含有量と差がなくなる方法があれば、それが最善の方法になるだろう。減少したとしても蒸留機が主流で使われているのであれば、蒸留機より良い手段は現時点ではないようだ。
シアンが砕いたマールム晶石の欠片を蒸留機に仕掛け、ゆっくりとマナを採取する。蒸留機では酸素からマナを採取することも可能で、その場合でもマナは減少する。どんな用途であっても、蒸留機による採取ではマナは減少してしまうようだ。
「マナに反応するようにするには……」
アズールは魔法書を開く。様々な図形が描かれており、前世であればひとつも読めなかっただろう小さな文字が書き込まれていた。魔法を発動する際に用いられる魔法陣だ。
「この魔術を構築すれば、マナに反応するようになるはずだよ」
「魔術の構築……。魔法とは違うのですか?」
魔法と魔術は、賢者はどちらも知っている。しかしその概念は世界ごとに違い、この世界における魔術の成り立ちはまだ知らない。
「体内の魔力をそのまま放出するのが魔法。魔力を使って描いた魔法陣から効果を発動させるのが魔術だ」
「なるほど。明確な区別ができるのですね」
「そうだね。魔道具に使われるのは魔術だよ。魔法陣は魔法を使って複製することもできるから、量産も難しいことではないんだ」
複製や転写の魔法はそう難しいものではない。水晶を使った能力値の鑑定と仕組みは同じだ。どこかの世界に存在した「コピー機」のないこの世界では、書物の写しを作る際に多用される魔法だろう。
「魔法陣を用意すれば魔道具ができるんですね」
「そうだよ。機械仕掛けの物だったら、機械の中に魔法陣を描くことで動かすことができるんだ。魔法陣を複製する技術を身につければ、魔道具は簡単に量産できるよ」
「そうやって魔道具屋は成り立っているんですね」
「そうだね。でも、魔法陣は描いた物すべてが発動するわけではないんだ。望む効果を発揮できるようになるまで魔法陣を描き直さなきゃいけないから、大変は大変だ。けど、一度でも描ければ成功だからね」
一度でも成功すれば、あとは複製すればそれで完成する。仕組みとしては簡単な商売に思えるが、魔法陣が望む効果を発揮するように描くのが大変、ということだろう。
シアンは魔法書を参考に、マナの魔石にマナに反応する効果を付与するための魔法陣を描く。細かい模様や文字が多く、視力の良いシアンの目でも少々重労働だ。ひとつでも漏れていると魔法陣は充分な効果を発揮しない。慎重に描かなければ失敗に終わるだろう。
三十分ほどかけて完成した魔法陣は、見本に比べると線がガタガタで、文字もところどころ潰れている。
「上手く描けませんね」
「必要な情報が描き込めていれば発動するはずだよ。とにかく試してみよう」
蒸留機で抽出したマナを、抽出機を使って再び固める。マールム晶石とは違い酸素を含んでいるため、それが魔術を織り込む隙間になるのだ。マールム晶石のままでは、純度の高いマナの塊であるため魔術を織り込むことができない。同じマナの塊だとしても、酸素を含む固形にする必要があるのだ。
魔石を魔法陣の上に置き、魔力を注いで発動させる。魔法陣から溢れた淡い光が魔石に吸収されると、シアンは魔石を手に取った。反対の手でマナを含んだ魔力を放出するが、魔石はほんの少しも反応しない。
「失敗ですね……」
「一度で成功することはそうそうないよ。何度も試す必要があるだろうね」
「そうですか……」
それからシアンは、何度も魔法陣を描き直した。十枚目も失敗に終わったところで、さすがに疲れて息をつく。
「なかなか上手くいきませんね」
「魔具師は試行錯誤の末に魔道具を生み出すからね。魔法陣を上手く描ける者がなる職業と言われているよ」
「僕は向いていないんでしょうか」
「始めたてだからだよ。魔具師だって最初から上手く描けたわけじゃない」
アズールの言葉は確かだろうが、シアンは自分なら上手く描けると思っていた。以前に居た世界では魔法も魔術も使いこなしていたため、今回も上手くいくはずだ、と。どうやら自分の能力を過信しすぎていたらしい。
さらに何度目かの試作品。魔法陣の光が先ほどまでと打って変わって鮮やかなものになった。魔石にマナを流し込むと、魔石は淡い青色の光を宿す。
「……できた……」
大きく息をつくシアンに、アズールは明るく微笑んだ。
「お疲れ様。よく頑張ったね」
「ありがとうございます。あとは複製ですね」
「複製はそう難しいことじゃないから、シアンならすぐできるんじゃないかな」
複製魔法なら何度も使ったことがある。魔法に組み込まれた魔力を、自分の体を介して別の媒体に再出力するだけだ。
「上手くいったね。さすが魔法の勘が鋭い。魔具師としても活躍できる可能性もあるかもしれないね」
「できると思うと楽しいですね。こういう作業は好きです」
魔道具製作はひたすら作業することになる。子どもの手は不器用にできているが、魔法陣を上手く描くことができるようになれば、以前からの集中力を活かして作業に熱中することだろう。
「魔道具製作が発展することで能力値の不足分を補うことが簡単になれば、能力に大きな差が生じることを少なくできるかもしれませんね」
「そうだね。魔道具は『魔法の力を持たない者でも使える魔法』と言われているんだよ」
「面白いですね。どんな効果でも作り出せるんですか?」
「効果を発揮する魔法陣を生み出すことができれば、きっとなんでもできるだろうね」
賢者は暇を持て余していたため、独自の魔法を作り出すことを“遊び”としていた。歳を取って、老体を補うための魔法が増えていたのだが。それを他の誰かの役に立てばいいと思い書物にして遺して来たが、誰かの目に留まっただろうか。
「何か作ってみたい魔道具はあるかい?」
「身体能力を補強する魔道具が作れれば、いろんな人の役に立ちそうです」
「強化魔法の延長線と考えると、魔道具として開発するのはよさそうだね」
強化魔法はどの部位にも使える。足に掛ければ速力が上がり、腕に掛ければ筋力を補強できる。どんな場面でも役に立つ汎用性の高い魔法だ。
「脚を強化することができれば、社交界のレディたちの婚活を後押しできるかもしれません」
真剣な表情で言うシアンに、アズールとスマルトは不思議そうにシアンを見遣る。
「脚力を補強することでダンスの腕前が上達すれば、ダンスのお誘いが増えるようになるかもしれません」
「ブルーのレッスンを見て考えていたのかい?」
「はい。いかに優れた血筋でも、そういった点で損をしているレディがいるかもしれません。優れた血筋を確かに遺していくことで、国の発展に繋がります。そういった魔道具を作って、サルビア家が社交パーティの場を提供すれば活性化することができます」
『婚活アドバイザーみたい』
老人心からくるお節介ではあるのだが、自分が以前、結婚に関して苦労していた。貴族の女性にとって、結婚は何よりも重要だ。その後押しをできるなら、多くの需要を生み出すのではないだろうか。
「それは考えたことがなかったな」と、アズール。「確かにそう言われればそうだ」
「男性のお仕事にも使えます。男性は力仕事をすることが多いですから、それを補助すればお仕事が増えるはずです」
「なるほど。そういう目的で魔道具を作れば、国の豊かさを支えるかもしれないね」
「それを街の魔道具屋に委託することで、魔具師のお仕事を増やすこともできます」
「僕たちより領地経営のことをよくわかっているみたいだ」
アズールは感心して微笑む。違う世界の自分が考えていたことは、彼らにとっては新しい発想に変わるようだ。
「それは経験値かもしれませんね。どうすればできないことをできるようにするか、というところをいつも考えていました。弟子たちが何に躓いているのかに気付くのも師の役目です。魔法はそれを支えるための道具です。使えるものはなんでも使わないと」
「そうだね。思いついたものはなんでも言ってくれ。魔道具の新しい可能性を感じるよ」
「真の発展は新しい可能性から始まりますからね」
「シアンならひとりでも国を発展させられそうだな」
つくづくと言うスマルトに、シアンは首を横に振る。
「国は言い過ぎです」
「街なら可能ということか」
「うーん……否定はしません」
「すごい自信だな」
自信は実力を鍛えることで身につく。シアンはこれまで、自分の能力を伸ばせるだけ伸ばして来たと自負している。その結果が“賢者”という称号なのだから、間違ってはいなかったのだろう。
『仕組みが仕組みだったが、王様にでもなれたでしょうね〜』
(わしは人望がなかったからのう)
『いまは充分ありますよ。王様、目指してみます?』
(クロム殿下を敵に回す気はないわい)
『それもそうですね。せっかく仲良くなれたんですし、敵同士にはなりたくないですね!』
(うむ、そういうことじゃ。王室を支える魔具師を生み出すことのほうが容易いわい)
『すごい自信だ……』




