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転生賢者の麗らか貴族生活〜余生のつもりが過保護な家族に溺愛されて長生き待ったなしのようです〜  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)
賢者とシアン・サルビア

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第45話 ハラハラお見合い?

 流星群を眺めて夜更かししてしまった次の朝。シアンはいつもの時間に起床したが、眠気にぼんやりしたままダイニングに向かった。若い頃はいくらでも徹夜できたものだが、とそんなことを考えていた。

 あくびをしながらダイニングに入ると、その瞬間を見計らっていたかのような腕に抱き上げられる。シアンの目を覚まさせたのはネイビーだった。

「おはよう、シアン」

「ネイビー姉様。おはようございます」

 シアンの体が捩じ切れるのではないかと思うほど力強く抱き締めたあと、ネイビーは憂鬱そうに重い溜め息を落とした。

「どうされたんですか?」

「今日は例のお見合いなんだよ」

 おかしそうにしながらアズールが言う。お見合いと言うと、先日の夕食会で父ゼニスが「ジェードからお見合いの申し込みがある」と話していた。

「お見合いのお相手はどんな方ですか?」

「ジェード・ベルディグリさ」アズールは続ける。「母様の従兄のジャスパーおじさまの次男で、ネイビーとは幼馴染みなんだ」

「はあ……いつかこんな日が来ると思ってたわ……」

 溜め息を落とせば落とすほど、ネイビーの腕には力が込められていく。背骨が若干、悲鳴を上げた。

「仲がよろしくないんですか?」

「喧嘩仲間のようなものだ」と、アズール。「昔から何かと喧嘩が絶えなかったよ」

「悪い人ではないのよ。ただ気難しくて、何かと突っかかって来るのよ」

「気が合わないわけではないんだがな」

 歩み寄って来て言うゼニスに、子どもたちはおはようの挨拶をする。ゼニスもそれに返すと、顎に手を当てた。

「ネイビーも大概だが、なかなか丸くならない男だな」

「大概ってなによ!」

「無理にとは言わない。どうしても合わないなら断っても文句は言われないさ」

 ネイビーはまた憂鬱そうにシアンを抱き締める。どうしても嫌というわけではないが、婚姻に対して多少なりとも抵抗を持っているようだ。

「そうだ! シアン、同席してくれない?」

「えっ、お見合いの場に弟を連れて行くんですか?」

「お見合いなんて形式だけよ。互いのことはよく知ってるんだから」

 ネイビーは懇願するようにゼニスを見遣る。ゼニスは少し思考を巡らせたあと、小さく息をついた。

「シアンがそれでいいならな。ジェードに偏見はないしな」

「僕は構いません。それで姉様が少しでも心安くなるなら」

「ありがとう、シアン。次に突っかかって来たら絶対に手が出るって思ってたの」

(穏やかじゃないのう……)

 冗談や例えだと思いたいが、ネイビーは真剣だ。いままでは堪えていたようで、シアンがいなければ今度こそ手が出るということだろう。

「ジェードには何度か会ったことがあるけど、覚えてる?」

「いえ……申し訳ないですが……」

「別にそれでいいわ」

 カージナルのときもそうだったが、シアンが覚えているかどうかは重要ではないらしい。裏表のない人物だから会えばわかる、ということだとシアンは認識している。ジェード・ベルディグリも、もし裏表があるならネイビーと喧嘩仲間だと家族に思われることはないだろう。取り繕うと思えばいくらでもできるはずだ。それでゼニスの目を誤魔化せるかどうかは別として。


 ネイビーが暗い顔のまま過ごした朝食を終えると、シアンはセレストとネイビーとともに談話室に向かった。アガットがフォトアルバムを持って来て、セレストが従兄一家を紹介する。

「この人が私の従兄のジャスパーよ。こちらの女性が奥様のエルム。こっちが次男のジェードよ」

 ジェード・ベルディグリは、切れ長の目が気の強さを感じさせる。長男のセージはエルムと似て温和な表情で、末妹のエスメラルダは仏頂面だ。とは言えジャスパーが険しい顔つきというわけでもない。子どもが必ずしも親に似るわけではないという良い例である。

「ジェードはネイビーと同い年なの。幼い頃からよく会っているし、気が合わないわけではないのだけれど……」

「そうね。気が合わないわけではないわ」

(合うというわけでもなさそうじゃの)

 互いに憎からず思っているが、ネイビーも多少なりとも気の強さを持ち合わせている。突っかかって来るのを大人しく受け流すような女性ではないだろう。

「いまはうちの事業に従事しているわ。よく働いてくれる人よ」

「なにより、ベルディグリ家との繋がりをより強固なものにするわ」

 頬杖をついて言うネイビーに、セレストは困ったように微笑んだ。

「そんなことを考える必要はないわ。いまでも充分だし、あなたを利用しようだなんて思っていないわ」

 小さく息をつき、ネイビーは肩をすくめる。それは重々承知しているようだ。

「ネイビー姉様はジェード兄様の何が引っ掛かるのですか?」

「とにかく突っかかって来るの。小言や文句が多いのよ。小姑のようなものね。そのまま大人になったんだから、今更その関係が変わることはないわ」

「そうですか……。ジェード兄様はしっかり者なんですね」

「どういう意味!?」

 衝撃を受けるネイビーに、シアンは曖昧に微笑む。ネイビーが嫌っているわけではないのなら、的外れな小言ではないように賢者には思える。ただ単に喧嘩を売って来るというわけでもないのだろう。

「私たちは、他の家の男性にネイビーを預けるより安心はできるわ。ジェードはあなたの良き理解者でもあるもの」

「わかってるわ。ジェードほど最適な結婚相手はいないもの」

 好いた相手がいるならそれに越したことはないが、家や事業の存続がかかっている貴族の娘には、高条件の男性と婚姻を結ぶのが重要になっている。ネイビーが嫌なら無理やり婚姻が結ばれることはないだろうが、ジェード・ベルディグリほど条件の良い男性は他にいないのだろう。町娘なら候補に上がるかどうかも怪しい相手だが、ネイビーは貴族の娘としての自覚を持っている。とは言え、ネイビーが辛い目に遭う婚姻なら父がお見合いの話を持って来ること自体がないはずだ。上手くいかない相手ではないのだろう、と賢者は考えていた。


 昼食会が始まる頃にはネイビーも腹を括ったようで、晴れやかとまでは言わないが、暗い雰囲気は消えていた。喧嘩仲間とのお見合いで憂鬱に思わない令嬢はいないだろう。ネイビーも例に漏れず、である。

 シアンはマゼンタの手を借りて外行用のジャケットを着た。お見合いはサルビア邸の貴賓室で行われるが、ネイビーも相応の盛装をするはずだ。何せ、お見合いに来るのはジェードだけではない。“淑女の顔”の出番である。

 セレストとネイビーとともに貴賓室で待っていると、十分ほどでアガットが客を通して来た。セレストの従兄のジャスパーは朗らかに、ジェード・ベルディグリは仏頂面で三人に挨拶をする。

「久しぶりだな、セレスト。元気そうで何よりだ」

「ええ。あなたもお元気そうで安心したわ。ジェード、よく来てくれたわね」

「どうも」

 ジェードは素っ気なく返すが、それはいつものことのようだった。

「やあ、ネイビー。ますますガーネットに似てきたな」

「ごきげんよう、ジャスパーおじさま。内面も似てきているといいのですけれど」

(おお……淑女の微笑みじゃ)

 ネイビーに何かを言おうとしてやめた様子のジェードが、シアンに気付いて乱暴に頭を撫でた。

「久しぶりだな、シアン。相変わらずチビだな」

「ジェード兄様は背が高いですね」

「なにせ食事量がシアンの倍以上なんだから」

 あくまで穏やかに微笑みつつ、嫌味たらしくネイビーが言う。ジェードはそれを黙って受け流す青年ではなかったようだ。

「お前は相変わらず淑やかさが足りないな」

「あなたも相変わらずレディを褒めることを知らないのね」

「お前のどこに褒める要素があるんだ」

「こらこら」ジャスパーが困ったように笑う。「出会い頭に喧嘩するんじゃない。今日は一応、見合いなんだから」

 ネイビーは変わらず微笑んでいるが、シアンは彼女のこめかみに青筋が立っているような気がした。ジェードも臨戦体制といった表情だ。

「とにかく座って。お茶の用意ができているわ」

 セレストの声に合わせ、椅子に腰を下ろしたジャスパーとジェードの前にアガットが紅茶を出す。見合い相手同士であるネイビーとジェードはさっそく戦いの火蓋を切って落としたようで、顔をしかめるジェードに対し、ネイビーの微笑みも崩れ始めていた。

「お前たちは喧嘩をしないと気が済まないのか?」

 ネイビーとジェードは「だって向こうが」と言い出すほど子どもではないようだ。だが顔には出ている。

「喧嘩するほど仲が良いと言うけれど」と、セレスト。「もう少し丸くなれないのかしら」

 ネイビーとジェードは口を開かない。一言目が「だって向こうが」になるからだ。

「まあいい。私とセレストで話をするから、お前たちは中庭にでも散歩に行きなさい。シアン、ジェードを案内してやってくれるか?」

「はい。もちろんです」

 シアンが椅子から立ち上がると、ネイビーとジェードも腰を上げる。貴賓室のドアを閉めた瞬間にふたりとも溜め息を落としたため、シアンがいなければすでに喧嘩を始めていたかもしれない。

(あとはお若いふたりで、とは言えんのう)

 中庭に出ると、ウィローが嬉しそうにシアンに駆け寄って来る。貴賓室に連れて行くわけにはいかないため、待ちぼうけといった様子である。

 癒しを求めるようにウィローを撫でたネイビーが、また重々しく溜め息を落とした。

「陰気臭いやつだ」と、ジェード。「そんなに僕との婚姻が嫌か?」

「婚姻自体に不満はないけど、あなたと上手くやっていけるかしら」

「どうだろうな」

 ゼニスとセレストがこの婚姻を受け入れているため、ネイビーとジェードを上手くやっていけないとは思っていないのだろう。それは本人たちもわかっているようで、互いを最適な相手だと認め合っているようだ。

「僕としてはサルビア家に婿入りするのが最も楽だ」

「そうでしょうね。サルビア家としてもあなたを受け入れるのは歓迎よ」

 数多くの男性の中には、ジェードと同等かそれ以上に条件の良い者もいるだろう。その中でゼニスとセレストが選んだのがジェードなら、ネイビーもそれを受け入れるのが最適だとわかっているはずだ。喧嘩ばかりであったとしても上手くやっていける。親同士がそう考えているのである。シアンから見ても、憎み合っているようには思えない。互いに「嫌いではない」のだろう。何より、ジェードがシアンに対して偏見の目を持っていないのは明白である。ネイビーにとって重要なのはその条件だろう。

「まあ、あなたなら家族の前で仲の良いふりをしなくていいというのは気楽だわ」

「互いにな。お前には媚を売らずに済むしな」

「お互いにね。あなたには過度に謙譲する必要もないしね」

「互いにな」

(互いのことをよくわかっておるようじゃな)

 もしジェードがシアンを蔑むような青年だったら、真っ先に候補から外れていたことだろう。その条件を突破した上で互いのことをよく知っているのなら、互いに悪い相手ではないはずだ。互いに突っかかってしまうのは、子どもの頃からの癖なのだろう。

「ネイビー様」アガットが呼ぶ。「奥様がお呼びです」

「はーい。シアン、ジェードの相手をしていてくれる?」

「わかりました」

 ネイビーは足早に屋敷に戻って行く。シアンをジェードに預けることが、ネイビーのジェードに対する信用を表しているようだった。

 ジェードは重い溜め息を落として腰を屈めると、ウィローに視線を向ける。

「こいつは?」

「僕の友達のウィローです」

「撫でても平気か?」

 シアンに対する問いに応えるように、ウィローがジェードの足元に鼻を擦り寄せる。ウィローはジェードに対して警戒心を持っていないようだ。

「人懐っこいな。グリーンウォンバットにしては可愛げがある」

 ウィローの滑らかな毛並みに、ジェードの表情も和らいでいく。険しさがなくなれば好青年だ。

「ジェード兄様は、ネイビー姉様とは仲が良くないのですか?」

 シアンがそう問いかけると、ジェードは肩をすくめる。

「どうだろうな。あいつは何かと突っかかって来る。本音を言い合える相手と言えば聞こえは良いだろうな」

「お互いに素直になれないんですね」

 探るようにシアンは言った。転生経験でこういった男女をよく見て来たが、互いに指摘してばかりで自分の望みを相手に打ち明けない場合が多い。子どもの頃からの付き合いとなれば尚更だ。素直な言葉をかけられないのだ。

 ジェードは深緑の瞳を丸くしたあと、小さく息をつく。

「そうかもな。つい喧嘩腰になってしまうのはいつものことだ。今更、素直になんてなれないかもな」

「素直になりたくないのですか?」

「そういうわけではないが……」

 ジェードは言葉を濁す。こういった関係のふたりは、素直になることを気恥ずかしがったり、気まずかったり思うものだ。

「もう癖のようなものだな。ネイビーがそれについてどう思っているかわからないしな」

「おふたりは互いを許容してらっしゃるようですし、素直になるのはそう難しいことではありませんよ」

『賢者スマイル……』

 心の中のスカーレットの呟きを受け流しつつ、ジェードの様子を伺う。ジェードは不思議そうにシアンを眺めている。七歳の子どもが言うには大人び過ぎた言葉だからだ。それでも、ふたりが上手くいくならとシアンは続ける。

「なんでもとは言いませんが、ありのままの姿でいられるなら、お互いにそれを受け入れるといいかもしれません。ご結婚されるなら、上手くやっていくに越したことはありませんから」

「……年寄りみたいなことを言うな」

「うっ……」

 ぎくりとして固まるシアンに、ジェードはふっと穏やかに微笑んだ。

「お前にそんなことを言われると思っていなかったな。まあ、試してはみるよ。僕は婿入りするわけだし、いつまでも喧嘩腰でいるわけにいかないからな」

(本当は素直な青年なんじゃな)

 ジェードは、子どもの言うことだと流すこともできたはずだ。シアンの言うことを受け入れることができるのだから、ネイビーに対して素直になることもできるはず。どちらがその第一歩を踏み出すか、というところである。

「お待たせー」

 中庭に戻って来たネイビーは、さっそくとばかりにビッとジェードを指差した。

「シアンに変なことしなかったでしょうね」

「僕がそんな人間だと思っているのか? だとしたら心外だ」

「まあそうね。なんだかんだ言って、この屋敷に来たお見合い相手でシアンに偏見を持たないのはあなただけよ」

 やれやれ、とネイビーは肩をすくめる。ネイビーの第一条件を突破しているなら互いに素直になる日も遠くないはずだ、と賢者は考えていた。

「これまで屋敷に来た男の人はみんな酷いものだったわ。シアンと仲良くやっていけるなら、婿入りしても上手くやっていけるでしょうね」

「そもそも、シアンを蔑む男をお父上が認めることはないだろ」

「それはそうだわ」

 こうして互いを認め合っているのだから、最初の一言が喧嘩腰でなくなれば上手くやっていける。シアンは、ネイビーが素直な女性だということは知っている。あとはジェードに対して素直さの心を開くだけだ。

(もう少し年齢を重ねれば、お互い丸くなるはずじゃしの)

『賢者様、お仲人さんみたいですね』

(年の功じゃの)

 お節介をするわけにはいかないが、このふたりが互いに素直になれる手助けをできるなら光栄だ。この屋敷で最年長である自分の使命のようにシアンには感じられた。弟子同士の喧嘩の仲裁をした経験もいくらでもある。素直さの素養を持つふたりが互いにそれを認め合うまで、そう時間はかからないだろう。賢者はそう確信している。







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