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Prélude――公国の危機と勇者召喚――

 ファエラス()()は、元々独立した国家ではなく、世界の覇権を競う大国の一領土から独立してはいたものの、その恩恵なしでは存続出来ない、謂わば属国のような国であった。


 本来であれば独立して間もない公爵が治める国など、その国力に於いても隣国によって苦もなく攻め滅ぼされる程度でしかないのだが、そうならなかったのには明確な理由がある。


 大国から領土を勝ち取り、独立して公王を名乗ったヴラディミール・ヴァン・アダモヴィチェ大公爵は、その類稀(たぐいまれ)なる政治手腕と、他の追随を許さない武勇を兼ね備えていた、いわゆる英雄と呼ばれるべき人物であった。


 ただし、あまりにも先見の明が立ち過ぎて、誰にも理解出来ない施策を始めてしまうことが多々あったり、武芸は他の追随を許さないのに指揮能力が壊滅的であったりするが。


 だが、アダモヴィチェ大公爵は愚かではない。彼が最も優れ、そして賞賛されるべき美点は、自分に何があって何が足りないのか、それを正しく理解出来ていた、言うなれば正しい自己評価と判断力、そしてそれらを正しく認める理解力にあった。


 よって、自分に出来ないことを無理にしようとはせず、それらに長けている者にその任を託していたのである。


 そう、そんな(いびつ)な能力の彼には、それを慕い付き従う数多の猛者がいたのだ。


 それが、辺境の一領土としてしか認められていないこの公国が存続出来た理由の一つである。


 その他の理由として、その領土自体の環境があまりに厳しく、攻め入るのは勿論のこと土地の開発に向かない――いや、開発や開墾が不可能であるとすら言われている土地にあった。


 ファエラス公国の国土は、意外にも広大であるが標高が高く、更に国境付近は手付かずの樹海と湿地に囲まれている。

 唯一繋がっている街道も大凡(おおよそ)整備されているとは言い難く、その道幅も馬車同士がようやくすれ違える程度でしかない。


 ぶっちゃけて言ってしまえば、そんな厳しい環境にある公国を手に入れたとしても、その後の国土の開拓や開墾、開発に莫大な時間と人的資源が必要で、それに掛かる金銭がちょっと考えたくなくなるほどであるため、はっきり言って旨味がないのが正直なところであったりする。


 そんな英雄と環境に守られたファエラス公国は、群雄割拠の戦乱に巻き込まれることなどなく、細々と国家として生きながらえて来た。


 ちなみに主な産業は二つ。標高が高い亜寒帯地方の牧畜と、標高が比較的低く温暖で降雨量が少ない公都周辺での養蚕(ようさん)である。

 牧畜は食肉や乳製品だけではなく、羊毛などの毛織物ももちろんあり、養蚕による絹織物と並んで貴重な外貨収入となっていた。


 農産も行われてはいるものの輸出出来るほどではなく、国内でなんとか自給出来る程度でしかない。


 そしてそんな群雄割拠の時代が、なんと二百年続き、だがファエラス公国は相も変わらずそんな戦乱に巻き込まれることもなく、もしかしたら既に他国に忘れ去られてしまっているのではないかと思うほどに、あまりに平和な時間を細々と過ごしていたのである。


 その頃になると、当たり前だが開国の祖であるアダモヴィチェ大公爵は既に亡く、更に戦乱に巻き込まれないこの公国は神聖な国だと謎の根拠を高らかに大言壮語(たいげんそうご)してまかり通っちゃったために、国名がファエラス「公国」からファエラス「神聖公国」と勝手に変えて宣言してしまった。


 他国もそれに対して明確に突っ込むなどはしなかったため、暗黙のうちにそれは決定したのであった。

 その他国にしてみれば、戦乱でそれどころではないし、それ以前に大して理解されていない上に立地が辺境過ぎる、現存するかも怪しい国家の動向に構う暇などないため、ものの見事にキレーにスルーされたのが実際のところである。


 他国から干渉されないのを良いことに、時のファエラス神聖公国の公王と権力者は、好き勝手に自分たちの都合の良いように振る舞い始めた。


 結果として国としての(てい)はあるものの、実際はそれとしての機能を果たさなくなり始め、更に悪いことに権力者たちがそれに()()()()()有様となっていた。


 それでも国の民はそれに従い、唯々諾々(いいだくだく)と過ごしていたのである。


 もっとも、他所を知らずにその現状が「当たり前」となっている民に、おかしいといった指摘を期待するのは、極めて酷ではあるが。


 そういった、いつまでも続くかと思われていた細々とした平和な日々に、突然転機が訪れた。


 封印されていた魔王が()()()()のである。


 覚醒した魔王は、争いが絶えなく荒廃してしまった世界を憂い、次いでその原因となった全世界を相手に戦端を開いたのである。


 その魔王が封印されていた場所は、ファエラス公国内北部の未開地。魔境と呼ばれる誰一人として立ち入らない、先に述べた未開発の樹海であるウルシュラ大森林であった。


 ちなみに何故〝魔境〟と呼ばれているのかというと、ファエラス公国が建国する以前にいた有名な冒険家が其処で遭難したからだ。

 それ以来そのウルシュラ大森林は、足を踏み入れた者の方向感覚を(ことごと)く狂わせ、一度入ったら二度と出られない場所と、(まこと)しやかに(ささや)かれるようになる。


 実はそのように言われているそれは、「(まこと)しやかに」と流布(るふ)されるのにこれ以上なく相応しく、真実味がない。

 何故ならその冒険家は、屈強な肉体と優れた頭脳、そして不屈の精神を併せ持った、想像を絶する()()()()()人物であったのだから。


 つまり、世の人々は「(まこと)しやかに」を誤った意味で――つまり「役不足」と「力不足」を混同するように、真逆の意味で理解してしまっていたのである。


 そして魔王の正体はその遭難した冒険家ではないかと、やっぱり(まこと)しやかに(ささや)かれていたりする。


 此方もそう(ささや)かれるに相応しく全くの似非(えせ)情報で、彼は実際に遭難したが、樹海で数ヶ月に及ぶ(ワイ)(ルド)(・ラ)(イフ)を満喫してしっかり(サバ)(イブ)して帰って来た。

 更に彼はその程度で懲りるわけもなく、幾度となく無謀な冒険を繰り返し、その都度行方不明になって親族に多大な迷惑をかけ、最後には孫や曾孫が見守る中、百一歳で天寿を全うしたのであった。


 あと彼が魔王ではないという明確な理由がある。


 その魔王――ヴィルヘルミーナ・シュルヴィア・エルヴァスティは、男女問わず見惚れるほどの長身でスタイル抜群なスレンダー美女なのだ。


 余談だが、スタイル抜群な女性というとバインバインな巨乳を連想する輩が多数いるが、それは決してイコールではなく、世の野郎どもの全てが巨乳好きというわけでもない。

 単にそいつらの声がデカいだけで、大別(カテゴライズ)してしまえば、実は少数派なのだから。


 その魔王ヴィルヘルミーナ・シュルヴィア・エルヴァスティは、戦乱で荒廃した世界を単騎で駆け廻り、そして疲弊した国々を瞬く間に制圧してしまった。


 そして残るは、戦乱に一切加担せずに自国を守り通したファエラス神聖公国だけとなったとき、世界に異変が起きた。


 その世界は、既にそれとしての寿命が尽きかけていた。


 だがそれに気付かなかった者どもが、戦乱を引き起こして世界を荒廃させた。


 それが行き着く先は――それによって引き起こされる事象はなにか。


 最早それは、自明である。


 崩壊し始めた世界。


 それを止める術は、其処に住まう誰にもどうすることも出来ない。



 しかし――



 ゆっくりと崩れ行く世界の中、全ての()()がその時、その瞬間、その「声」を聞いた。




 はーい傾聴。


 神様だよ。




 それはこの世界に住まう人々にとって、正に福音と()()()()()()


 何故なら、その「神」は、荒廃した全てを切り落とし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。


 未知の世界へと国ごと飛ばされたファエラス神聖公国に住まう人々は当然のように混乱し、だがどうすることも出来ずに、ただ神に祈りを捧げた。


 幸い――というべきかは(いささ)か疑問が残るが――公国の周りは海に囲まれており、更に遥か先に大陸が見える北側は、高さ数千メートルの断崖になっていた。


 そう、まさしく切り取られたかのように。


 それにより公国全体が天然の要害(ようがい)となっているため、侵入は困難であろう。


 だから、ほぼ全ての政治を取り仕切っている公王イエレミアーシュ・エリク・ネフヴァータルと、王女ドラフシェ・エステル・ネフヴァータロヴァーは、その事実を知ったときに決めた。


 今までどおり、なにもしない――と。


 ただ問題は、共に異世界に来てしまった魔王をどうするか、であった。


 またしても幸い、魔王は西にある大陸で暴れ回っているらしく、公国への被害はない。


 だがいつ、その矛先が向くとも限らない。


 だから、公国はそれに対抗するために、始めたのだ。


 ――勇者召喚を。

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