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15 混迷の涯に(1)

 右に〝村正〟、左に〝虎徹〟を握り締めた私は、次々と襲い来る完全武装の兵士をバサバサ斬り倒す。


 本来であれば、たとえ世界一の斬れ味を誇る日本刀でも、それがどれほどの銘刀であったとしても、そんなことは当たり前に出来る筈もない。


 では何故そんな有り得ないであろうことが出来るのか。それはジジイ――上司の警察庁長官であり現役の陰陽道呪術師の御門(みかど)(やす)(みち)が、以前祓ったけどその強烈な〝(しゅ)〟を放っていた呪物(じゅぶつ)に恐れをなした博物館側が受け取り拒否したそれらに、勝手に呪禁(じゅごん)を刻み込んじゃったからだ。


 その呪禁は柄の内側、(なかご)に刻んである。どんな呪禁かというと、いたってシンプルに、


(ばん)(ぶつ)(ざん)(だん) 急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう


 である。まぁぶっちゃけ「何でもぶった斬れ」って意味だよね。


 関係ないけど、〝呪禁〟と〝呪言(じゅごん)〟は全然違うらしいが、素人目にはほぼ同じにみえる。アシカとジュゴンみたいに。


 ちなみに、その二振りを受け取り拒否した博物館に現在展示してあるそれは、ジジイの家が贔屓にしている刀匠が、端材を使ってお遊びで打った贋作である。

 どれくらい似せられるかが楽しかったらしいけれど、私にとっては全世界の蟻の総数がどれくらいかという議論並みにどーでも良いことだ。


 えーと。一千兆から一京匹だったかな。


 そうして暴れ回っている私がアヤメちゃんに預けている端末から、着信音が聞こえた。


 ワーグナーの「ワルキューレ騎行」。ジジイからの着信だ。でも戦闘中な私が出るのは無理なわけで、


「アヤメちゃん、私手一杯だから代わりに出て」


 よって、ジジイの相手を押し付け――じゃなくて代わりに出て貰うように言った。


 空気の読めるアヤメちゃんは、着信音に若干引いたみたいだったけど、私の意を汲んで通話を始める。


 そして一言二言会話をしたアヤメちゃんは、どういうわけかスピーカーに切り替えた。


朱雀(すざく)玄武(げんぶ)(びゃ)(っこ)(こう)(ちん)(てい)(たい)(ぶん)(おう)(さん)(たい)玉女(ぎょくにょ)青龍(せいりゅう)


 端末のスピーカーからジジイの呪禁が聞こえる。あれ、ジジイの九字切りだ。確かジジイの宗家オリジナルだったような。でも詳しくは知らない。興味ないし。


機神来臨(きしんらいりん)急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう


 そうしているうちに、ジジイの呪禁が完成する。それと同時に、端末ケースに無理やりつけられているストラップの石が光り始めて浮き上がり、SUVに吸い込まれた。


 なにあれ。ただの宝飾品じゃなかったの? 私がジジイに押し付けられて、常に着けてろって厳命されてるおんなじ材質っぽいネックレストップも、もしかして怪しいんじゃ……。

 などと首元にぶら下がっているそれの出自を怪しんだ私を、一体誰が責められるだろうか。


 そんな焦燥に駆られながら、でもその手を止めない自分をちょっと褒めてやりたいと思いながら、それとなくその現象を見ていると、


[〝魔力機構(マギ・モートル)〟起動。こんにちは(ターク)お嬢様(プリンツェッスィン)


 SUVが喋った。


 なんだアレ? 一体なにが起こってる? そして何故にドイツ語? というか文法合ってるの? どーせジジイのことだから、文法全無視で「ちょっと良い感じに聞こえる」とかくっだらない理由なんだろうけど。


 そんなやっぱり関係ない思考が浮かぶ私を尻目に、SUVのインパネが開いてフロントがグラスコックピット化する。

 そして車体の下――シルっていうんだっけ? まぁどーでもいいや。とにかく、そこからジェットエンジン音が響き、周囲に突風を巻き起こし始めた。


 当然、そんなことが突然始まれば、車両を見たことなどないばかりか事情を知らないしワケが判らない人々は動揺するわけで、殺気立って襲い来る兵士たちがその不可解な現象を警戒して、一斉に距離を取る。

 それが当たり前の反応だ。挙句それが甲高い轟音を上げて垂直に浮き上がる(さま)は、まさしく未知の魔法にすら見えるだろう。


 過ぎた科学は魔法に見えるとは、よく言ったものだ。


 いや科学(それ)以前に、現代でもこの程度のサイズしかない車両が、揚力補完の主翼(ウィング)補助翼(エルロン)とか(ロータ)(ー・ブ)(レード)が無いにも関わらず、VTOL(ヴイ・トール)よろしく垂直離陸するのは色々おかしいだろうと全力でツッコミたいと思うのは、きっと私だけではないだろう。


 まず燃料はどうした。このSUVは燃焼燃料と電力で動いている筈だ。よってこんな燃費の悪い挙動をすれば、間違いなく数分でガス欠になるだろう。

 あ、でもこの車、どれだけかっ飛ばしても全然燃料が減らなかったよ。燃料計が常にフルで、バッテリーも同じくフルだった。


 ……そういえば、バッテリー計の下にもう一つ謎のメーターがあったな。アレってなんなんだろう?


 その辺は後でジジイに()()するとして、まず、四輪が水平になって、未来に戻る某映画三部作の時間移動する主要車両のように浮き上がって方向転換するSUVを、どうしてくれよう。

 というか、さっき例の意味不明な機械がぶっ壊れて弾けた破片がぶつかりまくってたのに、ボディもガラスも全然損傷していないんだけど。

 材質まで謎で意味不明だよ。一体なにがどうなっているんだこの車。あと、なんてモノ預けるんだあのジジイは。


 そんなことを考えていると、


[御命令を。奥様(エーエフラオ)


 誰が奥様(エーエフラオ)だ誰が。あとその中途半端なドイツ語やめろ。


「あ、の……()()()さん、これ、なに?」


 勝手に動き出して、あまつさえ中途半端なドイツ語で喋り出したSUVに動揺しまくるアヤメちゃん。


 あ、ちょっと可愛い。S心が(くすぐ)られるわ。


 それで何かをするわけじゃないけどね。龍惺(りゅうせい)くんが凄いジト目で見てるし。


「さあ? ジジイのSUVだから、おかしな機能の一つや百個くらいはオプションで付いてるんじゃない……」


 そう言い、でもちょっと考えて、


「付いてるんじゃなくて()()()いたりして」


 S心のままそう言っちゃう私。いけないなぁ、可愛い()にはついついイジワルしちゃう。自重しないと――


「いえ、『憑いて』いるわけではなく、これ自体に『意思』というか『意志』というか、とにかくそれが芽生えた、というのが正しいと思います。〝(しき)(がみ)〟とも違う、種類としては〝付喪神(つくもがみ)〟に近いのでしょう」

「それっぽいね。じいちゃんの〝護法善神(ごほうぜんじん)〟の中の〝(てん)(りゅ)(うは)(ちぶ)(しゅう)〟みたいなものだと思うよ」


 ……イジワルしようとしたらマジレスされた。そりゃあまぁ、そういうオカルトに関して私は素人に毛が生えた程度だし、生まれた頃からオカルトが日常なアヤメちゃんや龍惺くんには敵わないわよ。


 そもそも、ナニソレ? 牛蒡善哉(ごぼうぜんざい)? 天龍? 根菜入りの汁粉と中華料理屋さんかな?


 頭上にクエッションマークが乱舞して、混乱しているのが判ったのか、


「ええと、うん、とにかく自分で考えて喋る機械だよってことです」

「(ブフゥ)〝護法善神(ごほうぜんじん)〟が〝牛蒡善哉(ごぼうぜんざい)〟て……」


 アヤメちゃんが、物凄ーくざっくばらんに説明した。うん、それでもよく判らないから、そーゆーことにしよう。


 判らないことをいつまでもグダグダ考えても、はっきり言って時間の無駄。


 ……そこ! なんで「牛蒡善哉(ごぼうぜんざい)」でツボってんのよ!

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