10 逃げるのはもうやめるから
私達の前には2人の魔族が立っている。
「ふむ。お前たちがそいつを逃がした連中か。ゼーエンご苦労。」
「いえ、遠見こそ我が魔眼の本質ですから。マハト様、我が相手しましょうか?」
「いや俺も戦おう。魔王軍の幹部として、人間どもに嘗められたままというのは好かんからな。」
マハトと呼ばれた魔族が幹部でゼーエンが部下のようだ。遠見の魔眼で私達のことを探していたのだろう。
「マハトといったかしら?あなたは魔王軍の中でどれくらいの強さなのかしら?」
私は1歩前に出て、問いかけてみた。
「魔王様からはゼクスの称号を頂いている。さて、お前たちを殺しそこの女を連れていくことは確定事項だが、死ぬ前になにかあるか?」
マハトは自然体のまま問いかけてきた。ゼクス…6ということは6番目の強さなのだろう。
「彼女…ソフィア様を狙う理由だけ知りたいわ。」
ソフィアを狙う理由だけが謎だった。それだけの力を持つのであれば人質は必要ないはずだからだ。
「そこの女は、人間どものなかで聖女に認定されているそうでな。我々魔族には聖属性など効かないというのに、対魔族の希望だと言われている。魔王様は、人間どもの数の多さから労働力としては利用したいとのことでな、そいつを大衆の目の前で殺せば国の人間を絶望させるにはちょうどいいだろう?」
彼らにとって人は、ただの家畜的な存在のようだった。交渉の余地もない以上、うまく撤退するしかない。
「マハトは私が抑えるわ。2人はソフィア様を護りながらゼーエンの相手をお願い。」
どちらかというと部下のゼーエンのほうが弱いはずだ。私がマハトを抑えている間に、ゼーエンを倒しここから離脱する。ここを切り抜けるためにもより堅実な方法を選ぶことにする。
「「了解です。」しました。」
2人の返事とソフィアの不安そうな顔を見て、微笑みかえしてから私は前に出た。周囲の魔力を取り込みつつ身体強化して銀月を抜刀し、マハトに斬りかかる。同時に術式の構築を行っていく。
「この程度か。」
抜刀した銀月はマハトによって掴まれて、そしてそのまま刀ごと投げられた。地面に当たる瞬間に体勢を整えて着地する。
(今までの相手なら、斬れないことはあっても掴まれることはなかった…時間稼ぎをしている間に、シリウスとアルキオネがゼーエンを倒すことができれば…)
もう一方の様子を見ると、少し離れた場所で戦っていて、2人も苦戦しているようだった。ソフィアを護りながらというのもあるが、幹部の部下を名乗っているだけあって、今までの魔族より強いのだろう。
「余所見とは、随分と余裕だな。」
マハトはそう言いながら私のことを蹴り飛ばす。銀月で受けたが刀を通して衝撃が突き抜ける。同時に後ろに飛ぶことでなんとかやり過ごしたが、身体能力も今までの相手とは格が違った。
「これならどう!」
宝石を4つ投げて構築していた術式を一斉に発動させる。その内3つは前回と同じものだ。水の収束と分解によって水素と酸素を生成する。ただし今回は発火させる前にもう一段階手順を踏む。水素と酸素に対して、氷冷属性の術式によって液体になるまで冷やす。そして、液体水素と液体酸素を混ぜ合わせた状態で発火させた。
その瞬間、白く輝く炎がマハトを包み込んで、辺り一体の地面を溶かしながら全てを焼き尽くす柱となる。
(前回の爆発に対して単純により高音の燃焼…ロケットの推進剤にも使われるこれなら、流石に効くはず。)
煙が開ける頃、マハトの姿が見える。最初と若干様相が変わっているため、恐らく戦闘形態だろう。
「人間にしては、なかなかの威力だな。まともに喰らえば、俺たちとて無傷とは行かないだろう。」
そう言いながらマハトはこちらに向かって歩いてくる。
「…まともに灼かれたはず。まさか無傷なんてっ!?」
私は瞠目して一瞬だけ立ちすくんでしまう。その隙にマハトの拳が私のお腹を捉えた。咄嗟に裏に跳躍し魔装を使い致命傷は避けたが、咳き込んでしまい口から血がこぼれた。
(戦闘形態になって速度も大幅に上がっているわね。足止めするだけでも厳しい…って違うわね。)
私は、一息はいて呼吸を整える。銀月を構えて、牽制用に待機させていた術式を破棄して、全ての魔力操作を身体強化と魔装にまわす。
(強敵に対して足止めや逃げに徹することは、悪いことじゃない。勝てない相手に勝負を仕掛けるのは無謀だし、命を捨てる行為になる。けれど…逃げているだけでは、現状は変わらない。次に繋げるための逃げならいいけど、逃げ続けるだけじゃ駄目ね。かつて、この理不尽な世界に抗いたいから力を求めてきた。でもいつからか、安全性や堅実性を求めるようになって中途半端になってたわ。現状を変えるために足止めではなくて、ここで倒す。逃げるのはもう終わりよ!)
私は、覚悟を決めて対峙する。逃げるための時間稼ぎではなく、相手を倒す…斬るための戦いだ。
(収束魔術を基本にして多彩な魔術が使えるようになったことで、魔術を切り札として考えていたけど、私本来の強みは近接戦闘よ。火力が足りないから魔術の出力を上げる?違うわ、硬くても刀で斬る。1度で無理なら何度でも同じ場所を斬る。魔術も剣術も目的を達成するためのただの手段なのだから。)
私は、マハトに対して銀月を構えて踏み込むのだった。
一方でシリウス達とゼーエンは、互角の戦いをしていた。シリウスの魔槍とアルキオネの剣、2人の風魔術が交互に放たれることで、ゼーエンの攻撃を封じる結果になっている。
(互角とはいえ戦闘形態にもなってない。どう攻めるべきか…)
シリウスは内心で考えながらも積極的に攻めていく。数の利を活かしてシリウスかアルキオネのどちらかは、必ず近接攻撃を仕掛けるようにしていた。ゼーエンの攻撃をいなして魔槍を叩き込む。攻撃こそ通っていないものの、衝撃で一瞬だけゼーエンの動きが止まった。
アルキオネが風魔術による暴風の槍を生成して射出する。暴風の槍は、ゼーエンに直撃するが傷を与えることはできないでいた。
(威力を多少上げたところで通らないわね。姫様が言ってた風魔術の本質…あれからずっと考えていたけど、答えはまだ出てない。けれど、ここで前に進まなきゃ姫様には追いつけない!今ここで答えを見つけるわ!)
アルキオネはシリウスが前衛に出ている間に、色々な風魔術を放っていく。弾丸や槍、刃といった形を持つ風がゼーエンに当たっても結果は変わらない。
(風魔術は空気を操作するもの…形を変えてぶつけるだけじゃなくて…)
1つ思いついたことを試してみる。風魔術を2層ほど展開すると
「兄さん!下がって!」
シリウスに向かって叫んだ。シリウスが後ろに跳躍するのを確認して、展開していた術式を発動させる。
ゼーエンを基点にして、球状に包む風の結界を張る。続いて、結界の内部から外側へ風を起こした。
するとゼーエンは苦しそうにしていた。慌てて結界の外へ出ようするが…
「流石アキだ!」
シリウスが上空から魔槍を構えていた。重力と風を放出したことによる加速を合わせて急降下すると、魔槍を突き刺す。ゼーエンも酸欠によって咄嗟に動けなかったため、槍をまともに食らった。
「ぐっ!?」
辛うじて頭は避けたようだが、肩に直撃したようだ。無理矢理力を込めて結界の外に下がったが、片手をブラブラさせて膝をついている。
アルキオネも魔術を解除してシリウスの近くに移動する。するとゼーエンから凄まじい魔力が溢れた。
魔力が収まると戦闘形態と思われる姿のゼーエンが立っていた。
魔族との戦いは、ここからが本番である。




