111 追憶の旅路-真夜中の客人
暑苦しさを感じて夜中に目が覚めてしまった。
それでも身体は休めなければならないし、他の人を起こすこともしたくない。
眠りが浅いまま横になっていると、ぞわっと静電気が走ったような感覚が走って虚ろだった意識が覚醒する。
これは洞窟の入口に仕掛けていた探知魔術の反応によるものだ。
反応があった場所へ意識を集中させれば、ゆっくりと動いている微弱な気配をいくつか感じた。
「ん……誰か近づいてきたようですね」
隣で寝ていたメラニーも気が付いたようで起き上がって剣をとった。
「まっすぐこちらに向かってくるみたいです」
侵入した者たちは洞窟内を迷うことなく一直線にここに向かっている。動きからして私たちを探している可能性が高そうだ。
「わたくしが対処します。ティアは……」
「私も行きますよ。ただ待つなんて性に合わないですし」
メラニーの言葉を遮って私も立ち上がる。
彼女の言いたい内容は想像がつくが、たとえ万全でなかったとしても遅れをとることはない。
「……仕方ありませんね。ここが安全だという保証はありませんし、わたくしの近くにいた方が安全ですか……」
メラニーは少しだけ逡巡するが最終的には私が行くことを認めてくれた。
それからメラニーはテントの周囲に防御結界を張った。袋小路に繋がる唯一の通路も魔術で崩して通路を塞ぎ、通路の近くの壁や地面に魔術の罠も仕掛けた。
これであれば万が一敵が私たちを無視してもイルミナのもとに辿り着くことは難しいだろう。
そのまま通路を抜けて広い空間へ出た時だった。
何かが広がったような違和感を覚えるとともに辺りの空気が僅かに変化した。
まるで乗り物に酔ったかのような気持ち悪さがある。
結界が張られているわけではないが、魔力の流れがおかしくなっているようだった。
メラニーも不快感を覚えているようで顔を顰めている。それでも奥からやってくる者たちを警戒して剣の柄に手を伸ばした。
私も換装用の魔術具に魔力を流して杖を取り出そうとする。
けれど、魔力が乱れているせいで空間魔術が発動できず武具を取り出すことができなかった。
「これは魔力を乱して魔術を妨害する魔術具だ。お前さんたちは魔術使いって聞いたんでな。当然換装なんて、もっての外だ」
やってきたのは黒い装束を纏った十三人の暗殺者だった。そのなかでも一番奥に控えている一人は背中に大きな魔術具を背負っている。
恐らくは、あれが魔力を妨害している原因なのだろう。
「ん?やはり二人だけか……襲撃で一人に致命傷を与えたって情報はあっているようだな」
襲撃の詳しい情報を知っていることからも騎士団の裏切り者と関係していることは確かだろう。
裏切り者が依頼したのか裏切り者に指示を出した者が依頼したのか分からないが、殺さずに捕らえて尋問したいところだ。
「笑わせてくれますね……貴方たち程度、わたくし一人だけでも十分だということです」
「嘘はよくないねぇ……それとも強がっているのか?魔術を満足に使えない魔術士に何ができるってんだ?」
暗殺者たちは私たちを囲むように広がると全員が短剣を構えてジリジリと距離を詰めてくる。私たちが隙を見せれば瞬時に詰め寄って短剣を突きつけてくるのだろう。
「っ……ティアはわたくしの後ろに」
メラニーは私の前に立って剣を構えた。
きっと魔術が使えない私を守ろうとしてくれているのだろう。
「メラニーさんありがとうございます。ですが……」
相手が持っている魔術具は周囲の魔力を乱すことで魔力の結合を阻害するもののようだった。
通常であれば魔力の結合ができなければ魔術の発動どころか体外で魔力を操作することもできなくなる。魔力制御の高い術者であれば術者の近くに魔術を展開することはできるだろうが、距離が離れるか魔力制御から意識が途切れた途端に霧散するだろう。
けれど、対策がないわけではない。
魔力を封じる魔術が生み出されれば、当然対抗するための魔術も生み出される。
使いどころが少なく難易度と魔力効率の関係で割に合わないと廃れた技術だが、王城にある全ての魔術書を記憶している私であれば行使することができる。
「この程度であれば問題ありません」
私はそう言うと自身の周囲に対抗魔術を融合させた魔力弾を十発放った。
術式を省略した魔術弾は、展開と同時に敵に目掛けて射出され五人の敵に着弾し、そのうちの三人が地面に沈む。
「対魔障魔術ですか……よく知っていましたね」
「ただ次は当たらないでしょうね」
今の攻撃は不意打ちに近いものだった。
殺さないように威力を抑えていたとはいえ、並の兵士や賊であれば避ける隙を与えることなく無力化できる程度だ。それが三人しか倒せなかったところを見ると存外に敵の実力は高いらしい。
「それに思ったよりも魔力を消費するみたいです」
魔力が乱れている中では収束魔術が使えないため全て自前の魔力を使わなければならず魔力の回復も見込めない。上級魔術並に魔力を消費することを考えると無闇に連発はしたくない。
「ほう?この中で魔術を放つ奴は初めて見た……気を引き締めなきゃならないようだな」
暗殺者たちの視線が鋭くなった。
今までは私たちとの戦いを楽しんでいる節があった。それが私たちを容赦なく殺すためのものへと切り替わる。
「わたくしが前に出ます。ティアは援護を」
メラニーは私にだけ聞こえるくらいの小さな声で呟くと剣を抜いて敵に向かって飛び出した。
「やれ」
同時に頭領らしき者の合図とともに暗殺者たちが一斉に襲い掛かってくる。
「はっ!」
突進の勢いごと剣を振り下ろして敵の一人を吹き飛ばした。
他の敵はメラニーを囲むようにして短剣を振りかぶってくるが、メラニーは敵の攻撃を剣で受け流し、即座に返す刃で反撃しようとする。
けれど、敵の連携が洗練されているせいか剣が届く前に阻まれてしまう。
私も援護しようと待機させていた魔力弾を数発放つ。
敵は魔力弾を避けたり短剣で弾いたりするために行動を変えなければならないが、僅かな隙をメラニーは逃さない。
今のやりとりで新たに二人が斬られ吹き飛ばされて地面に沈んだ。
「お前たちはそいつを抑えろ。俺は後ろのやつを殺る」
頭領らしき者は全員に指示を出すと私に向かって跳躍してきた。
「ティア!」
メラニーは魔力が霧散しないように剣に纏わせたまま薙ぎ払って包囲網を突破しようとする。
敵はメラニーの一撃を短剣で受け止めるが、あまりの衝撃の大きさに身体ごと吹き飛ばされて空中に舞った。
「なめるな!」
敵の一人が空中で短剣を投げた。
メラニーは魔力を纏って防ごうとするが短剣は魔装を突き破り肩に深く突き刺さる。
「ぐっ……魔封効果のある短剣です。気をつけて!」
メラニーはそう言うと顔を顰めながら剣に纏わせていた魔力を爆散させた。敵を吹き飛ばして距離を取ろうとするが、敵もなかなか強いらしく包囲を突破できないでいる。
どうしても倒すまでに時間が必要だろう。
「わかりました。こちらはなんとかします」
魔力弾を待機させた私は襲いかかってくる頭領らしき人を迎え撃つために構えをとった。




