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第六話。格闘バカ、搦め手を喰らう。

「さて」

 この場に残る一人の敵に、体を向けるのと同時にわたしは一撃、拳を叩きつけた。

 もんどりうって倒れたが直後、その衝撃を利用したように凄まじい勢いで跳ね起きた。

 

「不意打ちとは感心しないな」

 濃い紫の鎧に黒ローブを重ね着したような、奇妙な服装の敵は、

 涼しい顔で言う。

 

「貴様が言うか。全員でわたしを倒すと鼓舞しておいて、

己は一切手を出さなかった貴様が」

「なにを勘違いしている。私は『その化け物を先に殺るぞ』と言っただけで、

私も協力するとは言っていない。最小限の労力で最大限の利益を得る。

それが私の生き方だ」

 

 言うなり、あらぬ方向に両手から魔弾を放つ。

「あぶない!」「あぶねえ!」

 二人の声、エビレイとアナリスのだ。直後、アナリスの痛みによるうめき、

 そして魔弾が一つ、射手へと速度を増して返った。

 

「くっ」

 敵は己の一撃を受けて、うっとおしそうにエビレイのいるだろう方を睨む。

 しかし、その表情は怪訝そうだ。

「使い物にならなくなった物を処分して、なにが悪い」

 

 

「なんで戦意のなくなった奴を、それも味方を攻撃する」

 エビレイの声色に怒気が混じる。

「今言っただろう、使い物にならなくなったからだ」

 

「てめえ!」

 

「ならば逆に問おう。なぜ君達は敵対存在である魔族を助ける?」

「戦う意味のなくなった奴だからだ」

 きっぱりと答えるエビレイ。わたしもそれは同じこと、一つ頷いて同意する。

 

「芝居だとは考えないのか? その消沈も敵の策だとすれば、後ろから打たれる。

我々は仮にも、魔王の側近を務めるに値する実力だと、魔王当人から言われた

四天王と称される存在だ。

それが騙し討ちをしないとなぜ言い切れる。なぜ全員が

オグレディオスのようだと信じられる?」

 

 この男の口調は実に腹が立つ。頭の悪い奴に、しかたなく諭してやっている、

 そういう小馬鹿にした、含みのある言い方だからだ。

 

 

「俺は勇者として、一つ決めてることがある。

自分の決めたことに嘘はつかねえ。パリーが現れるまで動かなかったのも、

その『自分の決めたこと』の一つだ。バカなこだわりって言われりゃそれまでだ。

けど、己の心一つ満足に貫けねえようなら、でかいことなんてやれやしねえ。

 

たとえそれが元で死んだとしても、俺はそれでいい。己に嘘ついた思いは、ずっと後悔として残る。

煮え切らねえまま生きるより、煮え切って死ぬ方が勇者としてかっこつくだろ?」

 エビレイの己の信念を聞き、鼻で笑う敵。

 知らず、わたしは右拳をギリリと握り、目の前のこいつを睨んでいた。

 

 

 わたしは今、エビレイの信念を初めて聞いた。

 勇者として、と言っているなら、それまでこれほどの覚悟は

 決まっていなかったと言うことだろう。

 

 よくよく考えれば、魔王を倒すなどと言う途方もない目標を課されて、

 それを頷いている時点で、エビレイは勇者と呼んでいい。

 魔王を倒す戦士の称号ではなく、勇気と覚悟を抱く者と言う意味でだ。

 逆を言えば、それをする決意に至るなにかが彼にはあった、と言うことだ。

 

 いったい彼の身になにが起きたのか、それは聞いてこなかった。

 いや、意図的に聞かなかった。ポッと出でパーティ入りしたわたしが、

 おいそれと触れていいことじゃないと思っていたから。

 でも、今わたしはおそらく、ただの戦力ではなく『仲間』として並び立っている。

 踏み込んでも、いいかもしれない。それは今、この時じゃないが。

 

 

「今ここでへこんでる二人はもう敵対してねえ。それどころか、戦う気力も残ってねえ。

今スキル弱体化してようが、俺の真贋を見る目は鈍らねえ。

こいつは『スキル』って形で、特異な能力として与えられたもんじゃねえ

これまでの経験で得た積み重ねの力だからな。

だから、俺は二人を打たない」

 

 言い終えた直後、ガチャリと構えるのとは違う音が、

 エビレイの方から聞こえた。

 

「アナリス、グラッチャ。その二人、どっか遠くにもってってくれ。

巻き込んだらやばい」

 真剣な様子のエビレイの言葉に二人は短く答え、

 ベリファスとミスマギラに声をかけている。

 

 

「たかがレベル22如きで、よくレベル68の私に挑もうと考えたな」

 ん? ついさっきまで、エビレイたちはレベルが行っても20だと言われていたはず。どういうことだ?

「魔界で戦ってる間に、どうやら二つほど上がってたみてえだな。好都合」

 なるほど。練度の具合と判断したことは、間違ってなかったようだな。

 

「レベル差は一つ二つ上がった程度では、どうにもならんとわかっているだろう? 愚かな」

「さて、そいつはどうかな?」

「愚かなのは貴様の方だがな。わたしからの攻撃、忘れたとは言うまい?」

「それでも肉体で打つことをしゅにしている君など、相手にならんさ」

「なんだと?」

 

「これからわかることだ。魔耗のゲマカオム、久しぶりの戦闘ではあるがな」

「奇妙な言い回しをする奴だ」

「まったくだぜ。いくぞパリー」

「ああ」

 

 後衛の二人を戦場から遠ざけたのは、なにかいやな予感でもあったのだろうか?

 ともあれ。レベルを気にするわりに、わたしとのレベル差を歯牙にもかけない

 妙な相手との戦いだ。これまで以上に気が抜けない。

 

 

「まずはお前からだ勇者!」

 そういうと、敵はエビレイに向かって滑るように動く。

 だが、わたしの目の前にも、同じ姿が立っている。

「分身しただと!?」

 

 無表情なわたしの前の方、分身体とでも呼ぶか、そいつがゆっくりと左腕を上げる。

 胸の高さまで上がったと思ったら、僅かに痛み。小石でも投げつけられたような小さな、

 しかし確実に感じる痛みが、わたしを刺した。

「貴様はそっちの相手でもしていろ化け物」

 一睨みするが、わたしを見ていないようで意にも介さない敵本体。

 

 エビレイのつるぎと敵本体の抜いたであろうなにか鉄製の物が、

 それがかち合う音が聞こえる。気持ち悪いほどに澄んだ、やけに耳に響く音が。

「こいつ、的確に動きを阻害して来るっ」

 分身体は無表情のまま、対応しづらい位置を狙って、今さっきと同じ

 小石のような痛みの魔弾を一定間隔で射ち続けて来ている。

 

 その射撃間隔は体感秒間三発と言う、動き始めようとするタイミングを、

 絶妙に突いた感覚だ。

「厄介な。それだけ奴が戦う者の動きを知っていると言うことか」

 思わず本体をチラリと見た。相変わらず力比べのようにエビレイと打ちあっている。

 

「うっとおしい。こいつの射撃もだが、この、打ち合う音もだ。

くっ、頭に響いて来たっ」

 そういう仕掛けですと言わんばかりに、まるでペースを崩さずに打ち続ける分身体。

 その射撃を指や手で弾き飛ばしながら、踏み込めるタイミングを見極める。

 

 集中したいが、どんどん頭に響く加減が大きくなっているかち合う音が、

 それを邪魔する。

「くっ。バラバラなようで連繋が取れている。流石に自分と言うことか」

 頭痛の手前ほどにまで巨大化した金属音。これではまともに考えられないっ。

 

 

「ぐっっ!」「っ!」

 ひときわ大きく鳴った甲高く澄んだ音に、わたしとエビレイは同時にうめいた。

 彼の方は、強く打ち据えられたからかもしれないが。

「射撃が止んだ。今なら!」

 踏み込んで右の蹴りを放つ。確実に命中する間合い。

 

 ーーだが。

 

「体を……素通りした? バカな、今までここにいて、今もここにいるはずだろう!?

くっ、また打って来るか。それならば!」

 多少の痛みなど無視して、わたしは再度、今度は右の拳を真っ直ぐに突き出す。

 

 この、人間の身体は疎か岩程度なら貫通できる威力も含めて

 槍のようだと称されたことのあるわたしの鉄拳は、

 しかし再び空を切る。

「距離感が……狂わされている?」

 

「くそっ、なんで当たらねえっ、目の前にいるはずだろっ?!」

 エビレイも、どうやら同じらしい。状況から考えて、この頭痛が原因だろう。

 頭痛のせいで感覚が狂っているのか、それともなにかの魔法なのか。

 

 いずれにせよ、奴の狙いが見えない以上、分身体からの射撃に対処し続けるしかない。

 本体からなにか来た時は、己の肉体に備わっている動き、

 わたしの思考を超えた経験に任せるしかないな。

 

 

「エビレイ、やたらにつるぎを振るな、体力の無駄遣いだ。

構えたままで制止しておけ。奴がなにをして来るかわからない以上、

それは愚策だ。いざと言う時に対処できなくなるぞ」

「くっ! このっ! 切れろ!」

「駄目か、聞こえてない」

 

 たしかに、エビレイが目で戦っているのは、これまでで理解していた。

わたしは飛んで来る魔弾の間隔で対処できているが、

 目で戦う以外の戦法に行き当たらないんだろう。

 

 彼等の圧倒的な強さがスキルに依存していることを考えると、

 アナリスの言葉の通り、戦闘の経験、と言うよりは

 戦闘におけるとっさの判断の練度が足りないんだろう。

 わたしが見て来ただけでも、エビレイはろくに敵の戦術を見ることなく

 倒せてしまっていたからな。

 

 

「どうする、本体の姿のはっきりとした位置がわからない以上、殴りにも行けない。

これでは埒が明かない」

 動かせない戦況と、打ち出し続けられる小石魔弾に、

 わたしもだんだん冷静さを削がれ始めている。

 無意識に歯を食いしばっていることに気付いて、僅かに汗をかいた。

 

 抑えろ。抑えなければ奴の思う壺だ。

 わたしまで冷静さを欠いてはいけない。

 魔弾を弾きながら、その射撃の合間を縫って深呼吸をする。

 

 頼るな、目に。感覚で探れ。気配で戦え。

 目が使えないなら使わなければいい。目を閉じろ。

 自分の感覚に惑わされるな。真実を手繰り寄せろ。

 奴は……どこだ!

 

 

 大きな気配が先にある。どんどん膨らんで来ている……まずい!

「そこだ!」

 目を閉じたまま、わたしは目標へ向けて走る。距離感は音で計る。

 多少の痛みなどかまう必要はない!

 

 正面にいた分身体にぶつかった。たしかにこれはわたしの間合いの外だ。

 やはり感覚を狂わされているのか?

 それよりもおかしかったことは、分身体にぶつかった感触が

 人の身体とは思えない、硬質な物体を砕いた感触だったこと。

 

 と言うことは、魔法で奴に見せかけていたのだろう。

 それなら、ずっと無表情だったことにも合点が行く。

 

「なっ!? 目を閉じたまま突撃して来るだと?! 貴様正気かっ?」

 驚愕する声は、音になんの隔たりもない。

「わざわざ居場所を特定させるとは、愚か者め!」

 今の位置、声の角度は上だったか。と言うことは、浮いている。

 今地を蹴ればちょうどいい。

 

「喰らえ!」

 上空に投擲された槍のように一直線。わたしは目標に向けて飛んだ。

 そして、その勢いのまま鋭く、殺すつもりで右足を振り上げた。

 

「ぐはぁっ!」

 胴体に見事に命中、小気味いい衝撃が右足に伝わった。

 しかし、とどめには至っていない。当たった爪先の重みが、少し足りない感覚だった。

 わたしが突っ込んで来るのに合わせて、その命中の刹那身体を逃がしたようだ。

 着地。その少し後、離れた位置で派手な音がする。

 

 

 目を開けて状況を確認。分身体はいない。

 そのかわり、むくりと起き上がる敵の姿が目に入った。

「頭痛が、収まっていない?」

 

「たとえ私が死のうと、その呪幻魔法は解けることはない。

二度同時にバインド・ダ・バニッシュを使うことができれば解くことはできるが、

まったく同時に使うことなど、ミスマギラでもなければ不可能だろう」

 相変わらずの小馬鹿にした調子で語る。

 

「そうか」

「なぜだ。なぜ笑う? 気でも狂ったか」

「彼女が義理堅い性格であるのなら、その不可能は可能になるだろう、と思ってな」

「愚かなことを。魔王四天王が、貴様ら挑む者に力を貸すなどあると思うのか?」

 

「その思い込みが消えない限り、貴様はわたしたちの繋がりに負けるだろう」

 そう言い、わたしは背後へ向けて右拳に収束した魔力を打ち放つ。

 水面瀑布撃みなもばくふげきほどの物ではないが、充分だろう。

 なんせ、狙ったのはエビレイだからな。

 

「なにをしたのかはわからんが、貴様。簡易だったとはいえ、

ストーンゴーレムを体当たりで破壊してなんともないのか?」

 初めてこいつが動揺している。

 

「レベル100なら、その程度やれるんじゃないのか?

わたしはレベルと実際の実力が関連していることが、

未だに信じられないが」

「この世界に生きておきながら、レベルの存在に信憑性を感じないとは……」

 呆れて物も言えないとばかりだ。

 

「そんなものを気にする余裕など、わたしの人生にはなかったからな」

「パリーどういうつもりだコラア!」

 走り込んできながら、エビレイがそう怒鳴る。

「お前がいつまで経ってもおちつかないからだ。どうやら効果あり、だったな」

「そいつはどうも、とんだ荒療治だったぜ」

 

 お互い頭痛に僅か顔をしかめるも、顔を見合わせてニヤリと笑う。

 直後、同時に敵に意識を戻す。

 

 

「さて、ふざけたことしてくれたお礼は、しっかりしねえとな!」

「そうだな」

「やれやれ。ローリスクハイリターンが、私の生き方なんだがしかたがない」

 どうやら、本気を出すらしい。

「私の思考を、ミドルリスクハイリターンに切り返させたことを後悔するんだな」

 

「相手がどんなことしてこようが、勇者はそれを超えるもんだぜ」

 したり顔で言ったエビレイのせいで、一瞬場の空気が

 生ぬるくなったのはしかたないことだろう。

 

「物語と現実の区別が付かないお子様には、レベル差40超えと言う現実を

たっぷりと見せてやる必要があるようだ」

 ニヤリと、また小馬鹿にした調子。

「ならば、わたしはそんなお前に、レベル差32と言う現実を教えてやる必要があるわけだな」

 ニヤリと笑い返してやる。

 

「では、存分にご教授願おうか。ゆくぞ!」

 本格的に戦いが始まる。

 

 

 より、気を引き締めないとな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エビレイカッコいい!! とおもったらえ、それ以上にパリーがカッコ良すぎた件(笑) でもこのタッグ、めっちゃいい! どきわく胸が高鳴るやつ!!
[一言] >「私の思考を、ミドルリスクハイリターンに切り返させたことを後悔するんだな」 ゲマカオムせこいw 全力出すんだと思ったのに~w エビレイ&パリーさんがんばれー! \(^o^)/
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