第五話。格闘バカ、魔族の心を叩き折る。
「アナリス! 防御をお願い、両方ね!」
グラッチャの声が飛ぶ。アナリスはそれにはいと短く答えると、
即座に魔法を発動した。
「アフター・ダ・ニテクト!」
どんな効力があるのかわからない。だが、わたしにもその範囲は及んだらしく、
一瞬光の壁のような物が二つ……いや、二層見えた。
「やるわね鎧の娘。一度に魔力と否魔力の壁を同時に展開するなんて」
わたしには、なぜその二つが分かれているのかわからないが、どうやら
同時に展開することは技術のいることのようだ。
わたしは油断なく敵を見据えながら、仲間たちの様子を聞いている。
「でも、それ以上はやらせない。なにするかわからないしね」
紅一点の黒ローブがそう言うと、直後に黒鎧の剣士が
光を残して消えた。
「っ? なに?」
一瞬風が通り過ぎたと思ったら、突如痛み。僅かにチクリとした程度だが、今どうやら
わたしは攻撃を受けたらしい。
「っ! そこか!」
気配を背後に感じ、裏拳を打ち据えるべく放った。
だが、空を切る。が、なにかにかすったような手応えがあった。
「ち。なんて女だ。俺さまの光速移動にかすらせるとは」
背後から声。元の方向に身体を反転すると、左前に剣士がいた。
「高速移動。なるほど、わたしの目でも負えないほどの早さか」
「魔界随一のスピード。光散らしのベリファスの名は飾りじゃない。
それをたった一度で人間の、それも女に気配を視られるとはな」
「君達の流儀に合わせて、レベル100の人間を甘く見ないでもらおうか、
とでも言っておこう」
「気取っていろ」と、ベリファスとやらは吐き捨てた。
「ベリファス、そっちを抑えてなさい。わたしは残りを処理するわ」
「言われるまでもない、指図するな。この魔剛鉱オブハルコンの剣、
かすり傷で済むはずはない。どんな強さの防御魔法であろうと、
肉体に通りさえすれば、そんな程度で済むはずはない。
それを証明してやる」
「なにやらその剣に大層な自信があるようだが、一つ言わせてもらえば
武器を誇っているようでは、底が知れる」
「なにっ?」
血走った目で、こちらを睨んで来るがわたしにはなんの効果もない。
「武器を誇ると言うことは、それがなければ貴様の戦力はたかが知れていると言うことだ。
己が拳を誇れんならば、貴様の価値は動く鞘程度でしかない」
「この俺さまの動きを見切れんくせに、生意気を言うなっ!」
正面に光が生まれた。わたしはその光を見た瞬間に、体重を乗せた右の拳を
腹の辺りに当たるように突き出していた。
「が……な?」
光が形を成し、生まれた形は目を驚愕に見開くベリファスの姿だった。
わたしの右拳は、ベリファスの腹にしっかりと突き刺さっている。
四十年間の修行は、わたしの体に考えるよりも先に動くと言う技術を
身につけさせている。エビレイとの勝負の時も、今もそうだ。
わたしは、自分が理解する 認識するよりも早く、相手へのカウンターを打っていた。
「どうして大したダメージにならなかったのか、教えてやろう」
腹から拳を引き抜き、腕にかかった重みを返すように
ベリファスの胸を殴り付ける。うめき、そして
数歩押しだされるベリファス。
再びこちらを睨み付けて来るが、知ったことではない。
「素早さを誇る者は、それが緩まること、止まることを極度に嫌う。
それがたとえ攻撃が命中したと言う、明確な手応えであっても。
総じて素早さを誇る者は、それを見せつける。即座に仕留めてしまえばいいものを、
己の長所を見せつけたいがために、じわじわと責め立てたがるものだ」
「知った風な口を」
「これまでの拳士生活の中で、素早さを誇る者との戦いも
一度や二度ではなかったからな」
「小娘、貴様はこう言いたいのか。俺様が貴様に反撃を受けたのは、自分のせいだと」
「そうだ。そして、今のわたしからの一撃は
貴様の高すぎるプライドによるものだろう」
「まったく。自分に『様』なんて付けるような己惚れやだから、
そんなことになるのよ。ま、少しでも抑えてくれてれば充分だけれど」
ベリファスに支持を出しておきながら、そんなことをのたまう女四天王。
その言いぐさは、心底呆れている。いや、それ以上か。見下している。
「あなたたちがパーティだと言うから、わたしもそれなりのことをしよう
と思ったのだけれど、やっぱり駄目ね。
うまくいかないわ」」
女四天王から、魔力の気配が一瞬にして生まれた。
分厚い気配、それがどういうわけか薄まって、二つの別の気配にかわった。
「エビレイ! 展開!」
「お、おお、わかった!」
完全に司令塔と化しているグラッチャに最早顎で使われ、動揺しながらだが
エビレイはなにかするらしく、剣を抜く音が聞こえる。
「遅い! アフター・ダ」
「やらせません!」
「ぐっ! よ、予想外だわ。まさか、突進して来るだなんて」
そこでエビレイのところから、ガチャっと言うなにかが噛みあった音がした。
「まだ。もうちょっと」
「なにを狙ってるのか知らないけどね、お嬢さん。それを
やらせると思わないことね。ぐ、ああ。こ、このっ離なさいっ!」
「やらせません。わたしは攻撃魔法は使えませんけど、
あなたのスキル、いえ、それとは違うなにかがどういう物かは見えます。
別の魔法を同時に二つ使える、ツインスペル。それを使って
一度でできる最大の効果を持つ魔法の組み合わせ。やらせません!」
「ベリファス。わたしが貴様の動きから意識を外していると思っているようだが、
そうあまくはないぞ」
「くっ、化け物が。目付きがぼんやりしたから、
他者に意識を向けてるようにしか見えなかったのに」
「若干薄くはなっているがな。だが、目に入っている以上、気配を感じ取っている以上、
わたしの意識より先に、わたしの体が動く。わたしの四十年間は、
戦いと言う舞台において、わたしの制御を超えている部分を
生んでいるからな」
今は、戦いの舞台以外でも、わたしの体はわたしの制御を超えることが、
ままあるが、そんな弱みを敵に見せるわけがない。
「本物の、化け物じゃないか、くそ」
「どうする。貴様の無意識の手加減を殺さない限り、致命打にはならないぞ」
「そうだな。では、魔界の美に沿って、その加減。殺して見せよう」
「なに?」
光になった。しかし、風はまた横を過ぎた。
また背後か。そう思った直後、なにか……違和感を感じた。
「体が……いや。頭が……軽い?」
「そう。見えるか。見えるだろう、これが」
正面に戻ったベリファスは、既に剣を鞘に納めていた。
その代わり、両手になにかを。黒い……なにかを持っていた。
「なんだ……それは?」
「魔界において、黒は美しい物だ。しかし、混沌とは更に美しい。
黒でありながら光をも持つ、混沌を抱くお前の髪はとても美しい物だ。
だから。その美しい混沌の髪を、いただいたのさ。
どうだ? 身が軽くなって戦いやすくなっただろう」
そう言って哄笑の高笑いを上げた。
「……わたしの。髪……だと?」
「そうさ。頭が軽くなったと言ったろう? 髪は女の命と言う。
背中の半分辺りまであったそれを、肩の辺りまでスッパリと切った。
どうだ? ショックで力が入るまい。フハハハハハハ!」
「そうか。エビレイが整えたわたしの髪を。
整えてくれた、わたしの長い黒髪を。貴様は。
……貴様は無許可で勝手にバッサリと切り落としたんだな……!」
「な。なんだ、どうしたんだ。こいつ、
オグレディオスのヤロウのことを言った時より、殺気が膨れ上がって!」
「少し借りるぞ」
「な、なにをする? 俺様のオブハルコンの剣をいったい」
「はぁぁ……!」
流麗烈火の型を手にのみ宿す。
「貴様が女の命を無許可で奪ったのなら。わたしもそれを返す。
怒りに任せて命を奪うことは、我が流派の教えに背くからな」
そうして、わたしは生まれて初めて、自らの意思で鞘から剣を抜いた。
「まさか、手で折ろうとしてるのか? ハハハ、バカなことを。
たとえオグレディオスだろうと、簡単には叩き折れん魔界最硬のつるg」
「ふんっ!」
両刃の剣の腹、その中央辺りに狙いを定めて、全力で右の拳を叩き込んだ。
「あ。ああ……あああ……お、おれ、おれて……おれてる。
魔界最硬の……オブハルコンが……おれさまのつるぎが……」
「そら。これで相子だ。貴様の、剣士の命、奪わせてもらった」
ポイと、崩れ落ちてガクガクと震えているベリファスの足元へ、折れた刃共々投げ返してやった。
「もう、こいつは戦えまい。次は」
「きた! アナリス、けっこう痛いからねっ!」
「死なないなら、問題ありません」
「くっ、このっ! 離しなさいっ! なんて強情なのっ!」
「エビレイ、いくわよ。しっかり敵に弾き飛ばしてねっ!」
「わかったっ、こいっ!」
なにをするのかわからない。ただ、一つわかったことは。
今、ゴロゴロと空がうなりを上げたことだけだ。
「サンダー・ダ・ラクライドラ!」
天高く杖を振り上げたのと同時に、グラッチャから紡がれた言葉。
それは、雷を操る魔法の、最上級の物だったはずだ。
「弾き飛ばせるのは、魔法だけだからなっ!」
わたしは大きく跳び、洗浄から距離を取った。
その跳躍の着地をした直後、二つの稲妻が同時に戦場に落ちた。
耳をつんざく轟音と、凄まじい力が、彼等に向けて炸裂する。
それでも目を凝らし、状況を見た。
「ま、さか。魔界の、雷すら……利用する、なんて。
だ、けど。まだ、わたしは……戦える」
「やめとけ。もう、気力、だけで、戦う状況、だろうが。
さっきの、パリーの拳で、けっこうダメージ受けてたんだ。
動く、だけでも、きついだろうに」
「魔界の、雷。想像、以上に、きいた……わね」
「この、鎧のおかげで、わたしはそこまで
大きなダメージを受けずに済みました」
「四天王として。わたしは、あなたたちを殺す。それが、役目」
「できない役目にどんな意味がある。無駄に命を散らすこともないだろう」
戦場に戻りながら、わたしは女四天王に諭す。
「今の、あなたたち程度なら。道連れにできる」
「信念に準ずるか。だが、体力は限界のはずだ。どうするつもりだ?」
「魔力なら、ありあまってるわ」
言葉の通り、魔力が大きくなる。
「バインド・ダ・バニッシュ「アフター・ダ・マシール」」
魔法の名前を女四天王が言い終わった直後、
「やべえ!」
慌ててエビレイが持っていた盾で、女四天王の腹を殴りつけた。
「がはっ!」
すると、四天王から外に出ていこうとしていた魔力の気配が、
まるで吸い込まれるように、彼女の中に戻って行った。
「なん……て……ことを……!」
なにか、とんでもない魔法だったらしく、殴られたことではないような
衝撃を受けた表情をしている。
「いったい、今のはどんな魔法だったんだ?
それに、言葉が同時に二つ聞こえた」
「今のは、魔法の効果を解除する物と、魔法の使用を封じる物です。
つまりこの人は、わたしのかけた補助魔法を打ち消すのと同時に、
わたしたちの魔法を封じるつもりだったんです」
「そうか。たしかに、その同時攻撃は君達にとって厳しすぎる組み合わせだな」
「しかも、ここではあたしたちはスキルもろくに使えない。レベルも下がりまくってる。
この先、一番大変な相手が残ってるんだから、きついなんてもんじゃないわよ」
「そうだな」
「それで、言葉が二つ聞こえたのは彼女の能力、わたしたちで言うスキルですね。
二つの魔法を同時に使うことのできるツインスペルと言う物です」
「スキル、なんでもありだな」
呆れていいのか感心していいのか驚いていいのか。
正直わたしは、今ここに至っても、スキルと言う物がしっくり来ていない。
「バインド・ダ・バニッシュ」
不意に、アナリスが優しくそんな言葉を発した。
これは、今しがた女四天王が使おうとした物の片方のような気がする。
二つ同時に聞こえたおかげで、女四天王の方は
しっかりとは聞き取れなかったんだが。
「ど……どうして?」
「魔法を扱える、いえ。魔法しか扱えないわたしたちみたいな人が、
それを金輪際封じられてしまったら、そこの剣士さんどころじゃない
苦労を強いられることになります」
「甘いわね。敵を助けるなんて」
「わたしたちは、甘い勇者パーティです。自覚はあります。
できることなら、殺したくはありません。だから、あなたから
不自由を取り去りたかった」
「……はぁ。そう。いいわ。負け、みとめてあげる。
今のは、完璧を求めて、あなたたちの手を封じ切ってから自爆しようとした
わたしの落ち度でもあるし。その上でこんな処置なんてされちゃ、
気力も萎えるわ。死ぬに死ねなくなっちゃったじゃないの」
力が抜けてしまった、と言う風情で、女四天王はぐったりと言った。
「心が折れた剣士と、気力が折れた魔法使い」
「ミスマギラよ、重法のミスマギラ。せめて、名前ぐらいは教えておくわ」
「そうか、覚えておこう」
わたしの言葉に、エビレイ アナリス グラッチャ、三人とも頷く。
「さて、残るは一人か」