第三話。格闘バカ、魔界で無双する。
「いよいよ。魔界か」
まるで空間を隔てるように、支えもなしに立っている巨大なドアの前。
今生唾を飲んだのは、勇者ことエビレイ・アドマイアだ。
「みんな。覚悟はいいか?」
とてつもない強者であっても、未知の領域に踏み込むのは緊張し警戒する。
勿論、わたしもそうだ。今も全員、浮足立っているのが、見てわかるほど。
「うん。いこう」
「そのために、わたしたちはここに立ってるんですから」
「ああ」
正直なことを言うと、緊張もしているが同時に楽しみでもある。
魔物に苦戦することはこれまでなかった。しかし、ここから先は
彼等のいわば地元だ。もしかしたら、アナリスの
鑑帝眼とやらでは見きれないなにかが、魔界全体に満ちているかもしれない。
そして、それによって眼の力で見た以上の実力を持っているかもしれない。
そんな、予想外の強さを持つ相手と戦えるかもしれない、
そう考えているからだ。
これを口に出すと、みんなに呆れられてしまうだろうから、言いはしないが。
彼女の眼の制度は、これまでの蹂躙
ーー 圧倒的な実力差で一方的に叩きのめすことを、
戦いとは呼べないからな ーー を通じて敵対する者の実力の指針にするのに
充分な物だとわかった。
だが、どうやら彼女が見えているのは対象の補助のない、
いわば素の実力だけのようだから、情報外の戦闘能力を発揮することもあった。
そうすると、わたしも含めて僅かではあるが動揺して動き出すのが若干遅れた。
実力差がありすぎるから、まったく問題にはならなかったがな。
彼女の眼に頼りすぎてはいけない、そう思いはするんだが、
簡単な手段を選んでしまう。やはりまだ未熟だな、わたしは。
「よし。いくぞ」
それぞれに、魔王四天王直属の部下を倒したことで手に入れた四つの鍵を、
それぞれに一つずつ持っている。二つ目に倒した鍵の持ち主曰く、
この鍵を四つ鍵穴に全て刺した状態で、全員同時に回さないとこの扉は
開かないらしい。
そいつは散り際に、
『お前たちのような雑な繋がりの生き物に、あの扉は開けられない。
魔界に入ることなく滅びろ』
などと言っていた。ずいぶんな言いぐさだが、しかし一人旅だったわたしには、
その言葉が理解できないわけではない。それが悪いと言うことでもない。
エビレイたちは、雑な繋がりでなきゃこのパーティは生まれてない、と答えていた。
たしかに、それもまたわたしは理解できた。
そんな敵との戦いを完全に終えたところで、
「な? 四人いないと駄目だったろ?」
と得意げな顔をしたエビレイだったが、
アナリスとグラッチャから、偶然でしょと同時に呆れられていた。
それを見たわたしは、不覚にも噴き出してしまった。
その時、初めて笑ったなとエビレイに微笑で言われて、
意味の分からない鼓動の早鐘がわたしに襲い掛かった。
あれ以来、微笑のエビレイがふとした時に思い出されて、
普段の表情との違いと、集中を乱されることに耐えられず、
エビレイはなにもしてないのに彼を殴ってしまい、
怪訝な顔をされることがある。
その顔を見ると、己の制御が利かない未熟差と、
理不尽に殴ってしまったことの申し訳なさで、
いつも気分が落ち込んでしまう。
これもまた、恋の一面なのだと、それを相談した際に、
アナリスから言われてしまい、恋と言う物が
かなり複雑怪奇な物なんだと思い知らされた。
それぞれに、鍵穴へと鍵を差し込む。
本当にドアだけなのかと疑問に思うほど、しっかりと鍵穴に差し込まれた鍵。
「せーのでいくぞ。さん。にぃ。いち。せーの!」
ガチャリ。完全に同時だ。鍵が四つ全て、縦から横へ
まったく同時に同じ方向を向いた。
「雑な繋がりなら、こんな雑な合図でもうまくいくもんだ」
ニヤリと、してやったりな顔で言うエビレイ。
左前にいるから、表情が見えている。が、なぜわたしは
意識を集中すべき鍵ではなく、勇者を見てしまっているんだ?
「よし……押すぞ」
「さっすが勇者。勇気ある者ね。自分から扉を開こうとするなんて」
明るく言うグラッチャだが、その声色が硬い。
緊張をほぐそうとしそこなってるようだ。しかたがないが。
思いっきり息を吸ったエビレイ。その直後。
「オラアアアッ!!」
両掌で押すと言うより、破壊せんばかりの掌底打ちにしか見えなかった。
それでもドアはゆっくりと、奥へ向かって左へと開いた。
「突入だああ!!」
これは、大声を上げることで緊張をどうにかしようとしているな。
誰の動きも確認せずに、突っ込んだことからありありとわかる。
「っなあバカ勇者!」
「待ってください勇者様!」
エビレイを追って、アナリスとグラッチャが続いてしまった。
わたしは、薄暗い中へと駆け出した三人を見送って、静かに深呼吸をする。
「いこう」
この布陣なら、わたしは後ろにいるべきだろう。そんな思考をしながら、
体の動きは浮足立っている。 緊張なのか高揚なのか、
自分でもわからないまま、未知の領域へと足を踏み入れた。
「っ?」
後ろからバタンと大きな、誰も触れていないドアのしまる音が響いた。
驚いて振り返ったわたしが見たのは、どういう仕組みなのか
こちら側に飛び出して来て、地面に落ちた四つの鍵だった。
それらを全て回収し、わたしは仲間たちの気配を追って駆けた。
あの三人と合って、初めて笑ったと言われた時、
仲間と言う物の暖かさを知った。同時に、一人とて欠けてはいけないと思った。
だから、早く合流して、無事を確かめなければならない。
わたしも彼等も、強くはあっても不死身ではないから、
なにが理由で死んでしまうかわからない。特に、この全てが未知の魔界では。
***
「なんだこいつぎえあ!」
「どけ、わたしは仲間を探したいだけだ。視界をよこせ!」
「なんだこいつ。なんでこんな力がぼえあ!」
「なんのことかは知らないが、邪魔をするなと言っている!」
進む道進む道、耳障りに甲高い声で、いろいろ騒ぐ魔物が、
わたしの道を阻んで来ている。それらを一撃で昏倒させているのだが、
そうすると、一様になんだこいつはと言う言葉を吐き出して来るのだ。
たしかにこの領域、魔界に入ってから、少し体が重たい気はするが、
それがこいつらが、わたしをおかしい判定していることと
関係しているのだろうか?
「キィッ! 仲間? 先に突っ込んできた人間どものことだな?」
上空から声。見れば鳥のような姿の魔物が、
冷静な視線でこちらを見ていた。
「奴等は、四天王様方への道を、偶然かひた走ってたから、
連絡して食い止めてるぜ。レベル15や20そこらで
よくもってやがる。だが、キィィッ。そろそろ限界ってとこだろうぜ」
ニヤニヤと気味悪く笑いながら、鳥型魔物は状況を教えてくれた。
しかし、おかしい。こいつの言うことは、おかしい。
「どういうことだ。彼等はレベルが100だと言っていたぞ」
「キィッキッキ。この魔界はな。スキルって奴の力を抑え込むようにできてんだ。
きっと連中は、スキルの力でそんな境地に至ったんだろうぜ」
ペラペラとよく喋るのは、連絡役のようなことを言ったところを考えると、
こいつの特徴なのかもしれない。こちらとしては実にありがたい話だ。
「そうか。それなら、彼等がわたしと同じ強さの領域に立っているのも頷ける」
「キ?」
「どうやって彼等のレベルを知ったか知らないが、もし貴様に鑑帝眼のような物があるなら、
わたしのことを調べて見るといい」
「ほう、よっぽど自信があるようだな。いいだろう、我々魔族を
一撃で叩きのめしてることも気になるしな」
「キィィィィ!」っと頭に響くような金切り声を発した鳥は、
なぜか驚愕の色を帯びた、悲鳴のような叫びを上げて落ちてきた。
「どうした?」
「な、なんだおまえ。なんでろくなスキルもないのに
レベルが100なんだ。きぃぃ」
目を回している。力が抜けてしまったらしい。鳥の声の直後、
動揺の声といっしょに、周囲にいた連中からガサガサと足音が聞こえる。
見れば奴等は、わたしからジリジリと距離を取っていた。
「スキルだのレベルだの、そんなものは彼等に遭うまで知らなかった。
ひたすら己を鍛え上げた、それだけのことだ。しかし、
エビレイたちの居場所を知っていそうな奴がこのざまか。
近道が絶たれたな。しかたない、彼等の気配を辿って行くか。
幸い、気配は一箇所にとどまっている。しかも、それほど離れていないな」
鳥の言葉を考えると、足止めを喰らっていると言うところか。
しかも彼等は魔界の外とは力の具合が、相当ズレている。それに慣れるのは骨だろう。
早く合流し、彼等を守らなければ。
「鳥。いろいろと教えてくれてありがとう」
それだけ言うと、わたしは勇者たちの捜索を再開した。
***
「見つけたぞ!」
見つけたと同時に、敵に飛び蹴りを見舞った。
「ぎやー!」
まったく視界に入っていなかったらしく、顔面に見事に命中、やはり昏倒した。
「つまらないな。もう少し骨のある奴がいると思っていたんだが」
「き、貴様。レベル30の俺達を一撃だと!?
そうか、シラベマストリーが魔力遠話で言った化け物はこいつか!
お前ら! この化け物を始末するぞ! こんな奴をこれ以上先に進ませるな!」
「化け物に化け物呼ばわりされるとは思わなかったな。
周りに十数から二十匹程度か」
気配から察せる強さの具合は、こいつの言葉の通り一定だ。
肩慣らし程度にぐらいは、なるかもしれないが、それではわたしの
温まり始めた体が収まらない。
図体が大きければ、たしかに重みそのものは出る。
しかし、その重みは体躯に任せただけの物だ。
技が伴わなければ、躱す 見切るのはたやすい。
「来い、デカブツども。暇潰しぐらいにはなってもらうぞ」
わたしは構えを取らない。こんな雑魚に型通りにするなど、
武術家として恥ずかしい。型とは術を示す
自己紹介のようなもの。それを、一撃で沈ませることのできる相手にするなど、
武術にかけた年月に、後足で砂をかけるような振る舞いだ。
「たとえレベルが100だろうと、棒立ちの奴にやられたとあっちゃ
四天王の番兵の恥だぜ! いくぞ!」
他の連中もそうだが、魔界の魔物どもはどうしてこう
耳障りな甲高い濁声なんだ。同じ男声ならば、
エビレイの方が断然耳に心地いい。
一斉に襲い掛かって来た。
「ぎゃ!」「うぼあ!」
しかし、いくら数をそろえようとも
「うおあ!」「なに!?」「バカな!?」
接近戦を挑むなら、一度に相手するのは四人まで。
やはり構える必要はない。
ーーなぜなら。
「貴様ら、揃いも揃って遅すぎる!」
あまりの遅さに耐え切れず、わたしは回し蹴り一閃。
そこから発生した衝撃波を含めて、残る十匹前後の魔物を
全て一掃した。
「やはり、物足りないな。期待外れもいいところだ。
みんな、大丈夫か?」
右後ろを振り返って見たら、
どうしたんだ? そんな、目も口もまん丸くして?」
三人とも、なにが起きたのかわからないのか、凄まじく間抜けな顔をしていた。
「どうやら、特にダメージは負ってなさそうだな。レベルの差はあったようだが、
全員凌ぎ切れたのは、場数のなせる業か?」
「な、なあ、パリー」
なんとか言葉を絞り出した、そんな様子だ。
「なんだエビレイ、改まって?」
「お前……なんだよ?」
「う……」
今、妙に胸が重たい感じになった。言葉が胸に刺さった、そういう感じだった。
魔物に言われても……なんともなかったのに。どうして?
「失礼だな。わたしは人間だ。君達と違うのは、
ひたすら己の肉体を鍛え続けて来た、その一点だけだ」
不機嫌な返しになってしまった。しかし、ここまで腹が立ったわけではない。
どうした、わたし? ちかごろ己の制御が不安定だぞ。
「あの。さっき、魔物が『たとえレベルが100だろうと』って、言ってましたよね?」
「あ、ああ、言ってたな。喋る鳥も、それに驚いたようだった」
いけない。言葉が刺さったのが抜けきらなかった。
少し言葉が詰まったのに気付かれた様子はないが。
「えっと。確かめても……いいでしょうか?」
「構わない」
少しぶっきらぼうになってしまったか? 動揺が収まり切らないな。どうしたわたし?
「じゃあ、失礼します」
わたしの声の調子など気にならないとばかりにそう言うと、
アナリスの目の色が変わった。澄んだ青から真っ黒へ。
「……どう、して。わたしたちはガクンとレベルが下がったのに、
パリーさんのレベルは変化がない。100のままです」
目の色が元に戻って直後、アナリスはそう衝撃を受けた調子で発した。
「この魔界は、スキルって奴の効果が抑え込まれるようになってるんだそうだ。
スキルの力で、君達はわたしと同等の強さを得ていると言うことなんだろうな」
「そう……だったんですね」
「剣の技を使うのに、魔界の外より気合入れないと駄目だったのは、
スキルがうまく使えないからか」
「なるほどねー。魔法使うとちょっと疲れる感じはそれでか。
こりゃ、こっからの布陣はパリー中心になりそうだわ。
あたし魔力使いすぎそうだからさ。これまでなんにも気にしないで
上級魔法使いまくってたから、ついガンガンやっちゃうと思うのよね。
そしたら魔王戦までに魔力切れしそうでね」
「すごいな。自分の戦いの癖を理解し、なおかつ一番の相手に
戦力を温存することを即座に決めている。
わたしにはできない切り替えの早さだ」
「そっかな。魔法使いって魔法使えないとわりとお荷物じゃない?
だから、自分の戦いの癖も戦闘力も把握しないと駄目だからね。
これぐらいはできて当然よ」
ものすごい嬉しそうに、堪えきれないニコニコ顔で
そんなことを自慢げにまくしたてたグラッチャ。
そんなかわいらしい様子に、こちらも笑みがこぼれた。
「ってことだから、任せた」
「任せてくれ。わたしとしても、歯ごたえのある敵がほしかったところだ」
歯ごたえと言うのと同時、右の拳を一振りした。拳圧が僅かに生まれる。
歯ごたえのある相手がほしいのも事実ではある。しかしそれともう一つ、
エビレイに言われた言葉の重みを跳ねのけたいと言うのもある。
が、わたしの内情を全て言う必要はないだろう。
「みんなも気を抜くなよ。どうやらここから先、四天王の領域のようだからな」
「わかっています」
「気を抜くつもりはねえよ。ただ、敵さんに通用するかはわからねえがな」
「援護ぐらいはやったげる。いらないかもだけど」
体は無事で、なおかつ闘志も萎えていない。そんな仲間たちにホッとした。
「よし。進むぞ」
なぜかわたしがパーティを仕切るような形になってしまったが、
そんなことはどうでもいいようで、三人は静かな気合の声で答えた。
「男だったら絶対モテてるわよね、パリーって」
「そうでなくても、女性からもモテそうです」
「で、今みてえなかわいらしい微笑とかされたら、女子なら一発だろうな」
「か……かわいい? わたしがか?」
「どうした? そんな派手に立ち止まって。真っ赤んなってるし」
「な、なんでもない。いくぞ」
逃げよう。恥ずかしい。
この恥ずかしさは、四天王との戦いで消し飛ばす!