第一話。格闘バカ、運命の出会いをする。
「このただならない気配。見つけた」
わたしの目線の先には、一人の剣士の青年、魔法使いの少女。
それとあれは……リビングアーマーか? いや、それにしては
気配は間違いなく生き物のそれだし、見える目は人に近い雰囲気だ。
いやいや、そんなことを考えるよりもまずは行動。目的は剣士の青年。
ーーいや、勇者だ。
「探したぞ、勇者エビレイ・アドマイア!」
見るからにめんどくさそうな顔が返事だった。
どうやらわたし、パリー・ブラックベルの勇名は勇者の耳にも入っているらしい。
なにやら、人の瞳をしたリビングアーマーから耳打ちされている。
「要件は? 噂通りなら俺との勝負ってところか?」
さきほどの顔に偽りなく、その態度もめんどうそうだ。
「我が家が拳法、流凄拳の皆伝を受けるに二十年、更に修行に二十年。
武に生きて四十年。人類最強の声高い勇者。
お前の強さ、相手にとって不足なし」
「お姉さん。ずいぶんもったいない生き方してんね。ま、いいか。
勝負するとして、こっちには勝敗の後にちと話がある。かまわないか?」
「問題ない。なんの話かは知らないが」
「よし。さて、レベルは同じ100、ステータスは力と素早さがぶっ飛んでる、か。
厄介そうだな。だからこそ、負かしがいがあるってもんか」
なにやらわけのわからないことを言っているが、まあいい。
魔王を倒そうと言う人間と戦えるなんて、
この人生唯一の機会だろう。
しかし、そんな頭で理解できる高揚よりも、体がうずいたのが今の言葉だ。
はなからわたしに勝てると思い、あまつさえ口にする、その態度は許せない。
「その言葉。後悔するなよ、勇者!」
踏み込むのと同時に、拳に固めた右手を突き出す。
常人がやれば絶対に当たらない、早すぎる位置だ。
しかし、わたしの速度ではこれでちょうどいい。
「うおっと。マジかよ、一瞬消えたぞおい?
しかも拳圧がトロルのパンチクラスって、化け物かよ?」
よほど驚いたようで、自分で分析したわたしの拳圧の威力に、三歩ほど後ずさりした。
その程度のことで怖気づくとは、なさけない最強の人類だな。
「そんな物を着こんでいて、よく今のをかわしたな。
トロルの拳撃、それでも僅かにゆらぐ程度の衝撃。そちらの防具も大概だろう?」
「この通称勇者武具一式、防具の性能とはまったく逆で、
アホみたいに軽いからな。まあ、資格者が着た場合に、の話だけど」
「そうか。なら、加減はいらなそうだ」
「おいおい、今のが手加減してたのか?」
「挨拶代わりだが?」
「ひぇーっ! そうかい。じゃ、こっちも御返しといきますか。
その拳、ぶった切れても文句言うなよ!」
勇者がそう言った瞬間、意識せず右に飛んでいた。
なにかが左頬の辺りをかすめて行った。
空気、と言うことは今のは剣圧? いや、と言うよりは衝撃波か?
「つっ。……なに? まさか今のは、飛ぶ……斬撃?」
うっすらと左頬に痛みがある。それも切れた時の痛みだ。
「へぇ。自分の体だけじゃなく、相手の動きからの攻撃予測と、
それについて来る回避能力も持ってるのか」
「当然だ。攻めに使える体が、守りに使えないはずはないだろう」
無意識で避けたなどとは、口が裂けても言わない。
生まれてこの方四十年、武に生きた誇りがあるからだ。
しかし、初手で旗色が悪い。無意識で奴の動きを察知できたが、
この状況は長く続けられない。
奴の動き、わたし以上か。そうなると、目を離すわけにはいかないな。
いつ距離を詰めるべきかを、そして奴の攻撃の動作を見なければ、
こちらがいずれやられる。
「まさか、四十年修行を続けてもなお、その研鑽を上回る者がいるとは。
面白い」
「ほんと。完全にバーサーカーのそれだな、お姉さん。
でもま、それぐらいでなきゃ、そんな境地にゃ辿り着けないよな、普通」
「煽るなぁエビレイ」
少女が、そう楽しげな色を帯びた声で言う。
「才能か、特異体質か。どちらにせよ、やはり相手にとって不足なし。
いくぞ勇者!」
「まったく。魔王の手先と戦ってるような気分だぜ」
軽口とは裏腹に、勇者の気配が気迫を得た。
どうやら、本格的に勝負の始まりのようだ。
***
「ねー、まだー?」
少女、実に暇そうな声色だ。
「むちゃ言うな。こっちとしても攻めあぐねてんだから」
「それはわたしの台詞だ。近付けば剣で牽制、離れれば飛ぶ斬撃では、
ろくに殴りにいけない」
「自分の魔力、拳に纏って殴り飛ばして飛び道具にしてる奴が、
なに言ってんだか」
「ちょっと、待ってください」
「っ?! リビングアーマーが口を利いた!?」
「違います。あの、エビレイさん。あなた、この人になにをしてるんですか?」
なんとも大人しそうな、幼さの残る少女のような声のリビングアーマーだ。
「どういうことだ?」
「なんだよアナリス、バラすなよな」
「そう言ってバラす方向に話を持っていこうとしてるのは、
あなたですエビレイさん」
なにやら不服そうだ。
「ようバーサーカーさん」
「パリーだ。パリー・ブラックベル。もう忘れたのか?」
「一度聞いただけで完璧に把握できるほど、凡庸な名前じゃないだろ」
「そうか? って、そうじゃない。いったい、なんの話をしているんだ?」
「格闘にしか人生向いてないわりに、ずいぶん小粋な返しして来るな。
んでな。えーっとパリーだっけ? あんた、自分でなんか違うって気付かないか?」
「わたしが、他の者たちとは、違うだろうな、
とは思ってるが?」
「ちっげーよ! そういう根本的な話じゃねえ。
今現在のあんたは、今の自分に変化を感じないのか、ってことだ!」
なぜか、怒られてしまった。いったい、なにが違ったんだろうか?
っと、今考えるべきはそこじゃないな。
「わたしに……変化?」
「ああ。たとえば、ちょっと動きにブレがあるとか」
「ブレ……?」
試しに軽く体を動かしてみる。
「いやいやなんだその素振りの早さ。早過ぎて
拳が付き出したまんまに見えるぞ。風切り音が複数重なって聞こえるおかげで、
素振り連打してんだなってわかるけどさ」
「これぐらい、朝の目覚まし運動なんだが」
「冗談きついぜ。で、なんかわかったか?」
「たしかに、体が少し軽くなったような感じがするな。
それに、なんだか体の動きに付随する髪の動きも少し違うような」
「正解。あんたが攻撃だと思ってたのはぜーんぶ、
あんたのその無造作に延ばしてた髪の、やぼったい部分を切りそろえてたんだ」
「な……!?」
冗談きついのはこっちだ。髪を整えていた?
誰もそんなことをしろとは言っていない。
なにより、戦いと言う気迫と闘志のぶつかり合う澄んだ心の場で、
そんな俗を持ち込むなど!
「わかっていますか、パリーさん」
また、リビングアーマーが口を利いた。今度はわたしに対してだ。
「な、なにがだ」
若干気味が悪いが、言葉をかけられたからには答えるしかない。
「勇者様に、言うなれば凄まじい手加減をされたんです」
「……そうだな」
「しかもあなたはまったくそれに気付いていなかった」
「……認めたくはないが」
「つまり、それは」
聞きたくない。わかっている。わかっている。
だが。わたしの心など知るはずもないリビングアーマーは、
はっきりと告げて来た。
「あなたの完全敗北ですよ」
「……そ。そう。だな」
わかっていた。髪を切りそろえていたと、言われた時から。
知らず、右の拳をグググと音がするほどの力で握りしめていた。
そうだ。わたしは四十年の間、ひたすら拳の研鑽を続けて来た。
しかし、特異体質だかなんだかは知らないが、わたしは
わたしより明らかに若く見える青年に、その四十年を否定されたのだ。
「さて、試合終了で、よさそうだな」
言うと勇者は、剣を鞘に納めた。
「一つ答えてもらおうか」
圧倒的実力差に、わたしはすっかり気持ちが鬱屈としてしまって、
声も言葉も投げやりだ。
「髪のことか?」
「お見通しか。そうだ。なぜ、そんなことをした」
「そりゃ、俺のパーティに入ってもらおうって言うんだ。身だしなみぐらいは整っててもらわないとさ」
「なに?」
訝しむわたしに、魔力の気配を駄々漏れにしている少女が、
それがさ、と愚痴っぽく話をし出した。
「あたしたちが、なんで魔王討伐せずにうだうだしてるかって言うとね。
このユウシャサマが、バッカみたいなこだわり持ってるからなんだ」
「こだわり?」
「そ。四人パーティじゃなきゃやだー、って。しかも、自分たちと同じ強さの人がほしいって」
「それが……理由、なのか?」
少女、うんとあっさり頷く。
「で、あんたが見事、俺達と並ぶ強さの人間だった、ってわけだ」
「ずいぶんな勇者もいたものだな」
苦笑いが漏れた。
「魔王程度、余裕で倒せるのにだからねー」
「どういうことだ? なぜそんなことがわかる」
「それはわたしの、『鑑帝眼』のスキルです。って言っても、
出会ったことのない存在のステータスを見るには、
使える魔力を全てつぎ込むぐらいしないと駄目ですが」
こう言ったのは、人の目をしたリビングアーマー。
「スキルやらステータスやらと、お前たちはさっきから
わけのわからないことばかり言うな。
スキルとは、特異体質だと思っておけばいいのか?」
わたしの言葉に、全員が間の抜けた顔をした。
「なにか……おかしいことを言っているのか?」
「ま、まあ。そんな認識でかまいません。
それで、わたしたちのレベルは全員100。
対して魔王のレベルは88。かなりの開きがあるんです。
わたしたち三人なら、充分なんですよ」
「しかし、勇者のこだわりで魔王を倒しに行かなかった、と」
「そうです。わたしたちの行動決定は、最終的に勇者様ですから」
「なるほど。本当に、人間のようなリビングアーマーだな」
「ですから。わたしはリビングアーマーじゃありません!」
そう言うと、目以外を覆っていた兜を外した。
「な……エルフだったのか!?」
驚いたことに、兜の中から現れたのは、耳の尖ったエルフの少女だったのだ。
わたしの反応を見たら、また兜をかぶってしまった。
愛らしい顔だちなのに、もったいない。
「ま、そんなわけで。ようやく見つかった四人目。俺にはあんたが必要なんだ」
「そう……なのか」
「ああ。歴戦の傷跡はあるものの、顔だちそのものは整ってて、
ワイルドな美人って感じだしな。そういう意味でもうってつけだ」
「美……人? わたしが?」
「下半身で選んでるみたいなこと付け足すのやめてよね。
勇者ってもののイメージあんでしょうが」
「その好色に思われる余計な言葉がなければ、
勇者様、もう少し評判かわってると思うんですけどね」
なんだ? 美人、そう言われたとたん、足元がおぼつかなくなったぞ?
「ほら、話は終わりだ。ついてこいよ」
「話があるって言いながら、強制的にパーティにねじこむんじゃないわよ」
「パリーさん。勇者様、こう言ってますが、いかがですか?」
「あ、ああ。そうだな。お前たちといれば、
今わたしに生まれた、謎の浮つきの正体も、わかるかもしれない」
「謎の浮つき?」
リビングアーマー改め、エルフの少女に促されて、わたしは続きを口にした。
「ああ。美人と言われたら、急にこうふらふらと、おぼつかなくなってしまったんだ」
「たしかに、それは謎ですね。いったいなんでしょうか?」
「おいおい。二人目の前衛担当が、そんなんじゃ困るぜ」
「なーに、なんとかなるでしょ。あたしたち、全員魔王よりずっと強いんだから」
「なにかわからないステータスやレベルとやらを指針にするのは、いささか不安だが。
とにかく。これからよろしく頼む」
こうしてわたし、パリー・ブラックベルは、魔王討伐の勇者パーティに加わることになった。