突き指詰まり
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おー、つぶらやくん。申し訳ないが、ばんそうこうか何か持ってないかね?
いや、急に寒さが戻ってきたと思ったら、とたんに指があかぎれしちゃってさ。この手のダメージ、私はどうも血が止まりづらい性質のようでね。ほれ、もう前のばんそうこうが血まみれに……。
ふう、すまない。助かったよ。自分の身体ながら、もうちょっと丈夫にできていてほしいなと、つくづく思うよ。
人もここまで、そこそこの年月を存在し続けているのに、暑さ寒さを身一つで克服するまでには至っていない。
恒温動物の宿命、といってしまえば仕方がないけれど、このばんそうこうをはじめとする医療の発達も、弱っちい身体だからこそ、できたといえるだろう。人間全般、縛りプレイ好きというか、制限がかかったとたん、脳細胞が回転を増すようだね。
しかし、いくら治療を試みても、どうにもならない状態に、陥る危険は常にある。予防予防の精神は、いつも持っていた方がいいだろうね。
お礼代わりといっちゃなんだが、ひとつ昔話を聞いてみないかい?
私が小学生だったころの話だ。
その日の体育はバレーボールがあって、当時は男女でさほど体格差がなかったからか、混合で試合をしていたんだよ。
私のチームも相手のチームも、そこそこ技術はあったからね。お互い、小学生なりのスパイクを見舞う、派手な試合運びになった。
だが授業の終わり近く。ポイントももう少しで決着というところで、事故が起きた。
放り込まれたサーブは、オーバーかアンダー、どちらでレシーブするか、判断に困る高さで、彼女の下へ飛んでいった。一瞬の躊躇ののち、彼女はやや腰を落とし、オーバーハンドで受けようとしたんだ。
ちょうどセンターにいて、間近で見ていた私には見えたよ。彼女の伸び切った右手の人差し指が、他の指より先にボールへ触れた瞬間を。
なかばボールをはじく形になり、直後に彼女は右手を抱えてうずくまってしまう。間違いなく、突き指をしていた。
いったん保健室へ向かった彼女が教室へ戻ってきたのは、体育の次の授業、三分の一が過ぎたあたりだった。
指を何本か束ねて、くくったんじゃないかと思われるほど、人差し指一本に対して、大仰なほどに包帯が巻かれていたよ。
だいぶ指が腫れていたんだろうか、とその時は思ったんだけど、彼女は次の日も、その次の日も、この極太な包帯を指に巻いたまま、学校へやってきた。
――三角巾や松葉杖のノリで、目立ちたがっているんじゃないか?
なにかと自意識が強まるお年頃の私は、彼女の包帯を「かまってちゃん」の一部だと考え、少し疎ましく思いだしたよ。実際、ケガしているアピールになって、彼女のことを気に掛ける人が、いつもより多いし。
面白くない私は、あえて心配の輪に入らず、遠目に彼女の指を観察することにしたんだ。
包帯が過剰演出だという疑惑は、すぐに確信に変わったよ。教室移動の際、彼女が胸に抱えるようにした教科書へ、指の包帯の先が当たったとき、「ぐにゃり」と先端が曲がったのさ。だぼだぼの余裕があるってわけだ。
そのうえ、彼女はどうやら学校にいる間で、何度もあの細工包帯を取り換えているらしかった。教室のゴミ箱へゴミを捨てようとすると、ときどき彼女の包帯が、あの指に巻かれた形のままで捨ててあるんだ。
さすがにそれを漁るのははばかられたが、数日後にたまたま包帯が、指の付け根側。つまり穴が開いている側を上に向けて、捨てられていることがあってね。ちょっとのぞけた包帯の中身を見て、眉をしかめてしまった。
指の付け根から、おそらく第三関節に至るまでのところ。そこにびっしりと黒いシミが張り付いているんだ。
血だとしても、ここまでは黒くならないはずだ。赤とか黄色とかが混じっていてもおかしくないのに、墨でも垂らしたかのように思えたのさ。
一カ月が経っても、彼女の指包帯は健在のままだ。
ぼちぼち日常化してきたせいか、彼女に構う人は少なくなり出している。
今が好機とばかりに、私は他の人がいないタイミングをはかり、彼女を問いただしたんだ。ケガのほか、たまたま見た包帯の色のことについてもね。
すると彼女は、休み時間だとまずいからと、わざわざ放課後に近所の公園での待ち合わせを提案してきた。この手のお誘いには裏があると、アニメの見すぎで想像してしまう私は、期待よりも警戒心が上回り、ポケットの中に石を何個か詰めていったのさ。
一応、護身用飛び道具というわけだ。
だが心配しているような事態にはならなかった。いや、事態は思ったより深刻だったかもしれない。
私の前で包帯を取ってくれた彼女の指、その付け根から第三関節の真ん中あたりに、真新しい皮膚が、張ったばかりのところがあったんだ。治りかけのかさぶたのようにも見えるが、その形状は彼女の指をぐるりと取り巻いていた。あたかも指輪を思わせたんだ。
それだけじゃない。彼女はポケットの中から一枚写真を出し、私へ見せてくれる。三か月ほど前の旅行で撮った写真らしく、彼女がカメラ目線で手を振っている瞬間だった。
何を伝えようとしているのか、私にもすぐ分かったよ。
写真の中の彼女と、目の前にいる彼女では、人差し指の長さが違う。いまの彼女の人差し指は、爪ひとつ分の差はあった小指と、ほぼ同じ長さになっているんだ。
「突き指してから、この黒いところから、なんか出るようになっちゃってさ。よく包帯換えているんだ。けど、指が短くなっているのに気が付いたのは最近。
こんな格好、おいそれとは見せたくないでしょ? 早く収まってくれるといいなと思っているんだけど……」
ふっと、彼女の目が一気にさみしさをたたえて、私はそれ以上何も言えなくなってしまう。
結局彼女は、事故から三か月後に転校し、私たちの前から姿を消した。その前日まで、やはり指に包帯をまいたままで。