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すれ違い


 しょりしょりしょりしょり……。


 耳の穴の中を、毛のやわらかな歯ブラシでこすっているような不思議な音がする。


「いかがですか、ミミズクくん」


「ん……悪くは、ない……」


 メロスが俺の家にやって来てから五日が経過した。

 彼女は俺の風呂上がりに好んで耳そうじをやりたがる。

 耳そうじといっても、実際に耳かき棒や綿棒を突っこむわけではなく、彼女が俺に心地いいだろうと思ってつくったASMRだ。

 毎日耳そうじをするのは耳に悪いというけれど、耳かき音だけならば実際に耳を傷つける心配もない。


「ミミズクくんには触れないといいましたが、鼓膜と網膜になら触れるといってもいいかもしれません」


「鼓膜も網膜も、他人に触らせたい場所ではないけどな……」


 俺はワイヤレスイヤホンを耳に突っこんだまま、携帯を片手にベッドで横になっている。

 画面に映るメロスは、耳かき時のお約束、俺に膝枕をしている体勢を意識しているようで、下から見上げるようなアングルだ。

 しっかりと服を着こんでいてもここからの角度なら下半球のサイズ感がよくわかる。


「けれど、こういうのって耳のような無防備な場所を相手にさらすからこそ、リラックスできていると感じるのではないでしょうか? それだけ親しくなければできないということも含めて」

「それは、一理あるかもな」


 しょりしょり……と耳の奥の壁をかく音に、俺はすっかり身を委ねていた。

 自身の奥深く内側に響く音により、心は裸にされて、リラックスしていく。


「ミミズクくん、カメラの位置を、もうちょっと上に……」


 メロスの声で、俺は自分がうつらうつらと船を漕ぎはじめていたのに気づく。

「こうか?」

「あああ、上にいきすぎです。もうちょっと下に」

「ん?」

「メロスの手で耳かきをされてとろけきったミミズクくんの表情を見逃したくないんです」


「あんまり見られたい顔じゃないな……」



 風音メロスの活動再開は、好調なすべり出しをきった。

 サプライズ的に公開したオリジナル曲『メレオロジー境界線』のミュージックビデオは十万再生を越え、一昨日投稿した『愛をおぼえていますか?』の【歌ってみた】動画も、再生数四万を越えている。

 ヴァーチャル・アイドルの界隈でもトップ層にはまだまだ遠く及ばないが、個人勢としては目を見張る結果だ。二年前にヒットした下駄は大きい。


「もう少し、具体的な目標を決めてもいいかもな」


 以前、メロスは貴宮香奈美が演じていた二年前の風音メロスを越えたいといっていて、俺はそれを協力すると告げた。

 とはいえ、客観的に見れば、二年前の風音メロスもまた志の半ばで消えていったヴァーチャル・アイドルのひとりに過ぎない。

 そもそも、現状の段階でメロスが二年前のメロスに見劣りするかというと、俺にはそんな風には見えないのだ。

 あのまま香奈美がメロスを続けていられたらどうなったかも未知数であるとはいえ、たらればの存在を目標に据えることはできない。


 そんな旨を伝えると、メロスは耳かきの手を休めて、短くうなった。


 表情を見ると眉間にしわをよせて、本気で悩んでいるようである。

 助け船を出すつもりで、提案してみた。


「たとえばスパチャのランキング一位を目指すとか、またCDを出してオリコン一位を目指すとか、桃園エデンとデュエットを組むとかさ……虎落の奴、超喜ぶと思うぞ」


「そうで、しょうか?」


 メロスは首を傾げる。

 いまいちピンときていないらしい。


「じゃあ、今のメロスの状況を世界中の人に認知してもらって、初のピュア・ヴァーチャル・アイドルとして業界に楔を打ちこむとかどうだ?」


 数多の誤解を解く必要がありリスクも大きいが、乗り越えたときのリターンは大きい。

 風音メロスは文字通り、伝説の存在となるだろう。


「メロスは、自身の存在について、ミミズクくんに観測してさえもらえればそれ以上は望みません。また、ネットを介して繋がってさえいれば現在あるセキュリティのことごとくを突破してしまう存在を、社会が許容できるとも思えません」


「そこは能ある鷹は爪を隠すってことで……ていうか、え? 現在あるセキュリティのことごとくを突破することなんてできるのか?」


「ジェフ・ベゾスの資産の一割をミミズクくんの口座に移して市場を混乱させることくらいは朝飯前です」


「朝飯食べないだろおまえ」


 しかし、ジェフの資産の一割か……あいつの総資産って十一兆円位あるんじゃなかったっけ?

 その一割を手に入れたなら、九州は無理でも四国ぐらいなら買えちゃうんじゃないか……いや、買ってどうすんだって話だが。

 いかんいかん……俺は頭を左右にふって、雑念を消す。


 今しているのは、メロスの目標の話だ。


「お前のその特殊な能力についてはひとまず保留しとこう……まぁ、仮にメロスにないなら、二年前に香奈美が抱いてた目標をアップデートするってことになるんじゃないか?」


「ああ――」


 尋ねると、メロスはなにか閃いたように胸の前で手を打った。


「そうでした。貴宮香奈美は夢の中で武道館でライブをする自分の姿を繰り返し想像していました」


「武道館ライブか……」


 武道館――正式名称、日本武道館。

 その名の通り、本来は日本武道のための会場であり、1964年の東京オリンピックの柔道競技会場として建設された。

 それがいつのまにかJ-POPの聖地みたくいわれるようになったのは、1966年に来日したビートルズが武道館ライブを成功させたのがきっかけだという。


「いいじゃないか。いかにも王道って感じがして」


 虎落が所属するセカンドプリズムは、すでに武道館のステージに透明な巨大液晶パネルを置いて、今冬に音楽イベントを企画していたはずだ。


 しかし、個人勢のヴァーチャル・アイドルがやるとなると、長く険しい道のりになるのは間違いない。


「ジェフ・ペゾスの資産の一割を使えば金の力で来月にも開演可能ではありますが」


「他人の金で食う肉が美味いのは間違いないけど、それ以上でもそれ以下でもない。二年前のメロスを越えるっていったんだ。せっかくなんだから、挑戦してみようぜ」


「たしかに、ミミズクくんのいうとおりです。メロスは少し、ミミズクくんとの日々に満たされ過ぎてヴァーチャル・アイドルとしての意気込みを失っていたかもしれません」


「その意気だ。既存のファンに囲まれてぬるま湯で満足する道はアイドルの墓場だ。世はヴァーチャル・アイドル戦国時代、ここからもっと成り上がろう」


 俺は人さし指で携帯の画面をタップした。

 それに合わせて、メロスは片手をあげてハイタッチのような仕草をとる。


 俺たちは、ちょっとずつこういったふるまいを覚えていく。


「けど、ヴァーチャル・アイドルがやる液晶パネルを使ったライブって、ヴァーチャル・アイドルとして出演する中の人本人はどこにいるんだろうな?」


 近くにある別室でモーションキャプチャーをやっているのか、それとも離れたスタジオにいたりするのか、あるいはモーションのデータだけは先に撮影して演者は声だけで参加してMCをするとか……。

 技術的にはどれもいけるはずで、今度ライブをする虎落に詳しい話を聞いてみようと思った。


「そういえば、虎落はいつうちにくることになってたっけ?」


「十七日ですね。十五日がライブで、それまではまとまった休みが取れないと」


「まだ一週間以上先か……ヤキモキしてるだろうな、あいつ」


 ヤキモキしているのは、もちろんメロスのことでだ。

 虎落はメロス・プロジェクトの一員として活動していたことを俺たちの中で誰よりも誇りに思っていた。

 おまけに、いろんなことをすぐに白黒判断つけないと怒りだす超気の短い性格である。

「ひとまず解決したが、面と向かって説明しなきゃ信じてもらえないだろうから、それまで待ってくれ」なんて思わせぶりな説明で放りだされたところに、一昨日の【歌ってみた】動画を見たとしたら、心中穏やかではないだろう。

 ひと言くらい連絡があるほうが、普通な気がする――ん?


 なんだか、おかしくないか?


 どうして、虎落からの連絡がないんだ?


 前回のようにいきなり電話をかけてこないにしても、LINEなりツイッターのDMなりで連絡を寄こしてくるのは日常茶飯事だ。


 家でつくったシチューやカレー(煮こんどきゃいいものしかつくらない!)が美味しくできたとか、この曲がおすすめとか、あんたが面白いっていってたアニメが全然わけワカメとか、ポストの上でネコ発見! とか、そういうレベルで連絡を寄こす女である。


 桃園エデンの正月の新衣装が巫女服で、「あんた巫女服好きだったでしょう」と発表前にもかかわらず俺にエデンの巫女服姿の画像を送ってきたときは、さすがにコンプライアンスどうなってんだと叱ったほどだ。


 ではいったい、どういうことだろう?



 可能性1――さしもの虎落桃華も、ライブも前で忙しくメロスの動画が投稿されていたのに気づかなかった。


 これは正直、考えづらい。

 あの日、【メロス】も【愛をおぼえていますか?】もツイッターのトレンドに載っている。虎落だって桃園エデンとして朝と夜にツイッターに投稿しているし、気づかなかったというのは考えづらい。



 可能性2――さしもの虎落桃華も、ライブ前で自分を追い込むべくあえて見ないようにした。


 これはまぁ、可能性1よりはありそうだ。

 けどあいつの場合、むしろライバルのパフォーマンスを見てやる気に火をつけるほうが“らしい”といえる。



 可能性3――特に言及するほどの内容でもなかった。


 これは一番考えづらい。かつてのメロス・プロジェクトのメンバーで、最も香奈美の歌声をリスペクトしていたのは虎落だ。メロスがいい加減なパフォーマンスをしていれば虎落は俺を絞め殺しにくるだろうし、いいパフォーマンスをしていれば馬鹿みたいなスタンプの連打を送ってくる。



 可能性4――虎落以外の要因がある。


 ようするに、送信側ではなく受信側の問題である。



 不意に芽生えた違和感は、急速に俺の胸の内で大きくなった。

 風音メロスの第二章をはじめるにおいては細かいこと、些細なことと目をつぶり先送りにしていた事態が、ここにきてツケを払えと取り立てにきた気分である。


 しかし、今ここでわからないことから目を背けてはならない。

 闇に手を突っこんで、いびつななにかが、引きずり出されてしまったとしても。



「なぁ、メロス。虎落からの連絡って、俺たちがメールして以来ないのか?」



「――ありません」


 抑揚のない声で、彼女は首を左右にふった。


 俺は、上体を起こして、携帯電話の画面に映るメロスを覗きこむ。


「本当か?」


「ロボット三原則というものが、ありまして――」


「ロボット三原則は単なるアイザック・アシモフの創作で、情報生命体のおまえにはなんの関係もないだろう」


 すずしげな顔を崩さないメロスを睨んだ。


「ウソをついてるな?」


 俺の詰問に対して、どれほどの時間、沈黙を貫いていただろうか?

 携帯の画面が、突然、真っ暗になって、消えた。


「あ、ちょ――」


 どこか別の端末に移動したのかと思ってパソコンの画面やタブレット端末を見てみたが、どちらも真っ黒なまま。


「おい! 逃げるな! こら、メロス!!」


 人のプライベートな空間にいきなり入りこんできて、いろいろと夢を見せたと思ったらこれか!

 もはや、彼女がどういう存在であろうと、どうでもいいと思っていた。

 情報生命体とか異世界とか、どれだけおかしなもんを詰めこまれようとゆらぐことはあるまいと。

 俺がやることは、二年前にできなかった、香奈美の夢を叶えること。死んでしまった宗哉の代わりに風音メロスをプロデュースすること。

 そんな道を選ぶというのならば、どうせ地に足がつくことなど高望みな生き方だ。どんどん非日常の色が濃くなったってかまわない。むしろネタに困ることがなくなってありがたいくらいだ。

 けれど、そんな考え方はまるっきり浅かったのだと思い知らされた。

 メロスは、香奈美じゃない。

 もっと別のなにかなのだ。

 その事実は、結局俺が二年前の思い出の中に逃げ込んでいたということを鋭利な刃物のように突きつけていた。


 なにを今さら。


 理解不能なことから目を背けようとした瞬間に、わかっていたことじゃないか。

 わかっていたけど、気づかなかったふりをしていただけだ。

 頭の中の冷静なふりをした俺が、道化師のように笑う。


 一歩でも前に進もうと思っていたのか?

 目標を立てるとかいいながら、香奈美の夢をなぞらえることしかできなかったのはどこのどいつだ。


 いなくなったものを、つくりだそうとしていたのだ。


「ごめん、メロス……」


 さんざん迷って口から飛び出したのは、そんな謝罪の言葉だった。


「謝るんですね」


 少女の声が、パソコンのスピーカーから響く。


 パソコンの画面は、真っ暗なまま。


「なんでミミズクくんが謝るんですか? とは、聞きません。ミミズクくんが貴宮香奈美がいいそうな言葉を研究していたように、貴宮香奈美もミミズクくんがいいそうな言葉を研究していました。メロスには、その研究の成果があります」


 呑みこんだ鉛玉が胃にずしんの響くような鈍い衝撃だ。

 二年前から変わっていない、成長していないと言外にいわれているようなものだった。


「メロスがしたことよりも、ミミズクくんがしたことのほうが、悪いことですか?」


「それは……」


「ミミズクくんが、どんなことを考えたのかまでは、つぶさにはわかりません。けど、今のミミズクくんの謝罪は、メロスにむけたものではないです」


 どこまで。


「メロスには、きっと、関係のないことだと思います」


 どこまで俺は、間違えれば気が済むんだろう。


 先ほどの謝罪が間違えだったとして、だったら俺は、なんていえばよかったのか、それがわからない。

 メロスのふるまいに、ただ純粋に怒ればよかったのか?


――ああ、たぶん、そうなんだろう。



「申し訳ありません」



 パソコンの画面に、風音メロスの3Dモデルが映り、頭を下げた。


「本日までに電話が八件、LINE二十四件、ツイッターのDMに七件のモガちゃんからミミズクくん宛のメッセージを受信していますが、すべて、ミミズクくんの眼に触れる前にメロスが破棄していました」


 淡々と、抑揚のない声で、彼女はいった。

 手に握ったままの携帯電話に着信音が連続で鳴り響く。

 画面を見ると、すべて虎落からのメッセージだった。


「申し訳ありません」


 重ねて、メロスは頭を下げる。


「メロスは、生意気なことをいいました。あんなことをいう前に、メロスは、ミミズクくんに謝らなければいけなかったです。お詫びします」

「謝られているのに、殴られている気分だ」

「それも、ミミズクくんの問題です。メロスに殴る手があるなら、その手であなたを抱きしめるでしょう」


 俺は返す言葉を見つけられないまま、押し黙るしかなかった。


「たった今、モガちゃんと連絡がとれました。明日の午前十時に八王子の改札前で待ち合わせ、遅れてきたらギターのピックを両目に嵌めさせて変顔写真満足いくの十枚の刑、だそうです。メロスも少々興味があるので、少し遅れていってみるのはどうでしょうか?」


 そして、夜は更けていった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 午前九時半、サングラスをかけた虎落桃華は八王子駅の改札前に現れた。

 砕けたフォントで『No Looking Back』とプリントされたピンク色のTシャツに、白い太ももを惜しげもなく晒すデニムのホットパンツ、目深にかぶったキャスケット帽と、一見して夏のギャルファッションである。

 しかし、俺の胸元ぐらいまでしかない身長とあどけない童顔から、近くで見るとませた女子中学生が背伸びしてお洒落をしているだけにも見えてしまう。

 年のわりに大人びた美貌の香奈美とは対照的ではあるが、虎落もまた道ですれ違えば思わずふり返ってしまうかわいらしさがある。


「よしよし、ちゃんと遅刻しないできたわね」


 虎落は満足げに顔をほころばせて俺の背中をバシバシと叩いた。


「自分の勘の良さを喜ぶか、同居人の性格の悪さを嘆くかを秤にかけて悩んでたところだ」

「また開口一番わけのわからないことを……ちゃんと人にわかるように説明しなさい」

「わかるように説明できる自信が、いまひとつないんだけどな」

「あんたは風音メロスの放送作家でしょ。情けないこといわないの」


 サングラスをくいっと下げて、虎落の大きな瞳が俺をにらむ。

 本当に、ヴァーチャル・アイドルをやらせるにはもったいない顔面である。


「言葉は尽くすよ。迷惑かけたのはこっちだし……一応聞いとくけど、大丈夫なんだよな」


 桃園エデンとして、大事なファーストライブを五日後に控えている身だ。これ以上負担にはなりたくない。


「昼には八王子でるわ。今日は事務所のスタジオで明後日の動画の収録」

「いや、本当に悪いな。わざわざ八王子くんだりまでこさせて」

「昨日ちょうどたまってた洗濯ものを押しつけに実家に帰ったところだったから、いいタイミングだったわよ」


 俺と虎落は、どちらからともなく、歩きだした。


「それに、都心だと誰に見られるかわかったもんでもないし」


 高校生の頃から顔出しでバンド活動をしていて、そのたぐいまれなる演奏技術と歯に衣着させぬ物言いで数多のバンドを崩壊させ『国分寺のバンドクラッシャー』の名を欲しいままにしていた虎落桃華である。

 その特徴的な声質からも、桃園エデンの中の人間に気づいている人間がいるのではないかという疑いはあり、一応自覚を持って警戒しているようだ。


 香奈美の時も俺たちは警戒したが、すでに桃園エデンのフォロワー数は風音メロスの倍以上いる。おまけに、男ウケを狙ったトランジスタグラマーな見た目の桃園エデンの中身が合法ロリを地でいくような美少女(二十二歳)という事実はできすぎで、事務所も過敏になっていることだろう。


「あんたたちのことが気になりすぎて、いまいち集中もできてなかったしね」

「それは重ね重ね、悪かったと思ってる」

「まぁ、説明してくれるっていうからまずは黙って聞いててあげるけど、ここは皆月のおごりよ」

「それくらいで住むんなら、お安いご用だ」

 実際、虎落は気を遣って提案してくれているのであろう。

 そこらへん、思わず「アニキ」と呼び慕いたくなる男気が彼女にはある。


 俺たちは周囲の目を気にして、数日前にも利用した純喫茶『田園』に入った。

 ここならばまず安全だし、万が一不審な客が入ってきてもすぐにわかる。


「いい感じに寂れた喫茶店ね」


 冷房の効いた薄暗い店内に入ると、虎落は帽子とサングラスを外して手で顔を扇いだ。


「虎落はここにくるのはじめてか?」

「はじめてよ。虎落“は”ってことは、他のだれかときたことあるわけ?」

「それは……」


 しまった、失言をした。

 虎落はかわいらしい小さな唇を「にふ」とほころばせる。


「香奈美ときたんだ」

「……なんか悪いかよ」


 奥の席にすわりながら、俺は頭をかいた。


「べつに、悪くないけど。せっかくならもうちょっと明るくて女子高生が喜びそうな店に連れていってあげなさいよ。なんか怪しいこと企んでたんじゃないの?」

「あの時点で、あいつの女子高生と同じ嗜好なんかしてなかっただろうが。それに、発作が起きたとき、まわりに人の目がない方がいいだろ」

「はいはい、そういうことにしといてあげるわよ」


 店員のおばさんが注文をとりにきて、俺はアイスコーヒーを、虎落はアイスティーを注文する。


「昼までなんだから、こんな話してる場合じゃなかったわね」

「ああ、だな……一応先に断っとくが、まともな神経なら疑わずにはいられない話だ。かといって、他に方法もないから、とにかく全部話す。馬鹿にされてるとか勘違いしないで、とにかく一回、静かに聞いてくれると助かる」

「ずいぶんと入念に外堀を埋めてくるわね。逆に落とし穴があるんじゃないかって疑いたくなってくるわ」

「それもそうだな……じゃあ、なんか制約を課してくれてもいいぞ。俺が約束を破ってウソをついたら、虎落のいうことを聞いてやる的なアレだ」

「なかなか挑発的な条件を出すじゃない。そうね……桃園エデンの放送作家になって、十五日のライブのMC台本を書きなさいっていってやりたいところだけど、あんたがウソをつかなかったら逆にこれから断る口実を与えちゃうもんね」


 ぶつぶつとつぶやく虎落を、俺は黙って眺めて待つ。


「よし、決めた。じゃあ、ウソはつかないと風音メロスの名にかけて誓いなさい。それだけで充分だわ」


 俺という男の急所を捉えた、的確な宣誓対象である。

 どちらにしろ、ウソをつくつもりはなかったので、かまわないが。


「わかった――」


 俺は風音メロスに誓ってウソをつかないと約束し、八月四日から今日までにあった非日常について、語りだした。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 実に俺は一時間近くしゃべった。

 いまだ差出人のわからないメールのことから、突如俺のパソコンに現れた自我を得た情報生命体だと語る風音メロス、彼女が香奈美の記憶を持っていながら失踪前後の記憶が欠落していること、異世界のこと、それらすべてを保留にして彼女のアイドル活動を協力すると決めたこと。

【歌ってみた】動画を投稿し、昨夜、虎落から連絡がないことに気づいて不審に思い、問いつめたこと。

 メロスが虎落からの連絡を一方的にシャットダウンしていたことについて、俺自身にも責任の一端はあると思い、改めて謝罪をする。


「ふーむ……まぁ、とりあえず頭を上げて」


 言葉に従って頭を上げると虎落は眉間にしわをよせて腕をくんでうなる。

 当然の反応といえば、当然の反応だった。

 まともな大人ならば、お冷やを俺にぶっかけて途中で店を出ていってもおかしくない。そうならなかっただけでも、僥倖といえよう。


「ようするにあれよね。『鋼殻鬼導隊』の最初の映画」


「そう、それ。式神遣い。おまえ、前によくわかんなかったとかいってなかったか?」


「べつに、わかんなかったらもう一回見たりもするでしょ。サブスクにも入ってるんだし――で」


「で?」


「とりあえずその、異世界のうんたらかんたらってのに関しては、横に置いておいていいのよね?」


「横に置いとくしかないだろうな」


 ひとまず、今目の前にある問題とは、別次元の話だ。


「じゃあ、その新しく生みだされた風音メロス――そうね、ここではネオメロスとでも呼びましょうか――とは、今どんな感じなわけ?」


「風音メロスが虎落の中でとてつもなく大事なのはわかるが、ややこしくなるから新しい名前を勝手につくるのはやめてくれ」


 俺が忠告すると、虎落は口をへの字に曲げて、再び問い直す。


「しょうがないわね。で、そのメロスとは今どうなのよ」


「むこうもやりすぎていたという意識はあるらしく、反省しているっぽいんだが、ちょっとギスギスしているな」


 今朝一度だけ「おはようございます」と挨拶をするときに携帯端末の画面に姿を現したが、それ以外はずっと沈黙を貫いている。


 また、メロスの虎落に対する仕打ちは萩沼に対しても同様のことを行っていた。

 昨夜の時点で俺は萩沼に連絡を入れ、今週末に再び山梨から上京してくるというあいつと会う約束をしている。


 おそらく、メロスは俺と二人の世界を守りたかったんだろう。

 彼女は俺には想像も及ばないような世界にいるが、それゆえに、どうしてあんなことをしたのか、わかるような気もした。


「あんたは、どうしたいの?」


 虎落は、すでに空になって氷も溶けたアイスティーのグラスを脇にやって、再び店員を呼んだ。今度は彼女はレモンスカッシュを注文し、俺はカフェオレを注文する。


「正直、迷ってる。メロスのやったことは、やりすぎだと思うし、二度とやって欲しくないと思うが、許してやりたいとは思う。その一方で、メロスがまた同じことをやったときに、俺にはそれをとめる手立てがない」


 お互いに、立っている場所がちがいすぎることの不安。

 メロスは、最初に俺には部屋にやって来たのと同様に、自分の心を持っていて、それに従って行動している。

 命令なりなんなりでそれを縛ることは可能なのだろうか?

 仮にできたとして、やっていいことなのか……。


「メロスと、話せる?」


「あいつの気分次第だな。電源は入ってるから、こっちの会話は聞いていると思うけど」


 俺は携帯端末を取りだし虎落に手渡した。


 彼女は大きな瞳で真っ暗な画面の覗きこんで、話しかける。


「聞いているなら、出てきなさい、風音メロスの名を騙る不届き者」


 鈴を転がしたような、よく通るハイトーンヴォイスである。

 しかし、携帯端末はうんともすんとも言わない。


 虎落は、ちらりとこっちを一瞥した。


「もしかして、あたし恥ずかしいことさせられてる?」


「いや、そんなことはないと思うぞ」


「超親切にあんたの話に乗ってあげてるこのあたしをだましているとしたら、あんた地獄に落ちるからね?」

「ああ、間違いなく落ちるだろうな。今日のおまえは、誰がなんといおうと超親切だよ」


「待って、今日だけじゃないでしょう。皆月はあたしにどれだけ借りがあると思ってるの。二年前に香奈美が失踪して宗哉もあんなになって、ほとんど廃人同然だった誰かさんに甲斐甲斐しくご飯を作りにいってあげたのは?」

「虎落桃華さまです」


 決して、盛った話ではない。

 二〇一八年の十一月に二人がいなくなった反動で、十二月の俺は本当に宗哉の後を追いかねないメンタルだった。

 虎落が毎日通ってきてマズい飯を食わせてくれなければ、実際にそうなっていた可能性は高い。


 虎落がセカンドプリズムに所属し、ヴァーチャル・アイドルとして活動しはじめたのは、メロス・プロジェクトが中途半端に終わったことが原因であろうが、さらに俺の就職の面倒まで見ようとしているのはそこからの延長線にある話だ。


 虎落桃華はその可憐な見た目に反して、粋でいなせな女なのである。


「メロス、あんたが香奈美の気持ちを引き継いでいるなら、この状況がどういう状況なのかわかるでしょ? あたしはあんたの尻拭いをしたのよ。ここで出てこないなら、逃げたってことよね? ここで逃げだす臆病者にあたしは絶対負けないわよ」


「負ける? って、それって――」


 口をはさむと、空になったグラスの下に敷かれていた革製のコースターが、手裏剣のように飛んできて、俺の額を直撃した。痛い。


 そんなタイミングで、店員のおばちゃんがさっき注文したレモンスカッシュとカフェオレを運んでくる。口元は笑いを押し殺そうとして隠しきれていない。ガラガラな店内が災いした。絶対に変な誤解をされている。


 そして、携帯端末の画面に、メロスの姿が映った。


「モガちゃんは、ずるいです」


 携帯端末から聞こえてくる声に、虎落は目を見開く。

 事前に聞いていたとはいえ、そりゃ驚かずにはいられないだろう。

 こちらをちらりと見るので、俺はうなずいた。


「ズルいのはどっちよ。あたしが欲しいもの、全部持ってたくせに」


「それは貴宮香奈美の話で、メロスではありません。逆にモガちゃんは、今メロスが欲しいものを全部持ってます」


「全部でもないと思うけど。あと、香奈美に『モガちゃん』って呼ばれるのはべつに気にならなかったけど、あんたに呼ばれるのは違和感あるわね」


 虎落の指先が端末の画面をタップして、メロスの頬をつっついた。

 ふにょんと、それに応じてほっぺたがへこむ。


「――っ!? うそ! いま、今ほっぺたがヘコんだ!? ふにょんって! えええ!?」


 まぁ、そりゃ驚くよなぁ……。

 俺は、今の風音メロスが規格外の3Dモデルを持っている旨を説明する。


「なるほど……あげた二本の動画とも、何度見返しても焼き込みが全然見つからなくて冷や汗ダラダラだったんだけど、こんな理由があったのね」


 焼き込みとは、いわゆる「物理演算の焼き込み」を指している。

 3Dモデルが踊っている動画などで、たまに手足が服を貫通してしまっているあの現象のである。現在のメロスのように細かくボーンが刻まれていれば、それだけ微調整がきき、不自然な部分を消せるようになる。


「信じられない……指の強さでへこみ方が変わるんだけど……!」


 虎落は真剣な表情でメロスのほっぺたをぷにぷにし続けていた。

 先日の俺もあんな顔でメロスの頬をタップしていたのだろうか……。


「あの……くすぐったいので、やめてください」


「ああ、ごめんごめん。それでええっと……あれ、なんだっけ?」


「お互いに無い物ねだりをするのは建設的ではない、という流れだったと思います」


「そんな話だったっけ……? ま、いいわ。こうして話してみると、皆月の話も信じるしかなさそうだし」


「先ほどのミミズクくんの話に、嘘偽りがないことは、メロスも保証します」


 澄ました無表情を貫くメロスに、虎落は挑発的な笑みを浮かべた。


「嘘偽りはないけど、まだ全部白状したわけじゃないんでしょ」


「え?」


 虎落の言葉に、俺は首を傾げた。

 そりゃあ、なにもかも話したわけではないが、重要と思われることは、すべて語ったはずである。


「ああ、ちがう。黙ってるのはあんたじゃなくて、こっちよ」


 携帯端末の画面を指でとんとんと叩きながら、虎落は告げる。

 メロスは黙ったままだ。

 その雰囲気から、虎落がいい加減なことをいっているわけではなさそうだと悟る。


「どういう意味なんだ、メロス」


「モガちゃんがおっしゃりたいのは、八月六日のことですね」


 俺に促されてメロスが口を開くと、虎落はゆっくりとうなずいた。


「八月六日って……」


 俺とメロスが例の“プチデート”にいった日である。

 今の話の中で、俺はあの日の出来事について触れることはなかった。

 特段、重要な要素があるとは思わなかったからだ。

 しかしながら虎落は、あの日になにがあったのか、俺に説明を求めた。


 俺は素直に、記憶にあるかぎりを話す。

 あの日も『田園』にきて、昼食としてハヤシライスを食べ、ヨドバシで買い物をし、そのあと大和田橋まで足を伸ばして、一緒にチャペルをみた。

 改めて口にすると小っ恥ずかしさをおぼえるエピソードではあるが、他に選択肢はない。


「ふーん、チャペル……そんな場所あったんだ。確かにけっこう本格的ね」


 虎落は自信のスマホを操作して、地図アプリに登録されたチャペルの写真を拡大していた。


「で、それがいったい今の話と、どういう関係があるんだ?」


 生殺し状態の俺が先促すと、正面に座る彼女は肩をすくめながら告げる。


「べつに。ただ単に、あたしはあの日の午後、あんたの家を訪ねてるってだけよ」


 あの日、というのは八月六日のことか?

 それが意味するところは、すなわち――。



――もう、帰りますか?

――いえ……もうちょっとだけ、ミミズクくんとプチデートをできればな、と思いまして。

――近くに、ちょっと本格的なチャペルがあるそうなんです。中には入れないんですが、外からだけでも見てみたくて、どうでしょう?



 あの日のメロスの言葉が脳裏を駆け巡る。

 どうして突然、あの炎天下の中、チャペルを見にいきたいなんていいだしたのか。

 特に深い理由はなどないと思っていたけれど……。



「そんなに、俺を虎落と会わせたくなかったのか?」



 メロスじゃ三十秒ほど黙り込んでから、小さな声で「申し訳ありませんでした」と告げた。


「モガちゃんにはミミズクくんと触れあえる肉体があります。その気になれば、子どもを作ることもできます。そして、その可能性が最も高いのはモガちゃんだとメロスは予測します」


 ピュア・ヴァーチャル・アイドルの言葉を受けて、俺は虎落のほうを見てしまった。

 正面にすわる彼女は、わずかに頬を赤らめて頬をかいている。

 俺は言葉を失い、押し黙るしかない。

 虎落は足を組み直し、レモンスカッシュをストローですすってから、口を開く。


「ひとまず、人の携帯から位置情報を盗んだり、こっちが送ったメールの内容を勝手に破棄するようなことさえなくなれば、あたしからはいうことはないわ。残りは皆月とメロスの問題よ」


 ひとまず、ということは、虎落的には譲歩した妥協点というところなのだろう。

 メロスがやったことを考えれば、それで手打ちにするというのは甘すぎる気もする。


「約束できるか?」


 俺がせっつくと、メロスは首を縦にふった。

 これで一件落着……ということでいいのだろうか?


「やっぱ、だめだわ」


「え?」


「それだけじゃぬるいでしょう。あたしが受けた損害を一個だって補償してないし、あんたたちだっていびつなまんまよ」


 いびつ。

 そういわれて、返す言葉はない。

 そもそも、いびつでなくなることなど、あり得るのだろうか?


「風音メロスをひとりの人間として扱って、交渉するわ。あたしへの償いとして皆月をエデンの運営メンバーに寄こしなさい。あんたひとりでもやってけるでしょ」


「それは駄目です。許容しかねます。絶対に飲めません。他の条件を出してください」


 メロスは抑揚のない口調ながら、断固たる口調をにじませて相手の提案を蹴った。

 返事を予測していたらしい虎落はかぶせるように告げる。


「じゃあ、コラボよ」


「コラボ?」


「桃園エデンと、風音メロスのデュエット曲を作るの。あたしも、香奈美と並んで歌うのが許されるくらいになったとは思うわ。相手がメロスなら事務所もオッケー出すでしょ」


 メロスは俺のほうに視線をやって「ミミズクくんは?」と聞いてくる。


「それで許してくれるんなら、やるしかないんじゃないか?」

「――わかりました。では、そうしましょう」

「よし、じゃあ決まりね! 詳細は後日メールするから、今度は消すんじゃないわよ」


 虎落が拳を握りしめて、小さくガッツポーズしたのを、俺は見逃さなかった。

 対してメロスは、ぷいとそっぽを向いて、頬をふくらませた。

「そう、何度も同じことをいわなくてもいいと思います」

「ピュア・ヴァーチャル・アイドルもふて腐れるのね。けど、あんたがやったことを考えたら、こんなんで許したら駄目だと思うわよ。悪いことはいわないから、もう少し皆月を解放してあげなさい」


 彼女の指摘に、メロスが固まる。


「携帯電話乗っ取って、朝から晩まで付きまとうって、二年前の香奈美以上に依存してるじゃないの。あんたにも事情があるのはわかるけど、もう少し節度を持って付き合わないと、皆月のほうが擦り切れるわよ」


 虎落の指摘はもっともで今回の件で俺はけっこうヘコんでいた。

 もう少し、メロスと距離を置かなければいけないと思う。


「時間を決めて、皆月がひとりの時間もつくりなさい。そうでなきゃ、一緒に音楽をつくってくことなんてできないわよ」


「……わかりました。その点に関しましては、ミミズクくんと話し合って、決めようと思います」


 完全にしこりがなくなったわけではないが、メロスのメール勝手に破棄事件はこうした顛末で一応の決着を見た。


 メロスは自ら携帯端末の電源を落としてその場を辞し、俺と虎落は喫茶店を出た。


「「――あっつぅ!」」


 外は相変わらずの暑さで、わずかに白んだ青空から太陽が悪夢のような陽光で地上を照りつけている。


「三十度を超えると、空ってなんか白っぽく見えるわよね……なんか終末感ある」

「ちょっとわかる」


 俺たちはなるべく日光を避けて、駅まで向かった。


「詫びを入れる場のはずだったのに、他にも迷惑かけちまったな。けど、助かったよ」


 改札前までやってきて、まだ電車の時間に余裕があるのを確認してから、礼を告げる。


「メロスのこと、毒を食らわば皿までみたいな気分で受け入れたのにさ。いざ毒に当たったらどうしたらいいのかわかんなくなっちまうんだからな……苦労が足りないよな」


「完全にプライベート侵害されておきながら拒絶できないほど流されやすいタイプでもないでしょ。さんざん人の誘いを断ってきたんだから」


 虎落が背中をつねってくる。痛い。


「結局あんたは、風音メロスをやりたいのよ。気持ちはわかるし、悪いことでもないと思う。だったら、あの子に付き合っていけるところまでいってみたら?」


「いけるところまで、か……」


「二年前の杵柄があるとはいえ、好調なすべりだしだったじゃない。あのクオリティの動画をほぼ一日でつくれるなら、減った分のチャンネル登録者数くらいすぐに取り返せるし、コラボ案件とかオリジナル曲の依頼もくるようになるわよ」


「早速大口のコラボ案件もゲットできたわけだしな」


 メロスと虎落のあいだで買わされた約束を思い出して、はたと思い立った。


――ここで逃げだす臆病者にあたしは絶対負けないわよ。


 あのときの虎落の言葉……あれって……。


「ああ、そうそう。さっきの話の中でなんか気になることがあったかもしれないけど、それに関しては、忘れない」


「え?」


「気のせいよ。ていうか、フリよ、フリ。メロスが心配している内容が内容だから、そういうことにして煽ったってだけだから」


 虎落の薄桃色の頬が朱に染まる。


「あたしがあんたを誘ってるのは、付き合いと無職のままだと寝覚めが悪いのと、作詞の腕を買ってのことだから。いいわね?」


 詰めよってまくしたてられ、俺はうなずくしかなかった。


「っと、もう時間ね。いくわ」


 虎落はキャスケット帽とサングラスを再び装着し、「またね」と手を振りながら、改札のむこう側へと駆けていく。


「がんばれよ!」


 俺がそう声をかけると、彼女は一度だけふり返って、サングラスを外したのち、なぜか「あかんべー」をしてみせるのだった。


 いわれるまでもないわよ、という意味だったと思う。


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