推しへ、推しの旦那とサークル参加してます
もう会場入りをしてしまったらこちらも腹を括るしかない。スペースへと辿り着いたら早速挨拶だ。左隣はしらねや仲間のサークルさんだけどまだ到着していなかったようなので、先に右隣のねやみどサークルさんへと軽く挨拶を交わす。
そのあとは手際良くサークル設営をするのだが、一応売り子としてヘルプを呼んだはずの白樺は特に手伝う素振りを見せることはなかった。
ただでさえ周りは女性参加者ばかりだから男性ってだけで目立つのに、黒サングラスにキャップを被ったまま足を組んで座ってる。……怖っ。なんと威圧的な。
「……手伝いに来てくれたんですよね?」
「おう。指示くれよ」
「……」
これは自主的に動かないタイプだ。……って、いやいや、白樺に指示出すの? 私がっ!? 無理じゃないっ!?
「……イマハダイジョウブデス」
「そーか」
うぅ、胃が痛い。そもそも白樺の関係者が新刊を手にするかもしれないと思ってたから、それが避けられないのならと少しでも心を安らげるようにと一番話の合う信用出来るシロザクラさんにお願いしただけなのに……のほほんとしらねやトークをしたかっただけなのに! どうしてこうなったのっ?
まさかこんな形で裏切られるとは……死ぬ以前から騙されていたのはかなりのショックである。心安らぐどころか、気が滅入るぞこれは。
「あの、白樺さん」
「シロザクラだ」
「え? あ、すみません……シ、シロザクラさん」
あっぶない! つい白樺って言っちゃった! 恐らくお隣サークルさんには聞かれてはないとはいえ彼はエターナルランドのナマモノジャンルでは有名人だし、むしろ関係者本人だし、万が一バレてしまったら大騒ぎになるわ、何人かはこの界隈から撤退する可能性も大きいので何がなんでも白樺の正体を守らねばならない。
……でもせめてその唇の下のホクロくらいファンデで隠して欲しかったよ。ただでさえ今でも威圧感たっぷりで目立つのに。
うぅ、しかし白樺に私の心の拠り所でもあったシロザクラさんの名を呼ぶことになるなんて……。
「えっと、シロザクラさんは売り子の経験は……?」
「初めて。つーか、イベント来んのも初なんだよな」
なーるーほーどーねー! めちゃくちゃ気を張らなきゃいけないじゃん!! 下手に私もここから離れることが出来ないやつ! ……そうだよね、むしろ経験豊富だって言われた方が戸惑うかも。ただでさえ今でも戸惑ってるんだから。
これはもう今回コスプレエリアにも行けないかも……。うう、満月さんこと深月ちゃんに会いたかったのに。連絡しておかなきゃ。
深月ちゃんに『知り合いとサークル参加してるんだけど、その子イベントが初めてなので離れるのが心配だから今日はコスプレエリア行けないかもしれない……ごめんね』と悲しい意思表示として泣いてるスタンプと共にメッセージを送信。無意識に溜め息をついてしまった。
「なぁ、なんでしらねや少ねーんだよ? 俺と水泥のばっかじゃねぇ?」
パンフレットを見ていた白樺がぼそりと呟いた。あぁ、とうとう気づいてしまったか。
「若い男子二人ってだけで映えるからじゃないでしょーかね……」
「マジくそ萎える。なんであんな奴と俺が……」
そうやって不満そうにぶつぶつ呟いている間に設営を終えると、一般入場十分前を切った。お隣のしらねやサークル主であるtororoさんはまだ来ていないようだ。
彼女とは一周目の私とは出会うことのなかった人だけど裏垢では長いお付き合いである。
去年の夏コミではみどねやサークルだったんだけど、まだ白樺がデビューして間もないというのに急遽コピ本でしらねやを作り上げた文字書きの人。あの日、固い握手を交わしたのを今でも覚えている。
あれから彼女はしらねやに推しカプを変えたらしいので私としては嬉しいことだ。みどねやも変わらず好きとのことだが、今の本命カプがしらねやだそうで。
「隣の奴全然来ねぇんだけど」
「来るとは思うんだけど遅刻かもしれないですね。tororoさん、始発で出ても会場入りはギリギリだって言ってましたし」
「tororoさんって文字書きの?」
「はい」
……ハッ。そうだ、シロザクラさんとtororoさんはSNS上で相互フォローしていた! シロザクラさん=白樺なんだから彼もtororoさんのことは存じてるんだ!
「……うわ、神文字書きまで来んのか。なんの祭りだよ」
「夏コミです」
白樺……あなたが今いる所はヤバいくらいに金が動く祭典の中なんですよ。
そこへ、噂をすればなんとやら。tororoさんのスペースに人の気配が。
「あ~間に合ったぁー……って、設営してないから間に合ってない!」
「tororoさん、おはようございまーす」
「あ、縁さんっ。おはようございます~。本日はよろしくお願いしますね。あ、とりあえず設営だけさせてくださ~い!」
慌ただしく準備を始める彼女こそがtororoさん。文字書きさんである。少し大きめな眼鏡にくせっ毛のある茶髪のロングでまったりとした性格の人。そして胸はとてもたわわである。
「……tororoさんの胸やべーな。やっぱ女はでかいのがいい」
「ちょっと黙っててくれませんか。相手に聞こえますので」
女性を敵に回したいのかこの人は。あまりにもクズ発言すぎて私の中の白樺像と解釈一致で困る。しかし、現実でこれはさすがに引くぞ白樺。妄想だから楽しいわけで……。
そうしている間にイベント開始の時間となり、会場のみんなは夏季の大イベントが始まったことで沸き立った。tororoさんは設営準備でそれどころではないが。
「これ、もう始まったってこと?」
「はい」
「いよいよか」
何もせずにパンフ見て座っていた白樺がよいしょっと立ち上がると、なぜかスペースの外へ出たのでもしかしてそのまま先に買い物に出るのかと思いきや、私のスペースの前に向かい合うように立つと、たった一言口にする。
「新刊ください」
「まさかの最初の客だと……?」
「イベントで買うってのやってみたかったんだよ」
あぁ、シロザクラさんは通販の人だもんね……。そりゃご本人ならそう簡単にイベント参加出来るわけない。
そう思うと今まで行きたくても行けなかったのかなと思うと白樺が可哀想に思えてきた。
「通販の方が楽だったから行かなくても問題ねぇなって思ってたし」
「……」
前言撤回である。全く可哀想じゃなかった! 常に自分の欲のままに突き進んでる!
悔しいけど一応あのシロザクラさんでもあるし、ファンと明言してくれた白樺でもあるので大人しく新刊を彼に渡した。受け取った白樺は再びスペースの中へと戻って来る。……わざわざスペース前に立たなくとも言ってくれたらここでやり取りしたのに。
「……って、他のサークルさんの所には行かないんですか?」
「バレないなら行くけど」
「……いや、やめた方が無難ですね」
ただでさえヤバそうなのに一人で出歩かせるのも怖い。もう彼には大人しくしてもらおう。
「じゃあ、しらねや新刊あったら代理購入頼む」
「……はい」
私のことを神と言うの割には扱い雑じゃない!? いや、拝めとは言わないけどさっ!
まぁ、しらねやサークルは私を入れて今回四つあるからすぐ終わるんだけど。……すぐ、終わる……うん。
……なんとなく気づいてはいたんだけど、前世ではしらねや書いてた人が今世では違うカプにいってるんだよね……。大体水泥くん方面なんだけど。あとは白樺と水泥くんのカプ。推しと雪城さんとのグループが結成してからというものその二人を推す人が多くなってきたのも事実。
白樺もお気づきではあったが、エターナルランドのナマモノジャンルでは白樺と水泥くんのカプが多いんだよね。
しらねや仲間を増やそうと奮闘してはいたけど、まさかのダークホースである。どちらかといえば水泥くん推しの子の方が多そうなので今の所はしらみどの方が数は多い印象。……しかし、こうなるだなんて想像してなかったな。
とりあえず一般入場が始まったところなので先に戦利品だけでも購入しておかないと。まだ目の届く島中の範囲内だし何かあってもすぐに戻れるので念の為に白樺には一通りの説明をしてすぐにスペースから離れた。
それから急いで戦利品を買い集め、フォロワーさんがいたら軽く挨拶し、約十分ちょいほどでスペースに帰還。我ながら急ピッチではあるがよく頑張った。
買い物しながら自スペを監視していたので今のところまだお客さんは来ておらず、白樺が対応することはなくて少し安心した。
手に入れたのはフォロワーさん達のしらねや、サラノム、みどねや、しらみどの新刊などなど。
「はい、代理購入したしらねやです」
「サンキュー」
「あ、縁さんお帰りなさ~い」
白樺に他のサークルさんが出したしらねや新刊を渡すと、ようやく設営準備を終えたお隣のtororoさんが声をかけてくれた。
「tororoさん! ただいま戻りましたー。設営終わってるなら新刊二部いただけますか?」
「ありがとうございますー! 私も縁さんの新刊くださいー」
tororoさんとスペース内で新刊を渡し合いをしていると、そろそろ一般入場して来た人達が増え始めてきた。
フォロワーさんや初めましての人が何人か新刊や既刊を求めに来てくれたのだけど、みんな何も言わないが隣にいる白樺に一度は必ず目を向けていた。
……そうだよね、気になるよね。黒のサングラスと帽子で顔の半分くらいは隠してるけど、それがなおさら怪しい。
でも少し不安だった手伝いも黙々とこなしてくれていた。電卓で計算してその金額を私に提示し、さらに私からお金を受け取ってお釣りを渡してくれる。だがしかし、如何せん存在感が強い……。
一通り落ち着いてきた頃、隣のtororoさんが白樺をジッと見ながら口を開いた。
「縁さん、そちらの方なんだか雰囲気が白樺さんに似てますね~。顔の輪郭とかホクロの位置も同じみたいですし」
tororoさん鋭い~! ご本人なんですけどね! とはさすがに言えないので適当に誤魔化さないと……。
「あ、あはは……この人遠い親戚でして、イベントに行ったことがないみたいなのでお供させてみました。私もどことなく白樺さんに似てるな~って思ってたんです。でも人見知りみたいであまり喋らないんですけど」
「身内さんだったんですかぁ。きっとサングラス取ったら白樺さん似のイケメンさんかもですね~」
「そうかもしれないですね~」
……上手く誤魔化せてるのだろうか? いや、さすがに相手も本物の白樺がいるとは思っていないだろう。ただ、白樺似の人がいるので興味津々といったところじゃないかな。
そんなtororoさんは買い物に出るため、テーブルの上の本達にクロスをかけて『買い物に行ってきます』という書き置きを残し、戦利品を手に入れる旅に出て行った。
白樺はというと段々暇になってきたのか、戦利品へと手を出し読み始めている。しかもよりにもよって私の新刊からだ……いやいや、描いた本人を前にそのモデルが読み始めるのって辛いんだけど!?




