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推しへ、推しの旦那に騙されました

「いやいやいや……有り得ない有り得ない……」


 推しと別れてから一人でブツブツ呟きながら歩く私は先程の出来事を思い出した。

 今日は推しと雪城さんと共に推しのお勧めであるお店に行く予定だった。しかし、家を出る直前に雪城さんから突然仕事が入ってしまったので行けなくなった、二人で楽しんでとの連絡が入る。

 パークで欠勤でも出たのだろうか。そういうこともなくはないので、雪城さんには『大変ですね、残念ですけど頑張ってください』と返事をする。

 推しと二人で会うのは凄く躊躇ってしまったが、さすがに当日になって「今日はやめましょうか」とは言いづらかった。

 そして和カフェにお邪魔してから聞いた推しの好きな人がまさかのファンの子だという話がいまだに信じられない。いや、有り得ないでしょっ? 雪城さんはどうしたの!? 本来の結婚相手である雪城さんは!?

 彼女のことを聞いてもなぜその名前が出るの? と言わんばかりのきょとん顔をされてしまい、うっかり可愛いと思ってしまったけど、これは大問題じゃないだろうか!?

 何かと一緒にいることが多かった雪城さんを差し置いてファンの子に……しかも片想いだなんて……!

 それじゃあ推しと雪城さんは両想いでもなければお付き合いもしていないってこと……? だからいつまで経っても結婚報告しなかったっていうの?

 確かに前の人生に比べると色々変わってしまったことは多いけど、結婚のような大きなイベントは変わらないと思っていたんだよ。


 ……ちょっと整理しよう。えーと、推しはファンの子に思いを寄せていて、両想いになるはずだった雪城さんとは恋仲にはならなかった。もしかしたら雪城さんの片想いなのかもしれない。

 ううっ、そんな……結ばれるはずだった二人が結ばれないなんて。そりゃあ、最初は離婚する可能性があるからどうにかしたいと思っていたけど、今の雪城さんや推しを見る限りそんな破滅的なことにはならないと考えてたのに。

 推しがあのハイスペックな雪城さんを見てくれないなんて……これでは雪城さんの失恋になってしまう!

 ただでさえ水泥くんと白樺も推しに片想いしてるからとんでもない恋の泥沼関係だっていうのに。その推しが主要メンバーじゃない相手、しかもファンに恋するなんて……!


「もう色々変わりすぎてしまってる……」


 いや、今さらではあるけども! それにしても推しが想いを寄せるファンってどんな子なんだろ。雪城さんより凄い人なんてそうそういないはずなんだけど。

 でも推しをよく見てるファンの一人としてはそんな近い距離のファンなんて見かけた記憶がないなぁ。

 だとしたら上手く隠しているのかもしれないし、徹底しているのなら気づかないのも無理はない。


「……っていうか、好きな相手がいるなら余計に私に構ってる場合じゃないのでは……?」


 その相手に集中するべきなんだと思うんだけど、奥手なのだろうか。……私としてはファンと恋仲になってファンを辞める人達が続出しないかが気がかりで仕方ない。

 相手が雪城さんなら仕方ないって割り切る人が多いから推しには彼女と幸せになってほしいのに……でも推しの幸せを願うのはファンとして当然のことで……うーん、ジレンマ。


 結局、私がどうこう考えても仕方ない問題なので途中で考えることを放棄した。

 一先ず、私は雪城さんの株を上げて推しには少しでも彼女に興味を持ってもらう作戦を試みよう。






 梅雨の時期。私はまた大きな問題に直面していた。そう、夏コミの当落結果である。


 前回の冬コミが原因で白樺に私の活動がバレてしまい、社会的に死ぬのかと思いきや、私の作品のファンということが判明し、活動を続けないと訴えるという謎の脅しによって社会的な死は免れたものの、推しカプの片方に公認されてしまった生き恥を曝すという現状に胃が痛くなる日々を送っていた。

 白樺がどういう経緯で同人誌を手に入れたかは未だにわからないけど、冬コミが原因なのはなんとなくわかる。正規なルートで手に入れたらしいので。

 とはいえ夏コミも参加したい気持ちがあったから申し込みをしたんだけど、やっぱり申し込まなきゃ良かったかなと後悔が芽ばえた。

 やはり本人バレはアウトすぎる……今すぐにでも逃げたいけど、そう簡単に逃げられるなら二度も同じ人生を歩んでいない。

 こうなったら落選に期待するしかないだろう。参加さえしなければ一時的には逃げることは可能。そして夏の新刊は裏垢のみの面子で通販対応にしよう。……白樺が直接催促するまでは隠し通す。


 ……と、期待していたのだが、当選通知が来ました! 本当なら嬉しいけどそれはそれ!

 どうする橋本 絆奈っ? さすがにやむを得ない理由以外で欠席するのは落選した人にも失礼だろう。ならば参加せざるを得ないが、白樺に新刊を手にされるのは嫌だ。

 冬コミでは本人が購入しに来たわけではなさそうだから白樺の手先がやって来るかもしれない。それを見抜くことは出来ない……つまりどうすることも出来ないのでは? え、白樺の手に渡らない方法なくない……? 詰んだ……。諦めるしかないじゃない。

 いつ白樺の手先に購入されるかわからないまま一人で待ち構えるの辛すぎる……。心が死ぬ……せめて誰か私の手を握って心の安定剤になって……。


「……そうだ。売り子さんをお願いしよう。誰かいてくれた方が気持ち的にマシになる……」


 せめて気を紛らわせるように裏垢のフォロワーさんにお願いして売り子を頼むことに決めた私は、早速声をかけてみることにした。

 最初に交渉を試みた相手は何かと話の合うシロザクラさん。前世からの付き合いも長いし、信用も出来るお相手。

 SNSの呟きを見る限り、都内住みだから会場までの移動はそこまで苦ではないと思う。

 ただ、結局死ぬまで一度も会うことはなかったし、彼女もイベントに訪れたことはなさそうだった。いつも仕事で忙しいイメージだから断られる可能性の方が遥かに高いのだけど、シロザクラさんとなら絶対楽しいはず。

 断られたときは別の人にあたればいいし、ダメ元の交渉である。


『こんにちは、シロザクラさん。突然のお話になりますが、次の夏イベにてサークルのお手伝いをしてくれる人を探してます。もし、シロザクラさんの予定に問題なければ売り子さんを頼みたいのですがどうでしょうか? もちろんお礼も致しますのでよろしければ一度考えていただけませんか?』


 と、メッセージを送って彼女からの返事を待つこと数時間後。シロザクラさんから返事が来た。


『こんにちは、縁さん。素敵なお誘いありがとうございます! 是非ともお手伝いをさせていただきたいのですが、お礼は結構ですので縁さんの描くしらねやをリクエストだけでもさせていただければと思います』


 お、おぉ!? 思いもよらぬ返事! 無理かなと思ったんだけどシロザクラさん手伝ってくれるんだ! やったぁ!

 『リクエストくらいなんでも聞くよ!』と、そんなテンションの高いメッセージを送ればシロザクラさんは『本当ですか!? ありがとうございますっ! 何がなんでも休みをもぎ取りますね!』という返事をいただけた。

 一発OKなのはとても有難いし、一度目の人生では顔を合わすことも叶わなかったシロザクラさんと今世では初めて会うのだから楽しみが倍増だ。


 こうして、シロザクラさんに売り子を引き受けてもらえて気分を良くした私は、夏の新刊も捗りそうだったのでイベントに向けて原稿を頑張ることにした。






 そして夏コミ当日。会場最寄りのコンビニに待ち合わせをすることになり、キャリーを引いて先に到着した私はシロザクラさんが来るのを待っている間、予めメッセージにて教えてもらった彼女の服装や目印になるものを確認する。

 シロザクラさんの本日の服装は黒のサングラスに帽子。ジーンズにストライプのシャツ、リングネックレスと黒のボディーバック着用とのこと。

 確認している間にシロザクラさんから『ただいま駅に到着致しました! すぐに向かいますっ』と急ぐ絵文字と共にメッセージが届く。

 それにしても私の想像ではスカートとかワンピースを着てそうなイメージだったんだけど動きやすさを重視したのかな。

 シロザクラさんは普段から丁寧な口調で、日々仕事に追われる様子が日常的な呟きによく見られる。そのため仕事の出来る大人の女性なのかなとか、清楚系な感じなのかなとか色々想像していた。

 すると、私の前に人が立ったらしく影が出来た。シロザクラさんかな? と目の前の人物に視線を向ければ、メッセージ通りの見た目の人がこちらを見下ろしている。

 ……ただ、私の目が間違っていなければ、その人は男性であった。


「……へ?」


 まさかの人違いなのかと思ったけど、どう見てもシロザクラさんが予め伝えてくれた服装とアイテムが装備されている。

 真っ黒なサングラスはこちらからでは相手の目線が見えないのでなんとも言えないが、この距離と首の角度から私を見ているのは明らか。

 ……いやいやいや。まさかこの人がシロザクラさんなわけない。


「な、なんでしょうか……?」


 そう、きっとたまたま同じような格好の男性がいただけなんだ。その人が私に何か用件でもあって近づいて来ただけなんだ……恐らく、多分。


「どーも、シロザクラでーす」


 低い声の棒読み。しかし、聞き覚えのある声だったため、それが誰なのかと気づく前に、相手のサングラスが上にずらされ、その顔を晒した。


「しっ……!?」


 その顔は紛れもなく白樺 譲であった━━。


「な、な、なっ!? なんで白樺さんがここに!?」

「だから言ったじゃん。シロザクラだって」

「嘘だっ!!」


 有り得ない有り得ない有り得ないっ!! シロザクラさんとは表垢を作ったばかりの結構初期からの付き合いで、しらねやの時代が来ていないときはサラノムで盛り上がっていたあのシロザクラさんだよ!?

 話も凄く合うし、もはやもう一人の私のような気持ちになるくらい解釈も合うし、本を発行する度に長文感想を綴ってくれたあの丁寧で優しいシロザクラさんだよっ!?


「ま、まさか……シロザクラさんは白樺さんの身内か何か……?」


 それなら……それなら辻褄が合う。シロザクラさんは実は白樺の身内、または友人に近しい関係だとしたら、彼女はいつも通販にて同人誌を手に入れてるからその流れで白樺の目にも入ったのだろう。

 うう、まさかフォロワーに裏切り者がいたなんて……いや、もしかしたらとは思ったこともあったけど、さすがにそんな地獄みたいなことはないと目を逸らしたのに……!

 しかも! 信じていた相手だからなおさら!


「シロザクラは最初っから最後まで正真正銘俺一人で動かしてまーす」

「さすがにそれは信じられませんっ! シロザクラさんは女性で……」


 カシャリ。突然のシャッター音が聞こえた。話の途中だというのに白樺は私にスマホのカメラで写真を撮ったようだ。……なんで?

 ぽかんとする私を余所に白樺はスマホをいじり始める。しばらくしてマナーモード中の私のスマホが震えた。


「見てみろよ」


 にやりと笑う白樺に嫌な予感を抱きながら恐る恐る届いたメッセージを見ると、シロザクラさんのアカウントのメッセージにて、先程撮ったばかりである私の写真が添付されていた。


「こんなのってないよっ!!」


 ワァッ! と顔を両手で覆ってしゃがみ込み、色々と込み上げる感情が大爆発する。これでも抑えている方だ。大声を出してもいいのなら、洋館の中で死体を発見したときのような大絶叫をしていただろう。……しかし、この信じたくない事実……死にたい。

 そりゃ白樺=シロザクラさんってことは確かに正規なルートで同人誌を手に入れてるわけだけど……!


「騙された……最初から全て騙されていた……私の生き別れの姉妹なんじゃないかって思っていたのに」

「やめろよ、気持ち悪ぃ」

「辛辣っ!」


 なんなの。本当になんなの白樺って男はっ!? もはや私に恨みでもあるんじゃないかっていうくらいの仕打ち受けてるよね!? トラウマを植えさせるつもり!? 人間不信にさせる気!?


「まぁ、役者だし騙してなんぼな所あるから否定はしねぇけど、前にも言った通り俺は純粋にあんたの作品が好きなんだよ」

「うぅ……」

「俺も鍵垢のフォロワーっつーことだけは黙ってやろうかって思ったけどよ、縁さんが俺を頼って来たから一肌脱いでやろうと思ってな。まぁ、リクエスト聞いてくれるっつーのが大きな理由だけど」

「人を欺いておきながらしっかり本音は言うんだ……」

「そもそも白樺の別名がシロザクラってことに気づかなかったのも非があるだろ」

「知らないよそんなのっ!」


 知らない方が幸せなこともあるって言うけど、この場合どっちが幸せなの? 真実を知って絶望するか、真実を知らないまま化かされ続けるのか。

 ……っていうか、前世でも私は白樺だって知らないままシロザクラさんとやり取りしてたってことだよね……? こんな因縁ってあるの?

 え、無理、恥ずかしくて死にそう……あんなことやこんなことを話しまくったんだよ。こんな羞恥を受けるなんて酷いにもほどがある!


「……私、帰る……こんな事実受け入れられない。もう無理……」

「なーに言ってんだ。こっちはすでに報酬を貰ってんだから神の手伝いをしねぇと罰当たりになんだろ」


 確かに先払いというか、シロザクラさんのリクエストであるアイスを食べるしらねや漫画数ページを捧げましたけど! それはシロザクラさんのお礼であって白樺に献上したわけではない!

 しかし、帰ろうとする私の後ろ襟を掴んだ白樺はそのまま引きずるように会場へと向かい始めた。キャリーまで引きながら。


「やだーー! 水泥くん助けてー!」

「残念だったな、あいつは今日オンステなんだよ。俺があんたと一緒にいるなんて夢にも思ってねぇだろうな、ざまぁみろだ」


 そりゃあ水泥くんがここにいたらそれはそれで死ぬんだけど! そんな悲痛な声はもちろん届くわけもなく望まないままの会場入りをしてしまった。


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