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絆奈ちゃんへ、僕の幸せは全部君次第だよ

 年季の入った和風の店構えである老舗のような風格のこのお店、ここがお気に入りの和カフェだ。


「ここ……寧山さんがたまにいらしてる所ですか? よく写真で上げていた記憶があります」

「よくわかったね、そうだよ。僕のお勧めのひとつであるお店なんだけど、絆奈ちゃんも気に入ってくれたら嬉しいな」


 お店へと入店すれば奥にある座敷の席へと案内される。ここのお店は立派な日本庭園が窓からよく見えるので目でも楽しめる静かな空間だ。

 石灯籠、ししおどし、手水鉢、庭園定番アイテムもあり、窓を開け放たれたその庭は一枚の絵画のようにも思える。


「素敵な庭なんですね」

「ここにいるだけで時間がゆっくり流れるような気がして僕は好きなんだ」


 庭園に見蕩れる彼女へメニューを渡すと、絆奈ちゃんの意識は次にそちらへと向けられる。


「どれも美味しそうで迷いますね」

「じっくり考えていいよ」

「えーと……抹茶ティラミスにします。それからほうじ茶ラテ」


 時間はあるんだし、と口にしようとしたところで絆奈ちゃんは即決する。……うん、早いね。直感で選んだのだろうか、それはそれでいいことだと思う。

 それじゃあこちらも予め決めていた品を注文しようと店員を呼びつける。


「すみません、抹茶ティラミスとほうじ茶ラテ。それから抹茶チョコレートフォンデュとわらび餅、そして抹茶ラテをお願いします」


 注文を終えるとメニューを店員さんに返し、品物が届くまでは絆奈ちゃんと一緒にこの落ち着いた空間を楽しむことにする。


「わらび餅と抹茶チョコレートフォンデュ、両方食べられるんですね」

「あ、チョコレートフォンデュの方は絆奈ちゃんと一緒に食べようと思って。シェアもしやすいしね」

「そうなんですね、抹茶チョコレートのフォンデュは初めてなので楽しみです」


 あぁ、良かった。最初は美味しいケーキがあるカフェにしようか迷ったけど、彼女はこのお店でも大丈夫そうだ。

 思えば二人でこうして会うのは随分と久しぶりな気がする。いつも誰か知り合いと一緒になることがほとんどだからそれに気づくとなんだか意識してしまう。

 でも、せっかく二人でいるのだから絆奈ちゃんのことを知るいい機会だろう。


「……ねぇ、絆奈ちゃん。ちょっと相談があるんだけど聞いてくれるかな?」

「! なんでしょうっ? 私で良ければ恋愛相談でもなんでも聞きますよ!」


 なんだかいつもより乗り気で活き活きとしている。相談に乗るのはお得意なのだろうか。普段からも人の相談に乗れる子なのかもしれない。そう思うとなんだか微笑ましくて思わずくすりと笑ってしまう。


「僕の友人である役者の話なんだけどね。その人、どうやらファンの子を好きになったみたいでどうしたらいいんだろうって相談されたんだけど、僕にはいい案が思い浮かばなくて。絆奈ちゃんならなんてアドバイスする? あ、ファンの子って言っても友達みたいにプライベートでも普通に遊んだりしてる仲なんだって」


 友人の話、と言っておきながら僕の話なんだけども。でも彼女のことだからきっといい顔をしないかもしれない。現に今も難しそうに腕を組んで唸っている。それでも絆奈ちゃんが役者の恋愛事情をどう考えているのかはっきりさせたかった。


「んー……どうしても好きなら仕方ないんじゃないかなって思います。遊びじゃないんですよね?」

「え、あ、うん。それはもちろん」

「その好きなファンの子も同意するならお付き合いしてもいいと思いますけど、結婚するまでは大っぴらにしない方がいいですね。まぁ、ほとんどの役者の人はそういう対応だとは思うんですけど、中にはあえて結婚さえ報告しない人だっていますもんね。ファンの人も色々ですから報告の有無はいつだって難しいです。人気商売ですし」

「……絆奈ちゃん、大反対するかと思ってたなぁ」

「さすがに人様の恋路にやいやい言うような人間じゃないですよ」


 ちょっと意外だった。絆奈ちゃんはいつも強く線引きをしているから恋愛事情に対しても己の信念とか持っていそうなのに。


「まぁ、私としてはオススメはしないですけどね。ファンの子に手を出したって思われるし、人気商売故に離れる人だって出てくるので、せめて同業者がお相手だったら丸く収まるのでまだいいんですが」

「……例え、応援してくれる人が離れてしまうのも承知だとしたら?」

「覚悟があるならいいんじゃないでしょうか? ファンのみんながみんな反対するわけじゃないですし、祝福してくれるファンだっています。もちろん、私も寧山さんがどんな人と添い遂げようとも心の底からお祝いしますしっ」


 吉報を待ってますというような輝かしい笑顔を向けられるのだけど、それに応えられないのが申し訳ないかな。今の僕が夢中になっているのは彼女なのだから。


「じゃあ覚悟があれば僕がファンの子を好きになっても絆奈ちゃんは反対しないんだよね?」

「……えっ」


 呆気に取られた絆奈ちゃんの表情に思わずこちらも「えっ」と返してしまう。なぜそんな信じられないという顔をするのか?


「えー……と、確かにそういうことになるわけですけど、そうなると寧山さんのファンがファン離れをしてしまうから同じファンとしてはそれは阻止したくて……」


 先程と言っていることが違うと理解しているのだろう。絆奈ちゃんは申し訳なさそうにもごもごと話す。それにしてもファン心理とはなかなかに難しいものだ。複雑なんだろうな。


「どんな人と添い遂げようともお祝いをしてくれるんじゃ……?」

「まぁ、そうなんですけど、そうなんですけど……! なんていうか、どちらかと言うと性別的な意味とか……ごにょごにょ……」

「僕がファンの子に想いを寄せるのはダメってこと?」

「ダメじゃ、ダメじゃないですけど……いや、ううん……でも寧山さんの幸せが第一なので私はそれを応援します……って、そういうことはファンの子を好きになってから言っていただけませんかっ? 変にファンの心を弄ばないでくださいっ!」


 ……実はもう好きなんだけどね、君のことが。弄んでいるつもりはないんだけど。いっそのこと言ってしまおうか。名前はまだ伏せておいて。


「まぁ、寧山さんはファンに手を出したりしないはずなのでそんな心配しなくてもいいんですけど」


 ドスッと胸を刺されたような気がした。思わず本音を言おうとした口が閉じる。しかし、なぜ彼女はそう言い切れるのだろうか。僕を信じているからだとしたら裏切るようで胸が痛い。

 なんて返したらいいかわからずにいると、注文していたスイーツとドリンクが届いた。

 抹茶チョコレートフォンデュのセットには付け合わせとしてイチゴ、バナナ、マシュマロ、白玉などがあり、絆奈ちゃんの頼んだ抹茶ティラミスは桝の容器に入ったもので、僕の注文したわらび餅は黒蜜が別の容器に入った状態で提供された。実にいいタイミングである。


 しばらく和スイーツを堪能しながらもやはり心のどこかで引っかかりを覚えてしまった僕は絆奈ちゃんがいるにも関わらず心ここに在らずの状態だった。


「……寧山さん? どうかしましたか?」


 そろそろ互いに食べ終わるだろうという頃だった。彼女が気づくくらいにあからさまだったのか、不安げに尋ねてくる絆奈ちゃんに申し訳なさと愛しさが芽生える。


「うん……やっぱりこれだけは言っとこうかなって思って」

「?」

「絆奈ちゃん。僕ね、実は好きな子がいるんだけど、その子は僕のファンの子なんだ」

「はいっ!?」


 にっこり笑って告げる僕とは違って、絆奈ちゃんは驚きに目を大きく開いていた。何か言いたげではあったが戸惑いの方が大きいのか、なかなか言葉にできない様子である。


「え、あ、その……ね、寧山さん……ファンの子に手を出したんですか……!?」


 ようやく出たと思った言葉が勘違いしかねない内容だったため僕は慌てて否定する。


「違うよっ! 今は僕の片想いなだけ!」

「じゃ、じゃあ、雪城さんのことはどうなんですかっ!?」

「え、雪城さんがどうしたの?」

「!?」


 なぜ雪城さんの名前が出たのかわからないけど、理由を尋ねてみたら彼女は衝撃を受けたという顔を見せる。


「寧山さん! 現実を見てしっかり考え直しましょうね!」


 ……なんだろう。告白もしていないのにこの振られた感じは。正直に言ったのに祝福どころか彼女は「こんなはずじゃ……!」と頭を抱え始めた。

 ショックというよりも動揺しているように見えるけど、絆奈ちゃんの中では意外だったのだろうか。


「……多分ね、考え直しても変わらないと思うな」

「そ、そうなんですか……」

「幻滅しちゃった?」

「いえ、私は寧山さんの幸せを応援してますのでそれくらいでは幻滅しません。幸せになってくれたらもうなんだっていいです」

「最後投げやりになってない?」

「まだ動揺してるので……」

「まぁ、幸せになるかどうかは相手次第かな」


 絆奈ちゃん次第とも言える。とりあえず今は彼女が離れないように繋ぎ止めておきたいし、絆奈ちゃんのこと知らない部分だって沢山あるからもっと交流もしていきたい。

 彼女の隣に立てるような相手でありたいと願いながら、会計伝票を持って「そろそろ行こうか」と退店する準備を始める。

 自分の分を支払おうとする彼女に「僕からの遅くなったホワイトデーのお返しだから払わせて」と言うと絆奈ちゃんは躊躇しながらも最後は頷いてくれた。

 昔から彼女は奢られるのが好きではないみたいだ。奢る相手が僕だからというのもあるかもしれないけど。






「本日はご馳走様でした」


 店を出ると絆奈ちゃんは丁寧にお礼を言ってくれた。物言いが少し堅いのが残念なのだけど、もっと軽いノリで話して欲しいっていう気持ちはある。それこそ水泥くんと話してるときのように。


「こちらこそ付き合ってくれてありがとう。本当はもう少し絆奈ちゃんと過ごしたかったんだけど、このあと事務所に行かなくちゃいけないのが凄く残念だよ」

「あ、あはは……。そんな残念がらなくても……」


 事務所には仕事についての話とあと僕宛てに届いてるファン達からの手紙の引き取り。これさえなければ散歩とか、もう少し彼女と過ごす時間を費やしたかった。


「また勤務中の寧山さんを見に行きますね。では、お疲れ様でした」

「あ、絆奈ちゃんっ」


 別れの挨拶をして彼女が背を向けようとした瞬間、無意識だったのか、名残惜しさに絆奈ちゃんの名前を呼び、さらに手を掴んで止めてしまった。

 ハッと思ったときにはもう遅くて、目の前の彼女はどうしたのだろうと言いたげな目でこちらを見つめる。


「寧山さん?」

「あー……えっと、また誘うから遊ぼうね」

「え? あ、はい……では、失礼します」

「うん、またね」


 軽く手を振って絆奈ちゃんを見送り、その姿が見えなくなったあと深い後悔に襲われて盛大な溜め息を吐く。

 ……やってしまったな。彼女も戸惑っていたのがよくわかる。大の大人がなんと情けないことか。


 後程、雪城さんに報告の電話をしたら『全然進展してなくないっ!? 本当にただお茶しただけじゃないの! もっとときめかせるようなことしなきゃダメでしょ!』と長いお説教を食らってしまった。

 ……いくつになっても恋愛って難しいんだね。


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