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絆奈ちゃんへ、色々とへこみました

「はあ~~……」


 都内の賑やかな居酒屋にて僕はレモンチューハイを片手に盛大な溜め息を吐いた。

 周りは飲み会で集まってる人達の笑い声があちこちから聞こえてくる。とても楽しそうな周りと違って僕の気持ちはどん底なのだけど。


「ちょっと、辛気臭い溜め息はやめてよね。こっちにも移るじゃない」


 卓を挟んだ席には雪城さん。彼女は焼酎を飲みながらすでに何度も溜め息を吐き捨てる僕に文句を飛ばす。


「いや……さすがにへこむでしょ。前はお茶の誘いを断られ、ホワイトデーのお返しならば大丈夫かなって思ったのにこれだよ……」


 そう。本日はホワイトデー。バレンタインのお返しをする日である。新しい春のショー初日でもあるため絆奈ちゃんに直接お返し出来るのはなかなか難しいと思っていた。

 でも、彼女は新しい催し物のとき、初日は大体来てくれてたので今回も訪れているだろうと推測し、仕事後にホワイトデーのお返しがしたいから会えないかなとメッセージを送った。雪城さんと共に。

 雪城さんは保険だった。僕個人で誘うと絆奈ちゃんは遠慮して応じてくれない恐れがある。少なくとも彼女は雪城さんが誘うと来てくれる様子だったから。

 この間のコーヒー店で雪城さんから呼び出されて絆奈ちゃんと合流したときにひしひしと感じた……それはちょっと悔しいのだけど。

 しかし、絆奈ちゃんの返事はすぐには来なかった。そわそわしながら待つこと数時間。ちょうど最終公演が終わった時間に彼女からのメッセージは届いた。


『返事が遅れてすみません。新ショーお疲れ様でした。とても良かったのでまたお伝え出来たらと思います。そして本日はすでに予定がありましてお会いすることが出来ません。お返しまで気遣っていただきありがとうございました』


 という内容が僕にも雪城さんにも届いていた。雪城さんも断られるとは思っていなかったので驚いてはいたが、彼女がいるにも関わらず拒むということは本当に何か用事があったのだろう。

 前にも仕事後にお茶でもどうかなと誘ったら断られてしまったし、さすがにへこむ。


「一度や二度くらい拒否されたからっていちいち落ち込んでたらキリないわよ。もうっ、打たれ弱いんだから」

「……厳しいなぁ」

「でも、仕事がある、じゃなく予定があるって言うのだから気になる所よね。ホワイトデーなんだし……すでに絆奈ちゃんの予定を押さえた人がいる可能性もあるわよ」


 ぐさりと胸に突き刺さる。確かにそれも有り得るだろう。僕達以外にもバレンタインチョコを渡した人物がいてそのお返しとして予定を作ったかもしれないし、もしかしたらただの私用かもしれない。


「僕……そんなに魅力ないのかな。やっぱりおじさんはそういう対象には見られないっていうか、もしかして気持ち悪いって思われてたりするのかな……」

「うじうじしないのっ。魅力がなかったらファン辞めてるでしょ。少なくとも全くこれっぽっちも魅力がないわけじゃないからそれくらいは自信持ちなさいよ」

「……うん」

「返事が小さいっ!」

「雪城さんもしかして結構酔ってる?」

「酔ってないわよ」


 少しだけ目が据わっているようにも見えるんだけど、はたして信じて良いものかどうなのか。

 しかし、彼女は酷く酔うことはないというのを今までの付き合いで理解しているので、酔っていたとしても人の迷惑になるような酔い方はしない。


「それにしても雪城さんって凄く僕に協力的だけどなんでなの?」

「今さらそれを聞く? まぁ、あなたとは長い付き合いだし、応援だってしたくなるわよ。ちょっと抜けてて頼りなくてもね」

「……最後の方だけは聞きたくなかったなぁ」


 彼女とはもう十年以上の付き合いになる。パークで働き始めたときにはすでに雪城さんはパレードのアクトレスとして活躍をしていて、仕事では後輩に当たる僕は彼女から学ぶことも多かった。

 最初は歳上の僕に対して敬語を使っていた彼女だけど、僕の方から「普通に砕けた感じで話していいですよ」と言ったら「じゃあ、寧山さんもタメでよろしくね」と返されたので、同業者であり友人であり、いつの間にか良き相談相手にもなっていた。

 僕が絆奈ちゃんを意識し始めてからというもの、雪城さんは何かと手助けをしてくれる。

 去年の初詣のときだって、彼女は予め「私が水泥くんと白樺くんの面倒を見るから、あなたは頑張って私達とはぐれて絆奈ちゃんと二人きりになるのよ」と計画を立てたくらいだ。

 水泥くんとゆずくんには申し訳ないけど、雪城さんの案に乗って彼女が二人の気を逸らしている間、僕はわざと絆奈ちゃんを連れてはぐれるようにした。

 ……まぁ、最後はかっこの悪い所をみせてしまったんだけど。後日、雪城さんにその話をしたら大爆笑されてしまった。


「あ、寧山さん。やっぱり私の思った通りだったわ」

「えっ?」


 何が? と問う前に雪城さんのスマートフォンの画面を僕に見せつける。そこに表示されたのは水泥くんのSNSアカウントだ。数十分前に写真と共に『夕飯を食べました』と呟いている。


「これがどうかしたの?」

「知らないの? ここ、マメガデのレストランよ」

「マメガデ……?」

「マーメイドレイクガーデンレストラン」

「あぁ、あの湖近くの……」


 マメガデって略すんだ、あそこ。まぁ、それはいいとして、水泥くんがそこのレストランに食事をしたということだろう。

 しかし、それが雪城さんのどう思った通りなのかわからない。彼女はいまいちピンと来ない僕の表情を見て軽く溜め息を漏らした。


「あんなお洒落なレストランを水泥くん一人で行くとは到底思えないわ。つまり誰かと一緒なのは簡単に予想出来るわよね?」

「そうだね、確かに」

「ここは予約必須のレストラン。そして今日はホワイトデー。予めこの日を狙って行ったのだとしたら彼はここまでするほどの相手にバレンタインのお返しをした可能性が高いってことよ」

「えっと……それってつまり……」

「絆奈ちゃんしかいないんじゃない? そもそも絆奈ちゃんだって今日のショーを見に来てたのだから、そのときから彼も一緒だった可能性も極めて高いわね」

「じゃあ、僕達の誘いを断ったのも?」

「水泥くんに先を越されてたってわけ」


 あぁ、そういうことなのか。水泥くんとの先約があったから今日は会えなかったんだ。


「そっか……」

「寧山さん……」

「僕が絆奈ちゃんに嫌われていたわけじゃないんだね?」

「……あなたってたまに能天気よね」

「えっ」


 いや、そんなつもりはなかったんだけど。純粋に絆奈ちゃんが僕と関わりたくないとか、嫌いだとかじゃないなら安心しただけなのに。


「水泥くんはちょっと奥手な子だと思ってたから油断したわ。さすが長年友人関係を築いているだけあるわね。でも、こっちだってまだカードがあるわよ」

「?」

「カフェで寧山さんが絆奈ちゃんに言っていたお勧めのお店に行こうって話よ。そろそろセッティングしましょう」


 言うや否や、彼女は早速絆奈ちゃんにメッセージを打ち込んだ。こういうときの雪城さんの行動力は凄まじいと思う。


 こうして、雪城さんの力により二週間後に会おうという話で纏まった。三人で、という名目で。

 ……どうやら雪城さんは僕と絆奈ちゃんを二人きりにさせるために約束当日になって外せない用があり、急遽行けなくなったという嘘をつくらしい。


「ドタキャンみたいな形になって絆奈ちゃんからしたら凄く印象が悪くなっちゃうから、ちゃんとフォローしてよね? 私のためにも」


 だったら一緒に行けばいいのに、と伝えても「それじゃあ意味ないでしょ。少しは絆奈ちゃんに意識してもらえるように頑張って来なさい」と言われてしまった。

 雪城さんに手伝ってもらってる立場としては自分で動かないのは情けなくもあるので、彼女の言い分はもっともである。

 ……うん。気合いを入れよう。






 約束当日。待ち合わせ場所の駅前に辿り着けばまだ絆奈ちゃんは来ていない様子。待ち合わせまで十五分あるから当然だろう。

 でもその五分後に彼女はやって来た。僕が先に到着していることに気づくと、急がなくてもいいのに慌てて駆け寄って来る。


「す、すみません! お待たせしてしまって!」

「謝らなくていいよ。時間前なんだから気にしなくても」

「いや、無駄な時間を過ごさせてしまって申し訳ないです……!」

「そこまで畏まらなくても……」

「だって、寧山さんもよくお客さんに時間を費やしてくれてありがとうって仰るじゃないですか。だから寧山さんにとっては時間は大切なものだと思いますし、私も無駄にはさせたくないなと……」


 あぁ、確かに彼女の言う通りだ。時間は有限だし、どれだけ時間があっても足りないと思っている。

 そんな中、ファンやお客さん達が僕達役者のために時間を割いてくれるのはとても有難いことだ。

 観劇時間だけじゃなく、チケットを取る時間、劇場までの移動時間、そしてもちろんチケット購入に使うお金を稼ぐための仕事時間。

 限りのある時間の中でそれらを役者のために費やすというのはどれだけ嬉しいことか。

 だからそんなファンやお客さんはとても大切な存在なんだ。それはもちろん、絆奈ちゃんにも言えること。


「確かに時間は大切だけど、僕は無駄な時間なんてないと思ってるよ。絆奈ちゃんを待つのも楽しいくらいなんだし」


 そこに嘘偽りはない。彼女は本当に来てくれるだろうかという不安な時間も、彼女はちゃんと来てくれるという自信に満ちた期待の時間も、全てひっくるめて無駄なんてない。

 好きな人のことを想う時間を無駄だという人なんているのだろうか。こんなにも愛しいのに。あぁ、でもこれは伝えないと絆奈ちゃんは理解してくれないだろうな。


「この世に無駄な時間なんてない、ということですか。さすが寧山さん、言うことが違いますね」

「そうだね。だから絆奈ちゃんは間に合ってるのにわざわざ急がなくてもいいし、謝ることはないんだよ」

「あ、ありがとうございますっ。でも改めて寧山さんの時間に対する考え方が好きだと実感しました」

「えっ?」

「気にかけなくてもいいファンの人の時間をいつも気にしていて、時間を費やすとそのお礼を述べてくれるんですから。寧山さんの人柄も出ていて、私好きなんです」

「っ……!」


 こんな形で、例え意味が違えど彼女から好きだなんて言われると思っていなかった。いや、手紙でよく「この演技が好きでした!」と綴ってくれてはいたが、彼女のことを好きなんだと気づいた今、言葉にされると思いの外嬉しくて胸にちりっとした火が灯るような熱を感じた。

 この感覚は酷く懐かしい。学生時代に叶わなかった若くて苦くて甘酸っぱいあの恋心だ。

 つまり、鼓動が早くなった。アルコールを摂取したわけじゃないのに顔も火照ってしまいそうである。


「あ、ありがとう……なんだか好きだなんて言われると凄く恥ずかしくなってくるよ」

「い、いやっ、別に深い意味はないんですよっ!? だから安心してくださいねっ!」


 そう言われてしまうと鼓動が正常に戻ってしまった。というか、へこんでしまった。顔には出さないようには努めたけど、良かれと思って言ってくれたその言葉はちょっと傷ついてしまった。……話題を変えよう。


「そうだ、これ雪城さんから預かっていたホワイトデーのお返し。彼女のお気に入りのお店のクッキーだって言ってたよ」


 予め雪城さんから預かっていたクッキーの入った紙袋を絆奈ちゃんに渡すと、彼女は少し首を傾げながらそれを受け取る。


「雪城さん、今朝突然行けなくなったって言ってたのに寧山さんにクッキーを託す時間があったんですね?」


 うっ。なかなか鋭い所を突かれたな。そのクッキーは今朝受け取った物ではなく、前日に受け取った物だ。

 もし仮に約束の前日に行けなくなったと絆奈ちゃんに伝えたら『じゃあ、日を改めましょうか』なんて言われてしまう恐れがあるので、予定の変更がしづらいであろう当日のギリギリに行けなくなったことを雪城さんから絆奈ちゃんに伝える作戦であった。


「あ、あぁ、雪城さんがね、急に入った仕事に向かう前、わざわざ僕の家まで訪ねて押しつけて来たんだよね。遅いホワイトデーでごめんねって言ってたよ」


 我ながら頑張って嘘をつけたと思う。絆奈ちゃんを騙すのは申し訳ないけど、計画されたドタキャンだと知られるわけにもいかない。僕だけでなく雪城さんの印象も悪くなりかねないし。


「……それにしても雪城さん、残念でしたね。急な仕事だなんて」

「うん。彼女から絆奈ちゃんによろしくねって言付けをもらってるし、今日は二人で楽しんで来てねってことも言ってたよ」

「そうなんですね……あの、怒ってたりしませんでした?」

「え?」

「いや、その、仲間外れにされて嫌じゃないかなって……あれでしたら日を改めてもいいですし」

「そ、そこまでしなくてもいいよっ。雪城さんそういうのは気にする人だし、素直に僕達が楽しんでる方が彼女も安心するからっ」


 ねっ? と絆奈ちゃんに伝えると、彼女は躊躇いがちに頷いたのでなんとか延期にする流れだけは阻止する。

 また何か考え直す切っ掛けを与えてしまう前に、僕は当初の目的であるお勧めのお店へと絆奈ちゃんを案内することにした。


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