推しへ、友人のお返し準備がバッチリすぎでした
三月十四日。世間ではホワイトデーであるが、私にとっては記念すべきショーの初日である。
エターナルランドの春のショーである『フェアリー・エッグハントイースター』通称エグハンだ。
いつもはパレードなのだけど、今回はマスコットキャラクターが主役の春パレードを始めるため、代わりに精霊達はエターナル城を使ってのショーに出演する。
何を隠そうこのショーこそが一度目の私が初めて推しである寧山 裕次郎を知るきっかけとなったものである。
当時は動画で見ただけなので生で見ることはなかったけど、推しの存在を認識したショー故にその思い入れは深い。
エターナル城の前には特製のステージが設置されていて、精霊達はイースターを楽しむためエッグハントを行うというショー内容。
エターナル城のバルコニーなども使って精霊が出入りしたりと、距離はパレードに比べると凄く遠いがお城を使ったショーはあまり多くないのでこれはこれでレアなショーである。
特製ステージにも他の妖精達のダンスなどもあるし、四精霊同士の会話もパレードに比べて多いので精霊好きには美味しいショーだ。
精霊達がお互いそれぞれ隠したお手製のイースターエッグを見つけるため、ステージやバルコニーなどで探し回る様子はとても楽しませてもらったと同時に懐かしさと感動で胸が込み上げてきた。
初日のシフトは推しノーム、雪城さんウンディーネ、白樺サラマンダーである。
白樺サラマンダーによる推しノームへのちょっかいはアドリブ含め本当に強く、サラノムにしてもしらねやにしても有難い供給だ。
そしてショーを見終えて思ったことはパレードとは違って観客へのファンサはないのでとても心穏やかに見ることが出来たということ。
ストーリーに沿って台本通りに進むし距離が遠いため、向こうからすると顔見知りを見つけることすら難しいだろう。
私はそれでいいのだけど、一部のファンはパレードの方が距離も近いからそっちがいいと眉を寄せる人も少なくない。人の意見はそれぞれである。
「橋本さん、春季のショーはどうだった?」
「うん! 凄く楽しかったよ。ダンサーさんの衣装もパステルカラーで可愛いし、イースターエッグのデザインも凄くいいし、お城のバルコニーに姿を現すのも絵になるしね」
隣で一緒にショーを見てくれた水泥くんにそう伝えると彼は嬉しそうに微笑んでくれた。
そう。実は本日水泥くんとエターナルランドへ遊びに来させてもらってるわけである。
先日、水泥くんから「バレンタインのお返しをしたいんだけど、ちょうど春のショーがホワイトデーの日から始まるし、橋本さんも恐らくパークに行くと思うだろうから迷惑じゃなければ僕も一緒に行ってそっちで何かお返しさせてくれるかな?」と連絡があった。
私がショーパレの初日によくインパするのを知っているのだろう。……まぁ、初日って推しが出勤するのがほとんどなので私の行動を知る人にとっては考えずとも理解するのかもしれない。
とはいえ、バレンタインチョコは個別であげたわけじゃないし、お返しなんていいよと言ってもそれで納得する水泥くんじゃないので律儀な彼の申し出を受けることにした。
いつも一人でショーパレばかり見ていたから誰かとパークに来たのは久しぶりなので、アトラクションも楽しみながらパークを満喫する。
夕方にはまったりモードに入り、少し休憩がてら妖精の湖海エリアにある三つの湖のうちの一つであるウンディーネの楽園と呼ばれる湖にやって来た。
三つの湖の中で一番の大きさである湖の中心には小さな庭園の島あり、草花や湖を鑑賞する憩いの場である。
そこにあるベンチに腰を下ろして一息をつきながら周りの景色を楽しむことにした。
「それにしても水泥くんとエターナルランドなんて中学校の修学旅行ぶりだよね」
「そうだね。仕事では橋本さんとパークで会ってるはずなのにプライベートでは久しぶりだよ。変な感じだけど」
「でも、またこうして遊べるのは嬉しいよ」
「……僕も、同じだよ」
「本当? ありがとうー。それにしてもそろそろお腹減ってきたよね? いい時間だし何か食べに行こ……あっ」
今何時だろうとスマホの時間を確認するとメッセージが二件届いていたことに気づく。一つは推し、もう一つは雪城さんからだ。
どちらとも内容は『今日のショーは見に来てる? それならホワイトデーのお返しがしたいから仕事後に会えるかな?』という似た内容であった。
「……どうかしたの?」
「あー……推しと雪城さんからホワイトデーのお返しをしたいから仕事終わりに会える? ってメッセージが数時間前に届いてた……」
遊ぶのに夢中で全く気づかなかった。しかも今の時間だと最後のショーが終わったばかりだろう。早く返事をしなければ。
さすがに水泥くんと過ごしてるのに彼をそっちのけで合流するのはちょっと申し訳ない。
「なんて返事をするの?」
「もちろん、今日は予定があるのでごめんなさいって言うよ。水泥くんと遊んでるし……あ、いや、水泥くんは会いたい? それなら呼んだ方がいいかな?」
そうだ。水泥くんは推しと会えるチャンスなんだ。私の一存で決めてはいけない。
そもそも仕事仲間なんだから見知らぬ相手ならまだしも、顔見知りの相手なら水泥くんも呼んでいいよと言うかもしれないし。
しかし、水泥くんは私の質問に対して首を横に振った。
「ううん。遠慮してくれると嬉しいかな。このあとの予定のこともあるし」
「このあとの予定? どこか行きたい所あるの?」
「そうだよ。そろそろ時間だから行こうか」
時間? はて、何かショーの時間なのかな? でもエグハンは本日のショーは終了したし、レイクシアターのほうかな?
よくわからないまま、とりあえず二人にごめんなさいメッセージを送信し、水泥くんに連れられ向かった場所はすぐ近くのレストランだった。
「こ、ここは……」
そこは『マーメイドレイクガーデンレストラン』水の妖精とも言われるマーメイドが経営する高級レストラン。
もう一度言おう。高級レストランである。エターナルランドにあるレストランの中でもワンランク上のテーブルサービスのレストランだ。
もちろんそれなりに値が張る。しかも予約必須。席が空いていたら当日予約も可能ではあるが閑散期くらいでしかお目にかかれない。
存在は知っているものの訪れるのは死ぬ前の人生含めて初である。
「予約していた水泥です」
「水泥様ですね、お待ちしておりました。どうぞこちらへ。ご案内致します」
いまだ混乱する中、水泥くんが店員さんに予約していたことを伝えるとすぐに窓際の席へと案内された。
窓からはウンディーネの楽園である湖と庭園が見えて、暗くなりつつある外は明かりが灯り始めて絶景のロケーションとなっている。
店内は照明が落ち着いていて、天井も高く圧迫感がない。席と席の間は広くてゆとりがあり、雰囲気も間違いなくいいと言えるだろう。
「予約していたコースとお飲み物に変更はございませんか?」
「はい」
えっ。いつの間にコース料理と飲み物を注文してたの!? 予約時に? 手際良すぎでは!?
店員さんは「追加のご注文などあればお呼びください」とテーブルにメニューを置いて下がったので、恐る恐るメニューを手に取り開いてみると、その値段に心の中で唸ってしまった。
「ここは初めて?」
「そりゃもう……」
「初めてが僕で嬉しいよ。これが僕からのバレンタインのお返しだから喜んでくれたら嬉しいな」
喜ぶも何ももはや恐縮レベルだよ!? そりゃあ、お高いバレンタインチョコはあげたけど他のみんなと纏めてだから余計に申し訳ないよ!
「あ、ありがとう……むしろここまでして申し訳ない気持ちだけど……」
「そう思うことはないんだけど……気を負わせちゃったら僕のミスかな……」
「いやいや! 嬉しい! 凄く嬉しいよっ。ただここまでされるほどのことじゃないって思っただけで……!」
悪びれた表情を見せるものだから慌てて否定する。きっと水泥くんなりに色々考えてくれたお返しなのにそんな顔をさせるつもりはなかった。
「このくらいでも足りないくらいなんだけどね。でも、少しでも嬉しいって思ってもらえたら十分かな」
なんて出来る子なのか水泥くん。私の方が精神面では歳上であることを年々忘れてしまいそうになるくらい大人だよ、君は。
「お待たせ致しました」
店員さんが真っ先に運んでくれたのは恐らく飲み物だろう。何を頼んでくれたのかと思って目の前置かれたのは生ビール。
「橋本さんなら先にビール飲むかなって思ったんだけど、気分じゃなかったら違う物を注文していいからね」
「……いや、水泥くん完璧すぎ」
ていうか、私のことよくわかってるね! ありがとう! こんなシャレオツなお店で早速ビールをいただいちゃうけど! しかも足りなかったらお代わりしてもいいよって言ってくれた! 水泥くんマジ神!!
溢れんばかりの笑みでビールをごくりと飲ませていただき、幸せ気分に浸る。水泥くんはアルコールではなくウーロン茶にしたようでそこは彼らしい。
「……ちょっと格好つかないんだけどね」
「気取らなくていいんだし、好きなのを飲むのが一番だよ」
しばらくして料理が運ばれるのだけど、帆立と小海老の彩りサラダから始まり、春キャベツのポタージュ、メインのローストビーフなんてとんでもなかった。
肉としての美しさが際立っているし、美味しそうというのを通り越してもはや色気がだだ漏れだし、旨みが目に見える。
パンとライスが選べるということでお腹もペコペコなのでライスにしたけど、肉といえばやはり米だ。これは正義。
デザートも選べるようでいちごのティラミスかアフォガートかガトーショコラがラインナップ。
私がいちごのティラミスで水泥くんはアフォガートに決めて、食後のコーヒーと共にいただいた。
「いいものをご馳走してくれてありがとうね」
「こちらこそ。むしろ付き合ってもらってるからお返しになってるかはわからないけど」
「いやいや、十分だよ。むしろお釣りが出るくらいなんだから」
「……じゃあ、また来年もバレンタインチョコを期待してもいいかな?」
水泥くんそんなにチョコレート好きだったっけ? 大人になると趣向が変わったりするっていうからそういうものかな。
そういえば中学時代にもあげてたっけ。ニーナから「世話になっとるんやろ」と言われて、確かにそうだなと友チョコを。
そのときも喜んでくれてたし、やはり男子にとっては友チョコでさえもステータスだったのかもしれない。
律儀にお返ししてたもんなぁ。庵主堂の和菓子とか懐かしい。
「水泥くんが食べてくれるなら来年も用意するよ」
「本当? 楽しみにしてるよ。……僕も橋本さんの手作りは食べられるから迷惑じゃなければ」
少し恥ずかしげにそう告げる水泥くんだったが、なぜそこで手作りの話になったのだろうか。
……そういえば推しも、手作りが食べたいとか言ってたっけ。今は手作りチョコがステータスなの?
「手作りかぁ……出来そうならやってみるけど、そこはあまり期待せずにいてくれたらいいかな。失敗作を渡すわけにはいかないし、ただでさえ役者なんだからプロが作っていない物は口に入れるべきじゃないんだよ」
「それは役者を辞めたら食べられるってことでいいかな?」
「いやいや、辞めちゃダメでしょ!?」
「だけど失敗作でもいいから橋本さんが作った物は食べたいなぁって」
「……プレッシャーだなぁ」
手作りかぁ……水泥くんがここまで欲しがるなら挑戦してみてもいいかもしれない。まぁ、そこは来年の私に任せよう。
そんな来年のバレンタインチョコについての話をしながらマーメイドレイクガーデンレストランで食後のひと時を過ごした。




