推しへ、自分で食べられます
楽屋へと案内されるとすでに同業者と思わしき人や友人と思われる人達が順番に出演者達と話をしていた。
スタッフの人に「こちらで待っていてください。終わり次第声をかけてくれるそうですので」と言って近くのパイプ椅子に座らせてもらった。
しかし、四人ともそれぞれ知り合いらしき人達と話をしては簡単に切り上げている様子なので今回は軽い面会でいいのかもしれない。
それならバレンタインチョコをすぐに渡して早々に帰ろう。邪魔になってはいけないし、きっとみんなも忙しいだろうし。
しばらく待っていると一番手に私の元へやって来たのは……白樺であった。ちゃんと顔を合わすのは腐女子ということや同人誌を作ってるのがバレたとき以来か……。元々一緒にいるのは気まずかったが、今では別の意味で気まずい。
「どーも、縁さん」
「ちょっ! ここでその名前はやめてくださいっ」
「だって名前知らねーし」
「橋本 絆奈です……」
こんな関係者しかいない楽屋でその名前は禁句なのに、と焦りながらも小声で白樺に注意する。周りにはその名前が聞こえたと思われる人はいなくて少し安心した。
「次の新刊いつ?」
「ここでそれを聞くのやめてくださいませんか?」
ほんと、なんなのこの人! 大っぴらに言えるわけないでしょ! 少しは考えて物を言って!
心の中でやっぱりすぐにでも帰りたいと願っていたら、今度は水泥くんが私達の間に入って来た。
「白樺さん。僕の友人に何か?」
「話してるだけなんだけど? 暇そうにしてたからな」
「あぁ、わざわざ話し相手になってくれたんですね。ありがとうございます。もういいですよ」
……水泥くんの後ろ姿しか見えないので表情はよくわからないんだけど、白樺に向けての言葉に何か棘があるように感じる。まさかまだ白樺のこと許してないのかな。水泥くんもう怒らなくていいんだよっ。もう結構前だよ!?
そんな冷たい態度の水泥くんにカチンときたのか、白樺は見る見るうちに不機嫌な顔をしていく。
「ただの友人くんのくせになんでお前がそんな態度なわけ? 先輩の口の利き方くらい勉強して来いよ」
「だったら尊敬出来る先輩と思われるような言動をお願いします」
「あ?」
いやいやいや、待って待って。これはもしかしなくともヤバい状況では? 一触即発ってやつでは? 私悪くないけど私のせいで喧嘩するのはやめようよ! お仲間でしょ!?
「ま、待って水泥くん。私は普通に白樺さんと話してただけだから。落ち着いてっ」
水泥くんの手を掴んでこれ以上はダメだと制止させる。水泥くんはちらりとこちらを見てはその手を振り払うことはなかったんだけど、少し顔を赤くした状態で黙って頷いた。
顔を赤くするほど怒っていたのか……止めて良かった。水泥くんが喧嘩だなんて昔では考えられなかったけど、止めたらちゃんと止まる理性の持ち主で安心したよ。
「絆奈ちゃんー! 来てくれてありがとー!」
そこへ今度は横から雪城さんに激しいハグをされた。うわぁぁ! 凄くいい匂いするー!!
「待たせてごめんね、絆奈ちゃん」
あぁ、推しまで来た……。一人一人軽く挨拶するつもりだったのに結局アクター四人揃ってしまった。初詣の再来である。
とりあえず一人で座ってるのは申し訳ないので慌てて立ち上がった。
「皆さん、公演お疲れ様でした! 凄く楽しませてもらいました」
「そう言ってもらえて嬉しいわ! 重大発表の件もびっくりしてくれた?」
ハッ! そうだ。それ! ユニットなんて初耳なんですが! そもそもユニットを組むのは推しと白樺の二人だけで毎回ゲストを入れながら芝居をしたり、ラジオ配信などしたりしていたのにまさかの四人で組むなんて!
「びっっくりしました……予想以上の報告で何がなにやら……」
「橋本さんの気持ちもわかるよ。僕も正直実感ないから」
「水泥くん、当事者なのに……」
「誘われてまだ一ヶ月も経ってないから……」
「えぇ……」
グループに入ってまだそんなに経ってなかったとは。じゃあ、前にコーヒー店で重大発表があるって言った日はほんと決まってすぐだったんだ。
「でも、今回の公演も凄く面白かったですし、これから四人で活動されるのも楽しみです」
「それで絆奈ちゃんに相談なんだけど」
「はい?」
推しの言葉に嫌な予感がする。こういうときの相談って絶対に私にとってまずいことでしかない。
「四人の初公演のときには是非スタッフとしてお手伝いをお願いしたいんだけど……」
「申し訳ありません、お断りしますっ!」
やっぱりダメなやつだーー!! なんでそんな内部のお手伝いを頼まれるの!? つい、勢いで断ったけれどこれは声を大にして断らなければ。絶っっ対に無理!!
「えっと……もちろんちゃんとスタッフとしてのお給料は支払うよ?」
「いえ、そうじゃなくて……私には荷が重いです」
「大丈夫よ、絆奈ちゃん。そんな難しいことないから気楽でやってくれればいいんだから。ね?」
うっ。雪城さんまでそんなことを……。そりゃあお願いされたら断りたくはないけど今回はどうしてもダメなんです。
「いえ、私は素人ですし、邪魔にはなりたくないので本当に出来ない相談です。私じゃなくてももっと素晴らしい人材がいますからそちらに頼ってください」
「うーん……水泥くん、お願いっ」
「えっ!? え、えーと……僕も橋本さんが近くにいてくれたら心強いなぁ……って」
雪城さんが水泥くんの背中を押して私の前に出して来たと思ったら説得要因だったのか! みんなグルなの!?
でも水泥くんを使うのは狡いなー! 長年の付き合い故に彼にお願いされたら二つ返事でいいよって言いたくなるんだもんー! うう、しかしここは心を鬼にせねば……。
「本当に頼っていただけるお気持ちは有難いんですが、私は皆さんの公演をちゃんと客席から観劇したいんです! スタッフになってしまったらそんなこと叶わないですし、何より応援する立場でありたいからお金を落としたいのに、その応援対象からお金を貰うなんて本末転倒っていうか……ファンとしてのお手伝いをさせてくださいっ!」
本っ当にお願いします! 客席から役者を見ることが出来ないって辛すぎて死にそう! 私はあくまでもファンとして支えたいし、それにこの四人の旗揚げ公演とか絶対に客として見たい! っていうか、もう私得面子でしょ? チケットの倍率ヤバそうだけど絶対に絶対に観客として席に座って観劇したいの!
「ほら、だから俺言いましたよね? この人絶対断るって。どんだけ誘っても無駄ですって」
みんなを困らせただろうか、と思ったところで白樺が私の肩に肘を乗せて鼻で笑いながらドヤ顔を決める。
「まぁ、俺は鼻から反対ですけど、本人もこう言うんだし強引に誘うの良くないですよ」
おぉ、白樺。君は向こうとグルじゃないようで何よりだ。しかし、人の肩を肘置きにしないでもらいたい。
「ていうか、これ以上関わらせたら寧山さんが俺に構ってくれなくなんだろ」
ぼそっと私に聞こえるように呟く言葉は冷や汗を流させるほどの殺気を感じた。
って、しらねやの邪魔しないので! 本命カプなので! その殺意を向けないで!!
「そう……無理を言ってごめんなさいね」
「残念だけど、もし絆奈ちゃんの気が変わったらいつでも言ってよ」
そんな気が変わることないです。推し、諦めてください。そもそもなんでスタッフに誘うんですか。ファンの推し事させてほしい。
「……白樺さん。橋本さんにべったりしすぎじゃないですか?」
「なに? よく突っかかってくんのな。羨ましいんだ?」
「どうしてそういう解釈になるんですかあなたは」
あーー!! またこの二人はなんでいつも小競り合いを起こすの!? お願いだから巻き込まないで! 君達あくまでもゲストで来てるんだから雪城さんの迷惑をかけたらダメでしょ!?
なんとか宥めさせようと必死に頭を回転させた私は自分の手にある紙袋の存在に気づいた。
「あっ、そうだ! チョコレート持って来ましたから皆さんで食べてくださいっ」
推しと雪城さんにお願いされたチョコレートの入った紙袋を近くのテーブルの上に置くとみんなの視線が一気にそちらへと向けられる。
「本当に持って来てくれたのね! 嬉しー! ありがとうね、絆奈ちゃんっ」
「はいっ。一生懸命選びました!」
紙袋から某ブランド物の高級チョコレート三十個が詰まったお洒落な箱を取り出す。えぇ、なかなかいい値段しましたとも!
それに人気のお店だからすぐ売り切れるとのことで、百貨店のバレンタイン催事にて朝早くから並んで整理券ゲットして購入したくらいの代物である。ふふふ、パークのパレード待ちにて鍛えられた私にとっては開店待ちなど容易いものだ。
「……凄く高そうなのを用意したのね」
「絆奈ちゃん、そこまで気を遣わなくても……」
まさか引かれるとはっ! だってこの面子でバレンタインチョコなんて下手な物用意出来ないでしょっ? それに私予めどんな物がいいか聞いたらなんでもいいって言うから! だからハズレのない物を選んだのに!
「でも、橋本さんが一生懸命選んでくれたって言うのならそれだけで十分嬉しいよ。ありがとう」
「俺は高ければ文句はねぇな」
さすが水泥くんだよ、優しいね。しかし、白樺。君は正直なのはいいことだけどもう少しオブラートに包んでもいいと思うんだ。
まぁ、とりあえずチョコレートも渡せたし、私の頼まれたミッションはコンプリートなのでそろそろお暇します! 思ったよりも長居をしてしまった気がするので早々に退散させてもらおう。
「それじゃあ、私はこの辺で……」
「絆奈ちゃん。せっかくだし、一緒にチョコ食べようよ」
推しーーっ!! 引き止めないで! そのまま「それじゃあね」で帰らせて!
「そうよね。絆奈ちゃんがいてくれた方が楽しいもの」
「じゃあ、僕は橋本さんにコーヒーを用意して来ますね」
「帰りたがってんだから帰らせていいじゃないですか。ま、とりあえず食っていいなら先に食いますよ」
自由ーー!! 自由がすぎるーー!! あー! 水泥くん待って! ポットからコーヒー入れてこないで! それ、出演者やスタッフ用のコーヒーでしょ! 私は余所者だから!
しかも唯一追い出してくれそうな白樺が我先にと箱を開けてチョコに夢中だっていう!
……結局、水泥くんから注いでくれたコーヒーの入った紙コップを受け取り、逃げづらくなってしまった。
四人ともチョコレートを摘んで美味しい美味しいと食べてくれてるから購入して来た私としてはとても嬉しいことではある。やはり迷ったら高い物だよね……。
「絆奈ちゃんも食べましょうよ」
「あ、はい」
雪城さんに手招きされ、自分が用意したチョコレートを改めて見てみる。どれも一つ一つ美しい形でどのチョコレートを食べようか迷ってしまう。
「これは迷うやつですね」
「じゃあ、これなんてどうかな?」
そう言って推しが指を差したのは真っ赤なハート型のチョコレート。おぉ、なかなか可愛いの選んだね。
「いいですね、可愛くて美味しそ……」
「じゃあ、はい。あーん」
「は……?」
「「!!」」
選ばれたチョコレートを取ろうとしたら推しが先に指で摘んでなぜか私の目の前に差し出される。いや、ちょっと何これ。何ごと!? 前のプリンと同じようなことされてますけど!
てか、空気読んで推し! 水泥くんと白樺が驚いてる上に白樺は私を睨んでるんですけど! 怖いっ!
それに雪城さんの前で何やってんの!? 彼女凄くニコニコした様子で見てるけど怒ってるんじゃない? ねぇ、どうなのっ? 結婚報告はまだだし、結局二人の仲は一体どうなってんの!
そしてこれはどう回避すればいいのか教えてっ! いいですねって言った手前食べなきゃいけないのか!?
推しは微笑みながら私が食べるのを待っているし、断りづらい……ハッ! そうだ、別に口で受け取らずとも手で受け取れば!
我ながらナイスアイデア! と、思った矢先、ぐいっと後ろから腕を引っ張られ、チョコから遠ざかった。そしてそのチョコを白樺が横から割り込み口で奪い取る。
「あ」
誰が言ったのかわからない。それよりもと引っ張られた先を見やれば、そこには少し焦り顔の水泥くんがいた。
「水泥くん?」
「あ、ご、ごめん、急にっ。虫が飛んでたから……」
「そうなんだね、ありがとう」
わざわざ虫から離してくれたというのか。お気遣いの出来る子である。でも、ちょっと安心した。いいタイミングで白樺も推しからのチョコを奪ってくれて。
あのままでは推しの手からチョコを食べるというとんでもない辱めを受けるところだった。
「寧山さん。そんなにチョコを食べさせたいなら俺が引き受けますけど?」
白樺~~!! もぐもぐさせながらしらねやの供給ありがとう!! ほんと! 推しのこと好きだよね!
「ゆずくん……人にあげるのを奪うくらいにチョコレートが好きだったの?」
対して推しは白樺の真意に気づかない! そういう所だよ推し! 少しは白樺の気持ちに気づいてあげて! 私の妄想とかじゃなく彼はガチでガチなんだから!
「ねぇ、絆奈ちゃん。このチョコも美味しかったけど、今度は手作りでお願いね」
「は、はいっ!? さすがに手作りはアウトじゃないですか! ダメですダメです!」
唐突に雪城さんは何を言い出すか。役者相手に手作りの飲食物は普通に禁止されているのに!
「友達同士ならよくすることでしょ?」
「それとこれとは話が別で……!」
「それなら僕も絆奈ちゃんの手作りを味わってみたいなぁ」
推しーー!! お願いだから賛同しないで! いや、待って。この流れまた水泥くんを使われる! こうなったら先手必勝!
「水泥くん助けてっ」
「えっ、ちょっ……橋本さんっ!?」
水泥くんの後ろに隠れて二人の前に突き出す。先輩方に楯突くようなことをさせてしまってるけど、さっき同じことをされたのだから許して欲しい。
「えーと……彼女はお二人の身体を気遣ってるのでそこは理解してあげてください……」
いいぞ水泥くん! ナイスフォロー!
「っつーか、何入れられるかわかったもんじゃねーし、普通にナシでしょ、手作りは。腹壊したらどうすんですか」
白樺はもう少し言葉選んでくれないかなっ? いや、私の言いたいことはそうなんだけど、そうなんだけど!
「んー。絆奈ちゃんだったらお腹壊すとわかってても食べるよ」
「ダメです!!」
役者だから! 自分の身体を大事にして!! まるで私が人体に影響与える物を作りそうな雰囲気になってしまってるけど、推しが口に出来るのような物は作れません!
強く拒否をするものの、ちょうどそのときスタッフが雪城さんに「そろそろ……」と耳打ちをしていた。
あ、雪城さん達も片付けの手伝いをしなければならないのかもしれないと思って「では、そろそろお暇します! お忙しい中失礼しました!」と逃げ出した。




