推しへ、推しの結婚相手の陽キャパワーが強いです
先日、白樺に私がしらねや絵描きの縁ということがバレてしまった。
ナマモノジャンルが本人に知られるなんて大事件だし、裁判沙汰になってもおかしくないというのに、なぜかあの人は私のファンだと言うし、妄想でもなんでもなく寧山にガチ恋しているし、しらねやを描き続けないと訴えるぞと謎の脅しまでされた。いや、描き続けるつもりだけど本人バレはさすがに辛い!
しかもあのあと、白樺は私の描いた同人誌の話を長々としてあの話が好きだの、あの台詞を言う俺すげーかっこいい! だの普通の同志ならまだしも本人に言われるほど恥ずかしいものはない。
白樺にしらねや本を手にして欲しくない……今年の夏コミ、参加しようと思ったけどちょっと躊躇ってしまうな……。もうSNSアカウント内の通販だけにするべき? いや、仕事場は白樺にバレてしまってるからイベントに出なかったら職場まで来て新刊の催促をしに来るのではないだろうか? え、地獄じゃん。借金取りじゃないか。
うう、どうしてこうなったんだ。これなら目の敵にされている方がまだマシである。
……でも、大事にならなかったのは有難いことではある。本当にもう終わりかと思ったから。
しかし白樺のことをどう対応していけばいいのかわからないし、身バレした今、活動休止したいのに本人からそれすらも止められた。生き地獄でしかない。
そんな悩みの種となりつつある白樺に頭が痛くなる日々を過ごす私は現実逃避をしようとパークへと向かった。
推しは出勤していない日なので心を落ち着かせるためにパレード鑑賞をする。
エターナルランドの冬パレである『ウンディーネ・ウェルカムウィンターパレード』を見るためにウンディーネのラスト停止ポジションの立ち見最前を陣取った。
本日は特にシフト変更がなければ雪城さんウンディーネのはず。
雪城さんは曜日固定出勤がほとんどで、シフト変更がない限り曜日が決まっているのだ。……って、思って数日前もインパしたら雪城さんじゃなかったので本日はリベンジでもある。
雪城さんウンディーネを見て元気と安らぎを貰いたい……推しを見たら必然的に白樺を思い出してのたうち回りそうだし。
無心でパレード開始を待つと聞き慣れた音楽が流れ始めた。これまでウェルカムパレードは一年通して行っているが曲は四季ごとにそれぞれアレンジを加えている。
ウンディーネ・ウェルカムウィンターパレード、略してウェルウィンは静かで人肌が恋しくなるような冬らしさを感じるようにアレンジされていた。
しかし、先頭フロートが来るのはもう少し先になるため、音楽を聞きながらそのときを静かに待つ。
『皆様、ようこそエターナルランドへ。冷たい風吹く季節にお集まりいただき感謝致します。私からの少しばかりのおもてなしをどうぞお受け取りください』
しばらくして雪城さんウンディーネを乗せたフロートがこちらへ近づいて来た。急いでスマホで写真を撮る準備に入る。
彼女の自慢の歌声が観客へと届き、さらにフロートからは雪を降らせていた。幻想的な光景だけでなく、聞き惚れてしまうほどの美しい歌声にみんなうっとりとしていた。
フロート周りには水の妖精達が雪城さんウンディーネに続き、聖歌隊のような歌声を披露する。
ウンディーネは水のような流れる長髪と髪色だけで目を奪われるが、彼女の衣装は毎回気合いが入っているのではないかというほど気品があって身体のラインがよくわかる美しいドレスを着ている。
今回は冬なのでファーつきのケープを纏い、水の精霊ウンディーネの名に相応しい壮美な振る舞いを見せた。美しすぎて眩しい。
しかし、雪城さんって確か今年で三十二になるんだっけ。この美が四十になっても保つんだからきっと彼女の体内年齢はもう止まってしまってるのではないだろうか?
……いや、彼女の努力なんだろうなぁ。弛まぬ努力をしているに違いない。一般人の私が想像するよりも肌管理や体型管理を徹底してるんだと思う。
こんな凄い人と結婚出来る推し凄くない? 結婚する日が大幅にズレてしまってるからそろそろ捕まえないと雪城さんどっか行っちゃうよ!
そうしているうちにフロートが最後の停止ポイントへと停車した。雪城さんウンディーネは落ち着いた動きで静かに下車をすると、優しい微笑みを見せて頭を下げる。
再び、雪城さんウンディーネによる歌が披露された。水の妖精達も歌に合わせるように踊りを始める。まるでミュージカルのようだ。
そんな雪城さんウンディーネの見せ場が終わると、ゲスト達はみんな賞賛の拍手を送る。私もスマホで撮影しながら周りと同様の拍手をした。
『それでは少しばかり皆様とお話をさせていただきます』
ここからは雪城さんウンディーネによるハイタッチ会とも呼ばれるフリータイムである。雪城さんウンディーネは水泥くんと同じで多数の人と触れ合うタイプだ。
キャラクター性により水泥くんサラマンダーよりかはゆっくりではあるが、それでも雪城さんは子どもが好きなので子どものいる所は積極的に長めに時間を使い、そして臨機応変に対応していた。
そんな彼女がいよいよ私へと目を合わせたのでハイタッチの準備をしようと手を挙げてスタンバイ。すると雪城さんウンディーネはにっこりと微笑むのであまりの美しさにドキッとしてしまう。
『こんにちは、あなたにお会い出来て嬉しいです。寒い中お待ちいただきありがとうございます』
「い、いえ、こちらこそありがとうございます」
あまりの神々しさにただの人間は言葉を失ってしまう。こんな美人さんを前にしたら誰でもそうなるよっ?
あわあわしていたら雪城さんウンディーネが私の手をそっと合わせてくれた。え? これ、ハイタッチとは違くない……? って、指も爪までも綺麗すぎる! 本当に同じ人類なのかこの人はっ! いや、今は精霊でしたね、愚かな人間と一緒にしてはいけなかった。
『このように冷えてしまって……私に何か出来ることはありませんか?』
うーーわーー!! キラキラしてるーー!! 眩しい! 雪城さんウンディーネ様眩しい!!
「お声をかけていただけただけで十分です……!」
『ありがとうございます。そのように仰ってくださって』
ふふ、と笑みをこぼす雪城さんウンディーネは「それでは」と残し、私の前にいる座り見最前列の女性へと対応するためしゃがみ込んだ。
……ふぅ。さすが雪城さんだ。あの美貌は男女共にクラクラさせる魅力がある。これは推しが落ちるのも頷ける。
と、雪城さんウンディーネを見ていいリフレッシュになったと思って安心したら、三精霊フロートにて白樺サラマンダーがいたのでせっかく忘れようとしていたのに再び現実に戻された気がして思わず唇を噛み締めた。
「は~~……」
ベンチに座ってくたびれた盛大な溜め息。雪城さんウンディーネのあまりの美しさに目が眩みそうになって感動したばかりなのに、最後の最後で白樺サラマンダーを見てなんとも言えない気持ちになってしまった。
白樺、お願いだから君の見た同人誌と私の記憶全部消してほしい。出来ることならロードしてやり直したい。どこまで遡って間違いを正したらいいのかわからないけど。
そんな休息を取る私はしばらくしてからスマホを取り出す。やはり現代のオタクによる現実逃避は大体スマホに詰まっているのだ。
しかし、メッセージアプリから通知が届く。なんだかこの展開前にあったような気がするなぁと既視感を抱きながらその通知に表示されている名前を見ると……雪城さんからだった。
『絆奈ちゃん! 今日は見に来てくれてありがとー! まだパークにはいる? もし、最終公演が終わるまでいるなら一緒にカフェとかでお話しない?』
以前推しからもらったメッセージとよく似た内容のメッセージだ! なぜ揃いも揃ってあの夫婦(になる予定の)二人はただの一般人に構うのか! しかもそういうときに限って夜の仕事がないという!
んーー。どうするべきか。普通に考えて一般人と女優さんが会うのって……いや、女性同士だから問題ないのでは? こうやってお誘いしてくれるってことは雪城さんにとっての私は友達みたいなものだと思ってもいいわけだし。
これが異性だったら悩むんだよ。一般人のくせに推しと一緒にいるなんて! と某掲示板で叩かれる恐れしかないのだから。
いや、でも厄介な追いがいたら同性同士だろうと関係ないのかな。……えぇ、悩む。アクター追いって結構観察してるからね……。
でも雪城さんとカフェには行きたい。彼女の人柄とか凄い好きだし、推しとの進展とかも詳しく聞きたいし。
むむむ……よし、決めた。行こう。推しの誘いに比べたら行きやすさはあるし!
こうして悩みに悩んだ私は仕事終わりの雪城さんと落ち合うことになった。
場所はパーク近くのショッピングモール。アクターもよく利用するし、パーク帰りのファンもよく利用する施設ナンバーワンなので、彼女のファンにはめちゃくちゃ警戒しなければならないんだけど、ここ以外のカフェってなるとぶっちゃけ遠かったりするから仕事終わりの雪城さんに足を運んでもらうのは申し訳ない。
なので先に店に入ってあとから合流するスタイルを採用しました! これなら一緒にお店に入るよりかは目立たないはず!
今回、雪城さんと待ち合わせしたのはコーヒー専門のカフェ。
雪城さんが指定してくれた場所で店内はシックな雰囲気。照明も少し暗めな感じで隠れ家的なイメージなのか、静かで騒々しさがない。
先にブレンドコーヒーを注文して、雪城さんが来るのを待つ。
十分ちょいくらいだろうか、雪城さんは相も変わらずお洒落な私服でやって来た。やばい。ライダースジャケットを着こなしててめちゃくちゃかっこいい。
「ごめんね、絆奈ちゃん。お待たせ~」
「雪城さん、お疲れ様です」
テーブル席の向かい側に座った彼女はとても機嫌が良さそうであった。すぐにメニューを見てブルーマウンテンを注文する。
「絆奈ちゃんが来てるなんて思ってなかったから驚いちゃった」
「そうですか? 私は今日のウンディーネが雪城さんだといいなぁって思って見に来てたんです」
「えー? そんなの聞いてくれたら出勤日教えるのに。水臭いじゃない」
「いや、さすがにアクトレスさんのシフトを聞くのは……」
「だってすれ違ったら嫌じゃない。私も絆奈ちゃんに会えないのは困るわ」
「でも、そういうのは会社との契約で守秘義務にあたるじゃないですか」
推しといい、なぜこうも簡単にシフト漏洩するのか。そういうのはちゃんと秘密にしなきゃファンがいつの間にかシフト漏洩してる! ってアングラな匿名掲示板で騒いじゃうんだよ!
しかしそんな私の訴えも虚しく、雪城さんはぽかんと呆気に取られたあと、軽く吹き出すように笑った。
「あははっ! ほんっとにそういう所真面目よね。まぁ、確かにね、守秘義務ってあるわよ。色々と。でも、シフトに関してはファンに言い触らしたりしてるわけじゃないもの。家族や友達、信用出来る僅かな人にしか伝えないわよ。じゃなきゃ大切な人に大事な表舞台を見せられないじゃない」
家族や友達ならね、そりゃあ目を瞑るかもしれないけど! でも、私を同等に扱うのは違うと思うんだけど……!
「ふふっ、納得してないって顔ね。これは寧山さんもかなり苦労してるのがわかるわ」
なぜそこで推しの名前が出るのか。
「絆奈ちゃんは少し過敏すぎるわよ。私も寧山さんも絆奈ちゃんに出勤日を伝えたいって思うのはファン以前に大切な友人でもあるし、それだけ信用してるからよ。あなたはもう少しこちらに歩み寄ったっていいんだから」
推しが私にシフト漏洩してること知ってるのね……。うぅ、凄くいいこと言ってくれてるんだろうけど、私という奴は『二人の仲は良好なようで良かった』と安心しているのでなんだか雪城さんに申し訳ない。
「あの、雪城さん。例えお二人が私を信用してくれていても周りや他のファンの人は快く思わないんですよ。それこそ匿名掲示板とかで差別だとかガチ恋だとか言われてしまったらお二人の迷惑になるし、印象だって悪くなっちゃいます。そこはわかってほしいです」
こっちも変な人に目をつけられたくないし、推しやその周りの人の印象が悪くなることは絶対に避けたい。その思いを伝えたのにまたも雪城さんは堪えるように笑い始める。なんで!?
「くくっ、絆奈ちゃんは純粋なのね」
いや、不純の中の不純ですけど!?
「絆奈ちゃんの言う匿名掲示板ってやつ? あんな小さな世界の書き込みなんて気にしてたらキリないわよ。それに私なんて色々言われてるんだから今さら何を書かれたって痛くも痒くもないわ」
「え、いや、でもっ」
「もし、仮に絆奈ちゃんのことと思われる誹謗中傷が書かれたら私も寧山さんも怒るし守るわよ。だって大事な友人を悪く言われるんだもの」
さすがに推しはそんなことでは怒らないだろうけど……雪城さんなら本当にやりかねない気がする。なんてったって彼女は言いたいことははっきり言うし、面倒見のいい姉御タイプなのだから。
しかし、さすが雪城さんである。なんという陽キャパワー。どこまでも眩しい人だ。
「絆奈ちゃんはそんなもの気にしなくていいし、見なくていいの。私も寧山さんも色んな人から全部肯定されて生きてるわけじゃないんだから。それに絆奈ちゃん以外の一般の友人なんて沢山いるわよ? 学生時代の友人とかイベントのスタッフとか。その子達ともご飯だって行くんだし。だからね、そんなに身構えないで。何も悪いことしてるわけじゃないんだし、カフェに入るのもこうやって落ち合うんじゃなくて一緒に入りましょう」
「は、はい」
雪城さんの圧倒的な陽パワーについ頷いてしまった。しかもこれまでの私の話により、彼女は私が気を遣ってカフェ内で合流したことに気づいたらしい。
……しかし、雪城さんはああいうけど、ネットは怖いのです。気に入らなかったらその相手を炙り出すし、下手すれば身バレする恐れもある。
いくら彼女達が気にしないとは言っても私が身バレしないか気が気ではないのだ! それこそ裏垢がバレてさらに推しに同人活動までバラされてしまったら死ぬしかない。白樺に知られた以上にヤバいことになる!
雪城さんには申し訳ないんだけど、完全に無視をするわけにはいかないのだ。そりゃあ、私が何もやましいことをしていないただの一般人だったらここまで思い悩まなかったよ……。
「ほんとっ? 嬉しいわ。やっぱり友人に気を遣われ過ぎるのは嫌だもの」
「むしろ雪城さんに気を遣われてる気が……」
「あら、私は結構ワガママよ? 絆奈ちゃんをこうやってお誘いして縛ってるんだもの」
「縛られてるつもりはないですよ。私も雪城さんとカフェに行きたいと思ったから来たんです」
「ありがと。それ、寧山さんにも言ってあげてね」
なぜ推しに? ……てか、めちゃくちゃ推しの名前出すね!? これはもうお付き合いは確実では? 結婚まで秒読みなのでは!?
「……そろそろかしら」
スマホの時間を確認したと思われる雪城さんを見て、もしかして用事があるのではと察した。
「雪城さん、もしかしてこのあと何か用事があります? そうでしたら気にせず行って来てくださいね」
「あぁ、違うのよ。そろそろ到着する頃かなって思って」
「到着……って?」
なんだか嫌な予感がした。いや、宅配物かもしれない。でも、雪城さんが意味深にニコニコするものだからまるで私の関係ある何かが到着するような気がしたそのとき、テーブルの横に人の気配がした。
「雪城さん、絆奈ちゃん、お待たせ」
なんと、なんと! 推しが! 召喚されたのだった!!




