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推しへ、社会的に死にます

 今年の年末は冬コミで初サークル参加してきました。えぇ、もちろんしらねやサークルで。既刊二冊、新刊二冊のしらねや本を頒布し、フォロワーさんに来てもらったり、フォロワーさんに会いに行ったり、満月さんこと深月ちゃんに会いに行ったりした。

 深月ちゃんのSNSのコスプレアカウントはすでに前世のように人気のレイヤーさんになりつつあり、フォロワー数も増えていってる。

 ニーナは連載を持って単行本まで出してるんだよ。もちろん発売日に買いましたとも。

 年下後輩×年上先輩で、恋愛対象が異性の先輩に恋をする後輩の百合本なんだけど先輩鈍感すぎでは? 後輩の想いに気づいてあげなよ! という感想をニーナに伝えたら『……ほんま、なんで気づかんねんやろうな?』と不思議そうに返された。ニーナが描いてるのに!?

 ……しかし、私の友人達は本当に遠い存在になってしまった。今まだ身近な存在と言えば和菓子職人見習いの芥田くんぐらいじゃないか? 見習いがなくなったときには晴れて遠い存在になってしまうけど。


 年明けてしばらく忙しい日々を過ごし、落ち着いてきた頃に冬コミ新刊の通販を始めた。


(えにし)さん! 今回も通販していただきありがとうございました! 新刊二冊とも新たなお宝に加わりました!』


 一週間もしない内に、恐らく届いたその日に読んでくれた上に感想まで送ってくれたシロザクラさん。相変わらず長文感想をいただけて心の中で合掌する。

 しらねやを描ける今が楽しくて楽しくて仕方ないし、同士さんと話が出来るのも幸せ。

 しらねやが出会って創作出来るまで本当に長かったなぁ……。このままずっと今の状態を楽しめるようにしなければ。


 ……と、思っていた矢先のことだった。






「オイ、お前に話がある」

「えっ、は? ええっ!?」


 何が起こったのかと言うと、白樺 譲に声をかけられた。本当に突然のこと。

 だって私は朝のパン屋でひと仕事を終えて、今から推しがいるパークへと向かうつもりだった。そのために駅構内のバックヤードへ着替えしに行こうとして店を出た所で白樺に呼び止められたわけだ。もしかして出待ちなの? 対象がおかしいでしょ? 怖っ。


「え、その、話? ですか?」

「今仕事終わりだろ。話をさせろ」


 え、え、何この状況。無表情で感情が読めないし、言葉からして嫌な予感しかない。怖い。しかも私を嫌っているであろう白樺から声をかけて来たのだから。


「……着替えてからでもいいですか?」

「ここで待ってるから早くしろ」


 なんでこんなに偉そうなの? 推しの旦那じゃなかったらその喧嘩買ってたからね?

 ……うう、それにしても気が進まない。逃げたい。でも逃げたらそれこそどうなるかわかったもんじゃない。胸ぐら掴んで来るのでは? さすがに私も推しの旦那に手を上げたくないし、頭突きをかましたくないのでやめてほしい。

 とにかく白樺を待たせないように素早く着替えて、再び彼の前に戻ると近くのカフェへ連行された。やばい、さらに逃げることが許されない気がしてきた。


「好きな物注文していいぞ」

「あ……はい」


 ボックス席に案内され、白樺と向かい合うように座る。そして相手から注文していいという許可が出たのでホットコーヒーを注文させてもらった。白樺も同じ物を注文する。

 ……それから特に何も話さない。ただ、頬杖をついてその手とは反対の人差し指でテーブルをトントンと叩いているだけ。早く本題に入ってくれ。


「……あの、話というのは?」

「単刀直入に聞く。縁という名前に心当たりがあるだろ」

「は……!?」


 待って。待って待って待って!! なんでその名を!? 私のSNSの裏垢ネームですけど!? どうして白樺の口からその名前が出てくるの!? いやいや、落ち着け。落ち着こう。縁くらいならまだギリ赤の他人である可能性が高い。そう、ギリギリではあるが。


「い、いや……存じませんが」

「……『それが僕の堕ちた道』『出会いは必然であり偶然である』」

「!!」


 静かに呟く白樺の口から出た言葉に肩が大きく跳ねる。

 な、なぜそれを……。なぜ、しらねやの新刊タイトルを口にした!? まさか、まさかバレてる? 私が作者だとバレてるやつ!?

 嘘でしょ……私は裏垢でひっそりと絶対に本人に知られないように徹底してたよ……?

 ま、まさか冬コミサークル参加のせい!? アンチが紛れて私の本を手に入れ、本人にリークしたとかっ? ご丁寧に隠し撮りまでされて白樺に知らせたの?

 え、ヤバいのでは? 推しにもその情報いってる可能性もあるってことでは?


「さっさと認めた方がお前のためなんだけど?」


 あ、これ死んだわ。完全にバレてるし、わかってて聞いてるやつだ。あぁ、やばい。これほどまでにまずい状況は未だかつてないだろう。顔は青ざめて胃がキュッとなる。

 前の人生では事故死だったのに今回は社会的死を迎えてしまうのか。

 そりゃそうか、自分達の人格を歪められ好き勝手に同性と恋愛させる物があるなんて知ったら気分が悪いだろう。だから必死に隠してたのにまさか本人にバレるなんて思わなかった。私は甘かったのかもしれない。

 訴えられるだろうか。元々危ない橋に渡っていたけど、心のどこかで大丈夫だろうという変な自信もあった。その慢心がこの状況を生んだのかもしれない。

 あぁ、お父さんお母さんごめんなさい。親不孝な娘のせいで家族にまで迷惑をかけてしまう。

 いっそのこと死んでしまいたい。またトラックに轢かれたら赤ちゃんまで戻ったりしないだろうか。……いや、もうあんな痛い思いはしたくない。

 せっかくの二度目の人生だっていうのにこんな人生の終わりは残念でしかないし、また推しを最後まで応援出来ないのか。有罪の判決を待つ犯罪者の気持ちになってくる。

 死なないだけマシなのかもしれないけど死ぬよりしんどい、これは。

 推しに知られたら蔑んだ目で「気持ち悪い、死んで」って言われるかもしれない。その顔見てみたいけど、言われてしまったらそのときは潔く自害します。

 ちょうど注文していたコーヒーも運ばれて、手をつけることなく意を決した私は震える唇で白状した。


「……私が、縁です。不快な思いをさせて申し訳ございませんっ」


 頭を下げて今の内に罪を認める。しらばっくれても仕方ないし、正直に言えば温情くらいはかけてくれるだろう。……いや、かけてくれないか? あの白樺だしな……。大人しくお縄につくしかないか……思えば楽しい人生だったな。

 死に戻ったとはいえ充実したし、両親にも友人達にも恵まれたし、推しをデビューから応援することも出来たから、きっと幸せを使い切ったんだろう。これから刑務所暮らしか……辛い。


「やっぱりお前が縁だったか。言いたいことがあるんだけど」

「はい……なんなりと。なんでも聞きます」

「……」


 少しばかりの沈黙。ごくりと息を呑む音が聞こえた。聞こえた……? いや、私ではない。では誰か? 目の前の男しかいない。だが、なぜ息を呑むのか?

 恐る恐ると顔を上げて白樺の顔を見てみれば、どこか緊張してそわそわしている。……なんで?


「俺、縁さんのファンなんだよ」

「は……? はああああっ!?」


 い、今なんて!? 幻聴か!? 幻聴なのかこれは!?


「あ、あの……聞き間違いかもしれないのでもう一度言ってもらってもいいですか?」

「縁さんのしらねや作品のファンだって言ってんだよ」


 待って。もっと詳しく言われたんだけど!? え? 何これ。夢なの? 私、夢を見ているの? なんで白樺に創作活動がバレてる上にファンだって言われてるの!? 


「な、なぜ……?」

「解釈が一致してんだよ。お前の描く俺と寧山さんの言動とか」

「いや、あの、勝手に白樺さんをお借りして創作した上に……その、同性愛者と思われるような話を描いたから、不快になって訴えるとか注意喚起とかの話では……?」

「誰が神を訴えるっつーんだよ」


 神……だと!? 私がっ!? いや、しらねや創作者としてはしらねやの神と言われるのは嬉しくないわけじゃないが、本人に言われるのキツくない!?


「それに俺はガチで寧山さん狙ってるから間違いじゃねーし。まぁ、男も女もいける口ではあるけどな」

「は……えっ!?」


 いやいや、今さらっととんでもないこと言ってきたよね!?

 そりゃあ、白樺は推しのこと好きなんだろうなとは知っていた。知っていたけど、それは腐女子フィルターをかけて見たからであって、現実では白樺は寧山に恋愛感情なんてあるわけないとちゃんと理解していたのに……していたのに、まさかガチでそうだとは思わないでしょ!

 いや、美味しいよ。とても美味しい展開ではあるよ! ガチで白樺が推しに想いを寄せてるんだからこれはもう推しカプが公式ってことでは……?


「で、でも認めた方が私のためだって言ってたのは……?」

「お前が認めなきゃ直接感想も聞けなくなるんだからお前のためだろ」

「……なん、と……」

「いやーマジで今回の新刊もヤバかった! どうしても直接言いたくて仕方なかったんだよ。『出会いは必然であり偶然である』の出会いの話なんてまるで見て来たんじゃねーのかっつーほど、縁さんの描いた通りだったんだよな」


 まぁ、確かに見てたので。白樺が初めて推しの舞台を見て初めて面会する所までばっちりと。

 ……っていうか、白樺に縁さんって呼ばれるのめちゃくちゃ違和感しかないんですけどっ!?


「俺や寧山さんの心情もマジ本人かよって思ったし、描く絵もすげー好きだし、俺なんて表舞台に出てまだそんなに経ってねーのによくあそこまで俺のこと理解してるよなって思ったしな。神じゃん?」

「……えーと、あ、ありがとうございます……?」


 まだ頭が混乱する。だってこの人私を嫌ってなかった? すっごく敵対してなかった!? いや、待って。そもそもどうやって白樺は私の同人誌を手に入れたというのか。

 冬コミで奴が直接購入しに来た記憶なんて当たり前だがないし、そもそも白樺がいたら他のサークルが大騒ぎだし、軽い事件でしょ?

 それじゃあ、やっぱりアンチによるリークで白樺に直接本を送ったってこと!? アンチ酷くないっ!? それでたまたま白樺が私の描くしらねやにハマってくれたってことなのっ?

 あと他に考えられる理由と言えば……これだけは避けたいことだけど、白樺の身内が購入したケースだ。面白半分で購入して白樺の手に渡ったとしたら白樺家族にも知られてる可能性もなくはない! だからといってアンチに送られたっていうのも嫌だけど……!


「……あの、ちなみにどういう経緯で私の描いた本を手にしたんですか?」

「……プライベートなこと聞いてくるんじゃねーよ」


 怖いよっ! なんなの白樺! だって本人に同人誌が行ってるわけなんだよ!? ルートくらい知りたいでしょ!!


「いや、でも、やっぱり私からするとモデルにした本人に見られてしまうっていうのはこっちの界隈ではかなり危ないものでして……。もし、白樺さんのファンから送られてきたってなると寧山さんにも同じようなことが起こってる可能性も高いから私も活動を考えなくてはいけないので……」

「それは心配すんな。ちゃんと真っ当な手段で手に入れてる」

「その真っ当な手段っていうのは……」

「いいから、お前は活動休止なんかすんじゃねーぞ。縁さんのしらねやが生きる糧なんだからな。もし撤退とかしやがったらそのときは訴えんぞ」

「なんで活動休止したら訴えるのっ!?」


 普通は逆でしょ!? 活動休止しないのなら訴えるぞ、でしょ! ていうか、めちゃくちゃ凄んでくる! その脅しが一番怖いんだけど! 永久的に活動しろってことでしょ!? いや、するけど!


「それだけ俺は縁さんのしらねやが好きすぎて辛いってことだよ。察しろ」

「無理くないですかっ!? いや、本当は何かの冗談とかドッキリだとかしません?」

「は? 俺が縁さんのファンだっていうのが信じられねぇって?」


 ギロッと睨んでくる白樺がとても威圧的で身が縮こまりそうである。でも、そうだそうだと言うように私は何度も頷いた。

 だって……無理があるじゃん。私の作品が好きって言う人の一人がモデルにした本人とかなんの拷問なの……? 神よ、私が何をしたって言うのか。


「……まぁ、信じらんねーのもわかるけどよ。俺は平気で嘘をつくけど、これだけは嘘じゃねぇ。初めて縁さんのしらねやを見てからずっとこの人の作品を見たいって思ったし、応援したいとも思った」


 あの白樺が少しばかり頬を緩ませ言葉にする。作者としてはとても嬉しい言葉だ。

 確かに本についての話をした白樺はいつもと違った一面だったし、どことなく活き活きしていた気もする。本当に本当のファンだというのか? 


「それに顔を合わせて感想も言いたかった。そりゃあ、俺も直接言うのは正直まずいかと思ったし、そっちのモチベに関わるかもって思ったけど、近くにそんなやべー神がいるならお近づきになりたかったんだよ。あわよくばリクエスト描いてもらおうって」

「後半凄く正直すぎて白樺さんらしいですね……」


 白樺からリクエストとか言われたら絶対私に拒否権ないやつでしょ……。


「出来れば既刊作の『表舞台と裏舞台』の続編が見たいから描いてほしい。だってあの話、絶対続きがあるはずなんだよ。あんな互いに意識しだした所で終わるには勿体ねーし。っつーか、現実では俺はそこまでどうこう出来ねーんだからもっと夢見させてくれよ!」

「……」


 私は白樺専属の夢漫画作家か。……しかし、既刊本まで見られてたのね。ガチで全部目を通したっていうのかこの人は。


「……まぁ、あの作品は私も続きを考えてたところですのでその内描くつもりです」

「マジか! すげー楽しみにしてるから絶っっ対に出せよ! よし、今日は俺の奢りだからなんかもっと注文していいぜ!」

「えっ!?」

「いいもの見させてもらってるからな。神作家にお礼だ、拒否すんなよ」

「えぇ……あ、ありがとうございます……」


 なんだかめちゃくちゃ白樺の機嫌が良くなった。いまだにどう対応していいかわからない私は白樺に「パフェ食うか?」とか「ケーキでもいいぞ」と薦められるがまま、私の返事もなしにパフェとケーキ、プリンまで注文されてしまった。

 ……そういえば結局白樺はなぜ私が縁と知ったのかわからないままだ。探偵でも雇ったのか……? 怖い。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 白樺氏の突撃。 初詣あたりで、うっすら「じゃないかなー」と思って、今世ではリアルでも仲良く萌えトークできればいいね! とか無責任にも思ってたんですが。 一応知り合いといえなくもないとはい…
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