推しへ、ハイタッチありがとうございます
先日、水泥くんに凄い口説き文句のような言葉を頂いてしまった。
『……いつか、僕が橋本さんを素敵なシンデレラにしてあげるよ』
どこでそんな言葉を覚えてきたのだろう。精神的な年甲斐もなくドキドキしてしまったよ。乙女ゲームで言えばスチル付きイベント並みの破壊力。水泥くん格好いいから余計に様になるんだよなぁ。
……それにしてもシンデレラにしてくれるのか。水泥くんが、私を。
ふと、その日に水泥くんからサンダルを履かせてもらったことを思い出した。王子様ルックという妄想つきで。うんうん、やはりいい絵になる……って、いやいやいや、私は何考えてるんだか!
一人でノリツッコミするが、もう一人の私が囁く。
いや、でも、シンデレラにしてくれるって言うから水泥くんが王子様ってことでしょ! そう考えても仕方なくない!
うん、確かにそうだ。でも、あえてこれを言おう。異議あり! よく考えてみて。水泥くんは推しに想いを寄せているんだから私の王子様になるわけではない。そもそも、彼は王子になるなんて一言も言っていない!
つまり! 水泥くんは魔法使いのおばあさんポジションになって私の恋人斡旋をする宣言をしたんだ! 結局辿り着く答えはそれなのね! ごめんね、水泥くん。もうすぐで私に気があるのかって勘違いする所だったよ。
どんな魔法を使ってシンデレラにしてくれるかわからないけど、無理に恋人斡旋しなくてもいいからね! これにて閉廷!
危うく思い違いをしてしまいそうだった夏から秋へと移り変わり、いよいよ明日から『ノーム・ウェルカムオータムパレード』が始まる。
前日だけどすでに翌日のパレードを楽しみにしながら朝の仕事場であるパン屋で精を出していた。
駅構内のカフェ併設であるお店は朝から大忙しで、主にレジを担当する私も出来るだけ早く客を待たせないように、それでいて丁寧に接客とレジ打ちをしていく。
朝のピークを過ぎた頃、ようやく一息つけそうだと思ったところでまた一人、商品であるパンを乗せたトレーをレジに通そうとするお客さんがやって来た。
商品は野菜チップスが乗った野菜チップスパンにチーズが詰められたチーズパン。
「いらっしゃいませー。お持ち帰りですか?」
「あぁ」
営業スマイルで接客をするが、相手の声に聞き覚えがあったため、ん? と思いながらしっかりと客の顔に目を向けてみれば、思わず息が止まってしまった。
右唇下のホクロ、いつでも意中の人しか見ない生意気な目つきにピアス。そして帽子で隠れてしまっているが、ふわふわした茶髪の客は紛れもなく白樺 譲であった!
いやいやいや! なんでここに!? いや、パンを買いに来たんだろうけど、何もここじゃなくてもよくない!?
向こうは私に気づいてるのだろうか……。最後にちゃんと互いに会話したのは初詣のときだけど、春に行われたウェルスプでも顔は合わせてるんだよね……。
相手は何も言ってこない所を見ると他人に興味がないから気づいていないのか、気づいてはいるけどあえて会話をしないのか、どちらにせよ何も話さないのならこちらとしても有難い。白樺を単体で相手したくないし。
手早く商品を袋に入れて金銭の受け渡しをし、あくまで一般客と同じように接する。
「お待たせしました」
「……」
白樺は商品を受け取ると黙ったまま私を一瞥し、袋を手にして退店した。
……なんだ、あの何か言いたそうな目は。そんな相手の様子に引き攣らせた笑みとはいえ「ありがとうございました」と口に出来た私は褒められるべき。
相変わらず何を考えているのかさっぱりわからない。
翌日、ノーム・ウェルカムオータムパレード、略してウェルオタの良ポジゲットのために朝からパーク出勤をする。狙うのは一回のノーム停止ポジションに入る立ち見最前列。
立ち見最前列の前には座り見最前列もあるのだけど、個人的には立ち見の方がお気に入り。やはり立っているとアクターやダンサーなどと同じ目線で動画に残せるのでとてもいい。
まぁ、今回はハイタッチのしやすさのために立ち見に来たんだけども。
もちろん、座り見最前も良い所だってある。自分の目の前にはゲストがいないので動画や写真を撮る際に阻むものがないため、気にせず撮影が出来るからパレード初日などによく場所を取ったりしている。
そうしているうちにパレード開始の音楽が流れ始めた。
少しずつ推しの乗ったフロートがこちらに近づいて来る。フロート上のノームは落ち着いた様子で観客ゲストにゆっくり手を振っていた。
フロート周りには地の妖精達が収穫祭を祝うように野菜を持って陽気なダンスを披露してくれる。
『ようこそ、エターナルランドへ。喋るのはあまり得意ではないのだが、存分に楽しんでもらえるように努めさせてもらおう』
シフトを知っていたとはいえ推しだーーっ!! 今日も推しのノームが存在してる……! 尊い……国宝もの……衣装も格好いい……。
落ち葉を纏ったフードつきマントは枯葉が主だが、所々紅葉やイチョウの葉が混じっている。蔦と枯葉のペンダントを身につけ、その手には宝石が装飾されて蔦が纏う大きなハンマーがあった。
『素敵なゲストの方ばかりだ。来てくれてありがとう』
フッと小さく唇の端を上げて微笑む推しノームは絵画にしたいほどいい顔をしていた。
スマホでは限界があるため綺麗に残せないのが辛い。これも生ならではの楽しみ方ではあるけど、その度にカメラを買うべきか悩んでしまう。
そもそも推しの顔の良さをスマホに残すこと自体がもう愚かなのでは……? うう、でもカメラ触らせてもらったことあるけど、下手くそすぎて駄目だったんだよね……辛い。
いや、でもスマホの画素数も凄くなってくるから無理にカメラを持つのはやめよう。……本音を言えば一眼レフとか高いから、だけど。
あ、フロートが停まった。ハンマーを持ったまま推しノームが下車し始める。
『サラマンダーの奴にここで見せ場を作れと言われてしまったんだが、私がみんなに披露するものはそんなにないんだ。とはいえ何もしないのは申し訳ないので少しだけ舞わせてくれ』
ここでサラマンダーの名前を出すんだからサラノムの火がつくんだよねーー!! しらねやのサラノムで変換して楽しみます。推しありがとうございます。
そして言葉通り、推しノームは大槌を振り上げて静かな舞を始めた。
サラマンダーの武舞が動ならノームは静だろう。大槌を両手で頭の上に持っていってはゆっくりと振り回し、片手に持ち替えてはそよ風のように舞う。
ダンスは苦手な推しなのに舞う姿はあまりにも麗しく美しい。舞う美術品である。ずっと見ていたい推しノームの舞は優雅なターンで締められた。
最後は胸に手を当ててお辞儀をし、ここから交流会という名のフリータイムである。
推しノームは水泥くんサラマンダーとは逆で一人一人時間をかけて触れ合うタイプ。まぁ、これは中の人の性格とノームのキャラクター性もあって自然とそうなるのだけど。
ハイタッチしてもらえるし、一言二言会話出来るからファンとしては濃厚な時間になるんだよね。
推しノーム、私の所にも来てくれたらいいなぁ……って、今までの経験からしてむしろ来ないわけがないという謎の自信が少なからずあるんだよね……。
ファン第一号としてのボーナスなのかはわからないけど、無理してファンサしなくてもいいんだけどな。
私そんなにファンサ欲しいアピールしてないつもりなんだけど、気を遣わせてたりしたらどうしよう。
推しを幸せに出来る良きファンでありたいはずなのにこれじゃあ重荷になってしまう!
ちゃんと私のことは無理に構わなくても大丈夫ですって言わなければ……いや、推しのことだから『無理してないよ』とにこにこしながら答えてきそう……頼むから気を遣わないでいいんだよ推しっ!
『君の持ってるケートのぬいぐるみに着せている服は……もしかして私なのか?』
ハッと気づけばいつの間にか私のすぐ目の前にしゃがみこんでいる推しがいた。座り見最前列の子に向けて声をかけている。
前に座る子はその隣の友達と一緒に来ていたようで、ケット・シーのケートのぬいぐるみを持参して来た様子。しかもノームのコスチュームを着せているらしい。
マスコットキャラクターのぬいぐるみは着せ替えする洋服も売っていたりするし、精霊なりきりコスチュームも絶賛販売中である。
でも、中には手作りでぬいぐるみに着せる人も少なくはない。それこそパレードのみの衣装などは商品化されていないから製作してまで欲しい人はいる。
私の前にいる人はそんなお手製のパレード衣装を作った人なのだろう。
「は、はいっ! 自分で縫いました」
『凄いな。自分で新しい物を生み出せるのは賞賛に値する。また新作が出来たら見せてくれ』
「はいっ、ありがとうございます!」
前に座るお姉さん凄く嬉しそうだ。見ていてこっちもにこにこしちゃう。ノーム衣装を自作したってことはノーム推しの人なのかな? ノーム推しの人がノームとお話出来てとても微笑ましい。
最後にハイタッチを交わし、推しノームがゆっくり立ち上がると、自然と次は私の番となり視線が交わる。
その瞬間、推しノームはにっこりと笑みを浮かべた。……え、ちょっと待って。推し、中身が出てる! 素が出ちゃってるよ!? ノームはそんな笑顔しないよ! もうちょっと感情を抑えて!
『来てくれてありがとう。楽しんでくれてるだろうか?』
「あ、はい。とても!」
あ、良かった。役に戻った。控えめな笑みに抑えてる。あのままじゃキャラ崩壊になってしまうからね。
『それならば今度にでも私のお気に入りの場所へとエスコートをさせてくれ』
「え、と……お願いします」
『ありがとう。では、手を』
「はい」
ハイタッチだ。手を上げて準備をすると推しノームからのぺちんっと軽いハイタッチをいただき、彼はお隣さんへと移動した。
しばらくしてフリータイムは終わり、推しノームはお礼とお辞儀をしてフロートへと戻っていく。再度動き出したノームフロートを観客ゲスト達みんなで手を振って見送る。
あとから来る三精霊フロートには寧山好き三人組はいなかったようなので落ち着いた気持ちで三精霊を見ることが出来た。
パレードが終わり、終了アナウンスが園内に流れると、次のパレードに備えて引き続き待機する人、次の目的のため離れる人と別れ始める。
私は離れる人。同じ場所で見るよりも他の人に譲って推しによる推しのキャラを楽しんでほしいため。みんな私の推しを見て!
観劇場所から離れた私はハイタッチされた手を見て、そのときのことを思い出し、にやけそうな顔を必死に堪えた。
だって、推しが演じる推しキャラからのハイタッチだよ! 私にとっては適切な心地良い距離感! 死ぬ! 死ねる!
そりゃあ、シーダンでもダンスパートナーとして手を引いてくれたけど、あれは近すぎて特等席すぎる。私には身に余る。勿体ない。
初詣では推しに手を握られたけど、あれは推しであってノームではない! 別物!
そう、私はハイタッチくらいの軽い接触で十分なんだよ。今までの推しとの距離が近すぎて麻痺しそうだったけど……いや、今も近いか。
もう少し注文をつけるとしたら流れ作業のようにハイタッチしてくれる距離感がいい。そこでようやくまともな私の望む推しとファンの距離になる。そうなってくれたらいいなぁ……。
しかし、ハイタッチでぺちんってタッチしてくれる推しノーム可愛いがすぎる……。
「はぁー……」
感動の溜め息をひとつ。そしてSNSで推しノームの素晴らしさを語り、一息入れていると、メッセージが届いたことを知らせる通知が来た。
その通知に表示されている名前は……推しである。こういうときに来る推しからのメッセは嫌な予感しかない。
恐る恐るメッセージの内容を確認するとこう綴られていた。
『絆奈ちゃん、今日用事とかなかったら仕事終わりに一緒にお茶でもどうかな?』
ほら見たことか!! なぜ私は推しにお茶のお誘いを受けているのか! 他に誘う人いるでしょう!? ……ハッ、今日は他の寧山親衛隊が出勤していないから? だから?
……よし、断ろう。そう、私は用事があることにして断ろう。さすがに仕事終わりに落ち合うのはリスクが高い。パレード終了後にぞろぞろと帰宅する人もいるからアクオタも沢山いるだろうし、一緒にいる所を見られる可能性だってあるのだ。
水泥くんのときは雨キャンだったし、まだ昼頃なのもあったから早々に帰宅する人も少ない。だからアウパにバラつきがあったためそこまでは警戒していなかった。
……あとはまぁ、私が持たない。初詣のことも思い出すと余計にそう思う。だって推しに手を握られるわ、二人になってしまうわでこっちはてんやわんやなのだ。
推しからの誘いを断るなんて何様だと思うけど、普通に考えたら推しとファンがお茶をするなんておかしいからねっ! 推しに嘘をつくのは申し訳ないけど、私結構ご飯行ったりしてるから今回くらいは許してほしい!
悩みに悩んで『すみません、用事があって行けそうにないです。お誘いありがとうございました』とメッセージを打ち込んだらすぐに既読がついた。早いよ、推し……。
『そうなんだ、こっちこそ急にごめんね。残念だけどまたの機会に取っておくよ』
残念そうなスタンプと共にメッセージが返された。スタンプ押してくる推しめちゃくちゃ可愛いんだけど、断ったことによってなんだか余計に申し訳なく感じてしまう。
ていうかまたの機会って何っ!? 諦めてくれていいんだよっ! 無理にお世辞言わなくてもいいからね!
……なんだろう、断っても断らなくても結局私はしんどい思いをするのでは?
推しよ……あなたは構わねばならない人が色々いるじゃないか。なぜ私に声をかけるのか。ただのファンでいさせてください。




