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推しへ、途中雨キャンになりました

 本日はエターナルランドの夏パレード『サラマンダー・ウェルカムサマーパレード』を見にやって来ました。

 夏はサラマンダーが先頭フロートに乗ってゲストを盛り上げる担当なので今日はそんなサラマンダーを目的にインパ。

 今日は推しも休みなので落ち着いた気持ちでパレード鑑賞が出来るわけである。

 なぜ推しの休みを把握しているのかというと……推し、未だに自分のシフト送ってくるんだよね。毎月欠かさずに。

 もちろん、前にも「情報漏洩ですので! もう、やめましょう!」というのを優しく丁寧に伝えているにも関わらず「絆奈ちゃんが見に来なくなったらやめるよ」と言うのだから「見に来なくなる日なんてないです!」と感情の昂った返しをしてしまったので、推しのシフトは今月もしっかりメッセージに送られてきた。

 メッセージが届いたら見ないわけにはいかないでしょ……さらにシフトが書いてたら覚えちゃうし、予定に組み込んじゃうじゃん……私、そこまで抗えるほど出来た人間じゃないんだよ。

 ……そういうわけで推しの休みを存じているので、今日はサラマンダーをメインに鑑賞出来る日だ。


 そして本日のサラマンダーは水泥くんか白樺の二人のうちのどちらかである。

 一キャラにつき、アクターは三人くらいついていて、現在のパレードを担当するサラマンダーのアクターは水泥くんと白樺ともう一人のアクターが担っている。

 そのもう一人のアクターさんは本日別現場にいるという本人のSNSにて確認済みであるため、必然的に水泥くんか白樺のどちらかになるわけだ。

 中の人推しになると周りの人達の情報も調べて出勤を予想するのがアクオタの日課である。


 それにしても雲が多いとはいえなかなかに日差しがきつい。降水確率が五十%というどっちつかずな不安でしかない数字だったのだけど、一先ず大丈夫そうだ。

 サラマンダー二回目停止ポジの立ち見最前へと陣取りながらパレード開始までSNSを眺めていると、私宛のDMが届いていることに気がついた。

 誰からだろうと確認すると、しらねや仲間のシロザクラさんからだった。


『縁さん、昨日本が届いて早速拝読させていただきました! 結論から言うとめっっっちゃくちゃ最高でヤバかったです! 読み終わったあと思わず顔を覆いたくなるような尊さに身悶えてしまいました!』


 と、以下長文の感想が綴られていた。前世でも彼女はこのように長々と感想をDMで伝えてくれて、作者としては非常に有難い存在である。

 ちなみにシロザクラさんの伝えてくれた感想は私が描いた今世初のしらねや本に対するものだった。

 つい先日、しらねや共演記念から気が狂ったように溜めていたネタやラフ絵をしっかり描き上げて、少し厚めの同人誌を仕上げた私はSNS内で通販を行ったばかりである。

 有難いことにしらねやにハマってくれた人や、私の普及でなんとなく興味を持ってくれた人達が欲しいと言ってくれたりと想像より少し多めに私の本はフォロワーさん達に頒布させることが出来た。

 それにしても、いつもシロザクラさんの感想は早い。大体一番手に送ってくれるし、しかも本だけじゃなく、SNS上に投げた一ページ漫画でさえも感想リプをくれるし、とても嬉しい。次の作品の原動力になります、ありがとうございます。心の中で合掌。


 何度も感想を読み返しているとパレード開始の案内放送がパーク内に流れた。

 私のポジは二回目のフロート停止場所なのでここまで来るには少し時間があるため、そわそわしながらフロートが来るのを待つ。

 しばらくして先頭のフロートが少しずつこちらへと近づいて来たので、スチャッとスマホの動画を準備すると私のサイドにいるゲストも一眼レフカメラを構え始めた。これ、もしやガチの人達では?

 少し怯みながらもサラマンダーが乗る先頭フロートへとスマホを向けた。

 フロートの周りには火の妖精達が力強い動きとダンスを見せてくれる。


『お前ら、エターナルランドによく来てくれたな! 今回のパレードのホストはこのサラマンダー様だ! しっかり覚えて帰れよ!』


 おお! 今日は水泥くんサラマンダーだ。最初こそは水泥くんがサラマンダーだなんて信じられなくて、その変貌っぷりに戸惑ったけど、一年以上経ってようやく水泥くんサラマンダーに慣れてきたなぁ。


『それにしてもどいつもこいつも暑そうな顔してんじゃねーぞ!』


 そう言うと、水泥くんサラマンダーは手すりに片足を乗せてゲスト達に指を差すのだが、見慣れたと思ったのも束の間、やはり別人なのでは? と考えてしまった。水泥くんが手すりに足をかけてるなんて……。

 普段の水泥くんでは考えられない横暴なキャラではあるけど、もしかして鬱憤でも溜まってるのかな。それでサラマンダーで発散してるとか? 違和感なく演じるから凄いよね、水泥くん。


『仕方ねぇな! 俺様がいいもんくれてやるからもっと盛り上がれよ!』


 にんまりとサラマンダーが笑った。するとサラマンダーのフロートから勢いのある水鉄砲が発射される。夏用の軽い散水ではあるが、それを求める者も少なくなく、発射されるたびにゲストはサラマンダーの望み通りの盛り上がりを見せた。

 軽い水浴びをするとフロートは停車し、水泥くんサラマンダーが地上へと降り立つ。その際に目が合った気がしたので私がいることに気がついたのだろう。


 今回のウェルカムサマーパレード、略してウェルサマでのサラマンダーの衣装はなかなかに大胆である。なぜなら衣装の前が開いてるので腹部までよく見えるから。

 まぁ、元々サラマンダーは夏場になると露出が多いので、キャラクター上あんな格好をするのはよくあることだ。

 しかし、そうなるとサラマンダーの褐色メイクは大変なんだろうなぁ。肌の見える所は全部褐色にしなければならないのだから。

 毎回メイクをするなら日焼けサロンで焼いた方が楽なのも頷ける。たまに自前で焼いてくるサラマンダーアクターもいるけど、大体の理由はこれだと思われる。

 そして手首にはじゃらじゃらと金属のバングルをいくつかはめていて、腰には剣も装備されていた。


『よし、だいぶ盛り上がってきたな。それじゃあ、俺様のとっておきを見せてやるぜ』


 腰にかけていた剣の柄を手にかけると彼は勢いよく抜刀する。そして剣を振った舞を披露した。

 力強く振り、剣を上手く操るような手さばきと堂々とした剣舞。真剣な目つきも加えたサラマンダーの姿に観客の歓声が上がる。

 凄い、凄いぞ水泥くん。これは格好いい! ダンスも上手いから剣舞も様になるだろうなぁ。これは新規ファンも増えるね。

 目が奪われてしまうほどの水泥くんサラマンダーの剣舞が終わると、沢山の拍手が彼に送られる。もちろん私も動画を撮りながらも拍手だけは精一杯水泥くんに送った。


 そしてここからがファンにとってはお楽しみである交流会の始まりだ。

 フロートに乗り込むまでの間、先頭フロートに乗る主役精霊がゲストにハイタッチや一声かけたりする時間。

 昨年のシーダンでゲストと触れ合える演出を入れたのが当たったため、パーク側はこのようなゲストとの交流を積極的に組み込んだようだ。

 交流の仕方はアクターによってそれぞれ違ったりする。水泥くんサラマンダーの場合は一人でも多くのゲストと触れ合えるように一人に割ける時間は少なく、数をこなすタイプである。

 もちろん逆に一人一人丁寧に接して一人にかける時間を大事にするアクターもいるが、その分触れ合えるゲストは少ないのでどちらがいいとは甲乙つけがたい。

 それでも、水泥くんのように数をこなすタイプのアクターは少数派である。多くのゲストに関わるのが大変だからだろう。

 そのためか、オタクとしては接する時間が少なくても沢山のゲストと関わろうとする水泥くんの姿勢に加え、元の性格の良さがサラマンダーを通して出ていることもあり、その人気は上昇中だ。


『おっ。いいカチューシャしてんじゃねーか。そっちの嬢ちゃんは小さいのに来てくれてありがとな。大きくなったらまた来いよ』


 最前列の座り見と立ち見にハイタッチをしながらそれぞれに声をかけていく水泥くんサラマンダーはどう見てもマメだ。俺様なのに隠し切れない人の良さが滲み出てしまう。

 あ、そうしているうちにこちらへと近づいて来た。水泥くんお疲れ様ーと心の中で労いながらハイタッチをしようとパチンと軽く手を叩いた瞬間、水泥くんサラマンダーが私の手をギュッと指を絡ませて握り込んだ。なぜ!?


『いい女じゃねーか。もっと顔を見せてみろ』


 そう言ってずいっと顔を寄せて来る。いやいやいや、水泥くん友達だからってサービスしすぎでしょ! 私の前にいる座り見最前の子も見上げながら黄色い声上げてるから! さすがに今をときめくイケメンパークアクターに顔を寄せられると私も恥ずかしいよ!

 どうしたらいいかわからず戸惑っていると、ポツリと冷たいものが頬に落ちた。先程の水鉄砲の飛沫? とも思ったが時間が経ちすぎているしなぁ、と考えたところでいきなりバケツを引っくり返したような雨に襲われる。

 ザァーッ!! と降り注ぐ大きな雨音はパレードの音楽さえもかき消す勢い。

 嘘でしょ!? と心で驚きながらも周りもまさかの豪雨に悲痛な叫び声が上がった。

 うわぁ、これはやばい雨だ。突然のこの量は鬼畜すぎるのでは? これじゃあ、パレードも中断になるなと思って水泥くんサラマンダーに目を向ければ彼は残念そうに軽く溜め息を吐いて私の手をゆっくり離した。


『皆様にご案内致します。今回のサラマンダー・ウェルカムサマーパレードは悪天候により中断とさせていただきます』


 そしてパーク内にはパレードを中断するアナウンスが流れ、ゲスト達の残念な声があちこちから雨音に紛れながら聞こえてくる。


「まったく、この俺様の格好良さに空が嫉妬しちまったようだ! お前らには悪いが、切り上げさせてもらうぜ。風邪引くんじゃねーぞ!」


 マイクの音声はすでに切られているというのに水泥くんサラマンダーは大きな声を出してゲストに最後の挨拶をする。

 彼も雨に濡れているというのにゲストに気を遣うんだから人柄が出てるよ、水泥くん。

 そしてわざとなのかそうじゃないのかはわからないけど、髪を掻き上げる仕草がなかなかに色気が出ている。水も滴るいい男じゃないか。大人になったねぇ、水泥くん。しみじみしちゃう。

 その後、フロートに戻った水泥くんサラマンダーはそのままパレードルートの終着地へと出発した。


 のちに続くケット・シーのケートとクー・シーのクーリュのフロートもマスコットキャラクター達は雨に濡れながらゲスト達に手を振っていた。

 精霊三人衆フロートでは大雨の中、子役シルフを守るためにノームのマントをノームとウンディーネが広げて雨避けにしてあげるというほっこりする様子が見れたので、ずぶ濡れだがしっかり動画に収めさせてもらう。防水機能がついていて良かった……。

 ウンディーネは雪城さんではなかったけど、あのほっこりする親子みたいな精霊三人が見られるとは思わなかった。とても可愛い、和んでしまう。雨の勢いは止まらないけど。

 とりあえずフロートが全て通り過ぎるのを見送ってから、気長にその場で留まり続けた屈強なオタク達は屋根のある場所へと散り散りになった。

 もちろん、私も急いで屋根のあるレストラン横へと避難した。


「降水確率五十%でこの量は酷いなぁ……」


 もはや着衣のままプールに飛び込んだのかというほど、濡れに濡れた私はあまり意味はないかもしれないけど服の裾を絞る。大量の水が絞り落とされるが、さすがにこれは乾かすよりも着替えたい欲が強くなった。

 家に出るときは日も出てたから傘はいらないかなと判断したのが憎いけど、仮に持って来たとしてもパレード中に突然洪水のような雨に降られたら傘を差す暇もないだろう。


「これ、止むのかなぁ……」


 降り始めよりかは雨の勢いはマシになってきたけど、空はどんより雲だし、止む気配が感じられない。

 これは困ったなぁ。せめて止んで多少でも晴れてくれたら濡れた服も乾かせるのだろうけど、このままでは乾かすどころか濡れた衣服が肌に張りついて体温が奪われてしまう。というか、若干寒くなってきた……。

 とりあえずタオルだけでも買っておこうかな。お土産屋さんに売っているだろうし、もう少し雨の勢いが治まってきたら動こう。


 それから十分ほど待ってみたけど、やはり雨の止む気配はない。けれども、しとしと雨になってきたのでまだマシだなと判断してギフトショップへと走った。

 すぐにタオルを手に取ってレジへと向かう。しかし私と同じ考えの人も多いのか、濡れた人達はあちこちにいて、さらにタオルを購入しようとレジで並んでいる。

 中には着替え用にとTシャツとパンツも購入しようとしてる人もいるので、なかなかの混雑具合だ。

 店内はクーラーがかかっているので濡れた服を纏った身としては結構冷えてくる。身震いまでしてきた。

 これはレジに着くまで時間がかかるなぁと思いながらスマホを眺めていると、水泥くんからメッセージが届いていることに気がついたので目を通すとすぐに返事をする。


『橋本さん、結構濡れたよね? 大丈夫?』

『ずぶ濡れだよー! しばらく雨宿りしても雨止まないし、とりあえずタオルだけ買おうとレジ待ちしてるんだよね。水泥くんは大丈夫?』

『こっちはバックですぐに拭いたし、着替えたからなんとか。結局残りのパレードも中止が決まったみたいなんだ』


 あー……そっかぁ。まぁ、仮に止んだとしても地面のコンディションは良くないから危ないだろうし、当然の判断なのかもしれない。


『それは残念だね。それじゃあ、早々に帰宅になるのかな? 気をつけて帰ってね』

『橋本さんも帰るよね? だったら一緒に帰らない?』


 お。まさかの帰りのお誘い。私濡れ女だけどいいのかな? 一先ず水泥くんに尋ねてみると大丈夫とのことなので、タオルを買ったらすぐにアウパして水泥くんと合流することが決まった。


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