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推しへ、年越しですね

 十二月三十一日。大晦日です。この日は仕事がめちゃくちゃ忙しくて、特に昼から勤務してるうどん屋さんがてんやわんやである。

 年末といえば年越し蕎麦。その販売があるため、店内で食べる人もいれば持ち帰りで注文する人も多い。

 一人二人用ならまだしも、家族用となるとさらに倍に増えるので厨房なんてもはや地獄だし、配膳や接客、レジ担当の私達店員もいつもの倍以上は大忙しである。

 休憩中はSNSの裏垢で愚痴るくらいには死にそうだった。その分、いつもより時給はいいので頑張るけども。

 ちらりと小さな休憩室の時計を見ると午後六時過ぎである。あと五時間後には推しと合流しているのか……。


「はぁ~……」


 自然と出る溜め息。憂鬱である。なぜ推しと年越しを神社で過ごし、年を明かしてそのまま初詣に行くことになってしまったのか。

 まぁ、雪城さんと水泥くんがいるからまだいいんだけどね、二人きりなら絶対死んでいた。

 ……。……って、雪城さんと水泥くんもアクターだからね!? その中に追っかけである私が入るのおかしいから!

 いつか某掲示板に『アクターのプライベートにまで割り込む追いやばいんだけど』『接触厨乙』とか叩かれまくるし、炎上されてもおかしくはない……。うう、そんなことないようにしたい。

 そうやって何度目かの溜め息を吐き出しては休憩を切り上げてラストスパートをかけた。


 午後十時。無事にハードな仕事を終えて、軽く身嗜みを整え、仕事場からダッシュで抜け出した。電車に飛び乗り、待ち合わせの時間に間に合うように神社へ向けて急いだ。

 とはいえ、年越しを神社で過ごそうと考える人は沢山いるわけで、電車の中は満員である。普段ならここまで混むことないだろうに、友人や恋人、家族と共に同じ神社に目指している人が多いようだ。

 向かう神社はなかなかに大きい所だし、屋台なども沢山出店しているため、初詣や夏祭りなどでは人気スポットのひとつである。

 私としては年越しエターナルを決めたいところではあるけど、何せエターナルランドの年越しはとても人気で、その日にしか行われないカウントダウンイベントだってあるからチケットでさえ争奪戦だ。

 あと数年もしないうちに推しもエターナルランドにて年越しイベントでノームとして出演するからそれは何がなんでも拝みに行きたいところではある。


 そして神社近くの駅に到着した途端、人が降りる降りる。そりゃもうここは終電だったかな? と錯覚するくらいには。

 というか、本当に人がやばい。階段も改札口に向かう通路さえもぎゅうぎゅうで、そこまで大きくない駅のキャパシティを超えている。これが東京なのか。恐ろしい人口数だ。

 駅員の人も恐らくいつもより沢山配置されているのだろう、誘導に忙しない。年末までお疲れ様です。

 人に圧迫されそうな勢いでやっと改札から出ると、あとから来る人の迷惑にならないように、立ち止まることなく人の流れに沿って進む。

 徒歩五分くらいで神社には到着するのだけど、わかってはいたが入口も中も人、人、人、である。一気に帰りたくなってしまったなぁ。こちらは仕事終わりでもあるし、ただでさえ疲弊しきっているのだ。

 ……やはり仕事が忙しくて疲れたので帰りますって言おうかな。いやいや、ドタキャンはさすがにまずいかぁ。って、推し相手にドタキャンとか無理すぎる。

 意を決して神社に向かい、随分と前に推しから届いたメッセージによれば、時間になったら入口で待っていると書かれていた。


「……待ち合わせの人も多すぎでしょ」


 神社の前からその付近には沢山の人達が私と同じなのか待ち合わせをしているようだった。確かに駅も人が多いから駅で待ち合わせも出来ないしね。

 待ち合わせ時間まであと二分。本当にギリギリになってしまった。電車に降りてから改札に出るまでの時間があまりにも長かったのが原因なので仕方ない。

 とりあえず推しに『着きました』とメッセージを投げる。秒で既読になったので驚いてしまったが、メッセージを待っていたのかもしれない。ひぇ、推しを待たせるファンとか申し訳がなさすぎる。


「絆奈ちゃんっ」


 どこか弾むような爽やかな声。推しだ。推しの声だ。名前を呼ばれた方向へ目を向けると、推しがわざわざ駆け寄って来て私の前に現れた。


「お仕事お疲れ様、仕事終わりにごめんね。来てくれてありがとうっ」

「こ、こんばんは。寧山さん達も今日は出勤日だったじゃないですか。お疲れ様です」


 ……今日の推しの笑顔はいつもより爽やか増し増しで夜なのにとても眩しい。いいことでもあったのだろうか。とても機嫌がいい。そして今日も今日とて顔がいい。


「絆奈ちゃん! ライブぶりね!」


 そこへ推しのあとに続くように雪城さんと水泥くんもやって来た。しかし、雪城さんに勢いよく抱きつかれてしまった。彼女のファンがいたら刺されてもおかしくはない熱烈なハグである。

 そう、雪城さんとは十二月上旬のライブイベントぶりである。夏頃にライブイベントが決まったことを知らされ、そのままあれよあれよと席まで用意してくれたりしたのだが、申し訳なさすぎて少し多めの金額を払わせてもらったのに多い分は受け取ってくれなかった。

 もちろんライブは盛り上がったし、客席も満員だったし、歌も最高で楽しくていい一日だったけど、終演後はなぜか推しも誘って三人でご飯を食べるということになったのだ。

 ……なぜ私も誘われたのか? 推しと雪城さんが夕飯デートすればいいじゃない! と、いう事件が実はあったのだけど、あの日以来である。


「橋本さん、お疲れ様。駅は人いっぱいだったよね? 大丈夫?」

「確かに人は凄かったよ。水泥くんも今日勤務日だったよね? お疲れ様」


 水泥くんに至っては二日ぶりである。そんなみんなと合流出来て一先ず安心した。


「ところで急で申し訳ないんだけど、一人増えたんだ」

「えっ」

「初詣に誘われたんだけど絆奈ちゃんとの予定が先だったからごめんねってお断りしたら、一緒について行きたいって言っててね。絆奈ちゃんのことはちゃんと話してて本人はそれでも大丈夫って言うんだけど、ここはやっぱり絆奈ちゃんの意見も聞きたくてね。彼なんだけど……」

「……どーも」

「!?」


 白樺 譲ーー!? 推しの旦那じゃんーー!! いや、ちょっと待って待って! 来年のパレード共演する前に推しカプを生で見てしまったよ!! ほんと色々待って! ここで白樺が来るのは予想外だった!

 そもそも前に水泥くんと飲み会中にばったり会ったことあるし、それ以前にも白樺役者デビュー前の彼は推しの舞台にも行ってたし……推しとのランチ現場を目撃されたことだってある。

 向こうからしたら接触厨のリアコが俺の寧山さんに近づいてんじゃねーよ、と思われてる可能性が非常に高い。


「……もしかして、二人とも知ってるの?」

「え……いや、まぁ……私は、ほら、事務所が一緒ってことは存じてまして……」

「前に水泥と居酒屋で偶然会ったんですけど、そのときに見た人ですよ」

「そうなんだ? じゃあ、改めて紹介するよ。絆奈ちゃん、彼は白樺 譲くん。事務所が一緒ってことがわかるなら知ってるとは思うけど僕の後輩だよ。そしてゆずくん、彼女は僕の友人である橋本 絆奈ちゃん。水泥くんとは地元からの友達なんだって」


 こんな形で推しから白樺に紹介させられるとは……! 気まずい。非常に気まずい! しかも初詣に推しを誘ってたみたいだし、私のせいで推しと二人で過ごせなくて残念に思うと同時に憎くて仕方ないのかもしれない!


「……寧山さんのファンって聞きましたけど?」

「よく知ってるね? そうだよ、友人だけど僕のデビューのときから応援してくれる初めてのファンの子でもあるんだ」

「ふーん?」


 鋭い視線が私を突き刺す。絶対私のこと快く思ってないでしょ!? わかってる! わかってるよそんなことくらい!


「まぁ、お互い顔見知りではあるけど、絆奈ちゃんどうかな? ゆずくんが一緒でも大丈夫? 遠慮せずに言っていいから」


 いやいやいや。もう私帰りたいです。推しカプを生で見られるのはとても有難いけど白樺の視線が刺さるように痛い! 断りたくても断れないでしょうよ、これは!

 そんな戸惑いを見せる私に水泥くんが静かに口を開いた。


「第三者が口を挟むのはあれですけど、彼女の友人として僕は反対です。白樺さん、その居酒屋で彼女のことを悪く言いましたので」


 水泥くん、もしかしてあのときのことまだ怒ってくれてるの? どことなく白樺に向ける目が鋭いよ……。とても嬉しいけど、私そこまで気にしてないからっ! 水泥くんもういいんだよ! 一応相手は先輩だからね!?


「悪く言ったって……パッとしねぇ顔って言ったことか?」

「「そんなこと言ったの!?」」


 推しと雪城さんの声がハモる。さすがにその息の合う二人に詰め寄られた白樺は冷や汗を流した。


「ちょっと聞き捨てならないわよ、白樺くん。一般人の、しかも女性相手にパッとしないってどういうことかしら?」


 雪城さん、恐らく女性として白樺をガチで叱ってる。……とはいえ、雪城さんは他の三人とは違い別事務所だし、白樺とは共演歴はまだないので今の時点で知り合いということは、来春パレードの顔合わせはすでに行われているのだろう。

 つまり、白樺はやっと来年の春デビューするってわけだ! 推しカプ初共演がいよいよ拝めるんだ!


「ゆずくん、さすがにそれは失言だと思うよ。彼女にちゃんと謝った方がいいね」


 推しまで白樺にダメ出ししてる……って、待て待て。私のせいで白樺の株が落ちるのは困る! これでしらねやの仲が険悪になったりしたら凄く困る! 主に私がっ!


「あ、あのっ! 私、全然気にしてないので! ていうか、お酒入ってたからあまり覚えてないだけなんですよ。彼が一緒でも私は大丈夫ですからもうこの話はやめにしましょ! ほら、今年ももう終わりますから、ねっ!」


 頼む頼む頼む推し! 私のことは嫌いになっても白樺のことは嫌いにならないでください! いや、やっぱ無理。善良なファンでありたいのに私のことをオキラになる時点でダメなファンじゃん!!


「そういうわけで、白樺さん! 今夜はよろしくお願いしますね!」

「あ、あぁ……。その、すみませんでした……悪気はなかったんだけど」

「大丈夫ですから、もう忘れましょ!」

「ゆずくんもちゃんと謝ってくれたし、絆奈ちゃんも大丈夫だって言うなら、そろそろ行こっか」


 ……ふー。なんとか白樺のフォローは出来たようだ。白樺も推しに言われて素直に謝罪したから穏便にすんだし、それは良かった良かった。

 推しと白樺の間に亀裂が入ったりしたらこの先推しカプ公式供給がなくなるかもしれないし。私の存在のせいでそれだけが消えてしまうのはごめんである。


「……橋本さん。何かあったら僕に言ってね」


 こそっと水泥くんが声をかけてくれる。心配してくれてるんだね、相変わらず優しいなぁ。と思って彼の顔を見ればその視線は白樺に向けられていて、軽蔑するかのように冷めた目をしていた。

 あ、あの水泥くんがこんな怖い顔をするなんて……。これはこれでギャップ萌えするやつでは?

 いやいや、そうじゃなくて。水泥くんそこまで敵意剥き出しになるほど白樺に楯突かなくてもいいんだよ。そこまで怒らなくていいんだから。


「うん。でも大丈夫だよ、水泥くん。心配してくれてありがとね。せっかくの年越しだから楽しまなきゃ」


 ね? と同意を求めるように返すと、水泥くんはいつもの優しい笑みを浮かべて頷いてくれた。よしよし、落ち着いてくれて良かった良かった。


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