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推しへ、そろそろ帰ります

 水族館併設のレストランにてニーナと芥田くんの馴れ初め話を聞いたあとはショップでお土産に何か買おうと眺めていた。

 海の生き物をモチーフにした生活用品からぬいぐるみ、お菓子など多種多様にあるので見ているだけで楽しい。


「やっぱりでっかいぬいぐるみって憧れるよねー」


 ぬいぐるみの棚には下段から上段にいくにつれてぬいぐるみのサイズが大きくなるように陳列されている。

 一番上の棚に置かれているぬいぐるみ達はそれはもう特大サイズのぬいぐるみでキャリーバッグに入らないのは当たり前だし、抱えて持って帰る大きさだ。もはや抱き枕と変わりない。


「まぁ、さすがにあのサイズはいらんかな……富豪に生まれ変わったら欲しい気ぃもするけど」

「あー確かに。私の今住んでる家に置いたら圧迫感出ちゃうかも」

「どうせやったら鞄に付けられるタイプのやつがえぇわ。家に置くだけじゃ味気ないしな」


 なるほど。それならもう少し先にあるキーホルダーとかが陳列している棚を見てみようかと移動してみることに。

 そこにはちょうど鞄に付けやすそうな、小さいぬいぐるみのキーホルダーが沢山並んであった。

 イルカ、クジラ、ペンギン、アザラシ、カメ、チンアナゴ、メンダコ、ダイオウグソクムシとまぁ色々である。

 ここの水族館にいなかった種類の生き物もいくつかいたが、そういうことはわざわざ言わない方がいいだろう。


「せっかくだから鞄に付けるやつ買おうかなー」

「絆奈が買うんやったら私も買うわ」


 おぉ、いいね! 仲良しって感じで! さすがに生き物の種類が沢山あるので、好みもあるだろうからお揃いにするのは気が引けるため、好きな生き物を選ぶことにした。

 うーん。しかし、悩むんだよね。定番物はハズレなしの可愛さだし、何気にダイオウグソクムシの存在感も悪くない。すれ違う人に「あの人ダイオウグソクムシを鞄にぶら下げている」という二度見をしてくれそうな感じ。……って、ウケを狙ってどうするんだ。


「絆奈……そのダイオウグソクムシ買うんか?」

「なんかいいフォルムしてるなぁって思って……これ推しに見られたら引かれるかな……」

「見た目がなぁ……人によって好き嫌いありそうやと思うで……って、なんで推し基準で考えんねん」

「いや、善良なファンでありたいから推しに引かれたくはないし」

「……ダイオウグソクムシを付ける付けないで善良かそうでないかで分かれるわけないやろ」


 ニーナの言う通りであった。別に好みのキーホルダーでファンの質が変わるわけないもんね。じゃあ、自由にさせてもらおう。ん~……。


「メンダコにしよう」

「結局深海生物やねんな……」

「定番の物はいつでも手に入りそうだなぁって思っちゃうと、つい……」


 そんなわけで私はメンダコのキーホルダーでニーナはイルカのキーホルダーに決めた。ちょうどそのとき、別の棚を見ていた水泥くんと芥田くんの二人と合流する。

 芥田くんなんて色んなお土産を両手いっぱいに抱えているから何事かと思った。


「稔……それ全部買うんか?」

「そりゃそうやろー。師匠の分に幸枝さん夫婦らにも渡さなな!」

「明らかに量多いやろ」

「僕も一応そう言ったんだけどね……」


 お菓子やTシャツ、地酒など沢山持っていると思ったらそれ全部水泥くんのご家族用なのか……。確かに多いね。

 とりあえずその水族館と達筆で書かれただけのTシャツはやめておこうか。せめてもっと可愛い感じのイラストが入ったTシャツにしようよ。でも地酒はいいと思う。日本酒最高!


「そんな沢山土産があったら持って帰るのも大変やし、何より安堂さんらが遠慮するやろ。せやからお菓子くらいでえぇんちゃう? 言うて近場やねんから」

「そうなん? じゃあ少し減らしとくか」


 あぁ……地酒が戻される。って、私が飲むわけじゃないからいっか。


「ところで橋本さんと佐々木さんはキーホルダーを買うの?」

「そうだよー。一緒に鞄に付けようって話して決めたんだよ」

「せっかくやから稔と水泥くんもキーホルダー買って鞄に付けへん?」

「キーホルダー? 別に俺は惹かれへんけど……いだっ! おいっ、新奈! なんでしばくねん!」

「アホ! 興味なくても話合わせんかい!」


 恋人と聞いたせいだろうか、ああいうやりとりを見てるだけで微笑ましい。なんだかんだあの二人はお似合いなのかもしれない。ぜひとも結婚式の際の司会進行役に推しをお願いします!

 しかし、ニーナは前世だと仕事場の人と付き合ってるって聞いてたな……こんなにも前の生とは違った道に歩むなんて思いもしなかった。私の周りの人達、違う人生を歩みすぎでは……?

 当の私と言えば前世と変わらないんだけど? いや、推しのデビューを見守ったり、上京したりはしてるけど、推しへの思いは前世から変わらないっていうか。


 ぼんやり自分の人生を思い返していると、ニーナに無理やりキーホルダーを選ばせられる芥田くんと真剣に悩んでる水泥くんがそれぞれ気に入ったキーホルダーを選んだようだ。

 芥田くんはダイオウグソクムシを。水泥くんは私と同じメンダコだった。ダイオウグソクムシを選ぶ芥田くん、もしかして私とセンスが似てるのでは? 嬉しいようなそうでないような。


「なんでダイオウグソクムシやねん」

「かっこえぇやん」


 目を輝かせる芥田くんはまるで少年のようだ。人の目を引きつけるのではと考えた私とは違う。うん、君はそのままでいてくれ。成人してるけど。


「水泥くん、私と一緒だね」


 そして水泥くんは私と同じメンダコではあるが、色が違う。私のはオレンジで水泥くんは水色。イロチのおそろってやつだ。


「……橋本さんとお揃いがいいなって思って」


 照れくさそうに笑う水泥くんだったが、その可愛さの破壊力は凄まじく。ただでさえイケメンなのにそんな顔でそんなこと言ってしまったらファンの子達がキャーキャー騒ぐだろう。

 それにしても私とお揃いがいいだなんて、やっぱりまだまだ甘えたがりだね。そういう所は小学校の頃から変わらないなぁ。

 一緒のクラブ、一緒の委員会、色々と同じだったし。


「水泥くん、自分の好きな物じゃなくていいの?」

「僕、特にこれがいいっていうのがなかったから……それなら橋本さんと一緒がいいなって」

「そうなんだ? じゃあ、あとで記念の写真も撮ろうね」






「……なんで橋本は水泥の言うお揃いの意味が伝わらんのや?」

「水泥くんの攻めが足りんのもあるわな。もっとガンガンいかんとただのヘタレになるで、あれは」


 こうしてみんなでわいわいしながらのお土産タイムは無事に終わり、買ったばかりのキーホルダーを集合させて写真を撮るなどをしてから、早速みんなで自分の鞄に装着させた。

 そろそろ東京に帰る時間が迫りつつあるので一旦地元へ帰るため、水族館を出て駅まで歩く。

 水泥くんが気を遣って、またトラックにビビる私の隣に並び道路側を歩いてくれた。


「水泥くん……帰りまでありがとうね……」

「気にしなくていいよ。橋本さんが嫌な思いをしないほうが一番だから」

「優しすぎる……」


 紳士じゃん……モテスキル持ってるね……。こんないい子が推しに叶わない恋をしてるんだから泣けてきちゃう。

 ていうか、推しがモテすぎなんだよね。白樺に雪城さんに水泥くんまで加わるんだからこれは恐ろしい四角関係だ……。

 個人的にはしらねや推しなんだけど、現実は……ねやゆき結婚エンドだもんなぁ。結婚の予定が大幅に狂っているから早く結婚して二人とも幸せになって。いつ結婚するんですか!

 でも、長い付き合いである水泥くんの恋路は応援したいから定期的に情報提供してあげよう。


「あ、そうだ。水泥くん、地元に帰ったら庵主堂でお土産を買いたいけどいいかな?」

「うん、いいよ」

「水泥くんも事務所とかお仲間に何か買ってあげたらいいんじゃないかな? 推しね、和菓子好きなんだよ」

「そうなんだ」

「あとね、和食も好きだよっ」

「……へー」


 あまり食いついてこなかった。あ、この程度の情報はすでに知っていたか。そうだよね、同じ事務所だもんね。それくらいは基本情報だったかー。


「あ、あとね、料理も得意なの知ってた? 役者じゃなかったら料理人になってもおかしくないくらい凄く美味しかったんだよ」

「……“美味しかった”? 食べたことあるの?」


 ……ハッ!! まずい。推しの手料理を食べてしまったことをうっかり言ってしまった! 今さら嘘だなんて言えやしないし……しかもどこか思い詰めた顔までしてるし!

 うぅ、ごめんね、水泥くん。力になるって誓ったのに抜け駆けしたみたいで……そんなつもりまったくないんだけど。


「その、勘違いしないでもらいたいんだけど、これは不可抗力で……」

「……だろうね」

「今度水泥くんも食べさせもらうといいよ! ねっ?」

「え、いや、僕は別に……」

「遠慮することないよ! 推しなら水泥くんのために作ってくれるからっ!」


 なんだか申し訳なくなってきたから水泥くんも食べる機会を設けてもらいたい。

 推しは水泥くんのことそれなりに気に入ってるだろうし、お願いしたら用意してくれるよ。私より簡単に推しの手料理を食べられる立場なんだから!

 そう訴えるように水泥くんの腕を引っ張ると、水泥くんは大層慌てた様子を見せる。前に歩くニーナと芥田くんも何事かと後ろ振り返って様子を窺っている。


「お、落ち着いて橋本さんっ! 別に僕も食べたいとかじゃないからっ」

「でも、残念そうな顔をしてたから……」

「い、いや、僕は寧山さんほど料理が上手くないなって思っただけで……」


 あ、なるほど。水泥くんは推しに手料理を食べさせたいのか。でも、推しの料理が上手いと聞いてたちょっと落ち込んじゃったわけか。健気な子である。


「大丈夫だよ、水泥くん。料理は愛情って言うでしょ? ちゃんと相手のことを考えて作れば問題ないから」

「そう、かな?」

「そうだよ。私が推しなら水泥くん料理全部平らげる自信あるから!」

「……なんでそこで寧山さん目線の話になるのかわからないけど、ありがとう……」


 推しの気持ちになって代弁したけどダメだったかー。やっぱり本人の口からじゃなきゃ嬉しくないよね、変なこと言わなければ良かったかな。


「……自分ら何漫才繰り広げとんねん」

「何言うてるかようわからんかったけど、水泥に同情してまう内容なんはわかったで」


 ニーナと芥田くんが呆れているくらいだからとんだ空回りをしてしまったようだ。いや、でも、君達は事情を知らないからそんなことが言えるんだよ。私はただ水泥くんの幸せを願っての発言をしたまでだからね?






 地元へ帰り、荷物を取りに家に戻るとお母さんと別れの挨拶をする。「今度は長めに休暇を取って来るのよ」と言われてしまったので次は頑張って最低二泊にすることを誓う。

 再び駅で三人と合流し、ニーナと芥田くんに見送られることになった。


「なんかあっという間やったわ。気ぃつけて帰るんやで」

「うん、ニーナと芥田くんも仲良くね」

「……俺らより自分らがはよどうにかせぇや」


 もしや芥田くんまで恋人斡旋しようとしているのだろうか。私はともかく水泥くんのことはそっとして置いてあげてっ!


「稔、私らが言うことちゃうで。……言いたいことわかるよな、水泥くん? いつまでぬるま湯に浸かっとるつもりや。そのままでえぇんやったら別にえぇけど」

「……き、肝に銘じておくよ」


 ニーナがぼそぼそと水泥くんに何かを伝えていた。いい人がいたら私に紹介してとかだろうか。ニーナの面倒見スキルが年々上がっていってる気がする……。


「じゃあ、そろそろ行くよ。二人ともまた遊ぼうね」

「おう。次はもっと成長しとる俺を見せたるわ」

「また二人で戻って来ぃや」

「佐々木さん、芥田くん。またね」


 お別れの挨拶を交わし、手を振りながら私と水泥くんは改札の中へと入る。

 こうして、一泊だけの帰省はあっという間に終わってしまった。


 電車に乗って新幹線へ、そして新幹線から東京へ。新幹線の車内では予め指定された座席に座った。水泥くんが窓側、私が通路側に座る。

 発車してすぐのこと、推しの電話のせいで予定より早く目覚めてしまったこともあり、強い眠気に襲われて大きな欠伸をしてしまった。


「眠い? 寝てもいいよ。到着はまだ先だし」

「うん……そうするかも」


 水泥くんからの許可も出たところでいよいよ瞼が重たくなってくる。微睡みへと誘われたのはそのあとすぐだった。






(……寝たみたいだね)


 寝ていいよと告げてから十分も経たないくらいの時間。橋本さんは小さな寝息を立てて眠っていた。

 彼女の寝顔を見る機会なんてそうそうないだろうと思うも、ジロジロと見るのは失礼だからあまり見ないようにしなきゃ……と、考えてはいたが。いたのだけど、つい彼女の方ばかり見てしまう。

 というか、可愛い。可愛すぎて心拍数が上がる。ずっと見ていたい。

 ドキドキしながらただ寝ているだけの橋本さんを見続けていると、彼女の重心が段々と通路側へと傾いていく。

 危ない、と思って橋本さんの肩を掴んで通路側へ倒れる身体を阻止する。まだ起きる様子はない。


「……」


 元の体勢に戻そうとするけどまた倒れそうになったら大変だから、と自分で言い訳をするように強く理由をつけて、僕の腕を貸すように自分の方へと寄せた。

 腕に頭を乗せて気持ち良さそうに眠る彼女の体温が伝わり、一際近い距離に息を飲んだ。心臓が破裂しそう。

 世の男性達は好きな子が隣で寝てしまったらどうやって対処しているのか。寿命が縮んだりしないのだろうか。

 やっとしばらくぶりだった橋本さんに慣れてきたはずなのに、どうしたらもっとこの気持ちを抑えられるのかわからない。


(でも、結局ドキドキしてるのは僕だけなんだよね)


 そんな現実に大きな溜め息を吐く。もっと橋本さんに意識してもらいたいし、彼女が向ける視線は僕であって欲しい。おこがましいとは思うけど、願うくらいは許されてもいいだろう。

 結局、僕は寝ている彼女を見るだけでどうしようもなく動揺し、心が持たなくなるほど精神面はまだまだなことを自覚してしまった。






「……ん?」

「あっ、お、起きた?」


 あれから二時間。ずっと橋本さんを見ていると、ようやく心臓も安定した頃、ふと彼女が目を覚ました。

 その様子に動揺するものの、橋本さんは状況を理解するのにしばらく時間を要し、僕の腕で寝ていたことに気づいたのだろう、慌てて離れた。少し名残惜しい。


「ごっ、ごめんね! 水泥くんにもたれかかってたみたいで! 起こしてくれて良かったのに!」

「僕は大丈夫だよ。少しは眠れてすっきりした?」

「そりゃもう……いや、そんなことより涎とか垂らしてなかった? ほんっとにごめんね! でも、そっとしてくれてありがとうっ」


 正直に危ないから自分の方へ寄せた、と言えばいいのに彼女に引かれるのが怖くてそれすらも言えないのだから僕は臆病者だなと心の中で自嘲してしまった。


「あ、そうだ。今度は水泥くんが私を枕と思って寝てていいよ」

「え、えっ!?」

「ほら、どんともたれかかっておいで!」

「い、いや、僕眠くないから大丈夫だよ! ありがとうっ」


 ただでさえ、さっきので心臓が大変だったのに、これ以上は本当に死んでしまう。そう思って顔を赤くしながら慌てて断らせてもらった。……大丈夫、惜しいことをしたなんて思ってない。


「そう? じゃあ、またの機会にでも」


 そう言って笑う橋本さんだったが、またの機会って!? と思いながら新幹線は東京へと到着の準備を始めた。


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