推しへ、虐められっ子を助けました
三年生の六月になったある日のこと。
最近は昼休みになると図書室で本を読むことにしている。
理由は教室が騒々しいから。いや、騒々しいなんてものじゃない。もはや隣の教室の迷惑になるくらいの騒音である。
三年生のクラス替えで同じクラスになった男子をクラスメイトが虐めているのだ。
今でこそイジメ問題をよく取り上げられるけど、あんなのは氷山の一角。今の時代なら尚更日常的なのである。
「おい、ドロ水! お前いつになったらドロ水啜るんや」
「……」
「給食も牛乳飲まずにドロ水飲みぃや」
「……」
うん。聞くに堪えない言葉の暴力。
教室の隅っこの席に座る男子を数人くらいのグループでいつも罵倒している。
水泥 恵介。その名前がちょっかいを出される原因の一つ。
確か去年辺りに関東から越して来た転校生でもあるので余計に目立ったのかもしれない。
ギャルゲーの主人公なのかと言うような重たげな前髪のせいで目元はいつも隠れているし、消極的な性格もあってか更にからかわれる。
前世でも卒業近くまで虐められ、学年が上がるにつれてエスカレートしている印象だった。
今日も男子達に囲まれ、ボロカスに言われて俯いている。
気分が悪いので図書室に向かおうと立ち上がると、信じられない言葉が耳に届く。
「オレ、校庭の水たまりからドロ水持って来たから飲ませたるわ」
は? いやいや、あのガキンチョは何を言ってるの? ……本当に泥水を持って来てるし。給食に使った皿を隠し持っていたのか。
「ほら、ドロ水。仲間やろっ! 飲めって!」
仲間だから飲めってどういう理屈なのか。三年生の頭だから仕方ないが、さすがにこれは酷いのでは?
「のーめ!」
「のーめ!」
「のーめ!」
「や、やめっ、て……」
グループのリーダー格である男子が水泥くんの頭を掴んで泥水の皿へと押しつけようとする。
そして響く飲め飲めコール。会社の飲み会か。
男子グループだけでなく、クラス中からコールされて、同情する視線も向けられるが、嘲笑するような女子の声も混ざり合い居心地の悪いものだ。
しかし、こんな光景は記憶にない。恐らく、前世では席を外していた出来事なのだろう。
酷く苛立った私は図書室で読もうとしていた分厚い本を机の上に思い切り叩いた。教師が生徒名簿を教壇に叩きつけるように。
バンッ! という大きな音がしたことにより、空気が一変し、静かになった視線がこちらへと集中する。
図書室で借りていた本なのを思い出し、申し訳なさがあったが、手が勝手に動いてしまった。
「うるさいよ」
真顔で男子達を見つめる。みんな驚いているのだろうか、反応がなかった。
「聞こえてる?」
もう一度、声をかける。
「な、んや、本女」
本女とはまんますぎる。まぁ、間違いではないので訂正するつもりもない。
「毎日毎日飽きもせずに一人だけをネチネチネチネチ虐めて不愉快なの。同じクラスってだけで民度が下がるの。わかる?」
「はあ?」
「そもそも、その子は水泥くんって名前なのに泥水泥水って間違えて呼んじゃって恥ずかしくないの? 自分から字が読めませんって自己紹介してる自覚ある? 見ているだけで羞恥心がパネェのよ」
いけないいけない。さすがに三年生が使う言葉じゃないし、まだ2000年代にも突入していないのに流行前の若者言葉まで使ってしまった。
「泥と水の漢字が入ってんやから泥水やろ!」
「そう。じゃあ、君は今日からゴミくんだね」
にっこりと馬鹿にするように微笑めばリーダー格のゴミくんは怒りをあらわにする。
「は? なんでやねん!」
「だって……芥田くんでしょ? 国語辞典で芥って文字調べて見てよ。ゴミって書いてるから。泥と水って言葉が入るだけで泥水って呼ぶなら、ゴミっていう意味の芥の文字が入ってる芥田くんもゴミくんって呼んでもいいんだよね? それに泥水を飲ませようとするならゴミくんもそこのゴミ箱からゴミを食べてよ。じゃなきゃフェアじゃないよね? ねぇ、ゴミくん」
「うっ……」
ふふふ。どうよ、いい気になったら早口になるオタクの必殺技は。言い返せないだろう。大人に楯突くとこうなるんだから。
……うん。大人気ないなんて思ってはいけない。今は子どもなんだから。
「ちょっと、何の騒ぎ!?」
そこへ誰かが呼んで来てくれたのか担任が教室に現れる。ヤバい、と言った空気を察知し、私は動いた。
「先生! 芥田くんたちが水泥くんに泥水を飲ませようとしています!」
「あっ!」
すぐさま報告。それに現行犯なのは見てわかるので相手も言い逃れが出来まい。
これでゴミくん達は担任にこってり絞られることになった。
正直、保護者に報告する案件だと思うが、この様子ではそれはなさそうなので根本的な解決にはならない気がする。子どものイジメを甘く見てる時代が恐ろしい。
男子グループが叱られている間、ふと水泥くんを見てみると慌てて目を逸らされた。目が合ったのかな?
髪のせいでわからないが、恐らく視線がかち合ったのだろう。
……君ももう少し強くなりなよ。