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絆奈へ、経緯を話すわ

 私、佐々木 新奈は小学六年でボーイズラブの世界を知った。新しい世界が開いたんはえぇんやけど、当時の友達には気持ち悪がられて、クラスで笑いもんになった過去がある。

 ……まぁ、あの頃は自分もガキやったから秘めておかなあかん趣味やとは思わんかったからこっちにも非がある。っちゅーわけで黒歴史や。思い出したないわ、あんな過去。

 まぁ、中学からはめっちゃおもろかったわ。腐女子仲間の絆奈やろ、絆奈にべったりの水泥くんやろ、そんで初対面はくそ最悪やったけど今じゃ仲良うやってる稔やろ。

 中学でも私にちょっかいかけるアホ共もおったけど、あんま気にならんくなったわ。人の趣味にとやかく言うやなんてガキやなぁ、って憐れんだしなぁ。


 あ、腐女子やけど、私は所謂描ける方の腐女子。『天上生活の日々』略して天日々で推しカプ描いててんけど、高校の最後の夏に思い切ってサークル参加したんや。

 今思えば転機が訪れたんはきっとこの日やったんやろうな……。


 絆奈がいつの間にかレイヤーの子と仲良うなったみたいでアフターしたったら? と促したんが始まり。

 撤収作業中にやって来たレイヤーの子が年下で知らんうちにめちゃくちゃ絆奈を慕っとるし、何なら恋する乙女っちゅー目? そんな感じやったわ。

 あーそっち系の子なんかなーって察したんやけど、ナマで見たら存外に悪くなくて、自分でもびっくりやってんけど、ガールズラブもありやなって思ったんよな。

 BLだけやと思って生きとったからな……。その帰りにGL本を買うてみたりして、試しに読んだらこれがまためっちゃハマってもうた。

 男同士とはまた違う世界観で、これは作者によるんやけど女子に特有の甘酸っぱさがあって、それがまた良かってんやろな。


 気づいたら自分でも描いとった。まぁ、そのモデルが絆奈とそのレイヤーの子やけどな……結構暈しとるからバレへんとは思うけど。

 で、創作家として描いたら見てもらいたいって思うのが当たり前やから、イベント参加二回目にして百合サークルで出たんよな……。

 その薄い本がなんや知らんけど当たったらしく、イベントに出るたびに購入する人も増えて、さらにSNS垢を作った際に完売した百合漫画を添付したらバズってもうて、いつの間にか壁サーにまで辿り着いとった……。

 さすがに一人で捌ききれんから人手が欲しくて稔を無理やり引っ張ったんやけどな。


「……雑誌デビューの話、ほんまやったんですね」


 そして今年の夏、大学三年になったら今度は百合雑誌の編集者からメールでスカウトされたんやけど、さすがに胡散臭くて返信せず、本社に直接電話かけたったらほんまの話やったみたいで、紛らわしくてごめんね! と謝罪された。


『最初は短編をお願いしたいんです。もし好評なら連載も視野に入れてます』

「はぁ……私そこまでの自信ないんですけど」

『最初は誰だってそうですよ。描きたいものが決まったらまた教えてください』


 と言われてしまい、しばらくして描きたいものを伝えたら「ありきたりではあるが、最初だから王道の方が受け入れられやすいと思うし、それでいこうか」と、すんなりOKが貰えた。えぇんか、そんなんで。


 そんなこんなで上手くいったら年明けすぐに雑誌に載るそうや。

 薄い本を作るのと違うて修正やら色々あってめっちゃ大変やったけど、なんとかなったようでそこは安心ではあるんやけど。






 現在、水族館に遊びに行ったら大学卒業後をどうするのかと絆奈に聞かれたからそのことを話した。

 正直なところ卒業後はわからん。雑誌デビューしてそのまま商業作家として生活が成り立つんならそれに越したことはないんやろうけど。結果次第やろか。


「……フォロワー数エグい……」


 話の流れで絆奈が食いつくようにSNS教えてと言われ、教えたところ信じられないという視線がこっちに向けられた。


「万を超えたら逆に現実味なくなってきてんけどな」

「ニーナ、もっと現実を見て!」

「見とる見とる」

「なぁ、自分ら。もうそろそろ次行かへんかー?」


 そこへ同じ場所へ留まることに飽きたやつの声が後ろから聞こえた。

 確かに水中トンネルの水槽そっちのけで話し込んでしもうたから今はこっちを楽しまなあかんわ。


「あいつもそう言うとるし進むか」

「そうだねー」


 水中トンネルを潜り、その先の水槽をいくつか覗く。ちっちゃな水槽にはちっちゃな生き物。おっきな水槽に大中小様々な生き物が各々の世界の中で生きとった。

 順路通りに進めば途中にはクジラの生態についてまとめた資料展示室だったり、ペンギンのいる水槽だったり、色々見て回る。

 館内の半分ほど見たところでイルカショーへと通じる屋外ステージまでやって来た。せっかくやしショーを見て行こうとその場で即決し、観賞する。

 指示通りに動くイルカはほんまに頭が良く、高く飛んだりしてボールを突いたりする姿は驚きと感動で興奮してしまうほど。

 夏場やったら激しい水飛沫で観客をずぶ濡れにするのが目玉やけど、さすがにさっむい冬場ではそんな有難くないサービスはせぇへん。

 輪っかを潜ったり、トレーナーを背中に乗せたり、数匹のイルカがそれぞれ色んな技を披露するショーは三十分あったが、あっという間に終わってもうた。


 時刻は昼を過ぎた頃、残りの水槽を見て回り、全て見終わると、そろそろお腹が空き始める。昼ご飯を食べたいところなので水族館と併設しとるレストランで昼食タイムを決め込むことにした。

 水族館の中にある唯一のレストランは海が一望出来る所。しかし、食事処はここしかないため必然的に混みやすい。

 まぁ、今回は昼を過ぎた頃やから少し待っただけで座れるのでまだマシやろう。

 メニューは海の幸を使ったもんもあれば軽食など色々ある中で私が選んだんはマグロ丼。絆奈は海鮮丼、水泥くんはエビフライ定食。そしてあと一人は……。


「稔……自分、カツカレーかいな。どのメニューも海鮮系を推しとるのにあえてそっちなんか」

「トンカツもカレーも好きやからな!」


 ……まぁ、えぇんやけどな、自由で。それがこいつのえぇとこでもあるし。

 そんな私らの様子を絆奈がジッと見たあと、微笑ましいと言わんばかりに呟いた。


「そういえば昨日、芥田くんがニーナのこと名前呼びしてたからあれ? って思ってたんだけど、ニーナも芥田くんのこと名前呼びだったんだ。仲良しなんだねー」


 あー……言うタイミング逃してたわー。とりあえずいつかは知る事実やからいい機会やし、言うておくか。稔も同じ考えやったんか、ちらりと互いに視線を合わせてうんと頷く。


「まぁ、仲良しっちゅーか……」

「俺ら付き合っとるし」

「「!?」」


 絆奈と水泥くんが持っていた箸を落とす。その表情は驚愕で固まっとった。見事なまでのシンクロフリーズ。


「つ、つ、付き合ってる!? ニーナと芥田くんが!?」

「それってつまり恋人ってことだよね……?」

「せやな……まぁ、色々あって最終的にそうなったんや」

「まだ半年くらいやけどな。っちゅーか、水泥には昨日話したやろ?」

「彼女がいるとしか聞いてないよっ?」


 いつの間にそんな話しとったんや。いや、むしろそこまで話してたんなら普通に彼女の名前も出したらんかい。


「……ニーナ、友達同士がお付き合いするのはとても喜ばしいことだけど、今は丸くなったとはいえあの芥田くんとニーナが付き合うのが全く結びつかなくて今とても混乱してるよっ? ニーナに関する最新情報多すぎてそろそろオーバーフローしそうなんだけど!」


 こんなんでオーバーフローするやなんてポンコツにも程があるやろ! そりゃ言いたいことはわかるわ。こっちも昔やったら有り得んと思っとったし。


「ちなみにどういう経緯でニーナと芥田くんが付き合うことになったの?」

「えー……いや、なんて言うたらえぇんかな……」


 そんな漫画みたいな感じちゃうで? と、前置きを伝えると絆奈は興味津々といった顔で頷いた。






 今年の春頃くらいやろか、Cafe・和心の里に常連客である男性が一人増えた。最初は友達と一緒に来てたんやけど、一人でも来るようになってちょこちょこ話をする仲になっとった。

 とはいえ、こっちは店員で向こうはお客。そこまで深い仲になってへんのに、えらい踏み込んだ話や質問をしてくる。

 次の出勤はいつなのか、仕事は何時に終わるのか、彼氏はいるのか、と明らかに個人情報ばかり聞いてくるので適当にかわしてたんやけど、とうとう仕事終わりまで待ち伏せされるようになってもうた。

 その日はなんとか逃げたんやけどさすがに気持ち悪いから店長さんに相談し、それが彼女の父である安堂さんの耳に入って、そこから稔が遣わされたんや。

 その変な客に絡まれないようにするため、私の出退勤時には稔がついて行くように頼まれたらしい。

 用心棒みたいなもんやと思って有難く稔を使わせてもろうたんや。

 それから二週間経ったある日な、そいつが声かけて来よってん。


「佐々木ちゃん……最近その人と一緒にいるのをよぅ見るんやけどその人は?」


 うげっと思ったわ。わざわざ本人を前にして聞くか? そんな交友関係を教えるほどの仲やないのに。まぁ、向こうはそんな仲やと思ったんやろな。とりあえずなんて返事すべきか悩んだら稔が先に口を開いた。


「彼氏やけど」

「!?」

「えっ……」


 まさかの返答にびっくりしたわ。でも、ここでわざわざちゃうで! って、否定することもないし、相手がそう言うなら利用させてもらうことにした。


「せや、彼氏やねん」

「そう、ですか……」


 大きな溜め息を吐くと、その客はとぼとぼと帰って行った。めちゃくちゃ効果抜群やったから心の中でガッツポーズをする。


「いやー助かったわ、芥田。機転が利くこと言うやん」

「師匠がそう言っておけばなんとかなる言うてたからなっ」

「自分の案ちゃうんかい……」


 まぁ、これで一件落着になったわと思って、翌日からは一人で帰るようにした。そう安心しきっとったら一週間後にまたあいつに絡まれてもうたんや。

 あの日以来、稔を見なくなったから自分を騙すためだったのか、それとも別れたのか、とバイト帰りに詰め寄られてしまう。


「もう、ほんま自分えぇ加減せぇや! キモいねん!」

「そう言ってほんまは俺の気を引きたいんやろっ」

「どんだけおめでたい頭しとんのや!」


 話の通じない口論になり、関わるのも面倒やと思ってそのまま逃げようとしたら、腕を掴まれ阻止された。

 振り解こうとしても離せなくて、強く引っ張る男の力に適わんのが腹立たしい。

 すると、第三者が私らの間に割って入って来て、男の手を掴み、その拘束から逃れた。


「自分、何しとんねん」

「!!」

「あ、芥田っ」

「おう、人の彼女に手を出すなんて何様や自分? 二度と近づくなや」


 思いもよらぬ登場と言動に少しだけ胸がドキッとしてまう。

 稔が荒々しく男の手を離せば、相手はビビったんかそのまま逃げ帰って行った。まぁ、見た目は派手やからそれに威圧されたんやろな。


「あ、ありがとぉな。芥田がたまたま近くにおってラッキーやったわ」

「……たまたまちゃうで。ずっと離れながらちゃんと見てたわ」

「え?」


 なんでや。こっちはもう送り迎えせんでえぇって伝えたんに離れながらも見守ってたんかこいつ。


「安堂さんに続けろ言われたん?」

「俺の判断や。……異常な目付きしとったし」

「芥田にしてはいい判断しとるやん……」

「せやろせやろっ! まぁ、そういうわけやから、ずっと彼氏役させてもらうわ」

「……ずっとって、遠回しに告っとるんか?」

「? ……っ!?」


 からからったつもりで言ったら、向こうはその意味に最初こそは気づかなかったけど、しばらくしてから意味を理解したらしく、照れくさそうに頬を染める。そんな思いもよらぬ反応に思わず笑ってもうた。


「あっはは! もうちょい考えて話しぃや! まぁ、ずっと言うんやったら頼りにさせてもらうけど」

「……おう」


 それからまた稔に送迎してもらう日々やってんけど、あの男は店にも全く来んくなったし、いつも稔に付き合わせるんは悪いと思い、少しずつ日数を減らしてもらった。


「芥田、もうそろそろ送り迎えせんでえぇで。修行の時間減らさせて悪かったな」

「え? 別に続けて構わんで俺は」

「いや、さすがに悪いわそれ」

「……せやったら本物の彼氏になったるわ。それならたまに彼女を送るくらい普通やろ」


 ぼそっと少しばかり上からな言葉やったけど、どう聞いてもあいつなりの付き合ってくれと言うてるように聞こえた。せやからこっちも相手に合わせて返事をする。


「そんなにしてまで言うんやったら彼女になったるわ」

「なんやねんその言い方は」

「そっちもやろ。ロマンの欠片もあらへんやん」

「う、うっさいわ! ……まぁ、合意したんやったら……よろしく頼むわ」

「……畏まられると一気に恥ずかしくなるなぁ……ん、よろしく」


 稔のことは別に嫌いやないし、一緒にいるのも悪ないし、まぁ、いいやつやと思うし、それでも改めて付き合うと思ったら急に恥ずかしなってきた。






「……っちゅーわけやな」

「甘酸っぱい……」


 一通りの説明を終えると絆奈は顔を覆いながら呟いた。水泥くんもこくこくと頷いている。……甘酸っぱいか? 現実はそうでもなかったで?


「ニーナ、結婚式には是非推しを司会に依頼してね! 費用は出すから!!」

「ここぞとばかりに自分の推しを捩じ込んで来るなや!」


 結婚なんて気が早いだの、ツッコミ所はまだあるけど、目をキラキラさせながら司会を指定してくるってなんやねんな。そんなやつおるか普通? ここまで推しを起用させようとするやなんてむしろ逞しいわ。


「そういえば、芥田くん。口数少なくなったね」

「そ、そうか……?」


 水泥くんがそう言うと稔は図星と言ってもおかしない態度で視線を逸らした。


「恥ずかしいんやろ。全部私が説明してもうたやん」

「ちゃ、ちゃうし! 事細かに説明するとは思わんかっただけや!」


 せやから小っ恥ずかしいんやろ。彼女が出来たって知り合いに言い回っとったやつが友達に言うのは恥ずかしいってなんなんや。


「芥田くん、キスはした?」

「ばっ! なんでそんなん聞くねん!!」

「いやー小学校時代を思い出してね。私と水泥くんにキスコールしてたのが懐かしいなぁって」

「おまっ……! ほんっま昔のことばっか持ち出してきよって! だから橋本だけには知られたないねん!」


 あぁ……納得した。ニヤニヤした親友の顔を見て、稔の口数が減った理由を理解する。絆奈がからかうからやねんな。

 まぁ、あの三人は私と会う以前である小学校からの付き合いやからな。出会ったときは敵対しとったし色々と因縁はあったわけや。


「でも、ニーナを助けてくれたのは凄く格好いいと思うよ。ほんと昔と違って見違えるくらい」


 しばらく稔をからかい続けた絆奈は満足したんか褒め出した。恋人を褒められるのは悪くない。悪くないんやけど、まずいなぁ。水泥くんが少し俯き始めた。

 格好いいという単語が聞こえた瞬間に反応するんやからほんまにあいつもわっかりやすいわ。周りには見せんように堪えてるんやけど、めっちゃ落ち込んどるであれは。そういうオーラ出とるもん。

 てかな、好きな子が他のやつを格好いいって言うだけで沈むんやなんてどんだけ打たれ弱いねん……。生きづらいやろ。


「ア、アホ……かっこいいとか俺に言うなやっ」

「なんで? こういうときは自信満々にそうやろ! とか言うのに。照れなくていいんだよ。ね、水泥くん。芥田くん格好いいよねー?」

「え、あ、うん……」


 アホかーー!! 絆奈、自分も追い打ちかけるようなことすんなや! 稔かて水泥くんの様子に気づいとるんやで! それやのに同意求めたなら頷くしかないやん……。

 あーもう見てられんわ。助け舟出したろ。


「せやけど、絆奈。かっこえぇ言うんやったら水泥くんがいっちゃんかっこよくなったやん?」

「そうだね。水泥くんの変わりっぷりはびっくりしたけど、すっごく格好良くなったよ」

「! あ、えっと、ありがとう……」


 よし。誘導成功や。照れた様子の水泥くんには先程のどんよりオーラはなくなったわ。安心した、安心したと思ったんやけど……稔の恨めしそう目でこっちを見てくる。


「……水泥がえぇんか?」

「……あのままやったら自分が水泥くんに睨まれたんやで」


 なんでここの男共はちょっと面倒臭いのばっかなんや。


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[一言] > さすがに一人で捌ききれんから人手が欲しくて稔を無理やり引っ張ったんやけどな。 稔って呼んでたっけ? と、この辺り何かあると思ったら……。 付き合っていたのですかっ!? 何というか、いじ…
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