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推しへ、親友が商業デビューしてました

 耳元に何やら音楽が流れる。夢うつつの状態の中、枕元に置いていたスマホから流れていると気づく。まだ開かない目でスマホを探しながら、どうやらその音は電話なのだと理解し始める。

 アラームが鳴る前に電話だなんて、せっかくゆっくりギリギリまで寝るつもりだったのに。ニーナからだろうか? それともバイト先? 今は実家に帰ってるからいきなりの出勤要請には応えられませんよ……。


「ふぁい……もしもし……?」


 欠伸をしながら電話に出る。しかし、相手の声を聞いた瞬間、電話主を確認しなかったことを酷く後悔した。


『あ、もしもし? 絆奈ちゃん?』

「ハッ!! お、おっ、いや、寧山さんっ!?」


 ガバッと潜っていた布団から飛び起きる。この声、聞き間違えるはずがない。推しだ。推しの声である。


『おはよう。ごめんね、朝から電話かけちゃって』

「お、はようございます……えっと、また突然どうしましたか……?」


 思いもよらない相手からの電話に一気に覚醒したとはいえ、状況が理解出来ない。ぼさぼさの髪を無意識に整えながら正座までしてしまう始末だ。


『ちょっとそっちの予定もあるだろうから早めに連絡しようと思ってね』

「予定、ですか……?」


 待って待って。嫌な予感がするぞ。私の予定を気にするようなことを話そうとしてる? ねぇ、推し、そうなの!? やだ、聞きたくない! 今すぐ電話切りたいっ!


『初詣、一緒に行かない?』


 推しのバカーーーー!! なんで、なんでそんな一大イベントに私を誘ってんの!? 他のアクター仲間がいる中で私が混ざるのとか普通になしでしょ!?

 ……そんな感じで心の中の私が大騒ぎしている。いや、そうなるでしょ。これでは推しとの恋愛シミュレーションゲームみたいではないか。


『大晦日に落ち合って神社で年を明かせればと思って』

「あ~……でも、その日のお仕事が夜の十時までなので合流するにしても一時間後になりますから、ちょっとギリギリかもしれないので遠慮しときます~……」


 よし。我ながらいい断り方だ。嘘ではないしね!


『それくらい大丈夫だよ。気にしないで』


 私は気にするんだよっ! 絶対電話の向こうでにこっと笑ってるやつだ!


「いや、でも私がいると邪魔なのでは……」

『え? 邪魔なんかじゃないよ?』

「だって初詣じゃないですか。寧山さん、他にもどなたかといらっしゃるんじゃないんですか?」

『え……?』


 ……え? 何その反応は。他に誰もいないよと言わんばかりのきょとんとした声は。いや、まさか二人でってことないよね? え、推しほんとに友達いないの? 雪城さんとか、白樺とか、水泥くんとか誘いなよ! 私なんて一番後回しにするとこでしょーー!?

 もしかして断られた? それはさすがに可哀想……って、いや、白樺なら秒でオッケーしてくれるじゃん? 白樺誘いなよ、ね?


「……寧山さん、私じゃなくても他に誘える人いるじゃないですか」

『もしかして……迷惑だった?』

「迷惑じゃ! ないですっ!!」


 そんな悲しそうな声で言わないでよ推し! 迷惑だけど迷惑じゃないよっ!!


「ほ、ほら、やっぱりそういうのってお仕事仲間の人達と行くのが多くないですか? 寧山さんだって前の初詣ではアクター仲間と行ってた写真も上げてましたしっ」


 ね? ね? わかってよ、推し! そんな願いを込めて説得するのだが、電話越しから推し以外の人の声が僅かに聞こえてきた。


『あ……えっと、そうそう! ごめん、言い忘れてたんだけど、実は雪城さんも行くんだよ! 絆奈ちゃんに会いたいって言ってるから嫌じゃなければ……』


 いるじゃん! 一緒に行く人! さっきのきょとん声なんだったの? 私の気のせいなのか、推しのうっかりなのか!

 ていうか、やっぱり電話の向こうには雪城さんもいるのね! 現在進行形で推しの近くにいるのになんで二人だけで行かないの!? どうして私は巻き込まれてるのっ!? そこは二人で行って愛を育むイベントでしょ!


「えーと……やっぱり私はお邪魔な気が……」

『そ、そうだ、水泥くんも誘って行くのはどうかなっ?』


 なぜにそこまでに必死なのか推しよ……。そこまでして私を連れて行って何がしたいのか。

 ……ハッ。まさか、雪城さんと初詣に行こうとしたけど、あまり乗り気じゃないから私と一緒なら行くならとか言われて仕方なく電話をしたのでは? なるほど、それなら全ての謎が解けるわけだ。

 気づかなくてごめんね、推し。もう少しで私に気があるのではとお花畑みたいなことを思ってしまうとこだったよ。うん、百パーセント有り得ないし、そんなリアコみたいな結果が出なくて良かった。

 しかも電話の向こうで『絆奈ちゃん絶対来てよねっ!』と雪城さんらしき声まで聞こえてしまった。


「じゃ、じゃあ、行きます……」

『ほんと? じゃあ、水泥くんには僕から誘ってみるね。それじゃあ、また連絡するよ。ありがとう、絆奈ちゃん』


 そう言って電話は切れた。推しに感謝されてしまったようなのでやはり私の読みに間違いはなさそうだ。

 一瞬、二人だけの初詣になるのかと思ったが、勘違いで良かった。推しとご飯するだけでいっぱいいっぱいなんだからこっちは。


「……目が覚めてしまった」


 起きる予定の時間より四十分ほど早い今現在の時間を見て、二度寝するような気持ちにはならないため、そのまま起きて支度を始めることにした。


 本日、東京に戻るため、父とは朝しか会えない。仕事に行くお父さんを玄関まで見送ったら、また力いっぱい抱き締められてグズグズと泣かれてしまった。仕事前に泣いちゃダメじゃないか、父よ。


 まったり準備をしつつ、約束より少し早い時間に待ち合わせとなる駅に向かえば、私が一番乗りだったようだ。

 券売機の近くでみんなが来るのを待っていると約束の時間十分前に水泥くんと芥田くんがやって来た。


「おっ。橋本早いやん。てっきり俺らが一番やと思ったんやけどなー」

「おはよう、橋本さん」

「おはよー。ちょっと早くに起きたから早めに出てきちゃった」


 手をひらひら振って二人を出迎える。あとはニーナだけだ。とはいえ、待ち合わせ時間十分前だからそろそろ来るだろう。

 すると、水泥くんが困惑気味の表情で口元に手を添え、こそっと小声で話しかけてきた。


「あの、橋本さん……今朝、寧山さんから電話がかかってきたんだけど……」

「あぁ……」


 話の内容がすぐにわかってしまった。うん、そりゃあ困惑するよね……私もだよ。推しと雪城さんの二人が初詣行けばいいのに、私達は恐らく巻き込まれてしまった者同士だから。


「断りたかったんだけど、雪城さんが会いたいって言ってるって言われたらなんか断りづらくなって……」

「……なるほど。そういう手口か……」


 お。水泥くん理解が早くて助かるよ。推しが雪城さんと初詣に行きたいがために生贄として私達が選ばれてしまったんだよ。


「なんや、みんなもう来てたんか。早いなぁー」


 そこへニーナも登場。待ち合わせ時刻の四分前である。凄い、みんな優秀だ。

 では、全員揃ったところで早速本日の目的である水族館へ向かうことにした。

 電車を乗り継ぎ、町から少しばかり離れた駅は小さいけれども冬休みということもあり、家族連れや友達グループが沢山電車から降りた。

 この辺りで人が行きそうな場所といえば水族館くらいである。駅から少しばかり歩くので駅前のバス停にはバスを乗る人達が列をなしていた。とはいえ、一駅くらいなので私達は徒歩で向かうことにする。


 駅から水族館までの道のりなんだけど、ここは歩道が若干狭い。ギリギリ二人が並んで歩けるくらい。

 しかし、わざわざ狭い所を二人並んで歩くのはカップルや小さな子ども連れの親くらいなもので、一人ずつ並んで歩くことが普通。


「……」


 先頭をニーナ、その後ろに芥田くん、水泥くん、そして私という順番で歩くのだけど、この道路……さっきからトラックがよく通っているのだ。

 そりゃあこの先は水族館だからほとんどは搬入トラックかもしれない。とはいえ、トラックが車道を通るたびに息が詰まりそうになる。


 橋本 絆奈。死因となるトラックのせいではちゃめちゃにトラック恐怖症を患ってしまった。トラウマである。

 近くに走るだけで心臓は飛び跳ねるし、横断歩道の際に近くに停まっているだけでも足早に去るくらいにはトラックのことを毛嫌いしてしまっている。

 しかし、トラックとは貨物運搬するための大事な車。外に出たらあちこち走っているのだから私が慣れるしかないのだけど、大人になった今でもトラックに対する恐怖は拭えないままだ。

 ……仕方ないよね。トラックに突き飛ばされて死んだんだよ。私に向かって走ってくる姿はもはや化け物のようだったし。

 それより何よりここ、ガードレールもないから! こんなの絶対死んじゃうから! なんでガードレールないの? 水族館があるんだし、人通りも少なくはないんだからガードレールつけようよ!

 小学校の頃はバスに乗って行ったからここまで私的に険しい道のりになるとは思わなかった……!


「……橋本さん」

「あ、水泥くん。何かな?」

「僕が横に立つからそれで少しはマシになるかな?」


 そう言うと彼は狭いというのに私の隣に並んで歩いてくれた。トラックが苦手だということを覚えていたみたいで、恐らく顔色が悪い私に気づき、気を遣ってくれたのだろう。


「……めちゃくちゃ有難いです」

「うん。何かあったら遠慮なく言ってね」

「神だ……」


 横に立ってくれるだけで多少はトラックからの脅威が薄れる。水泥くんを壁にして申し訳ないんだけど、申し訳ないんだけど! とても有難い!

 介護してくれてありがとうね……絆奈婆ちゃんは水泥くんがこんないい子に育って嬉しいよ……。


 水泥くんにお世話になり、ようやく水族館へ到着。

 海に面して建てられた水族館は実際にその海から汲み上げた海水を使っているのだとか。

 イルカショーや展示物などもあり、近くには遊覧船もあるので海沿いならではの楽しみが色々とある。

 水族館帰りには傍にある砂浜で遊ぶことも散歩したりも出来るからそちらに流れる人も多い。

 目を引くものが多いけども一先ず水族館に入館し、海の生き物達を見物することにした。


「あかんな……ここずっと居られるわ」

「ここに住みたいね……」


 上部が半円型の長い一本道である水中トンネル。海の中に潜ったような空間は色んな魚達が遊泳していて、ついつい足を止めて眺めてしまう。

 小魚の大群もいれば頭上には大きなエイやサメが泳いでいる。うん、いい眺めだ。


「……あんなに見てて飽きへんのかいな」

「まだ数分しか経ってないよ……。それに時間を忘れてゆっくり見るのも楽しいからね」


 後ろでメンズがそんな話をしていても気にせずにニーナと大型な水槽を眺める。あぁ……推しの人魚パロでも描こうかな。

 ぼんやり邪な妄想をしていると、ふと思い出したことがあってニーナに尋ねてみる。


「そういえば、ニーナ。大学はどう?」


 ニーナは高校卒業後は大学に通っている。前世だと卒業してからはアプリゲームの仕事に就いてイラストや背景を描いてたりしてたっけ。


「んー。まぁ、ぼちぼちやなー」

「ニーナ、卒業したらどうするの?」

「それやねんけどな、私この前の夏イベで商業誌デビューの依頼きてん」

「へー……え、うそっ!?」


 まさかの商業デビュー作家!? そりゃあ、ニーナの漫画はストーリーもいいし、絵柄もいいから商業デビューと聞いて全く不思議ではないのだけど、さすがに前世ではそんなことにはなっていなかった。


「いやー……メールで来たから私も最初は詐欺やなって思ってめっちゃ疑っとったんやけど、後日メールに返信やなくて、そこで名乗って出版社に電話かけたらマジもんやったんでしっかり話聞かせてもらったんよな。とりあえず短編で一本描いてくれって」


 詐欺ではなさそうなのでそこは安心した。ニーナそういう所はしっかりしてるもんね。さすがである。でも、一体どこの雑誌から声をかけられたのだろう。有名BL雑誌だろうか。


「ちなみになんて雑誌?」

「百合星」

「……えっ?」


 百合星━━。それは有名所の雑誌の名前だ。もちろん私も知っている。しかし驚くのはその認知度ではなく、ジャンルだ。

 なぜならば、百合星とはその名の通り女性同士の恋愛である百合をテーマにした月刊雑誌。つまりガールズラブ。GLともいう。

 確かにニーナは現世ではなぜか百合物を嗜むようにはなったのだけど、そこから商業デビューに繋がるとはとても思えない。


「え、ちょっ、待って待って……その夏イベで出てたのはBL本じゃないの?」

「あー、絆奈には言ってなかったんやっけ? 今、百合サークルに出てんねん」

「マジで!?」


 いや、嘘でしょ!? 何がどうしてそうなった!? 私が死ぬ前の時代では生涯BLしか描いてなかったのに!


「く、詳しい話を……」

「絆奈と初めてサークル参加した日に百合物に手を出したのは覚えとるやろ?」

「うん」

「簡単に言うたらそれにハマって、そのあとのイベントんときに自分でも百合本描いてみたらめっちゃ行列が出来てもうてな、次のイベントでは誕生日席になって、そん次のイベントでは壁サーになったんよな……」

「いや、待って。何その出世街道」


 もしかしてこれって私の知らないうちに親友がめちゃくちゃ有名になってたやつでは!? しかも百合物で当たってしまったとは! ていうか、ニーナは天日々の推しカプ本を量産していたわけじゃなかったってこと!?


「……つかぬことをお聞きしますが、天日々の活動はしてないの……?」

「推しカプは相変わらず好きやけど創作はせんようになったなぁ……ROM専になったわ。まぁ、たまにSNSで描くくらいやろか」

「まさかの見る専門に……って、待って! SNSやってんの初めて聞いたから繋がらせて!」


 やばいやばいやばい! ニーナの最新情報多すぎる! 情報過多である! 前世でも彼女は同人垢を持ってはいたのにすっかり忘れてしまっていた!

 慌ててスマホを取り出した私はニーナからアカウントを聞き出して繋がらせてもらうことにした……表垢の方で。






「あいつら、もう水槽見てへんのに次行かへんやん」

「……話に夢中になってるみたいだね。なんの話かわからないけど」


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