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推しへ、友人の気持ちに気づいてあげてください

 季節は秋。なんと久々の推しの外部! 観劇の秋である! しかもしかも主役。推しが主役の舞台! 主役万歳!


 話の内容は江戸時代で起こる記憶喪失の少女とその子を家まで送り届けたい侍のお話。

 実は少女はお姫様で命を奪おうとする家来から逃げてる途中で川に飛び込み、流れ着いた河川敷で侍である推しに助けられて目覚めるのだけど、記憶喪失になってしまい、帰る場所も名前もわからなくなってしまった。

 侍もどうしていいかわからずにいると、お姫様を追ってきた家来に囲まれ、襲われてしまう。腕が立つ侍は家来を一網打尽にするも、少女のことについて何も話さないまま自害してしまう。

 とんでもないことに巻き込まれたと感じながらも少女を見捨てることなく守りつつ、少女のことを知る者がいないか探すことになった。

 少女を狙う刺客が次々とやってきて、そのうち侍は刺客の動きや発言により少しずつ少女が何者かを知っていく。

 お姫様も記憶を少しずつ取り戻すが、やがて彼女は人間ではないことを打ち明けられる。

 厄災とも呼ばれる妖が本当の少女の姿。殿様の命令によりそれを取っ捕まえて洗脳し、お姫様と思い込むようにして城に閉じ込めていたのだと。目的は厄災を城の最終兵器にするため。

 他国の密偵により自国も含め世界をも滅ぼしかねない少女の命を奪おうとする者も現れたり、城の者が捕まえたりしようとして今に至るのだが、はたして侍と妖少女の未来はどうなるのか。


 そんな内容の主役である侍を推しが演じるのだけど、着物姿の推しは拝んでしまいたくなるほど様になっていて、特に今回なんて殺陣が多くて凄かった。

 激しい斬り合いは息を飲むほどで、その中で立ち回る姿は美しく、これは見惚れしまう人が多いだろう。


 今回の舞台は三日間で計五公演。えぇ、全通してますとも。本日二日目の夜公演を終えたところ。

 ちなみに今回も推しとのご飯会があります……。まだ続くんだこれって思ったよね。まぁ、遡ること数日前のことだけど……。


『絆奈ちゃん、今回の公演はいつ来れそう?』


 推しからのメッセージがきて、すかさず『全通します!』と返事したら『え、そんなに? 無理しなくていいんだよ?』という内容が返ってきた。え、待って。引いてる? 推し引いてるの? 私このために上京したんだよ!? 推しには言ってないけど。


『でも、どの公演にも絆奈ちゃんがいてくれるのは嬉しいな。さすがに毎日ご飯を誘うことは難しいんだけど……』


 いやいやいや、別に無理にご飯誘うことないからね!? なんで義務になってるの! 大丈夫だから! 毎日推しとご飯したいなんてこれっぽっちも思ってないから!


『いや……別にご飯は大丈夫です。寧山さんは寧山さんのお付き合いもあるし、無理に組み込まなくて大丈夫ですので! 寧山さんお忙しくなってきましたし、もうご飯はなしでも大丈夫ですから!』

『無理してないよ? 僕が絆奈ちゃんと会いたいだけなんだし、こうじゃなきゃなかなかお誘いも出来ないでしょ?』


 返信されたメッセージを見て顔を覆い、思わず心の中で「バカっ!!」と叫んだ。そういうことは白樺に言ってよ推し!!

 そういうやり取りの末、ご飯は二日目の夜公演終わりに行こうということで決まってしまった。そして今に至る。

 つまり、これから推しと夕飯タイムだ。今回は面会なしの舞台なのでさっさと劇場から出て行きたいのだけど、推しから客席で待機するように言われてしまった。

 一般客は続々と客席をあとにし、残るのは出演者の同業者や友人、家族など。

 しばらくしてから出演者が出てきて周りは話が盛り上がったりするのだが、推しはまだ来ない。そんな中に残されるのは畏れ多いのもあり、やはり息が詰まりそうである。


「やっぱり橋本さんだ」


 そこへ、私の前に水泥くんが現れた。なんで、と思ったが、彼は推しの後輩になったのだ。先輩の舞台に足を運ぶくらい普通だろう。


「水泥くんっ。水泥くんも来てたんだ?」

「うん。橋本さんも行くんだろうなぁとは思ってたけど今日だったんだね」

「そうなの。まぁ、全通だからどの回にもいるんだけどね」

「全、通……?」


 ……ハッ! お仲間に話す勢いでぶっちゃけてしまったけど、一般的な感覚では全通ってヤバいって思われてるやつ!? 心做しか水泥くんの表情が固い。


(さすがに全通とかキモオタすぎて引くとか思われちゃった!?)

(全公演観てくれるなんて羨ましい……)


「あれ? 二人って知り合い?」


 内心ハラハラしていると、ようやく推しが登場した。着物から着替えたらしく、それは残念に思うも今はナイスタイミングだったので良しとする。変な空気になったらどうしようかと思ったし。


「お疲れ様です、寧山さん。彼女とは小学校の頃からの友人なんです」

「ええっ!? そうなんだっ?」

「はい。水泥くんは初めての友達なんですよ」

「へぇ。それじゃあ、三人でご飯食べに行かない?」


 ナイス、推し! 推しと二人きりの食事は気を遣うから水泥くんがいると心強い! むしろ二人の会話を私は聞きたい!


「えっ?」

「そうだよ、水泥くん。一緒に行こうっ」

「え、と……じゃあ、行きます」


 まさかご飯に誘われるとは思っていなかったのか、驚く水泥くんを私からもお誘いする。こうして何年も続く推しとの食事会に初めて人が増えた。

 帰る準備のため少しばかり推しを待ってから劇場をあとにした私達は、イタリア料理のお店へと足を運ぶ。木目調の空間に少しカジュアルな雰囲気である。

 入店して四人がけのテーブルへと店員さんに案内されると、わざわざ近くの椅子を引いてくれたため、先に座らせてもらうことにする。

 私の向かいには推しが、そして隣には水泥くんが座ると、三人でメニューを開いた。

 せっかくだからピザやパスタなどを分け合って食べようかという話になり、みんなで食べられそうな物や量を注文する。

 後程やってきた料理はカプレーゼ、プロシュート、ブルスケッタ、マルゲリータピザ、トリュフのニョッキ、などである。


「いやー、それにしてもそこが繋がってたとは思わなかったよ」

「実は中学の修学旅行のとき、水泥くんも一緒に寧山さんのパレード見てたんですよ」

「えっ。そうだったの? 初耳だよ」

「言うほどのことでもないかと思って……」

「僕は聞きたかったなぁ。あ、そうそう、絆奈ちゃん。前に聞いてた期待する後輩の話覚えてる? あれ、水泥くんのことだったんだよ」

「へー! そうだった……えぇっ!?」


 待って。待って待って! その話ってあれだよねっ? 推しの家でご飯をご馳走になったときに推しに質問したやつだよね!? 絶対白樺のことだと思ってたのにまさかの水泥くん! いや、注目してくれたのは有難いけど、白樺は!? ねぇ、白樺はどうなってんの!?


「水泥くん、凄く頑張ってたんだよ。よく僕の所に来ては演技とか見てて、気になったことはなんでも聞いてたし。パレードをデビューしたときも彼なりの役を演じてて思わず感動しちゃったからね」

「あ、いえ……そんな、僕はまだまだです……」


 推しに友達のことを褒められるのはとても嬉しい。しかし、水泥くんは先輩に褒められてるのにどこか悔しそうであった。多分、このくらいで満足しちゃダメだと思ってるのかも。向上心の強い子だ。


「そんなことないよ。水泥くんは凄く頑張ってたでしょ? 目標のためにずっと一生懸命に」

「……でも、まだなんだよ。もっと立派にならなきゃ」


 こちらを向いて困り顔で笑う水泥くんの様子を見ると、まだ彼の中では目標に届いていないように感じた。


「そして、一人前になった僕を見てもらいたい人がいるから」


 そう言って水泥くんは強い眼差しで推しを見つめた。……って、何その意味深な言葉は。え、水泥くんってばまさかっ! 推しを狙ってるの!? だからそんな真剣な目付きで推しを見てるの!?


「そうなんだ、頑張ってね」


 推しーー!! にっこり笑ってる場合じゃないんだよ! 推しのことなんだよっ? もっと自覚してーーっ!!

 あぁ、でもどうしよう。推しには白樺がいるし、ていうか推しは雪城さんと結婚するからどちらにせよ水泥くんが入る隙はなさそうなんだよ……。

 もしかして修学旅行で見た推しのパレードを見て恋に落ちちゃったのかな。だから同じ事務所だったり、アクターデビューまでしちゃったりしたのか! いつの間にか白樺と同じ道を辿っていたんだ! 彼より早くデビューしたけど!

 思えば水泥くんに一番近いと自負している私だけど、彼の色恋沙汰を全然聞いたことないし、好きな女の子の話とかもしなかったな……。

 つまり、女子には興味がなかったから? 思春期男子のそんな話がないってことはその頃から男子が恋愛対象だったのかな。気づかなくてごめんね、水泥くん……出来る限り力になるから。


「水泥くん、私も応援してるしてるからね! 諦めない心って大事だし!」

「ありがとう、橋本さん」


 お。照れくさそうに笑ってるけど嬉しそうだ。格好良くなっても水泥くんの可愛さは健在だなぁ……。いくら道が険しくても弟分の恋路は応援してあげなきゃ。


「そういえば二人はお互いの小さい頃はどんな感じだったの?」


 推しの質問に小さい頃のことを思い出す。最初はずっと私のあとを追っていたもんなぁ……。

 始まりはただの気まぐれと、見るに堪えない光景だったからつい関わってしまったのだけど、結果的に良かったんだと思う。

 水泥くんはいい子だったし、一緒にいるのも楽しかったし。


「水泥くんは今よりシャイで目元が隠れてました。ちょっと引っ込み思案だけど、今と変わらず優しくていい子で可愛いのは間違いないですねっ」

「か、可愛いはちょっと……」

「でも、言いたいことはわかるよ。彼、礼儀正しいし、だからと言ってお堅いわけじゃなく気のつきやすい子だから事務所の女性陣にも人気でね」

「水泥くんモテモテだね?」

「別にそんなことないよっ!」


 そんなに慌てなくても君が心に決めた人がいるということはちゃんとわかってるから。……まぁ、さっき気づいたんだけどね。

 その話題を避けたいのか、水泥くんは恥ずかしげにコホンと咳払いをして口を開いた。


「は、橋本さんは根本的な部分は今と変わらない気がしますね。しっかり者ですけど、どちらかというと大勢で行動するよりは小勢や、一人で行動する人でした。……歳を重ねると危ないことに突っ込みやすい傾向が多いように見受けられますが」

「うっ……」

「それもわかるよ。絆奈ちゃん、周りに助けを求めずに自分でどうにかしようとするんだよね」

「うぅ……」


 まさか二人して雪城さん事件のことを言ってるのではないだろか。別にそれだけなのに。……いや、頭を踏まれたりもしたけど、二人には言ってないし、私も言いたくないから……。

 その後、なぜか二人に危なかったら誰かに助けを呼ぶこと、とひたすら注意を受けてしまった。あれ? いつの間に私は二人にお叱りを受ける形になってしまったのか?


 そんなこんなでデザートのティラミスまで平らげて夕飯を終えた私達は店を出て帰ることにした。


「二人とも良かったら送っていこうか?」

「えっ!?」


 送るってまさか推しの車ってこと!? いや、そこまで推しの迷惑にはなりたくない。私は思い切り首を横に振った。


「だ、大丈夫です! 寧山さん明日も舞台があるじゃないですか! 一人で帰れますから!」

「でも、遅くなったし、心配だからなぁ……」

「大丈夫ですよ、寧山さん。僕が橋本さんを送りますので」


 ん? まさかの展開。水泥くん、そこは自分を送ってもらうようにアピールしなきゃ推しと二人きりになれないよ?

 ……あ、まさか私に気を遣ったのかな。推しとの距離感についていつもボヤいてたから助け舟を出してくれたとか。自分のことより他人だなんて本当に君はいい子すぎるよ……。


「そうなの……? じゃあ、頼むね」

「はい、寧山さんお疲れ様でした」

「水泥くんも来てくれてありがとう」

「寧山さん、明日も頑張ってくださいね!」

「うん。絆奈ちゃんはまた明日ね」


 そうだ、明日も舞台で推しを拝めるのだ。それをまた楽しみにして、手を振り推しと別れると水泥くんと共に駅へと向かう。


「……ねぇ、水泥くん。私に気を遣ってくれてありがとうね。別に帰りは一人で帰れるから気にしないでいいよ」


 改札に入り、水泥くんとは逆方面の家なのでわざわざ遠回りさせるのは申し訳ないため、ここで別れようとしたら水泥くんに手を掴まれる。


「え?」

「ちゃんと送り届けるよ。橋本さんが心配だから」


 ジッと見つめるのだから思わずドキリとしてしまう。いや、本当に格好いい顔するようになったなぁ。

 しかし、私はそこまで心配されるような人間ではないと思うんだけど、水泥くんってばいつの間に過保護になったのだろうか。

 昔は私が面倒を見たんだけど、大人になって彼も面倒を見たくなったのかな。よしよし、それならば付き合ってあげよう。


「じゃあ、お願いするね」

(……全然、意識してくれない)


 その後、電車の中で「そうだ、近いうちに一緒に和歌山に帰ってみんなに顔を見せようよ」と話をしながら家に送り届けてもらった。

 ニーナに小言を言われちゃう前に実家に帰らないといけないしね。


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