推しへ、SNSが当たり前の世の中になりましたね
最近、私のSNSにある裏垢では中の人トークで盛り上がっていることが多い。その話題に出るのが大体水泥くんである。
『新火の水泥くんのダンスいつ見てもヤバすぎ!』
『てか、あの子若いよね!? 期待すぎる新人!』
『寧山さんとこの事務所にいるから寧山さんとも面識あるっぽいよねー!』
こんな感じで毎日キャッキャッしてるわけだ。ちなみに新火というのは新しいサラマンダーという意味。
キャラ名が長いからサラマンダーは火、ノームは地、ウンディーネは水、シルフは風と略しながら長文が打ち込めないSNSでは大活躍している隠語である。隠語というにはわかりやすいけど。
『それにしても同じ事務所なら、ねやみど? みどねや? どっちだろ~』
『サラノムで考えたら、みどねやかなー!』
『でも、事務所の宣材写真見たら可愛い顔してたよ。中の人は受けじゃない??』
な、なんと、まさかここで推しと水泥くんのカプ議論が始まるだなんて……!
しかし、そうなるのも仕方ないか……。この裏垢には寧山推しの人か、サラマンダー×ノーム好きの人がほとんどだし、推しカプの白樺がデビューする前に女子人気の高そうな水泥くんがデビューしたんだもんな~! こういう話になるのは必然的だし、むしろ遅いくらいだもんね!
でも……でも……ごめん。私は水泥くんがどっちの属性かなんて考えられない。弟分のような子だし、身内に攻め受けなんて決められない……!
タイムラインのみんな、ごめんね……話に入れなくて。私はしらねや推しだから……でも、水泥くんの二次創作が出来たら凄く見たいから教えてね……。
『でも水泥くんってブログとか、SNSやってないっぽいね? 探しても見つからないし』
『ね~! どんな人か知りたいのになぁー!』
そんな会話を眺めると、水泥くんSNSやってないのか……と初めて知る。推しのブログは最近停滞気味だけど、SNSデビューしたからそっちでよく呟くようになったんだもんなぁ。
それにしても、水泥くんはSNSやるイメージないなぁ……とはいえ、今はSNSでリアルタイムを発信する時代。
駆け出しでせっかくパークデビューしたのに人柄やお仕事情報が未来のファンになるであろう人達に伝わらないのは困る。
「ならば直談判だ」
直接水泥くんに電話をかけてみる。出るかなー。まぁ、出なかったらメッセージ飛ばせばいいだけなんだけどね。でも、電話の方が手っ取り早いので出てくれるといいなぁ。
そして待つこと数コール目で水泥くんが電話に出てくれた。
『も、もしもしっ?』
電話越しの水泥くんは何やら慌てている様子だった。タイミングが悪かったかな?
「あ、水泥くん! ちょっとお話したいと思って電話したんだけど、なんだか忙しそうな感じだね? またかけ直した方がいい?」
『あっ、いや、大丈夫っ。ちょうどお風呂から上がったとこで電話が鳴ったから慌てただけなんだ』
「そう? 着替えとかちゃんとした?」
『うん、大丈夫。ところで話って?』
「それなんだけど、水泥くんSNSやらないのかなーって思って。ブログとかもやってないでしょ?」
『え、うん』
「知り合い達がね、水泥くんのことをもっと知りたいからSNSやってほしいって言ってたの。やっぱり役者としてそういうのを使って自分の存在をアピールしていかなきゃと思うから水泥くんが無理じゃなければやってみないかなぁと思って」
そうすればフォロワーのみんなも喜ぶし、水泥くんの活躍にも繋がるだろうし。しかし、電話の向こうの相手は悩むように唸り声を上げた。
『……僕には向いてないんじゃないかな。他人に自分の日記を読まれてるみたいで恥ずかしい気がするし』
「あー……なるほど、そういう考え方もあるのかぁ。まぁ、日記っていうより、こんなことしたっていう報告みたいなのでもいいんじゃないかな。美味しいもの食べたとか」
『……橋本さんと話してるような感じで?』
「そうそう! 私と世間話するみたいな。まずは軽い気持ちで始めたらどうかな?」
『橋本さんが見てくれるなら……』
「そりゃあ見るよ。水泥くんの一番目のファンだからね」
『っ……わ、わかった。やってみるね』
やった! これで水泥くんの生態がわかるようになるよ、フォロワーのみんな!
それから数日後、水泥くんからSNSのアカウントを作成したということを知る。
早速フォローしたいと思うのだけど、表垢ですぐにフォローしにいったら私だってバレるので様子を見てからフォローしよう。……表垢でさえパンピーな友人に知られたくはないし。
とはいえ、開設したばかりではまだ周りは気づかないだろうなぁ……頃合いを見て裏垢で水泥くんのアカウント出来たみたいだよー! って教えるか。
……と、思ったらその日のうちに推しがこんなことを呟いた。
『僕の後輩の水泥くんがアカウントを作ったみたいだからみんなフォローしてあげてねー』
ナイス推し!! エターナルランドオタクなら絶対にフォローいくからね!
予想通り水泥くんSNSのアカウントにはフォロワーが少しずつ増えていったので、便乗して私もそのタイミングでフォローをする。
まだ数個しか呟いてないけど初めての言葉が『初めて使いますのでお見苦しい点があればすみません』と水泥くんらしい内容だった。
『今回SNSを始めたのは友人からこういう場で発信した方がいいよと言われたので始めてみました』
『そしたら先輩の寧山さんにアカウントを作るところを見られて宣伝までしていただきました』
マジか。マジか……水泥くん、結構推しと仲良くなってる? これ、裏垢でまた騒ぎになるやつだよ。絶対カップリング組まされるよ。こっちの界隈では一回でも共演したり、その人に関する話をしただけで妄想出来るんだから。
もちろんのことその後の裏垢では『水泥くん結構真面目系?』『水泥めっちゃ受けじゃん!』『いや、逆に攻めだわ』『推しが増えました』『もっと彼のこと知りたい』と様々な呟きが投稿されていた。……うん、凄い活気になったなぁ。
こんなに盛り上がると白樺がデビューしたときにちゃんとしらねや好きさんが増えるか心配になってきた。え、大丈夫だよね? しらねや創作者が私だけなんてないよね!?
そうやって心の中で焦っていると、一人の呟きに目がいった。
『私は……寧山さんにはもっとぴったりの人がいると思うなぁ。そりゃあデビューしたてのわりには演技もまぁいいし、ダンスも上手いけど……』
シロザクラさんだ。現サラノム好きの寧山推しで将来的にはしらねや推しカプになる読み専の女性。
どうやら推しと水泥くんのカップリングがあまり受け入れられないようだ。地雷なのだろうか。まぁ、私は描けはしないけど、見れると思うので読者にはなれるんだよね。
『いつかシロザクラさんにぴったりの人が出てくると思うのでそれまで待ちましょう!』
そんなリプライを送ってシロザクラさんを元気づけた。来年にはきっと白樺がデビュー出来るからもうちょっとだけ待とうね……私は死に戻ってからずっと待ってるから……!!
それから数日くらいで水泥くんのフォロワーは百人、二百人と増えていった。凄い……。まぁ、推しのフォロワーは八千人近くいるもんね。この調子だともっと増えるかも。
一週間経った頃、水泥くんは毎日何かしら呟きを投稿していた。最初は慣れてないから一日や二日くらい間が空くかもと心配していたけど、そんなことはなかった。
内容としては美味しかった外食の写真とか、休日をどう過ごしたとか、本当に水泥くんと電話やメッセージでやりとりをしているようなこと呟いてて、見ていて楽しい。
アクター仲間や事務所仲間とリプをしあってたりもしているし、交友関係も悪くはなさそうである。
たまに推しとのやりとりもしているようなので、推しといい関係を築けて嬉しい限りだ。
ピコン。
SNSを眺めていたらスマホの上部にメッセージが届いたと通知が入る。そこに表示されていた名前が雪城さんである。
「あっ」
もう一昨年だろうか、雪城さんが自身のファンに乱暴されそうになった事件は。
あれを助けてからお礼としてランチを奢ってもらったけど、そこで終わりならともかく頻度は少ないがたまにこうやってメッセージが届くのだ。
ただの一般人にそこまで構わなくていいのに! お礼してもらったからこの件はもう終わってるんだよ!
……とは言えないのだけど、届いたメッセージを見てみることに。
『十二月にライブイベントが決まったから報告するわね』
おぉ。ついに! 思わず声が出た。
本当ならば去年行われるはずだった雪城さんのライブイベント。件の乱暴事件のせいで開催を見送ることになって、事情を説明されたファン達がざわついたりしたけど、ようやくライブイベントが決まったようで安心した。
『荷物検査とかしてもらったり、人員を強化してもらったりして対策をとるつもりなの』
なるほどなるほど。そうだよね、不審者が潜り込んだり危ない物を所持していないかの確認は大事だよね。
雪城さんに返事をしようと『おめでとうございます! 十二月のライブに参戦させていただきますね!』と送ると、すぐに既読がついた上にメッセージが返ってきた。
『ほんと? それなら絆奈ちゃんの分のチケット用意しとくわねー!』
いやいやいや。そこは自分でちゃんとチケ取りしますから。ご本人様にチケットを確保してもらうのはさすがに雪城さんファンに申し訳ないというか、躊躇してしまう。
やんわりとそう伝えてみるものの『一枚くらい大丈夫よ。元々余分に何枚か取ってあるものだから捌けてくれる方が嬉しいのよ。私のためだと思って、ね?』と、可愛い動物のお願いと訴えかけるスタンプまで押されてしまったのだから、断りづらくなってしまった。
厚意を無下にすることが出来ずに雪城さんの押しに負けた私はお言葉に甘えることにするのだった。……なんだかこういうやりとり推しに似てるなぁ。
「やっぱりお似合いだよ、君達は」
うん、と頷くとちょうどよくSNSから通知がくる。推しが何か呟いたようだ。急いで確認すると、呟きと共に推しの写真が投稿されているのを見つけた。
『本日は結婚式の司会をしてきました。幸せのお手伝いが出来て嬉しいです』
写真にはダークスーツにモノトーンのネクタイを結ぶ推しが写っていてその破壊力はとんでもなかった。はにかむように写真を撮られている推しがとても尊い……。
やはりスーツは正義……。司会業もこれから少しずつ増えていくから頑張ってね、推し。
ピコン。
お。またメッセージ。雪城さんだろうか……って、推しだ! 推しからメッセージが届いてる!
心臓に悪い相手から一体なんの用かと恐る恐るメッセージを確認すると、短いメッセージと写真が一枚添付されていた。
『見て見て、司会中の写真だよー』
その文章通り、写真は司会のお仕事中である推しの姿が写っていた。
「ん゛んッ!!」
悶えてしまったため変な声が出てしまう。家の中で良かったと心底安心するが、まさか表に出さない写真を送られてくるとは思わず、新規の推し写真に嬉しさと興奮を覚えると同時にファンに送りつけてどうすんの!? と脳内パニックを起こす自分がいた。
メッセージの返事を必死に考えながら、送られてきた推しの秘蔵写真を何度も見つめるのだけど、顔が良すぎるので感情が高まる度にベッドでのたうち回ったのだった。




