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推しへ、友達を満足させる一日になりました

『お待たせ致しました。皆様の暑さを和らげるため、このウンディーネがささやかながらの贈り物を届けましょう』


 続くウンディーネのフロートには夏だけの特別な演出としてミストを吹きつけてくれる。これがまた気持ち良くてありがたい。

 しかもウンディーネは雪城さんだ。それにしても本当に何から何まで完璧なお人である。存在だけで神々しい。そりゃあ男女問わず見とれてもおかしくはない。

 あ、そうだ。せっかくだし、スマホで撮影しながらゲストと同じように手を振ってみよう。


 綺麗に宝石などを飾りつけたライトブルーのマーメイドラインドレスを着こなすウンディーネは手を振るゲストに向けて美しく微笑み、綺麗な姿勢でお辞儀をしたあと手を振り返した。

 品行方正で真面目なウンディーネ。それをあの明るく気さくで面倒見のいい雪城さんが演じるのだからスタイルだけじゃなく演技も際立っている。

 今度、雪城ウンディーネのダンスタイムもしっかり見ておかなきゃ。絶対綺麗な振る舞いを見せてくれるんだろうな。


「ウンディーネさんもやっぱり実物は綺麗……」

「だよねっ! もうあれは神の領域だよ……選ばれし者……」


 しかし、早く推しと結婚して幸せな生活を送ってほしいのになぜまだ二人結婚しないのか? そもそも付き合ってる? それさえもわからないから心配だよ。推しの婚期が、婚期がっ……!


「絆奈さん、次はシルフのフロートなんだねっ」


 ハッ! つい、推しの婚期のことを考えてしまった。せっかく深月ちゃんとパレードを楽しんでいる最中だというのに今はその考えを捨てなければ。


「そうそう。シルフはね、同じような子どもとダンスをするから見てて可愛いんだよ」

「なんだか微笑ましいね」


 噂をすればシルフを乗せたフロートが通過する。今日は男の子シルフのようだ。元気いっぱいに手を振る姿は本当に子どもらしく可愛いものである。


『みんなー! 暑い中来てくれてありがとー!』


 録音された声優の台詞に合わせて口を動かす子役シルフが大きく手を振るのでこちらも手を振らないわけにはいかない。深月ちゃんと一緒に振り返しながらシルフのフロートを見送った。


「本当にシルフは可愛いね、見てるこっちがにこにこしちゃうなぁ」

「いたずらっ子シルフだけどある意味癒し枠だからね」


 まぁ、私としては深月ちゃんが嬉しそうにしてるとこっちも同じようににこにこしちゃうけど。

 さて、ここまで三精霊を見たのでいよいよ大トリの登場である。


『お前ら! 暑いからってへばってんじゃねぇぞ!!』


 フロート上で大声を出してゲストの視線を集める男。そう、俺様サラマンダー様である。

 本日は水泥くんサラマンダーらしいが、やはりあの水泥くんとは思えない別人っぷりで未だに脳が混乱してしまう。あの優しい水泥くんが俺様サラマンダー……うん、信じられない。

 フロートが停止し、二回目のダンスタイムに入ると、水泥くんサラマンダーはパートナー探しに当たりをうろつく。しかし、女性の歓声が凄い。水泥くんサラマンダーのファン絶対多いでしょ。

 ……あ、水泥くんと目が合った。手を振っておこう。 頑張れ~。

 笑顔で手を振ったら水泥くんは一瞬固まったように動きが止まったんだけど、何を思ったのか目を細めて企むような笑みを浮かべながら髪を掻き上げる仕草を見せる。

 いや、手を振る私に何か反応しようと無理に返さなくていいんだよ! スルーしていいんだよ! でも、その格好つける感じ凄くサラマンダーだよ水泥くん! 凄いよ水泥くん! そのせいか周りは黄色い悲鳴を上げて興奮してるよ!

 そうやって盛り上がる中、水泥くんサラマンダーのダンスタイムを見守りながらしっかり動画に収めるんだけど、サマーバージョンのダンスもめちゃくちゃ上手くてヤバい。語彙力なくなるくらいに。

 ダンス後の流れる汗も輝いて見えるし、パフォーマンスもばっちりだからさらに格好良いし、これはファンが沢山増えてもおかしくないよ! 


「やっぱり本物のサラマンダーさんは格好良いね! 兄さんとは大違いだもん」

「まったくもってその通りだよ、深月ちゃん!」


 全フロートが通り過ぎて、パレード鑑賞を終えた深月ちゃんの興奮が交じった言葉に全力で頷いた。そりゃあ、あの兄と比べたら水泥くんのサラマンダーの方が完璧だ。ていうか、公式だしね。そりゃそうだよ、本物なんだもんね、彼は。


「パレードも凄く楽しかったし、時間が忘れちゃうくらいに良かった! 今まで生で見てなかったのが勿体ないくらいだね」

「そうだよね、動画でも見ることが出来るけど、やっぱり直接行って見るのが迫力あるからお薦めだよ」

「はいっ、また行けたら絶対見るね!」

「是非是非っ。それじゃあ、そろそろお腹も空いてきたし、ご飯にしよっか」

「うんっ」


 時刻はお昼過ぎ。混み合う時間ではあるが、腹が減っては戦は出来ぬわけなので、少々待ちはしたが誇り高き城下町エリアにある『トロールの好好(ハオハオ)飯店』で中華料理を頂くことに。

 このお店は麺作りが得意なトロールがお店を開いているのだが、人々の前に姿を見せると怖がらせてしまうのではないかと心配して人前に出ることはなく、厨房で一生懸命麺を打っているというストーリーがある。

 そんな健気なトロールがいじらしくて私の好きなお店のひとつなんだけどね。

 しかし、ホビットの米々亭もそうだけど、どこのテーマパークにも和食や中華ってあるよね。世界観に合うかどうかは別として。

 メニューはラーメンはもちろん、炒飯や酢豚、唐揚げなどもあるが、今はトロールスペシャルメニューとして冷やし中華とドリンク、選べるデザートがついた物もある。

 私と深月ちゃんは同じトロールスペシャルメニューを選び、深月ちゃんが杏仁豆腐、私がマンゴープリンを注文して分け合ったりした。


 お昼ご飯を食べたら今度はアトラクションを楽しむことに決めて、あちこちはしゃぎ回った。

 途中でエターナルランドのマスコットキャラクターであるケット・シーのケートとクー・シーのクーリュがグリーティングのために出てきていたので一緒に写真を撮ったりする。

 アトラクションに関しては深月ちゃんはなんでも乗れるらしく苦手な物はないそうなので絶叫系やホラーアトラクションなども組み込みながら途中で休憩しつつ、深月ちゃんがもう一度レイクシアターが見たいと言ったので日が沈んで暗くなった頃に行くことにした。

 昼で見るのと夜で見るのとではまた違うし、夜は夜で幻想的なライトが照らしてくれるため、また一段と素敵なシアターショーに見えるはず。

 レイクシアターの最終公演に合わせて鑑賞しに行けば想像通り深月ちゃんは夜公演ならではの雰囲気に心を震わせているようだった。


「凄く良かったよ! 二度目なのに雰囲気がまた違っていて、暗いから本当に映画館にいるような感じだったし、私は夜の方が好きだと思う!」


 と、興奮気味に二度目のシアターも楽しんでくれたみたいで私もとても嬉しいし、深月ちゃんは目を輝かせて可愛いし、満足だ。

 そういうわけでそろそろ閉園も近くなったので最後にお土産を見て帰ることにした。

 もちろん帰り間際の土産屋さんはとても混雑するし、夏休み中だから余計にいつもより人が多い気がする。

 私は特に買う物がないため、用もなく人混みの多い店内を見て回るのは気が引けたので深月ちゃんの買い物が終わったら連絡してもらうことにして、私はこの始まりと終わりのマーケットエリア内で待つことに。

 ふらふら辺りを散策してそれぞれのショップの様子を外から眺めたりする。

 土産物屋がほとんどではあるけど、貴金属に名前を掘ってくれるお店や似顔絵を描いてくれるお店などもあるので、この辺りも人で大変賑わっていた。


「ん?」


 すると、とあるグッズショップの店の窓を外から覗く一人の男性を見つけた。

 知らない人のはずだけどどこかで見たことあるような既視感を抱く。世間では格好いいという部類に入る顔立ちをしているんだけど、どこで見たかな……有名人?

 それにしてもあんなに真剣な面持ちで何を見ているのか。連れを待っているのかな。

 ……あ、よく見ると横顔はちょっとだけ深月ちゃんに似て……!? いやいやいや、まさか、もしかして深月ちゃんのヤバい兄貴!? なんでこんな所にっ? もしかして深月ちゃんを追いかけてきた!? 拗らせシスコン兄貴なら有り得なくないだろうけど、問いただしてみるべきか?


「……げっ」


 疑念の視線に気づいたのか、ちらりとこちらを見る男の目が私を捉えると、忌々しいと言わんばかりに眉を寄せてきた。うん、ビンゴだなこれは。

 作った笑顔を浮かべて兄の元へ歩み寄れば、わざとらしい言葉を選んで口を開いた。


「これはこれは、深月ちゃんのお兄様じゃありませんか~。偶然ですねー? いつもサラマンダーコスしか見ていないのでなかなか気づきませんでしたー」

「っち。お前にお兄様と呼ばれる筋合いはない!」

「だって名前知らないんで」


 真顔で答えると兄は返す言葉が思いつかなかったのか何も言い返さなかった。まぁ、兄が自分の名前を告げるとは思わないし、私も知りたくはないのでこのまま嫌がらせの意味を含めてお兄様と呼んであげよう。


「それで、なぜこちらに?」

「……お前には関係ない」

「関係ありますよ~? だってお兄様は深月ちゃんに干渉はしないと伺ってますし? それなのにここにいるなんて……」

「見守っているだけだ! 干渉はしてない!」


 妹と約束は違えていないと言うように声を荒らげる。どちらにせよそれも問題ではあるんだけど。ストーカーじゃないか。


「なんだその顔は」


 どうやら顔に出てしまったようだ。仕方ないよね、妹のストーカーしてるんだもん。そりゃあ引いちゃうよ。


「いいえ、相変わらず妹の嫌われるようなことばっかりしかしないんだなぁと思いまして」

「嫌われてなんか……!」

「嫌われてなんか?」


 否定しようとした兄の言葉を繰り返して続きを促したが、兄は言葉に詰まった。そりゃあそうだ。好かれてるとは本人も思ってないし、直接深月ちゃんから聞ける私にわざわざ嘘もつけないだろう。


「……本物のサラマンダーの方が格好いいって言われるわ、俺とじゃ大違いだって言われるわで、俺は……深月の中ではどのくらいの地位にいるんだ……」

「最底辺だね」

「お前に聞いてないっ! くそっ、深月がお洒落して出かけるからまさかと思って跡を追ったらやはりお前がいるし……! 俺から深月を離して楽しいのかっ!?」

「いい気味だとは思いますね」


 相変わらずこの兄は私のことが憎くて仕方ないようだ。しかし、元を辿れば原因は全て自分にあるというのに悲しい男である。


「大体、妹の嫌がることをしてたら誰もそんな兄貴を好きになるわけないでしょ。今だってストーカー紛いのことをしてるし。もしバレたら余計に嫌われるってわからないの?」

「……深月に言いつけるつもりか? 俺は深月のことが心配なだけだ!」

「言いつけるかどうかは別として、深月ちゃんは十分立派なので心配はいらないかと。むしろお兄様が深月ちゃんの邪魔ばかりしているじゃないですか。少しは彼女を信じたらどうです? お兄様のやること全て空回りなんですよ」

「俺が深月の邪魔だと!?」

「もしかして心当たりないんですか? 深月ちゃんの意思は尊重せず、自分のことばかり彼女に押しつけておいて?」

「くっ……」

「今すぐ帰ってください。そうしたらお兄様がここにいたことは内緒にしてあげます。そして深月ちゃんが家に帰ったら楽しかったかどうかを聞いてあげてみてください。少しは構ってくれると思いますよ」

「……」


 さすがに妹に自分のことをバラされたくないのだろう。兄は小さく舌打ちをして、背を向けて帰って行った。良かった良かった、上手く追い払うことが出来たようだ。


 しばらくしてスマホに深月ちゃんからの連絡が入り、合流することにした。


「お待たせー。絆奈さん、待ったよね? 待っててくれてありがとう」

「いいのいいの。せっかく来たんだからお土産もじっくり見てほしかったし」

「ありがとう……おかげで色々見れたし、家族のお土産もしっかり買えたよ!」

「それは良かった。何買ったの?」


 そう尋ねると深月ちゃんは定番のお菓子の他に母にはキャラクターの絵があしらわれたお皿、父にはクー・シーのクーリュがシンプルに飾られたネクタイピンと説明してくれた。


「あと兄さんにネクタイ」


 ちゃんと兄にも買ってあげていたらしい。なんていい子なんだ、深月ちゃん。あんな身勝手な拗らせシスコン兄にまでお土産を用意するなんて。

 あいつはさっきまで本物のサラマンダーに負けたことを悔しがっていた狭い心の持ち主なのに……って、そういえば、なんであの兄はサラマンダーに負けたって知ってるんだろ?

 だってパレードのときに私と深月ちゃんでしか話してないし、周りに兄と思わしき人間もいたとは思えないのになぜあいつは知っているのか。

 もしかしてと思いながら深月ちゃんを目を凝らしてよく見てみる。すると、帽子のリボン部分に何か小さな物が刺さっているのを見つけた。


「深月ちゃん、帽子見せてもらっていい?」

「? いいよ、はい」


 すぐに帽子を渡してくれたので受け取った私は急いでそれが何かを確認する。小指サイズくらいの小さな機械。テレビで見たことがあるのですぐに理解した。……盗聴器じゃないか。

 すぐにその機械を奪って「次こんなことしたら深月ちゃんにチクるからね」と、わざと盗聴器に言葉を残してから近くのゴミ箱へと捨てた。


「絆奈さん……何かあった?」

「あ、うん。ちょっとゴミがついてたから取っておいたよ」

「そうだったんだ、わざわざありがとうっ」


 にっこり笑う深月ちゃんにつられて私も笑顔になってしまった。兄と出くわしてしまったことだけ不満だったけど、結果的に深月ちゃんを守れたのだから良しとしよう。


 久しぶりにリア充な一日を過ごした夏休みのある日であった。


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