推しへ、初めての友達がとてつもない成長をしていました
ノームのフロートの次はウンディーネのフロートだ。どうやら今日は雪城さんのウンディーネではないみたい。
てっきり雪城ウンディーネかと思っていたから違ったようでそれは少し残念でもある。それでもウンディーネ役のアクトレスは総じて顔も歌もスタイルもいいから同じ人種とは思えない。
ウンディーネからダンスに誘われたら男女問わずメロメロになるだろう。男性陣はみんなウンディーネからのお誘いが欲しいに違いないし。
そんな彼女のフロートが通過すると、次にシルフのフロートがやって来る。
シルフは子役が演じていて性別は男の子、女の子どちらでも採用するため、どの子がシルフをやってもそれぞれの魅力がある。本日は女の子シルフだ。
もちろん子役もゲストから一人ダンスタイムに誘う。大体は同じような子どもを選んでくるので見ていて微笑ましいものだ。
そういえば、シルフの声は声優を使っているため、あの子達の声を聞くことは実際出来ないのだが、ダンスパートナーを探すときだけは「一緒に踊ろうよ」と声をかけるのである意味貴重な子役のセリフである。
シルフがフロートの上で両手を振ってる姿がまた可愛らしく、みんなシルフー! と叫んで手を振り返す。平和だ。
そろそろ大トリであるサラマンダーのフロートがやって来る。何かの間違いで白樺が一年早くパークアクターデビューしてくれないだろうか。もし、そうしてくれたら勢いでしらねや本描くから……。
『待たせたな、お前ら! 主役は遅れて登場するもんだぜ!』
盛大な荒々しい声。しかしこの声は白樺ではない。うーん、残念。白樺ならもっと小馬鹿にしたような感じだしね。もはや素のときもあるくらい小憎たらしいのだ。
サラマンダーフロートにスマホを向けて動画撮影をするのだが、さすが女性受けが良いというか黄色い歓声が凄い。
しかし、見た感じ初めて見る顔だ。サラマンダー役は白樺以外も少なからず覚えていたけど、どこかで見たことあるような気がするんだよなぁ……違うアトラクションのアクターだったっけ? ド忘れしちゃったな。
フロートが私の前を通り過ぎた辺りで停車する。二回目のダンスタイムである。
サラマンダーが降り立つと、ゲストを品定めするように歩き出した。一回目のダンスタイムでショー内容を理解したゲストが我先にとアピールする。……うん、勢いが凄い。
そのサラマンダーがこちら方面へと向かってるのでラッキーと思いながら動画を撮り続ける。ダンスタイムでしっかり録画して、後程サラノムネタで何か描こう。
そう考えながら件のサラマンダーが私の前を横切っ……らない? あれ? 私の前に立ち止まってスマホに映る彼の顔がにんまりと笑う。しかし、どこか慈しむような視線を向けられてるような気がして少しだけサラマンダーっぽくないようにも思えたその瞬間だった。
『そこのお前。俺様のパートナーになれ』
周りが悲鳴と共にざわついた。それもそのはずだ。だって私はさっき推しのノームとダンスタイムを共にしたのだから周りからしてみればまたこいつなのか、である。
いやいや、どんな強運を持ってるというんだ!? さすがに連続は困る。非常に困る!
声が出なくなり、ブンブンと首を横に振るが、サラマンダーは私の手を引っ張って無理やり前へ出させた。
嘘でしょ!? 本日二回目なんですけど!? 再度ウンディーネのレクチャーが始まるけど、もう訳がわからなかった。
泣く泣くスマホをポケットへ入れて、二度目の人前公開処刑ダンスタイムに入る。サラマンダーと向き合いながらシーダンのスプリングバージョンを踊るのだが、このサラマンダー……ダンスがめちゃくちゃ上手い!
大人でも少し難しい振り付けがあるけどダンサーなのかというほど表現力も高くて、同じダンスだというのに目を奪われてしまう鮮やかさ。
最後のターンまでキレが良く、恐らくゲストの視線を全て集めてしまっていただろう。ダンスタイム終了後、途端に湧き上がる歓声と拍手。それだけ魅了された人が多かった。
乱れた赤髪を掻き上げる仕草も俺様サラマンダーに相応しい豪快かつ、セクシーさである。な、なんなんだ、このダンス上手男のイケメンはっ……! 知らない! ちょっと見たことあるかもと思ったけど、こんなダンス上手男は前世にいなかった!
「……久しぶり」
マイクオフとなった今、ぼそりと口にしたのは目の前のサラマンダーからだった。一瞬だけ素に戻ったその表情から出た言葉はお礼ではなく、まるで一度どこかで会ったことあるような再会の挨拶。
いや、でも、この声、トーンといい聞いたことある。最近、ていうか昨日だ。いやいやいや、そんな……まさかっ!?
「みっ……!」
「俺様の名前はサラマンダー様だぜ」
名前を口にしようとしたそのとき、サラマンダーが己の口元に人差し指を立てた。何、その乙女ゲームのスチルのような姿は。
その後、サラマンダーに手を取られ元の場所へと連れて行ってくれたが、周りのゲストから羨望の的となりながらも正直驚きで脳が追いつかなかった。
パレードが終わり、引き続き二回目のパレードに向けて同じ場所で待機する人もいれば、移動する人もいるし、アトラクションに向かう人もいる。
特にこの場所は二回分のダンスタイムが見られる所でもあるので違う場所で待機してた人が一気に流れてきた。
さすがに二度選ばれた自分がそれ以上留まることは出来ないし、周りの目もあるのでそそくさとその場から離れようとベンチのある場所まで移動する。
一息つこうと腰を下ろし、ぼーっと空を眺めてみた。いい天気だ。
「……ふぅ」
……。……ハッ。現実逃避をしてしまった。いや、ちょっと色々ありすぎて状況を整理出来ないんだけど……。
白樺が一年早くデビューしないかなぁ、なんて思ってたらなんで水泥くんがアクターデビューしてるの!? ねぇ!? どういうこと!? 褐色メイクとウィッグでめちゃくちゃ別人に見えたけど声は水泥くんだったよ! てか、水泥くん元々重たげな前髪であまり目元が見えない子だったから気づかなかった!
「一体どうなってるの……?」
前世では水泥くんがアクターにいた記憶はない。……いや、気づいてないだけ? でも、水泥って名前は見たことないし……もしかして芸名を使ってたとか? うぅ、わからない。でも、あんな目立つような存在を気づかないわけないしな……。
「……とりあえず、水泥くんから直接話してみよう」
スマホを取り出して水泥くんにメッセージを送ろうとしたら、数分前に相手からメッセージが届いていた。
『ごめんね、驚いた? せっかくだから直接会って話したいんだけど、こっちの仕事終わりに時間あるかな?』
そのメッセにすぐさま返事をする。こちらは時間に問題はないので、色々話を聞かせてほしいと。
それにしても、さっきのサラマンダーはやっぱり水泥くんだったのか。最後に見た水泥くんは中学卒業してお別れをしたあの姿だったのに、いまいちピンとこない。
何度かメッセをやりとりした結果、十七時過ぎに落ち合うということを約束し、その間私はただベンチに座って時間が過ぎるのを待った。
時折、SNSを開いて今回のパレードの評判を見ると、推しのノームの写真や水泥くんサラマンダーの写真がタイムラインに沢山流れてくる。
「ノームがダンスに誘うとき紳士的な感じでかっこいい!」とか「サラマンダーからダンスに誘われたい~!」とか表垢の評判はいい。
裏垢の方も覗いてみるとこちらの方が盛り上がっていた。なんていうかもう発狂してる。「サラマンダーの寧山さんがノームにチェンジしたんだけど!? えっ!? めっちゃ良くない!?!?」とか「サラマンダーの子新顔だよね!? ハイスペじゃん! 名前はっ!? 特定班早くっ!」と、そりゃもうお祭り騒ぎ状態。
そんな中、一際裏垢で目立っていたのはシロザクラさんだった。
『ああああああああぁぁぁっ!! 寧山ノーム!? マッ!? 私の時代がきたっ!?』
『願っていたキャラチェンが本当に来るなんて……最高かよ……』
いい感じに荒ぶっていたから笑ってしまった。そうだよね、私達はずっとそれを願ってたもんね。推しのノーム凄かったよ……。
動画を上げたいところだけど……ダンスパートナーに選ばれたやつだから身バレされたら嫌だし下手に晒すのは危険だ……。
とりあえず新パレ鑑賞してヤバかったということだけ呟こう。
『シーダン初回見に行ったけど寧山ノームぴったりだったし、やばかった! 新サラマンダーもダンスパート凄くてめちゃくちゃびっくりした! 今期のパレードのゲストを巻き込むダンスタイムもヤバいし、ヤバさしかない!!』
と、語彙力のない内容を呟けばリプで『いいな~!』『今度絶対行く!』と返ってくる。シロザクラさんも『縁さんの寧山ノームレポ絵待ってます!!』とリプがついた。
そうだ、今まで裏垢に投下していたサラノムは寧山顔では描いてなかったからこれからはどんどん寧山ノームが描けるわけだ! まぁ、妄想と称して何枚か寧山ノームが見たいって落書きを上げてたんだけどね。
そんな感じでSNSを眺めていたら待ち合わせの時間が迫ったので私はアウパし、そのままエターナルランド敷地内にあるショッピングモールへと向かった。
エターナルランドに行く人ならば寄り道の一つとなるショッピングモールにはエターナルランドのコンセプトも入っているのでパークから出国してもエターナルランドの雰囲気が味わえる。
そんな中にあるカフェへと私は入店した。ここが待ち合わせ場所として指定された所だから。時間まで少し早いかもしれないが、アウパした人達で混み合う時間帯にもなっているため席の確保をしなければならない。
自分で席を取るスタイルのお店なので、先に二人席の場所を取ってからレジへ向かい、ドリンクを注文する。コーヒーフロートにしよう。
それから二十分も経っていない頃だろうか、水泥くんがもうすぐ着くという連絡が入って数分もしないうちに彼は現れた。
「お待たせ。ごめんね、橋本さん。先に席を取ってくれて」
「水泥、くん……?」
「うん、そうだよ」
キャラオフ姿の水泥くんはまるで垢抜けたような姿だった。あの特徴的な長い前髪はばっさり切っていて、見事なキラキラ爽やか系イケメンさんである。思わず目を擦る。
最後に見た弟分でもあった水泥くんの面影は……なくはないが、可愛さより格好良さが際立っていた。あの頃の引っ込み思案な水泥くんも今思うと可愛かったけど、凄い成長である。身長もまた伸びてるし……。
「えっと、久しぶりだね? いや、びっくりした……。本当にあのサラマンダーは水泥くんなんだよね?」
「うん、今日デビューで……」
アイスティーを注文して戻ってきた水泥くんに早速本題に入る。とはいえ、ここはエターナルランドの敷地に入るからパーク帰りのパンピーやオタクも沢山いるので辺りを見渡しながら声を潜めた。
「水泥くんが言っていた目標って役者だったの……?」
「正確にはパークアクターと舞台役者、かな。意外だった?」
「意外というか思いもしなかったっていうか……だって、水泥くんは庵主堂の息子だからそっち方面が強いかと……」
「うん。そうだよね。僕もそう思ってたんだけど……修学旅行のときのパレードを見て決めたんだ」
あ、そうなんだ。水泥くん、パークのパレードに感動したんだね! まさかそこがターニングポイントになるとは。
「それにしても演技といい、ダンスといい凄かったよ。サラマンダー役って女子人気高いからきっと水泥くんに沢山ファンがつくよ」
「……ねぇ、橋本さん。こういうお願いをするのは実力がなくて情けないんだけど……僕も初めてのファンは橋本さんがいいんだ」
「私?」
「うん」
真剣な顔をするから何事かと思えばそんなのでいいのだろうか。……いや、水泥くんは不安なのかもしれない。何せこの業界は常に不安定だ。どこの職種もそうかもしれないけど、一般職のような安定なものではないし、デビューをしたばかりだからファンもつくかわからないんだろうな。
「初めてが私でいいのなら。それに水泥くんの実力は今日のパレードで凄いってわかってるし、ずっと応援するよ!」
「ありがとう。それだけで僕も頑張れるよ」
安堵するような笑みを浮かべる水泥くんだったが、この表情だけでファンがついてもおかしくはないと思う。だから君はもっと自信を持ってもいいんじゃないかな。私の裏垢の中だけでも大騒ぎなんだよ。
しかし、想像以上に成長したよなぁ。大人の余裕も備わってるみたいだし……あれから五年、か。こまめに連絡していたとはいえ、顔を合わせるのは中学を卒業したとき以来だし。
「でも、良かったぁ。怪しい仕事とかしてなくて」
「えっ……どういうこと?」
「だって、水泥くん。仕事もやりたいことも教えてくれなかったから人には言えない危ない仕事だったらどうしようかと思って……」
とりあえず怪しい薬の売買とかじゃなくて良かった。真面目な子ほど黒に染まりやすいとか言うしね。まぁ、水泥くんはそんなことする子じゃないとは思ってたけど。
「いや、それはさすがに……でも、ちゃんと言わないから心配させたのはごめん。ちょっと、恥ずかしくて……」
「恥ずかしいことなんてある?」
「そりゃあ……僕が目指すようなものじゃないし」
「何言ってるの。水泥くんが何を目指そうが私は応援するつもりだし、ちゃんと素晴らしいデビューだって迎えたんだよ。もう、それは誇りに思ったっていいんだから」
「そう、かな。初回が始まる前なんて凄く緊張したんだよ」
「そりゃあ、誰だってそうだよ。沢山観客がいるんだしね」
「ううん、そうじゃないんだ。橋本さんに会えるから、だよ」
え。何その特別感ある物言いは。やっぱりデビュー日を中学の頃の友には見られたくなかったのかな。
あ、もしかして前日にわざわざ電話したのってパレードを見に来る予定があるか確認したかったからでは!?
「凄く、会いたかったから」
どうやら見られたくないわけではなかったようだ、良かった安心した。
「私もだよ。まさかあんなにダンスもキレキレで俺様な演技も出来るとな思わなかったし、それより何より格好良くなった……って、水泥くんっ? いきなり顔を俯かせてどうしたのっ? 何か傷つくこと言っちゃった!?」
水泥くんに思ったまま褒めていたら突然相手の顔が勢いよく下へと向けられた。それだけじゃなくふるふる震えていたから私は彼を泣かせてしまったのかと動揺する。
「ち、違うんだっ……そのっ……嬉しくて……」
絞り出すような声で否定をするから恐らく感極まって泣いちゃったのかもしれない。そうだよね、一人でずっと頑張ったもんね。
しばらく顔の表情が見えない水泥くんを眺めては「そっかそっか」と頷きながら、彼が落ち着くのを待った。数分後に落ち着いたのか顔を上げてくれた水泥くんはちょっと顔が赤くなっていたので、泣くのを必死に堪えていたのかもしれない。
そうしてる間に一時間ほど時間が経ってしまったのでキリがいいところで切り上げることにする。まだ話したいことがいっぱいあるため、また一緒に会うことを約束し、その日は解散した。




