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推しへ、若い頃の推しに会えました

 翌日、エターナルランド旅行最終日。はたして、私は推しに会えるのだろうか。

 あまり期待すると落胆が大きくなるので、気にしないようにアトラクションやショーを楽しむことに専念する。

 もう一度、両親にお願いをしてマジパパを鑑賞したり、マスコットキャラクターのケット・シーのケートと犬の妖精クー・シーのクーリュとグリーティングをして写真を撮ったりした。

 やはり身長制限があるのでいくつか乗れないアトラクションもあるが、まったり楽しむには問題はない。

 小学生になれば全てのアトラクションを体験出来るからそれまで我慢我慢。

 あと、両親が私を怖がらせないようにと恐怖の魔女の森エリアは避けているらしく、そちらも好きな私としては行けないのが少しばかり寂しい。

 いや、もしかして推しはそこのエリアにいるのでは? それだとしたら小さいという理由で行けないのは勿体ない。


「ママー。ここ、いきたい」


 エリアマップを広げて、恐怖の魔女の森エリアを指差すと二人とも難しい顔を見せる。


「うーん……絆奈には少し早い場所よ」

「でも、ここいってない……」

「暗くて怖くてお化けみたいなのもいるぞ」

「きずな、へいきだもんっ」


 普段は我儘を言わないようにいい子を演じているが、譲れないものはある。

 言うことを聞かない私に父も母も少し戸惑いながら、互いの顔を見合せて話し合いを始めた。


「あなた、どうしましょう?」

「んー……確かに絆奈はテレビを見ても泣き叫ぶことはしないしなぁ」

「でも、小さい子はみんな怖がりそうだけど」

「普段は聞き分けがいいからこれくらいは聞いてやってもいいんじゃないか? もし泣いたら戻ればいいんだし」

「……そうね。絆奈、それでいい?」

「うんっ! ありがとう!」


 やはり普段から大人しく言うことを聞いていて良かった。私の両親なら許してくれると思っていたし。


 説得に成功したので両親に手を引かれ、誇り高き城下町エリアから恐怖の魔女の森エリアへと向かう。


 道中、学生が多いのか、制服を着た集団が移動して来る。そんな人混みの波に飲まれてしまい、私の手は両親から離れてしまった。


「あっ!」


 五歳の子どもの視界では人混みの中から両親を見つけ出すことが出来ず、慌てて探そうとするも人の膝くらいしか見えないので見つからない。

 急いで人混みから抜け出してみたものの、抜け出すことに必死になっていたため、いつの間にか一人で恐怖の魔女の森エリアに辿り着いてしまっていた。


 恐怖の魔女の森エリアは他のエリアとは違い、化け物に似せた大きな木々が沢山植えられている。そのため、影が多いので日の光があまり当たらず、日中でもどこか薄暗い。

 ただでさえ両親とはぐれてしまったのに、これでは探しづらくて仕方がない。

 これは困った、非常に困った。私はパーク内の場所を把握しているから問題ないが、両親が私を探して混乱し、更に彼らが迷子にならないか気掛かりである。

 ……迷子センターに向かうべきだろうか? いや、手間が掛かる。多分まだ近くにいそうなので何とかして見つけたいのだけど……。


「ひとがおおい……」


 下手に動き回るより待っている方がいいのかも知れない。それならばとジッと待ってみることに決めた私はキョロキョロと両親を探しながらその場に留まる。


「こんにちは」


 そのとき、私の前にしゃがみ込むキャストさんの一人が話しかけて来た。どうやら迷子と判断したのか、声をかけたお兄さんの顔を見上げて見る、と……。


「……!!」


 彼だ。寧山 裕次郎だ。若かりし頃の推しが私の目の前にいたのだ。

 もちろん、見間違えるはずがない。推しのブログで若い頃の姿を晒している写真を見たことがある。

 まさか、本当にバイト期間の推しに出会えるなんて……これは運命に違いない。


「こっ、こんにちはっ」

「君、一人なの? 家族の人は?」


 にっこりと笑いかけながら話す推しに胸の奥がキュッとなる。

 だって、前世では長くても会えない期間は二、三ヶ月くらい。今世に生まれてからは五年以上の間があったのだ。

 初めて生で見た若い頃の姿だけど、本当に久々の供給。思わず、ほろりと涙が溢れた。


「あっ! だ、大丈夫だよ、僕は怖い人じゃないからねっ」

「う、うん。こわくない、よ。パパと、ママがいなくなって……」

「迷子なんだね。ここで迷うだなんて心細かったでしょ? 大丈夫だよ、僕が何とかするから」


 頭をポンポンと撫でながら優しい声で落ち着かせようとする二十歳の寧山に私は感動と感激で涙をボロボロ流しながら何度も頷く。


「お名前、言えるかな?」

「はしもときずな。ごさいです」

「偉い。よく言えたね。パパとママとはいつ離れたのかな?」

「さっき。きずながここにきたいっていってから、そのときにいなくなったの」


 ごしごしと目元を擦りながら状況を説明する。寧山はメモを取り出して、私の言った内容を書き込んでいるようだった。


「まだ近くにいるかもしれないね。少し探してみようか」

「うん」

「それじゃあ、きずなちゃん。パパとママを見つけるためにちょっと協力してくれるかな?」

「? うん」


 両親の服装や特徴を言えばいいのかなと思って口を開こうとすると、急に身体を抱き上げられた。


「っ!?」


 わ、私、推しに抱きかかえられてる!?

 唐突のことで混乱と、近い距離の推しの顔に頭が沸騰しそうであった。


「こうすると僕と同じ目線になるから遠くまで見えるよ。パパとママは近くにいるかな?」

「え、えっ、と……」


 こんなご褒美があっていいのだろうか。いやいや、今はそんなことよりも両親を探すのが先である。

 彼の言うように大人の目線で遠くまで見えるため、辺りを見回しながら父と母の姿を探す。

 すると、慌てている様子でキョロキョロと周囲を探している姿の両親を見つけて、私は指を差した。


「パパとママ!」

「いた? それじゃあ迎えに行こうね」

「うんっ」


 推しに抱えられたまま指差した方向へ向かって歩いて行く。私は手を振りながら両親に声をかけた。


「パパ! ママ!」

「!」

「絆奈!」


 声が届いた彼らは急いでこちらに向かって走り出すと、推しは父に私を託した。


「良かった……手を離してごめんねっ」

「ううん、きずなもはなれちゃった……。でもね、おにいさんがだっこしてさがしてくれたの!」

「お仕事中にすみません本当にありがとうございまし……あれ? お兄さん、昨日パレードでショーの時間を教えてくれた人ですよね?」


 えっ!? 父よ、それは誠か!?


「あ、はい。そちらのお嬢さんがお父さんのお子様でしたか」


 誠だった!! 嘘でしょ! それなら昨日は結構近くに推しがいたってこと!? 悔しい!!


「昨日はクレープをオススメしていただきありがとうございます。おかげさまで娘も美味しく食べていただきまして」

「それは良かったです」

「お、おにいさんがおいしいクレープおしえてくれたの?」


 父だけ会話して狡い! その気持ちが先走り、無理やり会話に割り込んだ。これが面会だったら許せない行為だけど、今だけは許して欲しい。


「うん。おいしかった?」

「おいしかった! ありがとう、おにーさん!」

「パパとママが見つかって良かったね」

「うん!」

「お兄さんは今日はここでお仕事なんですか? 昨日はパレードの方にいたのに大変ですね」

「あぁ、僕は元々こちらのエリア担当でして、パレード時間に近づくと、案内や整備に駆り出されるんです」


 そう。そうそう。パレードになるとあちこちのエリアやアトラクションからキャストがヘルプに来るの。鑑賞エリアの案内やパレードの説明などするから、掛け持ちになるため大変と言えば大変。

 よく見ると、推しの制服は恐怖の魔女の森エリアにある『魔女印のドリンク屋さん』というワゴン販売の制服だ。

 魔女の手下である証の黒のローブを羽織り、彼女が丹精込めたドリンクを販売している。


「あぁ、それでは僕はこれで」

「あっ、あの!」


 推しが行っちゃう。せめて何か形に残したい。そう思って居ても立ってもいられなかった私は声を上げる。


「おしゃしん、いっしょにとってくださいっ」

「僕と……?」


 こくこく頷くと、母がいいわねと口にして、父が私を下に下ろし、インスタントカメラを取り出す。


「どうやら貴方を気に入ったようですね、お願い出来ますか?」

「あ、はい。僕は大丈夫です」

「えへへ」


 推しと写真が撮れる。面会のときくらいしか撮れないのでこれは宝物になる! 勇気出してお願いして良かった!!


「絆奈ー。はい、チーズ」


 カシャッ。今の時代はまだ現役のインスタントカメラ。現像するまで確認出来ないのは残念だが、今は貴重な推しのバイト姿を思い出に残せるのなら悪いことではない。


「おにいさん、ありがとうございました」

「きずなちゃんは礼儀正しいんだね」

「ほら、絆奈。お兄さんはそろそろお仕事に戻らなきゃだからバイバイしましょ」

「うん。おにいさん、バイバーイ!」


 離れるのが恋しいが、前世ぶりの推しに会えたことはまさに奇跡に近い。

 大きく手を振ると、推しも笑みを浮かべながら振り返してくれる。そんな推しが見えなくなるまでずっと手を振り続けた。

 こうして私の今世初である一泊二日のエターナルランド旅行は幸せな気持ちで幕を閉じたのだった。



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