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夢の私へ、正夢にはならなかったわよ

 私主催のイベントの前日。夢を見た。夢の中での私にはすでにお付き合いしている人がいて、イベントの最後にその人と結婚したということを指輪を見せながらお客様に報告した。

 沢山の人に祝福され、今まで以上にないくらい幸せだったのだけど……全ての人が喜んではくれていなかったと後ほど知ることになる。


「愛歌ちゃんは一番のファンである俺と付き合ってるのになんであんな男と! 無理やり結婚させられたんだろ!? 俺にはわかるよ、愛歌ちゃんと俺は愛し合っているし、結婚だって俺としたいんだよね! もちろん、子どもだって……大丈夫、すぐに身篭らせてあげるから……」


 イベント後に待ち伏せされた男に捕まり、シャワー室へと連れ込まれた。顔はなんとなく見覚えがあるので私のファンの人だというのはわかったが、口にする言葉は理解出来ない。

 距離が近いなと思うファンも中にはいるが、まさかこんな妄言を聞かされるなんて思ってもみなかった。

 抵抗しても拒絶しても男の耳には都合のいい言葉でしか受け取らない。

 身動きも取れなくて、声も上げられないまま、私は男に犯された。

 その後、私がいないことを心配したスタッフに発見された男は取り押さえられ、そのまま捕まることに。

 夫となる彼に心配された私は人知れず彼の前だけで泣き崩れる。恐怖と嫌悪でいっぱいだったけど、警察にも思い出したくないことを全て話したし、病院にだって行った。

 しかし、後ほど妊娠が発覚した。でも彼との子かもしれない。そう思うと中絶するのも躊躇われる。せっかく宿った命も無駄にはしたくないとも思った。


「あなたとの子じゃないかもしれない。でも堕ろすのはこの子が可哀想だから私は産むわ。だからあなたは無理に私と一緒にいなくていいの。私のせいで嫌な思いをしてほしくない」


 離縁しようとした。生涯愛すると誓ったばかりだけど、その気持ちに偽りはない。ただ、彼にだって葛藤はある。自分の子じゃないかもしれない子どもを育てたくはないだろう。それならば私一人で育てるしか道はない。

 しかし、彼は私の手をしっかり掴んで、にっこりと笑いかけた。


「自分の子でなくても君の子には変わりないよ。だから僕は君から離れないし、子どもと愛歌を愛したいんだ」


 その言葉は一時とはいえ私を救った。そう、一時だけ。

 子どもが産まれたあと、あの人の子か調べようとしたけど彼はあえてそれを止めた。どちらにせよ自分の子には変わりないのだと。

 しかし、すくすくと育っていく娘を見る度に私は確信した。彼の子ではないのだ。あの人に似ていなくて、あの男の面影が残っている。彼も薄々感づいてるだろう。

 もちろん、娘は可愛かった。娘はなんの罪もなく、健やかに育っていく。夫も自分の子のように可愛がってくれた。

 とても幸せだった。だからこそ怖かったのもある。娘が父親に似てないなんて言われるんじゃないかとか、彼は無理してるんじゃないかとか。考えれば考えるほど二人にも申し訳なく感じてしまう。

 娘が十歳になった頃、私は耐え切れずに離婚を切り出した。もちろん、彼は反対してくれて嬉しくもあるが、私には限界だったため、何度も話し合って彼は私の気持ちを汲んで別れる道を選んでくれた。


「愛歌。僕が気にしていないと言っても君には負担になってしまうんだね。僕は待ってるから、もしまた一緒にいたいと思うようになったらすぐに言ってほしい。生涯君を愛すると誓ったんだから別れても気持ちは変わらないよ」


 彼はとてもいい人だった。普段はどこか抜けてる天然だけど、ずっと私を気遣ってくれて愛してくれた。

 彼は何一つ悪くない。ただ、私の心が弱かっただけのこと。

 来るかもわからない不安な未来のことを考えて、一人で傷つく弱い女。強い人間だと周りにはそう思われているのに実際はこんなにも脆い人間だった。

 ごめんなさい、ごめんなさい。顔を合わせることすらも申し訳なくずっと胸の中で謝罪を続けた。どんな状況でも包み込んでくれる彼を信じきれなかったからこうなってしまったんだ。そう気づいたときには夢から覚めていた。


「……随分とリアルな夢ね」


 現実味があったせいで動悸がする。汗も酷くて、もしかしたら現実だったのではと錯覚してしまうほど。

 しばらくして落ち着いてきた頃にようやく夢だと断言出来た。私は雪城 愛歌。結婚相手どころか付き合っている人もいない。だからあのような現実は起こるはずがない。そう信じていた。


 寧山 裕次郎をゲストに迎えたイベントも無事に終わって楽屋で一息つく。それから少し経った頃にお客さんのいなくなった座席を舞台側から写真に収めて、後ほどブログにあげようと楽屋を出た。

 シャワー室がほんの僅かだけど開いているのを見つけて不思議に思うも、恐らく誰かがしっかりと閉め忘れただけなのだろうと特に気にすることなく、そのままシャワー室を通り過ぎようとしたときだった。私は気づかなかった。僅かながらのその隙間から目を光らせていたことに。


「……っ!? きゃっ!!」


 急に腕を掴まれ、そのままシャワー室へと引きずり込まれた。思いもよらない事態に気が動転するも、強く引っ張られた腕はすぐに離され、私はその拍子に脱衣所の床へと倒れる。


「いっ……!」

「待ってたよ、愛歌ちゃん」

「あなたは……一体なんのつもり!?」


 男の顔には見覚えがあった。何度かイベントの面会やパークで見たことがある私のファンの人。いつも距離が近くてパーソナルスペースに入ってくる少し困ったファンだった。


「愛歌ちゃんが意地悪を言うからだよ」

「どういうこと?」

「結婚の予定がないだなんて酷いことを言ったじゃないか。僕と言うものがありながら」

「なに、言ってるの……?」


 男の様子がおかしかった。嫌な予感しかしなくて今すぐこの男から離れなきゃいけないと頭の中で警鐘が鳴る。

 逃げなきゃ、今すぐ逃げなきゃ。この狭い脱衣場から上手く男の横をすり抜けて助けを呼ばないと……!

 脱衣場のドアノブはいつの間にか鍵がかけられているのが見えたので、あそこでモタモタしないように鍵を開けたら逃げ出せる。


「愛歌ちゃん、どこ見てるの?」

「!」


 ハッと気づいて男に視線を戻すと、その手にはナイフが握られていた。危険度が高くなり逃走するのが躊躇われる。それがいけなかったのか、男は怯む私を押し倒して馬乗りになった。

 ブラウスが男の手によって全てのボタンを引きちぎるように引き裂かれた。無理やり上を脱がされてしまい、下着姿になった私はそこで後悔する。一か八かでも賭けに出て動けば良かったのだと。ナイフが男のポケットにしまわれたというのに男に乗りかかられて脱走することもままならない。

 必死に男から逃れようと暴れたり、叩いて抵抗するもその手を取られ、男のズボンのベルトで私の腕を拘束していく。

 そこで私は思い出した。今朝見た夢を。ただの夢だと思っていたのに、その男の顔と夢の中で私を辱めた男の顔が一致した。

 あれは正夢だったの? 結婚もしていないのに、こんな酷い目に遭うことだけは現実になるというの?


「……やっ、めなさい……! 放してっ!」

「静かにして。俺は今から愛歌ちゃんの子を作らせてあげるから声を上げたら邪魔されちゃうよ」


 近くに置いていた男の物と思われるリュックからタオルを出され、今度は猿轡をかませられる。


「や……っんむ……! んーッ!」


 声を出すことも許されず、恐ろしい悪夢が現実になろうとした。もう自分ではどうすることも出来なくて誰か助けてと必死に願った。夢のようになるのだけは嫌だ、怖い、誰か、誰か!


 ドンドン!


 そこへ、大きなノック音が扉から聞こえた。男も私もびくりと身体を震わせるが、唯一の救いだと思って私はくぐもった声でも気づいてくれるのでは思い、音を発しようとしたそのとき、男の手が私の口を押さえつける。

 嘘よ、やめてっ! お願い気づいて!

 必死に心で訴えかけるともう一度荒々しく扉が叩かれる。そのままやり過ごそうとしていた男が強いノック音に怯えたのか引きつるような声をあげた。


「は、入ってます!」


 違う、違う! 声を絞り出そうとするも圧迫するような男の力強い手により、声が出せずにただもがくことしか出来ない。


「開けなさい!」

「使用中です! あとで来てください!」


 何度も扉を叩いてくれるのは若い女性の声。スタッフの子なのかもしれないけど、きっと彼女だけではこの状況を打破するのは難しい気がしてきた。それでも夢には見なかった助けがドアの向こうにいる。僅かながらの希望が見えた。


「一人じゃないのはわかってんのよ! 開けなさい!」

「くそっ……邪魔しやがって……」


 ボソッと覆い被さった男が呟く。観念して逃げてくれることを祈ったが男は暴挙に出た。扉の向こうの声を無視して、凌辱に走ろうとしたのだ。

 スカートの下に手を潜り込ませようとする動きを感じて一気に不快感でいっぱいになり、大きく暴れてみるが男にはびくともしない。


「うッ……ーーッ!!」


 やだ、やだ、気持ち悪い、嫌ッ!!

 強く目を閉じたそのときだった。扉の向こうからガンッ!! と、先程よりも鈍く大きな音が聞こえ、男の動きが止まった。

 その音は何度も繰り返され、次第にドアノブが曲がっていくのが目に入る。そして……扉は勢いよく開け放たれ、誰かがシャワー室へと飛び込んで来た。

 隔てるものがなくなった先にはスタッフではないが、見覚えのある女性……いや、少女? の姿だった。その両手に持っているのはパイプ椅子。


「!?」

「なっ……!」

「あんた何してんのよっ!!」

「っだ!!」


 彼女はこの状況に驚きながらもすぐに行動に移した。持っていたパイプ椅子を男の背中に投げて攻撃し、さらに言葉を続ける。


「早く離れなさいよ、この変態!!」

「俺は愛歌ちゃんの最愛の恋人だぞ! 愛し合って何が悪い!」


 男の勘違い発言に私は首を思い切り横に振る。彼女はそれを見て、軽蔑した目を男に向けた。


「愛歌ちゃんの恋人で一番のファンなんだ俺は! 愛歌ちゃんのことは何でもわかるし理解出来るんだ!」

「……は? 一番のファンだって?」


 少女の言葉にさらなる怒気が含まれたのに気づいた瞬間、彼女は男の顔面目掛けて足蹴りを食らわせた。躊躇いなんかない力いっぱいの蹴りだったと思われる。


「ぶっ!?」

「ファンって言うのはね! 推しの幸せを願うことはあっても推しの気持ちや身体を無理やり得ようとすることはあってはならないのよ! ガチ恋は別にしてもいいわよ! 推しは魅力的よね! でも、ファンは推しの給料! 家庭を守るための金! ファンが推しを守るのにそのファンが推しを脅かしてどうすんの!?」


 男が体勢を崩した隙に彼女は私を男から遠ざけようと引っ張り出して、怒りのまま喋りながらも少女は私を拘束していた手首と口の解放までしてくれた。

 それだけでなく、下着姿の私に自身の上着まで羽織らせてくれる。


「雪城さん、今のうちに逃げて誰か人を呼んでください」


 そうお願いされたのに私は恐怖で身体が震えて動かなかった。それなのに相手は察してくれたのか優しい声で「大丈夫ですよ」と声をかけたのちに彼女は立ち上がった。


「推しを悲しませたり、自分のために推しを襲うなんてファンとして失格! さらに女性が抗えないように拘束し抑え込もうとしたり、恐怖に陥れようとしてる時点で男としても失格よ! あんたなんてゴミ以下! 息を吸うだけでも許せない! 存在してるだけで罪深いわよ!」


 少女は役者と接するファンについてのポリシーが強くて、その姿が誰かと重なって見えた。昔、だった気がする。役者とファンの距離感の在り方について強く語っていた少女がいた。

 ああ、もしかしてあのとき出会った子が今目の前にいる彼女なのね。


「お、まえ……ゲストの、寧山のファンだな? 自分があいつの手の届かない存在だからって結ばれようとしてる俺達の邪魔をしてるんだろ!?」


 男の声を聞いてハッとした。私は何をしているんだ。彼女は私よりも年下なのに自身が盾になって私を男から守ってくれている。このままでは彼女も危ない。

 どうせあいつは私が目的だ。私が逃げ出せば追いかけて来るはず。


「俺はずっと愛歌ちゃんを支えて、イベントもパークでも愛歌ちゃんだけを見ていたんだ! 愛し合って、子どもを産んで幸せになって……!? 愛歌ちゃん! 待って!!」


 恐怖で足が竦むが、このチャンスを逃してはいけない。()()()()、私はあの男のいいようにされないためにも、私はシャワー室から逃げ出した。

 無我夢中で走ったけど、男が追いかけてくる気配はなく大きな物音が変わり聞こえてくる。……もしかして、あの子が粘っているというの!?

 あの子が危ない、誰か、誰か人を呼ばなければ!

 すぐ近くには舞台を片付けているスタッフがいるから私は急いで舞台上へ向かうと大きく息を吸った。


「助けてっ! シャワー室に男が暴れてお客様を襲ってるの!!」


 今までにないほど大きな声を張り上げた。何事かとスタッフが駆け寄って来るけど、今は時間が惜しくてさらに声を荒らげる。


「私はいいから! 私を助けようと女の子が男に立ち向かって……お願い! 早く助けて!」

「雪城さん! どうしたのっ? 落ち着いて!」


 尋常じゃない私の様子に驚き、肩を掴んで落ち着かせようとした寧山さんが詳しい話を聞こうとする。


「それどころじゃないの! 早くシャワー室に! きっとあなたのファンの子よ! このままじゃ男に襲われちゃうの!」

「えっ……!」


 そう伝えると心当たりがあったのだろう。青ざめた顔で彼は我先にと走り出した。それに続くように他のスタッフ達もシャワー室へと向かう。

 あの子に何事もないことを祈りながら私は力が抜けてその場にへたり込んだ。女性スタッフがそんな私の様子を見て心配そうに駆け寄り、楽屋へ戻ることを勧められるが、彼女のことが気がかりなため、私は首を横に振って再び立ち上がるとシャワー室へ戻った。


「くそっ! 離せ! 愛歌ちゃんと俺を引き離すな!! お前ら愛歌ちゃんの気持ちがわからないのか!?」

「どっちがわかってないのよ! 救いようのない馬鹿よ!」

「んだと!?」

「絆奈ちゃん! 刺激させないで!」


 人だかりが出来たシャワー室へと戻ると男はスタッフ達に取り押さえられていたが、まだ自分が何をしでかしたのか気づいてないようで私は怒りと恐怖で唇が震えた。


「もう、いい加減にして!」


 耐えきれずに声を上げるとみんなの視線が私へと突き刺さる。


「愛歌ちゃん! 来てくれたんだね。みんなに言ってやってくれ! 俺と愛歌ちゃんは愛し合っているって!」


 嬉しそうに笑う男の言葉はもう呆れるとしか言いようがなかった。蔑んだ目で男を睨んで静かに口を開く。


「……私、何度もやめてくださいとお願いしましたね。それを無視して私に酷いことをしようとして、さらに沢山の人を巻き込んで……あなたの行動は許されることではありません」

「愛歌ちゃん……何言ってるんだ。照れ隠しなのはわかってるんだよ。君のことは俺がよく知ってる。いつも笑顔で話してくれたじゃないか。なんでも聞いてくれて、肯定してくれて、俺だけに……」

「何もわかってないじゃない。私はファンの方みんなに平等で接しています。もちろん、贔屓してることもあると思いますが、少なくともあなたではないので勘違いなさらずに。それもわからず勝手なことばかりされてあなたには失望しました。警察に突き出しますので覚悟してください」


 もう少し汚い言葉で罵りたかったが、そこはあえて飲み込んだ。あくまでも冷静に。


「あ、いかちゃん……うそだ、うそだ……愛歌ちゃん、誰かに言わされてるんだ……俺が絶対に君を守ってあげるから……」


 もう何を言っても駄目なその男はそのままスタッフに連れられ、警察が来るまで監視下におかれることになった。

 ……一先ず、安心した。安堵の息が漏れてしまう。私を助けてくれた少女を見ると大事には至らなかったようだ。


「絆奈ちゃん、怪我してるじゃないか!」


 しかし、寧山さんの面食らったような声に私はもう一度彼女の姿を目視する。確かに、腕の方にナイフで切られたような傷があったため、思わず目眩が起こる。自分よりも年下でさらに関係のない一般人に怪我をさせてしまった。

 自分のせいであの子が……。手が震えてしまうも早く彼女を病院へ行かせないとと思い、近づこうとした。


「それより、雪城さんです。一人でもいいので女性スタッフの方に別室などで彼女のケアをお願いします」


 信じられなかった。いくら本人が大丈夫と言っても自分のことより私の心配を先にしたのだ。まだ若いだろうにどうして冷静なのか。外傷が出来た自分を大事にしなければならないのに。

 ……しかし、そんな少女に甘えたくなってしまった。

 結局、私はあの子のことが気がかりだったことと、自分のワガママを受け入れてくれるのではと思い、彼女と二人で楽屋で待機させてもらうことにした。

 彼女にお礼を伝え、さらに感情が落ち着かない私は泣くことの許可を少女から得ると、静かに泣いた。


 雪城 愛歌は強い女でなければいけない。努力して得た自身の武器を全て言われない言葉で攻撃されたり、妬まれたりされても気にせず凛とした強い女でいなければならない。強くなければさらに中傷されるだろう。だから泣くという弱い所を見せるなんてもってのほかだ。


「……雪城さん。泣くのは悪いことではないですし、強い人だからって泣いてはいけないって決まりはないんです。もっと周りの人を頼っていいですし、泣いてもいいと思います。それだけ、あなたの受けた傷は大きいんですから」


 せっかく押し殺すように泣いていたというのにまるで母のような温かい言葉をかけられて、未遂に終わったとはいえ恐怖で震える私の心が揺さぶられる。

 耐えきれなくなった私は縋り付くように彼女に抱きついて子どものように声を上げて泣いてしまった。


「……こ、わかったぁ……怖かったぁぁーーっ!」

「ですよね、怖かったですね」


 何度も優しい声で「もう大丈夫ですから」とか「感情のまま泣いていいんですよ」などと声をかけてもらい、さらに甘えるように泣き続けた。今まで我慢した分の全てが涙となってこぼれ落ちる。

 スタッフや寧山さんが声を出して泣く私を心配して見に来てくれたけれども、もう人の目を気にすることなく泣きじゃくった。


 その後、駆けつけた警察により男は逮捕され、署まで向かい、彼女と共に事情を話して解放されたのは遅い時間であった。

 あの子に言われたのかしらないけど事情聴取が終わるのを待っていた寧山さんが私を家まで送り届けると言ってくれたので、とりあえずその言葉に甘えることにした。


「……あの子、大丈夫かしら」

「絆奈ちゃんも心配だけど、君だって心配だよ、一番の被害者なんだし」

「あら、心配してくれてるの? てっきりその絆奈ちゃんって子だけが気がかりだと思っていたけど?」

「君とは友人でもあり同業者なんだから当たり前じゃないか」


 あぁ、そういえばこの人は優しい人だった。いつもそうだし、夢の中でも同じだ。夢から覚めたばかりのときはあまりはっきりしなかったけど確信した。

 悪夢であったあの夢の中で唯一の幸せを感じた結婚相手。それがこの人だ。……まぁ、結局は夢の中の話だけど。


「ねぇ、寧山さん。お願いがあるの」

「お願い?」

「あの子と会わせてくれるかしら?」


 あの悪夢が現実にならず、打開してくれた彼女に改めてお礼をしなければと思い、私はあの子と引き合わせてくれるよう寧山さんにお願いした。


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