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推しへ、自分の個人情報を簡単に出さないでください

 引越し当日。何度も乗っている新幹線で出発し、朝が早いこともあってうとうとしていると、あっという間に人通りの多い東京駅へ到着。

 引越し業者には八時頃に荷物を引き取ってもらって今は出発してる最中なので到着は夕方くらいだろう。

 まぁ、本当ならもう少しゆっくり出ても良かったんだけど、せっかくだから早々に着いて今のうちに出来ることをやりたいわけである。

 夜から明日一日にかけて荷解きやらしなきゃいけないからその間の食料調達と日用品を少々購入しておきたい。

 トイレットペーパー、洗濯かご、シャンプー類、洗剤などなど上げればキリがないし、何度か自宅と往復しなければならないだろう。

 そんなわけで東京駅から新しく住まう最寄りの駅へと向かう電車に乗り換えに向かっていたら、突然後ろからポンッと肩を叩かれ、振り返った。


「はぁ……はぁ……やっぱり! 絆奈ちゃんだ!」

「……えっ?」


 瞬間、びっくり仰天した私はフリーズしてしまった。なぜなら、推しが……寧山 裕次郎がそこにいたからだ。

 こんな人口密度の多い駅構内で知り合いとすれ違っても気づかないかもしれないのに、推しである役者と同じ敷地で、さらに相手から声をかけられるなんてどのくらいの確率なんだろうか。

 しかも、走ってきたのか少し息が切れているらしく、そこまでして私を引き止めなくても良かったのにと思ってしまう。


「ね、やまさん……なぜ?」

「今日は昼から現場だからね」


 つまり、今日はエターナルランドのパレード勤務ということなのだろう。くっ……関東住みになったというのに今日はインパ出来ないのが悔しい。


「それにしても舞台以外でここにいるってことはもうこっちに越して来たの?」

「あ、はい。今日から……」

「そうだったんだ! 引越しおめでとう」

「あはは……ありがとうございます」


 引越し一日目にして推しに会えるとは思わないから白昼夢でも見てるのかと思っていたけど、さらなる現実が私を襲う。


「寧山さん、そろそろ行かないと遅刻するわよ」


 連れがいたらしい人が小走りで駆け寄る。恐らく先に走り出した推しを追いかけて来たんだろう。申し訳ないお連れさん……って、待って。待って!

 お連れさんは雪城 愛歌さんじゃありませんか!!


「あぁ、ごめんごめん。すぐ行くよ」


 この時間にこの二人が一緒ってことは雪城さんも勤務日なのだろう。しかし、二人が一緒に職場に向かうほどの仲ということは実感した。

 前世なら今年中には推しと雪城さんは結婚するのだけど、昨今の推しの様子から見て本当に今年中に結婚出来るのかと正直不安ではあったのだが、これなら心配なさそうである。


「……」

(……え?)


 って、待って。雪城さんめちゃくちゃこっちを見てる。

 ……そういえば四年前エンカしちゃったんだっけ。さすがに一度会っただけだから顔は覚えてないと思うんだけど、旦那さんとなる人が別の女と話してる所なんて見たくないよね。うん、大丈夫! すぐ離れますから!


「じゃあ、今度引越し祝いでも……」

「あ! そろそろ行かないと! では、失礼します!」

「えっ?」


 長々と話をするわけにはいかないので話を遮ってその場から逃げるように立ち去った。失礼なことではあるけど、これは仕方がない。

 推しには雪城さんを大事にして離婚の危機を乗り越えてもらわねばならないのだ。頼むから幸せな家庭を築いてくれ。それがファンの願いである。






「……行っちゃった」

「あの子は知り合い?」

「うん。デビュー前から知り合った友人でね」

(どこかで見たことあるような……)






 上京して二週間。引越しの荷解きから住所変更などの諸々面倒臭い手続きを早々に済ませ、さらに自分の生活スタイルに合う仕事を探した私は早速一つ目の仕事先が決まった。早朝のカフェ併設のパン屋さんである。

 場所は東京駅構内。面接して即決採用だったのだけど、ぶっちゃけてしまうとめちゃくちゃ忙しい。まぁ、場所が場所なのでそうだろうとは思っていたし、時間が過ぎるのは早いためあっという間だ。

 時間は七時から十一時。将来的な私のライフスタイルではそのあとパークに通い、推しを拝んでから夕方には違う仕事を行うという感じである。

 一応、夕方候補としてもう一つのバイトの面接を入れているので上手く行けばすぐに働けるだろう。


 自宅は最寄り駅から徒歩で約十五分、東京駅からは一時間くらいで着く距離。バスタブなしのシャワーが浴室で、あとはこじんまりとしているけど、IHクッキングヒーターもあるし、クローゼットもあるからそこそこ満足はしている。

 まぁ、寝る場所もあるし、テーブルもパソコンも購入したし、今はこれで大丈夫だろう。


 そして本日も朝一番からパン屋で沢山のお客さんをレジで捌く。仕事前に買う人、遊びに行く前に買う人、目的は色々だが、その中でもエターナルランドに行くであろうお客さんも沢山いた。

 エターナルランドで売られているカチューシャやポップコーンバケットを持っているからわかりやすい。

 手が空けばパンの陳列をしながら、どのパンが焼き上がったか声を出してお客さん達に知らせる。


「クリームパン焼き上がりましたー!」


 そんな感じでキビキビ動くとバイト終了時刻はすぐだ。

 時間になるとすぐに上がり、急いで着替えて一人エターナルランドへと向かう。今日は上京して初のインパである。

 つまり、本日ようやく年間入国パスポートを手に出来るわけだ!


 エターナルランドの年間入国パスポート。所謂年パスはパークの入国前にチケットブース近くにある別の施設のパスポート・センターで購入することが出来る。

 そこで必要事項や本人確認など行い、別室で写真撮影を行う。そして出来上がった年パスはカードに印刷されカードケースに入れて渡されたら完成。

 年パスに記載されているのは有効期限日と入国するときに読み取るQRコード、そして顔写真。

 実際作成した自分の年パスを見てみるが……少しぎこちないような感じだった。

 実は年パスは二種類あって、通常の年パスとVIP年パスが存在する。まぁ、簡単に言うと通常の年パスには一部入国除外日というものがあり、該当する日には入れないというもの。

 例えばゴールデンウィークの内の何日か、クリスマスの日、三連休の中日、などなど。つまり客数が多そうな日は少し省かれるのである。

 そしてVIP年パスは入国除外日がなく、いつでも入国が出来るのいう代物。他にもレストランでドリンク一杯サービスや割引、VIP用のショー観劇席の抽選などちょっとした特典もつくのだ。

 もちろん、その分の金額はするのだけど。通常年パスでも五万くらいするのに対してVIP年パスは十万である。そう、倍も違うのだ。

 あとは年パスを入れるパスケースの色も違う。VIPは黒色のパスケースで通常年間パスは赤色のパスケースである。

 私が購入したのは通常の年パス。さすがにVIPには手が出せないなと思ったし、こっちでも十分に楽しめるのだから問題はない。パークも好きだけど、あくまで推しが目的である。


 そうやって手に入れた年パスを持ち、私はエターナルランドへ入国した。

 向かうのはパレード……ではなく、今年の三月にオープンしたエリア、海賊の秘宝エリアへと向かう。

 場所はパークのど真ん中。元は魔法の大噴水エリアだった場所だ。

 魔法の大噴水エリアは三年前に閉鎖となり、海賊の秘宝エリアを作るため長年工事を行っていた。そしていよいよ、お披露目したのが今年である。

 あの大きな噴水のショーがなくなるのは惜しいけど、海賊の秘宝エリアも楽しいアトラクションがあるのも事実。

 噴水のあった場所には地下へと続く大きな階段に変わっていた。それは海賊の秘宝エリアは地上ではなく、地下にあるから。

 地下に降りると巨大な洞窟の内部へと辿り着く。洞窟を使った巨大迷路『ギガントメイズ』や難破した大きな海賊船にて宝探しをする『シップレック・トレジャーハント』や海賊船のとある部屋に入ると突然閉じ込められてしまい、知恵を絞り色んな仕掛けを解いて部屋を脱出する『パイレーツシップ・エスケープ』などのアトラクションがある。


 さて、本来ならば先にパレードを見て、推しの出勤確認をしてから新しいエリアに行く予定だった。

 ではなぜパレードではなく先に海賊の秘宝エリアへと向かったのか。……推しによるシフト漏洩である。


 遡ること一週間前、推しから引越しお疲れ様メールが届いたのだけど『パークに来てくれる機会が増えるならシフト教えるから良かったらそれで確認して』と、今月分の出勤日と勤務時間までご丁寧に書かれていたので思わず卒倒しそうだった。

 慌てて『シフト漏洩は危険です! やめましょう!』と返事したのだが『絆奈ちゃんだけだから大丈夫だよ』と絵文字と共に返ってくる。

 あーもう! いつものやつ! 全くもって全然大丈夫じゃないのに! こうなったら削除しようと指を動かすが、推しからのメールは全て保護にしているため、なかなか削除出来ないでいた。

 そして推しの出勤日時がわかれば時間を無駄にしないですむと、心の中の悪魔が囁いた結果……保護してしまい、さらに推しのシフトを活用させてもらったのだ。

 守秘義務があるであろうシフトを削除しないなんて私は本当にファン失格である。


「……はぁ」


 気が重いのだが、推しはここにいるのだ。暗い顔なんてしていられない。

 今日の推しの現場はシップレック・トレジャーハント略してトレハンの地の妖精ソイルの役である。

 新しいエリアが開通してから推しはパレードとトレハンを担うことになった。これは前世でもそうである。

 シップレック・トレジャーハントは地の妖精ソイルが難破船で海賊が残したお宝を探すアトラクションにて案内役を務める妖精。

 ゲスト達は手分けして難破船の部屋にて宝を探すわけだが、それぞれヒントとなるアイテムが隠されている。

 例えば、床の板が一つ剥せるようになっていて、その下には文字が書かれた破れた紙切れだったり、本棚を動かすと鍵が見つかったりと色んな所に何かが隠されているのでソイルがそれぞれの部屋に訪れてはゲストの進行具合によって手助けをしてくれるのだ。

 終盤にはアクションを披露するので、そのためにアクターが起用されている。


 とはいえ、新しく出来たばかりのエリアなので平日だろうと人が多い。新しいアトラクションも最低でも二時間は待つのだから長い戦いになるだろう。

 とりあえず待たない限り推しには会えないトレハンの待ち時間は二時間。しかし、問題は推しのソイルに当たるかどうか。

 なぜならトレハンのソイルは三人くらいで順番にローテーションし運営している。つまりソイルが最低でも三人は待機してるので絶対に推しと当たるわけではないのだ。

 ぼっちでひたすら待ち続けてトレハンが始まったのだが……結果を言えば推しではなかった。ううん、仕方ない。よくあることである。

 しかし、まだ時間があるのでここで諦めてはならない私は再びトレハンへと並んだのだ。

 今度も二時間待ち。お腹が減ってきたけど今はそれどころではない。


「お待たせしました、どうぞお入りください」


 時刻は十六時三十分前後。恐らくこれがラストだ。推しの勤務は本日十七時までなので。どうか推しでありますように……!

 そう願ったわたしは再びトレハンへと足を踏み入れた。


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