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推しへ、地元を離れる日が来ました

 春。無事に高校を卒業した私は水泥くんのお母さん達の厚意より、Cafe・和心の里を一時的に貸切にして、私とニーナと芥田くんの卒業パーティーを開いてくれることになった。

 三人でCLOSEとかけられているお店に入ると、母達からクラッカーで出迎えられて祝言を頂く。


「「高校卒業おめでとう!!」」


 母、水泥くんのお母さん、そしてお隣の庵主堂の店主である安堂さんまでもお祝いをしてくれて有難いことである。

 桜あんの抹茶パフェ、桜羊羹に安堂さん手作りの桜や蝶々などの練り切りが並び、さらにお寿司の出前まで取っていたらしく、最高の卒業パーティーが始まった。


「師匠が俺のために練り切りを……」

「あんただけやなく私らのためや」


 安堂さんの桜の練り切りを両手で掲げる様子の芥田くんに相変わらずだなぁと笑っていると、安堂さんが彼の元へ歩み寄る。


「芥田くん。君は本当にわしと同じ道を目指すつもりなんか?」

「もちろんっス! 初めてやりたいことが出来たんで、師匠の弟子にさせてください!」

「……厳しくてもえぇんか?」

「無関心でなければ全然問題ないです」

「わかった。約束もしとったからな。そこまで言うんやったら今日から芥田くんはわしの弟子や」

「! よろしくお願いします!!」


 なんだか少し感動的な雰囲気になっていたのでみんなで拍手を送る。まさか本当に安堂さんの弟子になるとは。芥田くんもなかなかの執念である。

 ということは、芥田くんは庵主堂に就職ってことになるんだ? え、凄い。


「じゃあ、芥田はここのバイトも終わりになるんか? 役に立ってたんになぁ」

「カッカッカ。すまんのぉ、もろうてくわ」

「じゃあ、今日は卒業パーティー並びに芥田くんの就職祝いだね」


 そう口にすると母が私の肩を優しく叩いた。そのときの表情がまた憂いている様子で、周りのみんなも似たものに変わっていく。


「絆奈の送別会でもあるのよ」

「……そっか、そうだよね」


 明日、私は生まれ育った地を去る。みんな知っているし、これは私が二度目の私として生まれた頃から決めていたこと。

 そのために幼い頃から母に料理を習ってはレパートリーを増やしたり、上京資金も推し課金と共にコツコツ貯めてきたし、長くもあったけど気づけば早くも感じた。


「水泥くんと同じように卒業した翌日出発なんやろ」

「うん、朝早くにね」

「じゃあ、今日で橋本に会うのも最後やんか」

「そういうことだね」

「めっちゃ寂しなるなぁ……」


 少し沈んだ表情のニーナがお寿司を摘み、ポツリと呟く。

 悪いことしてるわけじゃないんだけど、謎の罪悪感を抱いてしまった。しかし、それだけ寂しがっているということは彼女も私と一緒にいる日々を楽しいと思ってくれている証拠だろう。


「一生の別れじゃないんだから、またそのうち遊びに帰ってくるよ」

「……水泥くん引っ張ってきぃや。結局、高校時代一度も帰ってけぇへんかってんからな」

「せやなぁ。俺も水泥の顔見たいわ」


 本当ならば水泥くんも呼んで卒業パーティーをしたかったのだけど、水泥くんは忙しくて来れなかった。

 まぁ、わざわざ東京から和歌山に向かうのも大変だしなぁ。……でも、少し残念である。久しぶりに顔を見たいんだけど、ちゃんと元気にしてるのだろうか。


「そうだね、水泥くんと一緒に遊びに帰るよ」


 私も東京で一人暮らしを始めたら水泥くんと会えるときが来るだろうし、そのときにでも一緒に帰省することを話してみよう。

 それにしてもお寿司美味しいし、スイーツも美味しい。庵主堂の和菓子などが食べられなくなるのは結構辛いけど、前世のように閑散していないし、店を畳むことは少しでも免れたと信じたい。

 あとは店主さんとみんなの頑張りでさらに発展してくれるといいなぁ。


「絆奈ちゃん、恵介に会ったらまた仲良くしてね」

「もちろんです」

「恵介もたまには連絡するよう伝えとってくれると安心するんでそれも頼むわ」

「お父さん、昨夜電話してくれたじゃないの」

「数分だけやないか! 足りん足りん!」


 水泥くんのお母さんとお祖父さんである二人のやり取りが微笑ましい。彼がこの場にいないのが惜しまれるけど、その様子をきちんと水泥くんに伝えてあげよう。


「なんか実感せぇへんわ。橋本がいなくなるやなんて」

「なんだかんだ小中高と同じ学校だったしね」


 君とは因縁の仲だった気もするよ、芥田くん。思えばよく衝突したし、なんでこんなに丸くなったのかは結局わからないままだけど、悪い子ではないと今は信じてるし、庵主堂就職も心からお祝いしている。


「庵主堂潰しちゃダメだよ?」

「アホ。俺がいたらもう安泰やで! むしろそっちはすぐに喧嘩を買うようなことすんなや。小学校の頃の方がまだ大人しかってんから」

「……はぁい」


 芥田くんに注意されるとは。ごもっともではある。

 確かにこの前、芥田くんやニーナに突っかかった上に私のスイーツも踏み潰した輩に久々にブチ切れてしまった前科があるので素直にその注意を受け入れるしかない。


「絆奈、ほんまに顔見せに帰って来ぃや」

「もちろん。またイベントとか一緒に行こう! それと大学生活も頑張ってね」

「せやな、頑張るわ。またメールや電話で話しよな」

「うんっ」


 ニーナとの別れも惜しいけど、もう一度私の親友になってくれた彼女には凄く感謝している。

 前世では同人誌作りやら精神的な面でも大変お世話になったけど、今世でもなんだかんだ私の相手をしてくれたり、前世と変わらずいいお姉さんだったなぁ。


「絆奈。家に帰ったらお父さんが泣くと思うから心積りしておくのよ」

「……そうだね」


 一応、昨夜は家族での送別会を兼ねていたのだけど、お父さんは必死に涙を堪えていた。きっと、今夜は涙腺崩壊するのではないだろうか。


 その後、思い出話に花を咲かせ、途中でニーナと芥田くんから色紙を貰うというサプライズも受けたりもして、日も暮れ始めたのでそろそろ解散しようと、みんなで店の後片付けをしているときだった。


「絆奈……なんかあったら私に相談しぃや」


 ニーナが私の腕を引っ張り、小さく呟く。気のせいだろうか、なんだか目が潤んでいるような……。


「うん、ニーナは頼りになるからね」

「せや……私は頼りになるんやから。絆奈、推しのことばっか考えて私のこと忘れたらあかんで」


 さすがにそれはないのにニーナは心配性である。でも、彼女は推しにあまりいいイメージがないから私が騙されたりしないか気が気でないのだろう。

 そう思うと推し活のために上京すると決意をしたのが申し訳なく感じるも、推しのために人生を捧げると決めたので今更やめるわけにはいかない。


「忘れないよ。だってニーナは前世からの親友だもん」

「……せやな。前世でも親友やったやろうな、私ら」


 堪えきれなかったのか、ニーナの潤んだ瞳から涙が溢れて、それを必死に手の甲で拭っていた。

 そんな彼女の姿を見ると、なんだか私の方も急に胸が苦しくなり、今までの思い出が蘇る。それこそ死ぬ前の分も含めて、気づけばお互い泣きあうことに。

 笑顔で別れるのって難しくて、一度泣き出したらなかなか止まらないので芥田くんなんてどうしたらいいかわからずオロオロしていたから二人でその様子に泣き笑いしながら別れを告げた。




 母と共に自宅に帰ると、父がすでに泣きじゃくりながら出迎えた。泣くの早いよ、お父さん。


「絆奈ぁ~……」

「あらやだ、もう泣いてるの?」

「明日から絆奈がいないって思ったらもう寂しくて寂しくて……」

「あはは……」

「いつかはこうなるのに本当寂しがり屋なんだから」

「それでもまだ十年は一緒にいられると思ったのに……」


 前世ではずっと実家暮らしだったからまさかここまで離れ難く思っていたとは。しかし、実の親にここまで泣きじゃくられてしまうと、逆にこっちは冷静になり、出る涙も出なくなる。


「また遊びに帰ってくるから、ね?」

「絶対だぞ……」


 ぐしぐし泣くお父さんが子どもみたいで少し笑ってしまったけど、相変わらず心配性なのは娘を想ってのことだろうし嬉しいことだ。


「そうだ! 最後に絆奈のためにケーキを作ってみたんだ!」

「え」


 今なんと? ケーキ? お父さんが? いやいや、今日はご飯はいらないってお父さんは知ってるはずでは?


「ほら! どうだ!」


 ダイニングに向かえばそこにはなんと一生懸命作ったであろうショートケーキがワンホールそのまま鎮座していた。

 上手く塗れていない生クリームやスポンジケーキの形そのものが少し傾いていたりとしているが、慣れないことを頑張ったというのはヒシヒシと伝わる。


「……立派なケーキだね」

「もう、あなた! 絆奈は今日はご飯食べるからって言ったでしょ!」


 お母さんがお父さんに詰め寄ると、父はなぜ自分が怒られてるのか理解しておらず、狼狽えながら口を開く。


「えっ、え、デザートなら食べるかと思って……」

「デザートも食べました!」

「ま、まぁまぁ、全部は食べられないけど少しは食べられるよ」


 せっかく作ってくれたものを口にしないのは勿体ないし、父にも申し訳ない。お腹は膨れてはいるけど少しくらいなら食べられるからね。

 最後の夜だからこの際食べ過ぎを気にしないようにしよう。

 父の作ったケーキは不格好ではあるものの、美味しく仕上がっていた。もちろんお店のケーキには負けるけど、実家で最後に食べるケーキにはピッタリだっただろう。


 そして、翌日。いよいよ私は上京し、新しい生活が始まるのだった。


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