推しへ、レイヤー友達が出来ました
「ただいまー」
推しコスするレイヤーさんと連絡先を交換出来てうきうきな私は機嫌良くニーナの元へ戻ると、彼女は信じられないというような表情で顔を青ざめていた。
え? なに? どうしたのっ!? 誰かに虐められた!? 狼狽えながらも彼女にどうしたのと問えば、ニーナはゆっくり口を開いた。
「あんな……完売、してもうてん……信じられへん……」
な、なんだー! そうだったのか! 誹謗中傷されたらどうしようかと思ったけどどうやらその心配はなさそうで安心した。
「だから言ったでしょー! ニーナなら六十部でも足りないくらいだって!」
「いや、初参加やねんからわからんわそんなのん!」
確かにそうだけど、そうなんだけど! ニーナの能力+旬ジャンル+王道カプなら自然と人気になるんだって……!
「とりあえずお腹減ったからなんか軽くつまめるやつ買うて来るわ」
「りょーかい」
交代でスペースで留守番をするも、すでに完売のためすることがない。ニーナも大方片付けてるみたいだし、何か食べたあとに撤収かな。
そう考えていると、ニーナがフランクフルトと唐揚げを持って帰ってきた。
スペで小腹を満たしながら先程出会ったノームレイヤーさんの話をしていたら携帯にメールが入る。
相手はちょうど今話をしていたノームレイヤーさん。
『こんにちは。先程お会いしたノームのコスプレをしました進藤 深月です。ご連絡先を交換していただきありがとうございました。是非色々とお話をさせてください』
「早速メールくれた!」
「良かったやん」
「ノーム好きさんあんまりいないから嬉しー!」
「せやったらアフターしたらえぇんちゃう?」
「ア、アフター!」
懐かしい響きに思わず浮かれる。前世ではよく打ち上げしたもんなぁ。まだお酒が飲めないのは悲しいけど。
「地元の子か遠方の子か知らんけど、ちょっと茶する時間はあるやろうし、せっかくやから誘って行きぃや」
「え、でも、ニーナは?」
「私は大阪来たんやしアニメショップはしごして来るわ」
「それなら私も行くよ」
「アホ。せっかく同士が見つかってんからぎょーさん話してき。こっちに話振られても困るんやからな」
「うぐ……」
確かに推しの話とかニーナにはめちゃくちゃしてる自覚はあるけど、好きキャラを語り合えないのも事実。
そろそろSNSに手を出して共通の仲間を増やしたいなぁと思った頃合でもあるし、せっかく言葉を交わせたのなら直接語りたいのもある。
私の中の天秤はニーナとのアニメショップ巡りよりも好きキャラ被りのレイヤーさんとのアフターに傾きつつあった。
「まぁ、私らはまだ会えたりするし、その子とは次いつ会えるかもわからんねんから一回誘っとき」
「そこまで言ってくれるなら甘えようかな」
優しいニーナに背中を押されて、ノームレイヤーさんの進藤さんにアフターのお誘いメールを打ち込んでみることに。
するとすぐに返信が来て『いいんですか!? 是非よろしくお願いします! そちらにお迎えに行きます!』という内容が返ってきた。
良かった、誘いに乗ってくれて。どこかおどおどしていて、昔の水泥くんを彷彿とさせるから人と関わりたくない人だったらどうしようかなと思ったけど、これなら大丈夫そうかな。
そう決まったわけなので完売もしたし、少し早いがこれ以上留まる理由はないので撤収作業に入ることにした。
ゴミを片付け、周りのサークルさんにお礼を伝えると彼女は躊躇いがちにこちらへとやって来る。
「あ、進藤さん! 早かったですね、てっきり着替えに時間がかかるのかと思ってました」
「えっと、橋本さんと別れてからすぐに着替えたので……」
せっかく衣装に着替えたのにすぐにまた着替えてしまったのか。なんだか勿体ない気もするが、こちらも作業が終わるところなのでちょうどいいのかもしれない。
「絆奈、その子がさっき言うてた子?」
「うん! 好きキャラ仲間っ!」
後ろから進藤さんの両肩を掴んでニーナに紹介するも、触れた途端びくっと肩が跳ねたので少し馴れ馴れしくしてしまったんだと反省して、ごめんね? と声をかけたら真っ赤になりながら「いえっ! びっくしりしただけでっ」と返してくれた。
あまりにも嬉しかったものだから調子に乗ってしまい、会ったばかりの子との距離感を誤ってしまう。申し訳ない。
「は、初めまして、進藤と申します」
「そんな固くならんでえぇよ。私は用があるから二人でゆっくりしとき。ほら、絆奈。もたもたしとると休める場所なくなるで。こっちはもう大丈夫やし」
「わかった。ありがとうね、ニーナ。それじゃあ、進藤さん行きましょうか!」
「あっ、はいっ」
ニーナの言う通り休日でイベントも重なってるから近場のカフェなどは恐らく席はないだろうから、少し離れた場所でお茶をすることにしよう。
コスプレオフモードの進藤さんを連れて私は手を振りながらニーナと別れた。
「……そっち路線もありやな」
イベント終わり前ということもあり、駅までの道はそこまで混雑していなかった。それでも電車に乗れば乗車率は高いけども不愉快なほどではない。
電車に揺られながら暫く離れた駅に降りて、一休み出来そうなカフェなどを探してみる。
イベント後ならば数駅離れていてもカフェやレストランはイベント参戦者で混み合うが、時間帯が良かったのだろう、どうやら最初に見つけたカフェはまだ満席ではない様子だったのですぐに腰を下ろすことが出来た。
入ったお店はコーヒーチェーンで、席を確保してから注文するスタイル。なので、席が取れた私達は順番に注文しにレジへ向かう。
暑いのでアイスキャラメルラテを注文。進藤さんはアイスティーを注文していた。
「それじゃあ改めましてお疲れ様ですー」
「お、お疲れ様でしたっ! このようなアフターにまで誘っていただけて嬉しいです……その、私……アフターは初めてで……」
ボブヘアーの少女が恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに口にする。誰にだって初めてはあるんだし、そんなに気にしなくてもいいんだよ。
「私も今回イベント初参加だからアフターも初めてなので一緒ですよー」
「ほんとですかっ? てっきり慣れてらっしゃるのかと……」
確かに前世でバリバリやってたので慣れてはいるなぁ……。
「ほんとですほんとです。ノームコスさんって貴重ですからつい色々お話したかったんです」
「わ、私もです! 最初、もう少し話がしたくて引き止めてしまいましたが、こうして話せる場が出来て嬉しいです」
「エターナルランドの人気精霊はサラマンダーで次点ウンディーネですからねぇ……。進藤さんはコスプレはどのくらいされてるんですか?」
「あ……私、まだコスプレするのは二回目で、一年も経ってないんです」
なるほど。そういえばレイヤー歴が浅いって言ってたっけ。
「実は兄の影響で始めたんです。兄はいつも完璧なコスをしていて人気者で……。私もあぁなれたらなぁとか、好きなキャラの格好をしてそのキャラが好きな人と出会えたらなぁって。でも、実際はレベルが高くて私がいてもいい世界じゃなかったんです……」
彼女が話すには兄は人気ジャンルの人気キャラのコスプレをよくされるそうだ。
進藤さんがコスプレをしてみたいということで自分でノームの衣装を素人ながら頑張って一から作ったのだけど、兄のほうも進藤さんと同じジャンルに目をつけて一番人気のサラマンダーのコスプレをやり始めたらしい。
しかもその衣装はプロにお金を払って製作したものだから出来がいい上にスタイルの良い兄がその衣装を纏えば本物より格好いいコスプレイヤーになるとのこと。
同ジャンルなのと兄妹ということもあり、前回のコスプレイベントでも凄く比べられて、兄には勝てないと痛感したそうだ。
「本当は……今日のコスプレも行くつもりはなかったんですが、兄が『せっかく作ったんだから行こうよ』って言ってくれたので……」
つまり、あの兄の引き立て役にさせられてしまったわけだ。
……いや、勝手に決めつけるのは良くないだろうけど、自分で誘ったくせにその妹が隅っこにぽつんと立っていたのを気づいてないわけないし、そのまま放って置いたのだからそう思わずにはいられない。
「すみません、なんだか愚痴っぽくなってしまって。でも、兄が誘ってくれたおかげで橋本さんが話しかけてくれましたし、今日はとても嬉しい日です。もうちょっとコスプレも頑張ろうって思いました」
「……なんていい子なんだ」
「えっ?」
「あ、ううん。なんでもない!」
つい本音がポロッと出てしまった。あんなキャラの人気でコスプレを選んでる上に、見た目がいいからと女子にチヤホヤされて天狗になるクソ兄貴とは違ってとてもいい妹さんである。
「そういえば橋本さんはノームさんのどういう所がお好きなんですか?」
「えーと、そうだなぁ……私、元々おじさんキャラが好きな所があるんだけど、それに加えて無口で愛想がなさそうに見えて、実はちゃんと優しい一面があるっていうありきたりではあるけど、そういうのも含めて可愛いなぁって。あと衣装も地味だって言われるけど、ノームにはぴったりなくらいだし、色が地味なだけであってセンスはあるもんね」
「そうですよね! 私も同じです。無表情ながらもパレード中にたまに見せるノームさんのふとした微笑みとかとても優しげでいいですよねっ」
思わず「それな!」って言ってしまいそうである。話を重ねていくと、どうやら進藤さんは私のように中の人萌えではないようだ。むしろアクターには詳しくないらしく、人によっては顔の区別がつかないということなので、恐らくそちらの方面は興味がないということがわかった。
まぁ、私も最初はキャラから入ったからなんだか懐かしい気持ちになる。
さらに尋ねると彼女は腐女子の部類ではないらしい。夢女子かな? と問うも、どうやらそうではなく、純粋にキャラクターとしてノームが好きらしい。
うう、穢れがない……それはそれでちょっと肩身が狭くはあるかな……。でも、私が腐女子という理解は得られたので良しとしよう。
「橋本さんって……高校生ですか?」
「うん、三年生。進藤さんは?」
「私、中学三年で……」
「そうなんですねー! 若いなー」
まぁ、高校生の今の自分も十分若くはあるけど。それにしても進藤さん中三かぁ……てっきり高校一年くらいかなと思ったけど、まだまだこれから成長するんだろうなぁ。
「あ、あの、ですので、もっとラフな感じで喋っていただけると嬉しいです! 私、年下ですし、よろしければ名前も深月と呼んでいただけると……」
照れながらそう言い出す彼女にそれくらいお安い御用であった。そのため何も問題もないので頷いて笑みを浮かべる。
「もちろん! 深月ちゃん、だね。じゃあ、私も同じようにタメ口で喋ってよ。名前も絆奈でいいから」
「えっ、えっ! でも、私年下なのでそれは失礼にあたるかと……!」
「私が大丈夫だって言ってるからいいよ。ほら、お友達になれたわけだし、固いのはナシで」
「友達……! じゃ、じゃあ、改めてよろしくね……絆奈、さん」
うん。可愛い。さん付けしなくてもいいけど、まぁ、いっか。その慣れてない感じが初々しくてとてもいい。それに妹が出来たみたいでなんだかさらに愛しく思ってしまう。
「そうだ、深月ちゃんって地元組? それとも遠征組?」
「あ、私は都内住みだから遠征組で……。おばあちゃんの家が大阪だからそれに合わせて参加させてもらったの」
「そうなんだ~。私ね、和歌山なんだけど、来年は上京しようと思って。それでいつになるかはわからないけど、落ち着いたら向こうのイベントでも会えたり出来るかな?」
「はいっ! 絆奈さんが来てくれるなら私ももっと頑張るねっ」
これは嬉しい! 白樺がパークデビューしたらすぐにしらねやの本を作ってサークルに出るつもりだから、最初はまだ知り合いがいないだろうし、深月ちゃんと会えそうなら寂しくないだろうなぁ。
まだ少し先にはなるだろうけど東京の同人誌即売会も楽しみになってきた。
こうして、新たに深月ちゃんというレイヤー友達が出来た私は時間ギリギリまでたっぷり話をして、またいつか再会することを誓い合って解散することに。
そして、アニメショップ巡りを終えたニーナと合流をし、地元へと帰る電車でお互い今日のことを話していた。
「ニーナ、ショップ巡りして色々買ったみたいだけど何買ったの?」
「地元にはない天日々の推しグッズやろ、あとは百合本に手ぇ出してみた」
「えっ!? ニーナ、男同士専門じゃなかったっけ!?」
ここでまさかの報告。前世でもずっと腐女子で男女カプや百合物には一切興味がなかったあの生粋の腐女子であるニーナがここへ来て新しい扉を開いたのだ。
「せやってんけど……まぁ、実際目の前でそういうっぽいの見たら悪くはないんかなぁ思うて。やからちょっと履修してみよかってなってん」
どうやら百合女子をイベントで見かけたのだろう。前世では特に気にも留めなかったニーナだったのに、一体いつの間にそんな出会いがあったのやら。
「まぁ……三次元やったら男女カプ推しではあるんやけどなぁ……」
「ニーナ、ナマモノに興味がっ!?」
「そこまでちゃうわ」
「え~? 楽しいよ、ナマモノ。ただちょっと実在してる人が相手だから住みづらいけど」
「安心しぃ、絆奈の狭い界隈には絶対行かへんから」
「辛辣……」
前世のニーナとは違い、今まで踏み込んでいなかったところにも手を出すとは思わなかったけど、性癖が増えるのは悪いことではないので、これからどんなものに興味が湧くのか、私は彼女を優しく見守ることにした。




