推しへ、推しのコスをするレイヤーさんに会いました
「絆奈っ! 同人誌即売会に行こうや!」
「おうよ!」
夏休みに入る前、ニーナから大阪で行われる関西最大の同人誌即売会イベントに誘われる。もちろん即決で同行することにした。
現世初の同人誌即売会か……。前世でもこのくらいのタイミングだったし、最初は一般で参加してから次のスパコミではサークル参加してたんだよなぁ。懐かしい。
「サークル参加するから売り子よろしく」
「え、初参加なのに早速サークル参加っ!? 本気で!?」
待って待って。気が早いよニーナ! 前世ではまず一般参加からだったでしょ!? 気は確かなのか!?
驚いた私がニーナの肩を掴んで激しく揺さぶる。
「今、参加せな絆奈は来年おらへんやろ?」
その言葉に私はハッとしてしまった。そうだ、私は高校卒業してすぐに上京する。推し活をするために。最初はニーナに呆れられてしまったが、ずっと反対はしなかった。
前世ではずっと生まれ住み続けていた町だから正直離れることの不安はないわけじゃないけど、再び橋本 絆奈としてやり直すことになったときから決めていた未来だ。
ニーナは高校卒業してからは大学に進み、その頃から少しずつ会う機会が減っていくも少なくても月イチで遊んでいたし、即売会にも一緒に参加したものだ。
私が東京に行ってしまうということはニーナとサークル参加する機会がもうないということ。
「せっかくやから一緒に参加したいやん?」
「うん……うんっ!」
こうして、親友との思い出を残したいためニーナのサークル参加に売り子として参戦することにした。
そしてイベント当日、朝早くから地元を出てニーナと共に大阪へ向かう。
大阪には今世でもすでに何度か行ったことはあった。まぁ、向こうにもテーマパークや水族館とかあるから主に遊びに行くくらい。
東京に比べたら比較的に近いからニーナと話をしながら電車を乗り継いで行けばあっという間に会場へと到着する。
キャリーを引くニーナのあとについて行き、サークルスペースに辿り着くと二人で設営。
前世ではナマモノジャンルで何度もサークル参加していたから設営も慣れたものなので一般入場時間まで余裕で完了した。
「絆奈、初めてやのに慣れた手つきやな……」
「あはは……こんなこともあろうかと勉強したの」
ニーナ鋭いな……そういうことは気にしないでいいんだよ。
今回参加するジャンルはニーナの好きな漫画の『天上生活の日々』略して天日々である。
ニーナはこの日のためにコピ本を二冊をこさえてきた。もちろんニーナの初コピ本を最初に手にすることが出来るのは私である。
「え? えぇよ、売り子してくれるんやからお金はいらへんよ」
「何を言ってるの。こういうのはお礼品じゃなくしっかりお金を払わなければならないものなんだからニーナの力作を安売りしちゃダメだよ」
「力作、は言い過ぎちゃうか……?」
「本を生み出した時点でニーナは神に近づいたんだからそういうもんだよ」
「神は言い過ぎや」
「まぁ、そんなことよりもそろそろ一般入場始まるし、ニーナ先に回ってきなよ。留守番してるから」
時計を見れば一般入場まで一分を切っている。私はまだ推しの二次創作本が時代に追いついていないため、購入することも、頒布することも出来ないので特にこれといった戦利品を狙ってはいない。
だから急ぐこともないのでニーナには先に買い物に行ってもらうことにした。
「先でえぇのん?」
「だって推しの薄い本がないなから……」
「切実やな……。いつかあるとえぇな……」
いつか出るよ……白樺がパークデビューするまでは大人しくするしか出来ないけど。
そんなわけでニーナを見送り、留守番に徹した。
しかし、さすがニーナである。絵も上手いし、胸をキュンキュンさせる話の作り込みも上手。特に動きのある絵がまた素晴らしい。あと天日々で彼女が描くカプは王道だ。
だからまだSNSで発信していなくとも、パンフのサークルカットの絵を見た人や、好きカプを買い漁るため流れてくるように購入する人などのおかげで自然とニーナの薄い本は売れていく。
前世では誕生日席によくいたしなぁ……。でも天日々の連載はあと十年くらいで終わるので、ちょうど私が死ぬ前にはジャンル変更してたんだよね。時代の流れは恐ろしいものである。
「ただいまー……って、えっ? もうそんなないん?」
ニーナが戻ってきた頃には少し落ち着いてきて、用意していたコピ本は残り十部未満。
そもそも彼女は十部でいいだろうと言っていたのだが、ニーナは旬ジャンルの王道カプな上に中堅サークルになる実力を持つ神絵描きである。十部だけでいいわけがないので何とか説得して六十部くらいに増やしてもらったのだ。
「そりゃあ、ニーナの本は売れるよ。それに今の旬ジャンルで王道カプなんだからね」
「……押し売りしてへんよな?」
「してないよ!」
そこまでしなくてもニーナの本を欲する人がいるというのに。王道はいいなぁ……ナマモノではこうはならないからね。しらねやも王道なはずなのに同士が少ないのが問題だ。
「とりあえず、こっちは目当ての物は買えたから次は絆奈が買い物行ってきてえぇよ」
「そう? じゃあ、ちょっと気分転換に散歩してくるね」
売り子として頑張ったし、休憩がてら散歩に行こうと暫しニーナのサークルから離れる。
……さて、散歩するとは言ったが、推しを扱ったサークルはないし、前世だったら当時ハマっていた漫画やゲームの薄い本を買い漁ってたんだよなぁ。推しに出会う前だったからね、それなりのオタクではあったし。
というか、散歩するだけでも誘惑されちゃいそうだから気をつけなければ。
お宝に目を奪われてしまい、一気にお金が飛んでしまうことになる。上京資金や推しへの舞台課金に捧げたい私としてはここは我慢だ。
「あ、そうだ。コスプレスペースに行ってみよう」
前世ではあまり訪れることはなかったコスプレスペース。サークルに行ってお宝の誘惑に耐えられるか心配だし、それなら目の保養になるレイヤーさんを眺めてみよう。
そう決めた私はコスプレスペースへと赴いた。普段行くことはあまりないんだけど、エターナルランドコスの人も一定数はいるはずなのでそれを楽しみにする。
コスプレスペースはやはりレイヤーさんが沢山で、撮影会を楽しんでいた。旬ジャンルの合わせや、マイナーだけどコスプレ衣装の出来が凄い人など色々いて見てるだけでテンションが上がってしまうほど。
そんな中、エターナルランドコスで固まっている集団を見つけた。
ケット・シーのケート、クー・シーのクーリュの擬人化コスもいれば腐女子人気のサラマンダーコスプレの人も何人かいる。あとは衣装が一番映えるウンディーネも人気なんだよなぁ。
童顔レイヤーならばシルフコスさんもいるけど、一番少ないのが我が推しのノームコスさんである。
まぁ、おじさん枠でもあるし、なかなかしてくれる人は少ないんだよね。衣装も地味なほうだし。それが悲しい。
でも、たま~にいるんだよね。それこそ前世では推しノームレイヤーさんがいたんだよ。いつもSNSで載せる写真が神がかっていて最高だったなぁ……。
「ん……?」
ぼんやり前世のことを思い出していたらエターナルランドコスの集まりの端っこにぽつんと立っているレイヤーさんがいた。
……いや、ちょっと待って。あの衣装はノーム衣装なのでは?
後ろ姿でわかりづらかったため、少し近づいてみる。そして確信した。あの人はノームコスだ! やった! いたぞ! 推しコスするレイヤーさん!!
「あ、あのっ」
「はい……?」
思い切って話しかけてみた。だってノームレイヤーさんは貴重なのである。なかなか機会がないのだから写真だけでも撮らせてもらいたい。
声をかけたノームレイヤーさんは人見知りなのか、少し警戒したような雰囲気で振り返る。ノームコスの人にしては随分と若い中性的な女性であった。私より少し年下くらいの年齢だろうか。
「写真、撮らせていただいてもよろしいですかっ!?」
「えっ、えっ……あ、兄は今、他の方と撮影をしてまして……」
「? いえ、ノームさんを撮らせてほしいんですが……」
兄がいるのだろうか。まぁ、今はこの子のノームが目当てなので兄には用はない。しかし、そのつもりで写真をお願いしたのだが、目の前の子は慌てふためいていた。
「え、えええっ!? わ、わた、私なんかでいいんですかっ?」
「もちろん! 私、ノーム推しなのでノームレイヤーさんがいらっしゃるとは思ってなくてめちゃくちゃ感動してるんです!」
「ほ、ほんとですかっ? 私も、そのっ、ノームさんが好きで……!」
顔を真っ赤にしながら答えるその子はなんだか可愛い印象を抱いた。ほとんどの人は好きなキャラのコスプレをするものだろうし、無理やりさせられたとかじゃないならこっちも嬉しいものだ。
「でも……その、見てわかる通り私のコスプレでは本物には程遠くて……写真を撮られるようなものじゃないんです……」
自信なさそうに俯く彼女。私はコスプレ界隈には詳しくないのでよくわからないんだけど、衣装は全て手作りのようにも思える。
細かく見てみるとズボンの左右の丈が合っていなかったり、糸が解れている所があったりするのを見つけた。
ノームの衣装は主にマントを羽織り、額にバンダナを巻いていて、全体的に茶色系統なので他の精霊衣装に比べると非常に地味であり、知らない人から見ると旅人なのかと思われるくらいだ。
あとは大きなハンマーや鍬などを手にしていてるので衣装よりもそちらの道具の方が派手だったりする変わったキャラクターである。
彼女は鍬もしっかり手作りしているようだし、ノームに対する愛はあると思う。そんな彼女の言葉は恐らく自分の作ったコスプレに自信が持てないのだろう。
「んー……。私はレイヤーさんではないので、詳しくはないですが、好きなキャラをコスプレしてくれて純粋に嬉しいですし、あなたも一生懸命作ってくれたんですよね? ノームに対する愛情があればそれでいいじゃないですか」
「え、こ、こんな出来でもいいんですか……?」
「愛があれば一番ですよ! もし、それでも納得いかなければ少しでも納得出来るように改良すればいいですし、いくらでも研究出来る所ありますから! なんなら季節によっての新衣装もありますし、新しいキャラの一面も見つかりますし、コスプレには完全なる本物なんてないんじゃないんでしょうかっ! キャラへの愛を示すものでもいいと思うんですっ!」
「……」
ハッ……しまった。自信なさそうなノームレイヤーさんだからってつい熱く語ってしまった。コスプレ界隈に詳しくないのに生意気なことを言ってしまったのかもしれない。
「あ、いや、余計なことを言ったらすみません! ただ、本当にノームコスを見れてテンションが上がってしまって……」
「……い、一枚だけなら……」
「えっ、いいんですかっ!?」
「はい……私、まだコスプレイヤー歴が浅くて……兄のように全然納得いくものが出来ないので本当は撮られたくないんですが……同じノーム好きさんなら一枚だけ……」
「ありがとうございます!! それじゃあ早速……」
許可をいただけて思わず嬉しくなった私はノームレイヤーさんに思い切り頭を下げた。彼女はあわあわしていてなかなかに可愛らしかったのだけど、貴重なノームコスなのだからしっかり写真に収めなければ。
「じゃあ、いきまーす」
「ミツ。お友達かい?」
携帯カメラの準備を終え、撮影をしようとしたところでノームレイヤーさんに向かって別の誰かが声をかける。
誰だ、横入りするように邪魔をするやつは。そう思いながらそちらを向けばなんとそこにはサラマンダーの男性コスプレイヤーさんが立っていた。
しかもビジュアルも衣装も完成度が高く、もはやモデルなのかというほどのスタイルの良さである。
「に、兄さんっ! あ、いえ、写真を撮りたいって言ってくださった方で……」
ほう。どうやらこの人がこの子の言う兄なのか。先程から何度か兄の話が出ていたが、キラキラなオーラを纏う兄のサラマンダーコスを見ると何となく彼女の気持ちがわかった気がする。
彼の周りには他のレイヤーさんや撮影担当の子と思われる人が沢山いるようで、まぁ……恐らくそちら界隈では有名なレイヤーさんなのかもしれない。そんな兄にコンプレックスをこの妹ちゃんは抱いてるのだろう。今も恐縮した状態だし。
「そうなんだね。妹の相手をしてくれてありがとう。俺の写真も撮るかい?」
「あ、大丈夫ですー。ノーム推しですし、そちらも忙しそうなのでお構いなく~」
ははは。自分に価値があると自覚している者の発言だなぁ。残念ながらサラマンダーは推しではないし、人気キャラだからって誰もが自分の写真を撮りたいと思っているような人には抗いたくなっちゃうんだよね。ていうか、写真撮ろうとしてるのにわざわざ割って入るような邪魔しないで。おこですよ。
そんなわけで丁寧にお断りをすると、相手はそう返されると思っていなかったのか、周りの取り巻きと共に驚いては何度か瞬きを繰り返す。
「本当にいいのかい……? せっかくだから要望があれば聞くよ」
「あ、じゃあ、シャッターお願いします! ノームさんと一緒に撮りたいのでっ」
「そ、そうなんだ……わかったよ」
ポーズ指定の要望を聞くつもりだったのだろうな、このサラマンダーレイヤーは。申し訳ないけど、自信過剰さんには興味ないので撮影を頼むことにした。
口元が引きつっているが気づかないふりをし、ノームレイヤーさんの隣に立つ。
彼女の撮影を邪魔したんだからそれくらいしてくれたまえよ、兄。
「え、あのっ……!」
「あ、ツーショはNGでしたか……?」
話を勝手に進めてしまったので慌てふためいた様子の彼女を見て、もしかしてダメだったのかと思い確認すると、ミツと呼ばれた少女は首を横に思い切りふるふると振った。
「いっ、いえ! 兄さんと撮らなくて本当に良かったのかと思いまして……」
「あー。大丈夫です。私が好きなのはノームさんなので」
「は、はわ……」
「……じゃあ、撮りますね」
兄のプライドを傷つけたのだろう。心なしか元気のなさそうな声で写真を撮ってもらった。
まぁ、君には取り巻きがいるからその子達にチヤホヤされなさいな。
そんな兄から携帯を受け取り、再度ノームレイヤーさんにお礼を告げる。
「本当にありがとうございました! ノームレイヤーさんとお写真撮れてめちゃくちゃ嬉しかったです! では、そろそろ失礼しますね」
「あ、あああのっ! お急ぎですか? よろしければお話したくて……」
「ほんとですか? 私もです!」
周りにはノーム好きさんいないから、色々お話を聞きたいところなので大歓迎である。しかし、時計を確認したら結構な時間が経っているのでスペースに一人残しているニーナの元に一度戻った方がいいと考えた。
「……あ、すみません……今日友達の売り子として参加してて……あまり長い時間離れられなくて……」
「じゃ、じゃあ、連絡先だけでもっ」
「それなら全然!」
やった! メアド交換させてもらうことが出来た。ノーム好きのレイヤーさんとお友達になれそうで有難いことである。
そんな彼女と別れを告げて、私はニーナの元へ戻って行った。




