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過去の俺へ、今の俺はめっちゃ楽しいで

 その日は酷い夢を見た。小学校三年生まで遡る過去の夢。しかし、今まで俺が歩んで来た道とは全く異なる内容。

 あの頃は俺が水泥をずっと虐めてたときやった。泥水を飲ませようとしたけど、あいつが、橋本が助けに来んかった夢。

 むしろあいつおらへんかったわ。代わりにクラスにいた記憶のないデブがおったけど、あれは誰やったんや……。

 どれだけ水泥を虐めても、どれだけからかっても水泥を庇うやつは現れへんし、現れへんから俺も六年まで続けてた。

 中学になったら水泥はいなくなってたし、つまらんくなって学校もあまり行かんくなった。

 悪いやつらとつるむようになって暴力や窃盗を繰り返す、そんなアホみたいな夢。アホすぎていっそのこと笑える。

 そんな未来があったのかもしれんと思うと今の俺はまともになったもんやなと思うわ。


 芥田 稔として生まれた俺やけど、生まれてすぐに家族は離婚し、顔も知らない上に覚えてへん親父は出て行った。

 母親という存在は男に溺れ、その男の金で生活が成り立ってたようなもん。俺が家にいようがいまいが、あいつらにとっては俺はいないようなもんやし、金をやれば黙るくらいのペット感覚なんやろ。

 小学生の頃にはすでにそういうもんやと納得したし、学校に行って気の合うやつらとアホやっとるんが一番楽しかった。

 三年になって水泥と一緒のクラスになったんやけど、声も小さくて全然喋らんくて地味で暗いやつで見てて腹立つ。

 そいつをからかってやったときが一番楽しくて、家でのイライラも全部吹き飛んだ。やからいつもあいつをターゲットにしてたんや。


 ……まぁ、橋本が邪魔したんやけどな。俺のことゴミだゴミだ言うし、そりゃあんときはめっちゃムカついたわ。

 犬猿の仲、ってやつやな。ほんっま腹立つねん、あいつ。中学二年くらいまで互いにバッチバチやってんけどな。

 あの頃が一番派手な言い合いやったわ。それまでは口喧嘩ばっかしとったけど、手まで出して掴み合いの大喧嘩。

 それだけやなく、ずっと反抗せんかった水泥も俺に手を出すようになってんけど……今思えば俺のおかげであいつが成長したっちゅーことやな!


 ……いや、反省はしとるで。高校三年になった今は。家での鬱憤をぶつけるのがストレス解消やったし、あとは体育とかスポーツとかやろか。身体を動かすのはおもろかったわ。

 苦手なスポーツもなく、万能にこなせるから色んな運動部に入るけど、なかなか続かへんかった。遊び程度にしか出来んくて、いまいち向上心だの勝ちへの執着心だの興味が湧かへん。

 転機が起こったんは文化祭の準備期間。和菓子体験という出し物に当時はなんも惹かれんかったんけど、練り切り指導の安堂師匠に俺の作った練り切りをめっちゃ褒めてくれたんが始まりやった。

 大人に褒められたなんて全然なかったし、悪くなかった。

 家の大人なんて俺に興味ないし、俺も興味ない。


 それから和菓子に興味を持ったのはすぐやったな。褒めてくれた師匠の弟子になりたくてお店にも通ったし、そんな俺を邪険に扱うこともせぇへん師匠にはさらに好感を持てるようになる。

 そして、庵主堂の隣には和カフェのCafe・和心の里もオープンして、そこでバイトとして雇ってもらえた俺は昔より楽しい日々を過ごしとった。


「芥田くん、五番テーブルにミルフィーユお願いね」

「はいっ」


 オープンして半年以上。学校終わりや土日など積極的に勤務させてもらっとるんやけど、師匠の手伝いをしとると思うとめっちゃやる気が出る。

 有難いことに店も繁盛しとるし、充実した毎日。

 そうしている間にもまたお客さんが来店する。


「いらっしゃいませー」

「よぉ、芥田」

「あ。……先輩?」


 一人で来店した客は一つ年上の先輩やった。中一の頃サッカー部に入ってたときに関わった人物。とはいえ、三ヶ月で辞めたんでそれ以上の関わりはなかった。


「どうしたんスか? うちのスイーツ食いに来たんです?」

「お前がここにいるって聞いて来たんや。自分、大学はうちんとこ来いや」

「えー? 俺、大学行く予定ないんですよ」

「来てくれや頼むわー。お前サッカー上手いんやし、サークルに欲しいねん。大会出ようや、な?」


 サッカーなんて中学の部活のとき以来やってへんし、今も上手いとも限らん。それだけのために大学を決めたないし、そもそも俺卒業したら師匠に弟子入りするから大学なんて考えてへん。


「いや、俺やりたいことあるんで。それに今バイト中やし、そろそろいいスか?」

「なんやねん、先輩に向かってその態度は」

「すいませーん、通りまーす」


 少し不機嫌になった先輩に面倒臭いって思っとったら、俺の後ろを佐々木がミルフィーユを運ぶために横を通る。

 しかし、先輩がわざと佐々木にぶつかって、あいつが手にしてたミルフィーユを落とさせた。

 ぐちゃぐちゃになるケーキと割れる皿の音は店内に響き、店中の注目の的になる。


「あっ!」

「っち、何服汚しとんねん! 弁償せぇや!」

「はぁっ!?」

「いや、先輩が自分からぶつかって来たんやないですか」

「なんやその言い方。先輩な上に客やぞ、こっちは。この店は客への態度がなってへんな! 謝罪もまともに出来んのか!」


 客も何も注文してへんねんけど何イチャモンつけとるんやこいつ。


「……申し訳ございません」

「なんで佐々木が謝るねん……悪いのはこいつやろ!?」


 なんでや、佐々木。普段やったらこんなんで謝らんやろ?

 なぜか頭を下げて謝罪する佐々木に俺が慌てて止めようとするも、佐々木はぼそっと俺だけ聞こえるように話した。


「お店の人に迷惑かけたらあかんやろ……」

「……あ」


 確かに。このお店は師匠の娘さんである店長の店。こんなことで大騒ぎしたら変な噂も立つし、評判も悪くなる。そしたらバイトの躾がなってへんとか言われてまうんちゃうか。

 そんなんなったら師匠が悲しむ。師匠やってこの店のオープンを喜んどったんやし、それを潰したない。

 せやけど、あんな勝手なことするやつに頭を下げるなんておかしいとは思う。思うんやけど……大人やったら、頭下げなあかんよな。俺かてもうガキやないんやし。

 ……悔しいけど店を大事にしたいし、それが大人になることやと思って、俺は深く頭を下げた。


「……すんませんでした」

「芥田……」

「今さら遅いんじゃボケ! ちゃんと誠意を持って詫びんか!」

「……」

「だんまりか! どんな教育受けとんねん!」

「申し訳ございません!」

「もう女の謝罪はえぇわ!」


 佐々木がもう一度謝罪をしたのに、それがあいつの逆燐に触れたんか、先輩が佐々木を突き飛ばした。


「いっ……!」

「佐々木っ!」

「おい、芥田。全部自分のせいやわ。ちゃんと詫びて俺の言うこと聞けや!」


 わざと落ちたミルフィーユの上にダンッと大きな音を出して威嚇するように踏みつけられた。佐々木もその様子にびくりと肩を震わせる。

 店長が一生懸命作ったケーキをこんなふうに扱われるなんて悔しくて一発殴ってやりたかった。こんなやつに負ける自信はない。強く拳を作るが、俺は店のために耐えなきゃいけなくて必死に拳を振るわないように自分を抑える。

 そしてもう一度大きく頭を下げようとしたそのときやった。


 バンッ!


「うるさいよ」


 テーブルを一発叩く音と、この状況だというのによそから介入する声が聞こえた。


「聞こえてる?」


 みんなの視線がカウンターに座るそいつへと突き刺さる。同時にデジャヴを感じた。知っとるんや、この感じ……そう、水泥を虐めてたときに初めてあいつがしゃしゃり出て来たあの日と同じやった。


「橋、本……」

「なんやねん。人様の会話に割って入ってくんなや!」

「ねぇ、知ってる? 君が踏んだミルフィーユ。私が注文したやつなんだよね」


 カウンター席に座っていた橋本が動いて、俺達の元へ近づく。その表情は笑みを浮かべてたんやけど、俺にはわかる。怒りを無理に隠してる笑いや。つまり、あいつめっっっちゃキレとる。


「客でもないのに堂々と店員さんの邪魔をするだけじゃなく、女の子相手にわざと当たって絡むわ、謝罪を要求するわ、さらに突き飛ばすわ、その上私が注文した季節限定あんこクリームのいちごミルフィーユを踏み潰すとは罪が重いのよ!!」

「なんや、うっさい女やな! ぶっ飛ばされたいんかブス!」

「おい、橋本!」


 先輩が橋本の胸ぐらを掴んだ。あれはまずい。俺も橋本の胸ぐらを掴んだことはあるんやけど、女子相手に殴るのだけは我慢した。……突き飛ばしはしたけど。

 せやけど、あいつは絶対殴るわ。それは阻止せなあかんと思って間に入ろうとしたら……。


「黙れクソガキャーーーー!!」

「ーーーーっ!!」


 橋本が先輩の急所目掛けて膝蹴りをかました……。思わず俺も股間を押さえながら「ヒッ!」と声が出てタマヒュンしてまう。

 男の弱点を確実に狙われた先輩はその痛みに耐えきれず、声にならない叫びで床の上にのた打ち回る。


「女だから何よ! あんたみたいな俺つえぇぇーとか思ってるやつが一番腹立つのよ!」

「お、落ち着け橋本! お前全然ブスちゃうからキレんな!」

「アホ! 絆奈はブス言われてキレてんちゃうわ! ケーキをめちゃくちゃにされてキレとんのや!」

「ケーキ代弁償しなさい! ていうか、この店に迷惑料払いなさいクソガキ!!」

「ガキはお前や橋本!!」


 そいつ一歳上で先輩やから! 歳上やから落ち着け! そう何度も言って瀕死状態の先輩にまた急所を狙いかねない橋本を後ろから抑えつけてこれ以上手出しさせんようにした。

 ……いや、なんで俺が橋本を抑えなあかんのや。こいつがこんなにキレとんの初めてやし、つくづく怒らすと恐ろしい女やと改めて気づかされたんやけど。


 その後、騒ぎに気づいた店長が警察に連絡してくれてみたいで警察が来て、その場にいた他の常連客の証言もあり、あの男は恐喝罪と器物損壊罪で逮捕されてった。

 橋本に至っては最初に絡まれた一連の流れを携帯で録画しとったらしく、証拠提出した上に「止めようとしたら殴ってこようとしたので正当防衛しました」とか言うてて、(したた)かっちゅーかほんまあいつコエー女や……。

 そんなことがあったから店は早々に閉めてしまったんやけど、俺のせいで事が大きくなったから申し訳ない気持ちでいっぱいやった。


「あの……ほんますみませんでした……俺のせいでこんなことになって……」


 店長、佐々木、橋本、そして休日やったけど事件を知って慌てて駆けつけてきた橋本の母親の前で俺は大きく頭を下げた。


「いいえ、私の方こそ騒ぎに気づかなくてごめんなさい」

「そんな、店長は悪くないです! 俺が、もっとちゃんとした言い方しとったら……それか佐々木みたいにすぐに謝っとけば大きな騒ぎにならへんかったんです…。」

「芥田……でも、私がもっと気をつけとったらケーキも落とさへんですんだんやから芥田だけが悪いんちゃうで」

「二人とも悪くないよ! 見てて私もムカついたくらいだし、むしろ大人の対応で凄かったよ」

「絆奈はちょっと暴走しすぎよ、びっくりしたんだから。喧嘩なんてしない子なのに」

「あはは……」


 いや、おばさん。橋本は小学生時代から結構俺と喧嘩してましたけど。


「……こんなこと言うのもあれなんですけど、俺……まだここで働きたいんです」


 もしかしたら辞めさせられるかもしれない。大事にしたんだからクビだって言われても仕方ないんやけど、今の生活が俺にはめっちゃ手離したくないもんやった。


「もちろんそのつもりだからそんな顔しないで。それにみんなお店を守ろうとしてくれて私は嬉しいのよ」

「店長……」

「でも、約束してほしいことがひとつ。今度あんなのに絡まれたらすぐ私や大人に頼ること。私は店長だからあなた達を守るためにいるんだし、全部一人で解決しようとしないでね」

「……頼って、いいんスか?」

「えぇ、もちろん」


 家では金しか頼れないやつしかいなくて、他に頼りようがなかった。せやから全部自分で解決せなあかんと思ったし、俺が頼ってもえぇ大人なんているとは思ってもみんかった。

 今まで重かったもんがスッと軽くなった気がする。それと同時に目頭が急に熱くなって情けないながらもボロボロと涙が溢れてくる。

 怖かったとかやなく、悔しかったとかやなく、自分の居たい場所にちゃんと居れることが嬉しい涙やった。


「もー泣くなや。自分めっちゃ頑張ったやろ! 何心配しとんねん」

「昔の芥田くんなら大暴れだっただろうけど、今回は凄かったよ。立派な男になったね、偉い偉い」


 こんな居心地のえぇ場所が出来るなんて昔の俺からしたら考えられんことや。

 佐々木と橋本にめっちゃ慰められてかっこ悪かったけど、今の俺にとったら安心出来る空気やった。


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