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推しへ、劇団最後の舞台お疲れ様でした

 春が来て高校三年生になった私は今年もゴールデンウィークに劇団影法師の都の舞台を観るために遠征した。

 そしてとうとう来てしまった。推しの劇団最後の公演舞台である。

 思えば七年前……小学五年生の身で推しのデビューを見守ったなぁ。あっという間ではあるけど劇団としては十年以上は続いていたので私よりも古参にとっては色々な感情があるのだろう。


 今年でラストを迎える劇団影法師の都の公演タイトルは『親愛なるあなたへ』

 過去に己の言動によって悔いの残る出来事を作ってしまった人々による謝罪の手紙を読むオムニバス形式のストーリー。

 思春期に女手一つで育ててくれた母と喧嘩ばかりして家を飛び出し十年連絡を取らなかった息子の謝罪。

 仲の良かった親友が自分のせいで事故に遭い、大事なバレーの試合に出られなくなったことで罪悪感からギクシャクしてしまい、次第に距離を置くようになった女子生徒の謝罪。

 生徒に人気者だった先生がクラスメイトのイジメの相談に乗るも仕事が忙しかったため、なあなあで話を聞くだけで何も動かなかったせいで自殺を図ってしまい、取り返しのつかないことをしてしまった元教師の謝罪など様々である。

 どの話も最後はほろりと涙が流れるような話で、場内はすすり泣く声が少しずつ響く。


 今回の推しは家出をして十年も母に連絡をしなかった男の役。

 思春期にありがちな母に反抗する息子が、一人で出て行ってから大人になるにつれて、母に対する後悔が大きくなる様子が辛く胸を締めつけられる。

 謝罪したくても今さら出来なくて葛藤する推しの表情が、声が、身体が、全てを訴えていて目が離せない。

 最後はその思いを綴った手紙を母に送った。ひと月も経たないうちに母からの優しい手紙が返ってきて泣き崩れるのだ。

 えぇ、もうそりゃあ私もボロボロ泣いた。そのあとの話も沢山泣かせてくるし、ちょっといい加減にして欲しいレベルだ。

 ただでさえ劇団最後の演目だというのにさらにファンを泣かせてどうするんだ!

 でも、でも、後悔に苦しむ推しの顔がとても良かったです……腐った意味を含めてとても良かった。


 ずびずびと鼻をすすりながら劇団への最後のアンケートを書き綴る。

 感想を書いて文末には『今までありがとうございました。お疲れ様でした。この劇団を私は忘れません』としっかり記入する。

 正直なところ観劇中ほとんど泣いてて目が腫れてるのではないかと気になり、面会しづらい。

 しかし、開演前の推しからメールにて恒例のランチ待ち合わせ場所と共に面会を楽しみにしてるねって書かれてるから行かないと可哀想な気もするし……。

 まぁ、いいか。みんな泣いてたから私だけじゃないもんね。


「あ、絆奈ちゃん。どうだった……って聞くまでもないかな」

「めちゃくちゃ泣きました……最後の舞台でこんなに泣くやつを持ってくるなんて酷いですけど、いいお話でした」

「それだけで十分嬉しいよ。今日はみんな泣いちゃってなかなか感想言えないから無理せずにね」


 千秋楽は明日だけど私のように今日で見納めの人もいるだろう。

 感極まって推しの前でさらに泣いてるファンの子もいただろうし、それが連鎖して周りも再び泣き出すので推しは宥めるのに忙しなかったのかもしれない。

 ……まぁ、推しが死なない限りあそこまで泣かないかな。


「確かに劇団は終わりで悲しくなっちゃいますけど寧山さんはこの先も頑張ってくれますし、私もずっと寧山さんを応援したいと思います」

「うん、ありがとう。そう言ってくれると僕も嬉しいよ。それにしても、絆奈ちゃんが喋れなくなるくらい泣いてたらどうしようかなって心配しちゃった」

「だって寧山さんが引退するわけじゃないですし、他の人が沢山泣いてる様子を見ると逆に冷静になっちゃいますから」

「ドライだなぁ……」


 そう自負しております。興味ないことは興味ないし、推しのためにお金をつぎ込むだけなので、めちゃくちゃに泣いて推しに宥められるのは私の方が困る。


「あ、それじゃあ、こちらをお渡しします」


 今回は庵主堂の栗羊羹を差し入れし、恒例のワンショを撮って早々に切り上げた。

 相変わらずワンショのときの推しは慣れてなさそうでいまだに「最後なのに一緒に撮らないの?」と聞かれる始末だ。もちろん断ったけども。


 劇場を出てすぐに携帯で推しのメールを開く。今日のランチ場所のルート確認である。

 大体徒歩十分以内といったところだろう。それじゃあ、出発しよう……と、思ったのだが、何やら視線を感じるような気がして辺りを見回すと、数メートル離れた所からこちらを見てる目とかち合った。

 相手は素っ気なく視線を逸らすが、間違いない。未来の推しの旦那、白樺 譲である。やはり今回も彼は参戦していたらしいが、なぜ私を見たのか。たまたま目が合っただけなのだろうか?

 しかし、前に私は推しとランチをしている所を彼に目撃されたことがあるから顔を覚えられているのではという不安がよぎる。

 ……早くここから離れなければ。

 実際覚えてるのか覚えてないのかはわからないけど、このまま彼の視界に入る場所にいてはいけないので、すぐに待ち合わせ場所へと向かう。


 今回選ばれた場所は洋食メインのお店だった。いつものように一人で入店して、あとから一人追加で来ることを伝えてから店員に案内される。

 メニューを見て、どれもお洒落なものばかりだから迷ってしまうが、大エビフライのセットに惹かれてしまい、それを注文した。

 そういえば大エビフライを見て思い出したのだけど、このお店は前世の推しが気に入っていたお店のひとつだ。

 大エビフライを食べていた写真があったんだったなぁ。なんだかんだ私も行こうとしたけど行けないままぽっくり死んでしまったのだけど。

 暫くしてから大エビフライのセットが届いた。お皿からはみ出るくらいの大きな一本のエビフライがとても存在感がある。

 記念に写真を撮ろうと携帯のカメラで写真を撮ったところで、推しが店員さんに案内されてやって来た。


「絆奈ちゃん、お待たせ」

「あ、お疲れ様です」

「なんだか凄い大きなエビフライだなぁ。僕もそれにするよ」


 どうやら推しもこのビジュアルに惹かれたのだろう。もし、私が違うのを選んでいたとしても前世の推しと同様大エビフライを食べていたに違いない。

 ……さて、この恒例行事だが、いまだに心の準備が必要である。どうしたら慣れることが出来るのか……いや、慣れてはいけない。慣れちゃいけないんだ。

 だってファンと役者が食事してるなんてやはり異常である。他のファンが見たら炎上ものだし、何より推しは来年結婚する身だ。

 ……え、ちょっと待って。もう来年なの? 来年結婚を控えてるのに推しはなんでまだ私とランチしてるの!?

 そろそろ雪城さんとお付き合いしててもおかしくないのになぜ彼女ではなく、違う女と二人で食事してるんだ!?


「どうしたの、絆奈ちゃん? 食べないの?」

「あ、いえ、食べますっ」


 推しに言われてハッとした私は慌ててフォークとナイフを使い、大きなエビフライを切って口に運ぶ。

 プリプリして食べ応えのあるエビは出来たてサクサクでさらに美味しい。手作りであるタルタルソースに絡めて食べるのがまた最高である。


「美味しい?」

「はい、これは寧山さんも納得の味かと」


 ……相変わらずふんわりスマイルを向けてくるなぁ。あぁやって見られると食べづらい。

 いやいや、それよりもだ。そろそろ雪城さんと付き合っていてもおかしくないはずなんだが、なぜこうもいつも通りなのか。


「寧山さん、まだお付き合いしてる人いないんですか?」

「えっ? いないけど、なんで?」


 なんでいないの!? もうすでに雪城さんと面識もあるし、絡んでるのになんで付き合ってないの!? それとも徹底的に隠す感じ? でも、それなら彼女優先してって伝えてるはずだから……って、いや、本当になんでなの?


「えーと、寧山さんそろそろ結婚してもおかしくない年齢ですし、私のせいでそれを邪魔していたら申し訳ないので……」

「絆奈ちゃん……」


 おや? 推しが物憂い表情をしている。なんと絵になる顔だろう……じゃなくて、これは思い当たる節があるのでは……。


「僕のためにそこまで考えていたんだね。大丈夫だよ、邪魔なんかじゃないし、君が心配することはないから。何なら恋人や結婚報告するときは絆奈ちゃんに一番に伝えるよ」


 違う! そうじゃない! そうじゃなくて! むしろそこは一番じゃなくていい!

 なに? もしかしてデキ婚とかじゃないよねっ!? それとも雪城さんとは付き合わないの!? それはそれで離婚する未来が少しはなくなるけど、このままじゃ結婚が遠のいちゃうよ!

 推しに問題があって結婚出来ないなんて思われるのはやだ! ファンのワガママだけど、まともな家庭を作ってくれなきゃやだ!!

 そりゃあ推しは白樺の嫁になるけど、それは妄想だから現実じゃない!


「……あ、はは。ありがとう、ございます。まぁ、無理はせずに……」


 心の中で思っていたことを大きな声で口にしたかった。それを抑え込んだ私ほんと偉すぎる……。

 そう言っている間に推しの大エビフライセットも到着していた。


「僕よりも絆奈ちゃんはどうなの?」

「えっ?」

「絆奈ちゃんくらいの歳なら好きな子とか付き合ってる子とかいるんじゃない?」


 まさかのカウンターをくらった。ファンのそういう話聞く? 全く興味湧かないでしょ?


「いませんね」

「そうなんだ? てっきりいるものだと……」

「必要を感じないですからねー……」


 そういうのに時間を取られたくないというのが本音ではある。推しのために二度目の人生を謳歌しているというのにそんな暇はない。

 推しのために、そしてこっそりとしらねや普及をしなければ。


「そっか。今が楽しいってことかな」

「そうですね!」

「だよね、高校生だったら今が楽しい時期だし……って、そうだ。絆奈ちゃんは高校三年生だよね? 卒業後はどうするの? 大学?」

「あー……いえ、高校卒業後は上京します」

「えっ!? そうなんだ! やりたいことがあるの?」

「ま、まぁ……」


 さすがに推しを見るためすぐ動けるように……なんて言えない。言えやしない。さすがに気持ち悪いだろう。


「じゃあ、帰りの新幹線の心配をしなくて良くなるね」

「そうです。夜公演の舞台とか行き放題ですよ!」


 そう。関東に越せたら千秋楽や夜公演にも行きやすくなる。毎日推し通いだって出来るわけだ。


「僕のオフの日にはランチだけじゃなく色々遊びに行けるね」

「はい! ……え?」


 つい勢いで返事をしたが、聞き捨てならない言葉を耳にし戸惑いの声が漏れる。

 何サラッと遊びに行こうと言ってるんだこの推しはっ!

 くっ! しかも楽しみだと言わんばかりにニコニコしてるし! 知ってたけど可愛いがすぎる!!


「あの……あくまで私達はファンと役者で……」

「その前にお友達でもあるからね」


 あぁ、このやり取りに慣れてきてるな、推しよ。頼むから穏便にしておくれ。いつなんどきファンに目撃されるかわかったもんじゃないんだから。

 私はネット社会で叩かれたくないし、推しも炎上してほしくはないのだ。

 推しにとっての私は友達兼親戚の子というポジションなのだろうが、せめて白樺が早くデビューしてくれたら推しから白樺の話を聞き出せるし、漫画のネタになるのに……!


 相変わらず互いの距離感が合わないまま、劇団最後の舞台期間のランチタイムは終わった。


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